「ダンジョン前にて
昼前。
私はいつものように王都の大通りで客待ちをしていた。
と、冒険者ギルドの前から、やけに装備の派手な四人組がこちらへ向かってくる。
「そこのタクシー! ダンジョン前までお願いしたい!」
元気いっぱいの戦士が叫び、仲間たちもペコリと頭を下げた。
「了解。乗ってください」
「おお……これが噂の異世界タクシーか」
彼らはワイワイしながら乗り込んでくる。
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タクシーが走り出して数分。
「なぁ運転手さん。最近のダンジョン……なんかおかしいんだよ」
戦士がぼそっと言った。
「おかしい?」
「うん。日によって敵の強さが全然違うんだ」
後ろの魔術師が言葉を継ぐ。
「昨日なんて、入ってすぐのスライム階層に……ドラゴンが迷い込んでたんですよ!!」
「ありえないって!! あれは絶対おかしいって!!」
後ろの盗賊が震えている。
いや、それはめちゃくちゃおかしい。
「逆にさ、今日は弱いやつばっかだったりするんだよな」
「モンスターが薄い日と、濃すぎる日があるのよ」
僧侶の女性がそう説明した。
「ま、今日もどうなるかは……入ってみないと分からん、ってわけだ!」
戦士の明るさだけが頼もしい。
(ダンジョンの敵が日替わりで強かったり弱かったり……?
そんなことが起きるもんなのか?)
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ダンジョン前に到着すると、冒険者たちは私に礼を言って降りていった。
「ありがとな! 帰りも乗せてくれよ!」
「生きてたら、ね……」
「怖いこと言うな!!」
ワイワイ騒ぎながら、四人はダンジョンへ消えていく。
私はタクシーを木陰に停め、待機に入った。
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《出待ちモードに入ります
乗客が来るまで、休憩をご自由に》
車内にアナウンスが響く。
「さて……次のお客さん、すぐ来るかな」
窓の外では、木々がサラサラと揺れていた。
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十数分後。
「……ん?」
ダンジョン入口の向こう側――森の方から、
小さな影がヨロヨロと近づいてくるのが見えた。
白い髪。
頭には、二本の小さな黒い角。
背丈は、人間の子供くらい。
でも、その目だけが――妙に老成していた。
「……タクシー、これか?」
「えっ、はい。そうですけど」
影――いや“その子”は、よろよろと助手席のドアを開けて座り込んだ。
「どちらまで行かれます?」
「魔王城まで頼む」
「え?」
……今なんて言った?
「魔王城までだと言ったのじゃ。聞こえなんだか?」
「えぇと……かなり遠いですよ?」 「うむ。分かっとる」
まるで「近くの街まで頼む」みたいなノリだ。
「……冷やかしじゃないですよね?」
「冷やかしでこんな場所には来ぬわ」
子供の姿なのに、言い方だけ妙に威厳がある。
「そもそもワシは魔王じゃ」
「……はい?」
「魔王じゃ」
二回言った。
私は思わず頭を抱えた。
(今日は……変な客が来る日だな)
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《乗客情報を確認します……
推定種族:魔族(高位)
推定危険度:不明
推奨:安全運転》
「いやいやいやいや……!」
「行くのか行かぬのか、どっちじゃ」
困ったように眉を寄せる“魔王の子供”。
……どう見ても悪い子じゃない。
むしろ、どこか寂しげだ。
私はため息をつき、シートベルトを確認した。
「分かりました。行きますよ。魔王城まで」
魔王は満足そうに頷いた。
「うむ。頼んだぞ、運転手」
こうして、
私と小さな魔王の長い旅が始まった。




