「そして、取り越し苦労」
タクスィーの面々に泣きつかれ、俺――修一は街の役所に向かった。
王都の交通を管理する〈道路・転移局〉。ここなら転移装置の計画も正確に分かるはずだ。
「すみません、転移門の配備計画についてお聞きしたいんですが」
窓口で声をかけると、書類山に埋もれていた職員のおじさんが顔を上げた。
「転移門か。ああ、いま各都市で工事が進んでるやつね。どんなことで?」
「タクシー……いや、馬車運送業をしていまして。仕事が全部持っていかれるんじゃないかと心配で」
「ああ、よくある質問だよ。説明するよ」
おじさんは書類を広げ、俺の前に置いた。
「まずね、転移門は便利だけど――魔力コストがバカ高い。一回動かすだけで、魔術師五人が丸一日寝込むくらいの魔力を使う」
「…………え、そんなに?」
「そう。だから大量設置なんて無理無理。国が維持できるのは“比較的大きな都市”だけ。街と街をつなぐ“長距離特化”なんだよ」
つまり。
「じゃあ……小さな村とか、郊外は?」
「置けない。門の維持に人員も金もかかりすぎる。そもそも採算が合わない。だから都市と都市を繋ぐゲートみたいなもんだな。都市に着いた後の移動は馬車だよ、必須」
あ、これ完全にアレだ。
飛行機が出来てもタクシーが消えない理屈と同じじゃん。
「じゃあ俺の仕事……なくならない?」
「むしろ需要増えるよ?」
「え?」
「遠方から転移で来る客が増えるだろ? 門から街中への移動、宿屋までの送迎、観光案内。そういう“二次移動”がむしろ重要になる。国もそれ想定してるよ。転移門は玄関までしか運ばないからな」
俺の胸が一気に軽くなる。
「……よかった……!」
「まあ、転移門は騒がれるけど、結局“便利なだけで万能じゃない”。交通は住み分けだよ」
そう言って職員はにっと笑った。
◇ ◇ ◇
外に出ると、タクスィーのメンバーがそわそわ待っていた。
「どうでした修一さん!? 俺たち……失業ですか!?」 「やっぱ終わりっすか!?」 「家のローンだけは勘弁してほしいんですけど!!」
「安心しろ。むしろ仕事増えるってよ」
「「「えっ!!?」」」
「転移門は魔力コストが高すぎて大量に置けない。都市と都市をつなぐだけ。細かい移動は全部馬車頼りだって」
「……マジ?」 「じゃあ俺ら……」 「生き残れる!?」
「生き残れるどころじゃないよ。門からの“お客が増える”。だから――」
俺は親指を立てた。
「取り越し苦労でした!
むしろ今より忙しくなるかもしれないぞ!」
「「「うおおおぉぉぉぉ!!!」」」
タクスィーの連中は抱きついてきたり、泣いたり、地面に突っ伏して感謝したりと大騒ぎだ。
隣の兵士が「うるさいぞ!」と注意するレベル。
……まあいい。なんか久々に胸がスッキリする話だったし。
そして俺は空を見上げながら思う。
(よし。これでまた堂々とタクシー――いや、馬車を走らせられるな)
街の発展は止まらないけど、仕事が完全に奪われるわけでもない。
その流れに乗ればいいだけだ。
そう、俺の異世界タクシー稼業は、まだまだ続く。
「そして、取り越し苦労」




