「悪徳令嬢、また秘密を落としていく」
昼下がり。王都北区の大通りを走っていると、
見慣れた青いドレスが歩道に立っているのが見えた。
「運転手! そこ! 止まりなさい!」
ああ、まただ。
悪徳令嬢――いや、“焼き鳥令嬢”のほうが合ってる気がするけど。
私は車を寄せて窓を開けた。
「どうぞ、お嬢様」
「……ふん! 今日はたまたま近くを通りかかっただけですわ。
別に、その……焼き鳥が食べたくて乗るわけではありませんのよ?」
いきなり防御が固い。
これは絶対に焼き鳥の日だ。
令嬢は、前回より少し素直な表情で乗り込んできた。
「今日はどちらへ?」
「……市東区の孤児院へ、視察に。
わたくしの慈善活動が“形だけ”と言われないように、ですわ」
《乗客の緊張度:高
推奨:軽い雑談》
「余計なアドバイス出すな」
走り始めてしばらくすると、
令嬢は、ちらちらと私の横顔を伺うように見てきた。
「……なにか?」
「い、いえっ。前回の件……その……ありがとうございましたわ」
「焼き鳥のこと?」
「違いますわっ!! ……違いませんけど!!」
顔を真っ赤にさせて座りなおした。
やっぱ焼き鳥か。
---
孤児院へ向かう途中、
偶然にも、前回の焼き鳥屋台の前を通る。
その瞬間。
令嬢は、バッと窓の外を見た。
目が完全に“ロックオン”している。
「……あの、その……」
「寄ってきますか?」
「よ、寄らなくてよくってよ!!
……でも……もし、あなたがどうしてもというなら……」
「言ってねぇよ」
《前回記録:焼き鳥(タレ3本)→幸福度94%
今回も推奨:購入》
「推奨すんな!」
しかし、令嬢は明らかに気になって仕方ないようで、
ついに観念したように息をついた。
「……一本だけ。
“慈善活動への気合を入れるため”という名目で」
「はいはい」
私は車を止めて、屋台へ向かった。
---
戻ると令嬢は姿勢を正して待っていたが、
私が袋を見せると――
「……っ!」
前回と同じく、子犬みたいに目が輝いた。
「いただきますわ……」
上品に食べようとするけど、結局、
「……っ、はぁ……やっぱり……たまりませんわ……!」
「声! 声が漏れてる!」
「しょ、しょうがありませんのよ!
これは……武器ですわ……! 焼き鳥という名の!!」
食べ終えると、令嬢は胸に手を当てて静かに言った。
「……わたくし、頑張れますわ。
この後の子どもたちの前でも、いつもの“飾ったわたくし”ではなく……
普通に、笑える気がします」
「焼き鳥のパワーすごいな」
「違いますわ。
あなたのタクシーが……安心するから、です」
(あ、これ前も似たようなこと言われたな……)
---
孤児院に着き、令嬢はドレスの裾を整えた。
「運転手……また、送ってくださいます?」
「ええ。いつでもどうぞ」
「……では、次は……新作の塩味が出たときに」
「結局焼き鳥じゃん!!」
顔を真っ赤にして、令嬢は建物に入っていった。
---
その日の夕方。
私は車の掃除をしていて、
後部座席に“何か白い布”が落ちているのに気づいた。
「……ん? ハンカチか?」
広げてみると――
刺繍入りのレースの豪華なハンカチ。
角には、小さく“E.L.”のイニシャル。
《忘れ物:令嬢のハンカチ
前回の串に続き、また“秘密の証拠”です》
「またかよ……!」
焼き鳥の串に続き、今度はハンカチ。
令嬢の“素の顔”を知ってしまった証拠は、
今日もタクシーの後部座席でひっそり眠っていた。




