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『異世界タクシーは今日も営業中!〜乗せた相手の悩みが少しだけ軽くなる車〜』  作者: 済美 凛


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23/50

「悪徳令嬢、また秘密を落としていく」

昼下がり。王都北区の大通りを走っていると、

見慣れた青いドレスが歩道に立っているのが見えた。


「運転手! そこ! 止まりなさい!」


ああ、まただ。

悪徳令嬢――いや、“焼き鳥令嬢”のほうが合ってる気がするけど。


私は車を寄せて窓を開けた。


「どうぞ、お嬢様」


「……ふん! 今日はたまたま近くを通りかかっただけですわ。

別に、その……焼き鳥が食べたくて乗るわけではありませんのよ?」


いきなり防御が固い。

これは絶対に焼き鳥の日だ。


 


令嬢は、前回より少し素直な表情で乗り込んできた。


「今日はどちらへ?」


「……市東区の孤児院へ、視察に。

わたくしの慈善活動が“形だけ”と言われないように、ですわ」


《乗客の緊張度:高

 推奨:軽い雑談》


「余計なアドバイス出すな」


 


走り始めてしばらくすると、

令嬢は、ちらちらと私の横顔を伺うように見てきた。


「……なにか?」


「い、いえっ。前回の件……その……ありがとうございましたわ」


「焼き鳥のこと?」


「違いますわっ!! ……違いませんけど!!」


顔を真っ赤にさせて座りなおした。


やっぱ焼き鳥か。


 



---


孤児院へ向かう途中、

偶然にも、前回の焼き鳥屋台の前を通る。


その瞬間。

令嬢は、バッと窓の外を見た。


目が完全に“ロックオン”している。


「……あの、その……」


「寄ってきますか?」


「よ、寄らなくてよくってよ!!

 ……でも……もし、あなたがどうしてもというなら……」


「言ってねぇよ」


《前回記録:焼き鳥(タレ3本)→幸福度94%

 今回も推奨:購入》


「推奨すんな!」


 


しかし、令嬢は明らかに気になって仕方ないようで、

ついに観念したように息をついた。


「……一本だけ。

“慈善活動への気合を入れるため”という名目で」


「はいはい」


私は車を止めて、屋台へ向かった。


 



---


戻ると令嬢は姿勢を正して待っていたが、

私が袋を見せると――


「……っ!」


前回と同じく、子犬みたいに目が輝いた。


「いただきますわ……」


上品に食べようとするけど、結局、


「……っ、はぁ……やっぱり……たまりませんわ……!」


「声! 声が漏れてる!」


「しょ、しょうがありませんのよ!

これは……武器ですわ……! 焼き鳥という名の!!」


 


食べ終えると、令嬢は胸に手を当てて静かに言った。


「……わたくし、頑張れますわ。

この後の子どもたちの前でも、いつもの“飾ったわたくし”ではなく……

普通に、笑える気がします」


「焼き鳥のパワーすごいな」


「違いますわ。

あなたのタクシーが……安心するから、です」


(あ、これ前も似たようなこと言われたな……)


 



---


孤児院に着き、令嬢はドレスの裾を整えた。


「運転手……また、送ってくださいます?」


「ええ。いつでもどうぞ」


「……では、次は……新作の塩味が出たときに」


「結局焼き鳥じゃん!!」


顔を真っ赤にして、令嬢は建物に入っていった。


 



---


その日の夕方。


私は車の掃除をしていて、

後部座席に“何か白い布”が落ちているのに気づいた。


「……ん? ハンカチか?」


広げてみると――

刺繍入りのレースの豪華なハンカチ。

角には、小さく“E.L.”のイニシャル。


《忘れ物:令嬢のハンカチ

 前回の串に続き、また“秘密の証拠”です》


「またかよ……!」


焼き鳥の串に続き、今度はハンカチ。


令嬢の“素の顔”を知ってしまった証拠は、

今日もタクシーの後部座席でひっそり眠っていた。


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