悪徳令嬢(?)はタクシーで泣きたい
スライムを冒険者ギルドへ送り届けたあと、俺は王都の外れに移動して軽く休憩していた。
「……スライムを乗せるとは思わなかったな」
腰痛クッションに体重を預けながらぼやくと、
例の異世界仕様カーナビが勝手に点灯した。
《本日の運行アドバイス:感情の乱れた乗客が近づいています》
「いやホラーかよ……。どっから見てんだよ」
突っ込みを入れた直後だった。
カツ、カツ、とヒールの高い靴音が近づいてくる。
「そちらの……タクシー、ですわね……?」
振り返ると、青いドレスの女性が息を切らして立っていた。
貴族らしい上品な顔立ち——しかし、その目は真っ赤だ。
「ど、どうぞ。乗れますよ」
「……失礼いたします……」
女性は乗り込んだ瞬間、ポロッと涙をこぼした。
「わ、わたくし……婚約破棄、されてしまったのです……!」
第一声がそれだった。
(スライムの次はこれか。異世界の悩みって忙しいな……)
俺はそっとメーターを押す。
《乗客属性:令嬢》 《精神状態:不安定(深呼吸推奨)》
「余計な診断機能までついてるのかよ……」
アクセルを踏み、ゆっくりと走り出す。
「行き先は、どちらへ?」
「……どこでも……いいのです……。このまま……遠くへ……」
「気が済むまで、ドライブしますか」
その言葉に、彼女はわずかに肩を震わせた。
「……よろしいのですか?」
「タクシーは、お客さんの気持ちが落ち着くまで走るのも仕事です」
しばらく走っていると、バックミラー越しに彼女の唇が震えているのが見えた。
「……“悪徳令嬢”と、呼ばれておりますの……」
「は?」
「人をいじめているとか、嫌がらせをしているとか……。全て……誤解なのですのに……!」
詳しく聞けば、ただの嫉妬による噂話だった。 陰口の連鎖で婚約者に誤解され、結果、婚約破棄になったらしい。
(……スライムの“いじめ”と同じ構図じゃないか)
「令嬢さん」
「……はい……?」
「悪徳ってのはな。裏で人を操ったり、財産奪ったりするような本物の悪役のことを言うんですよ」
「……わ、わたくしは……そんな……」
「あなたは、不器用で、ちょっと頑張りすぎただけだ」
ルームミラー越しに、目が合った。
「昨日のスライムだって、必死に自分の居場所探してたぞ。あんたも同じだよ」
しばらく沈黙が続き——。
「……ふふっ」
小さな笑い声が上がった。
「あなた、変わった方ですわね……。でも……心が軽くなりましたわ」
《推奨:癒しスポット“ルーナ湖”。気分転換に最適》
「また勝手に提案してきたよ……」
「ルーナ湖……行ってみたいですわ」
「了解。メーターそのままで向かいます」
湖へ向かう道は明るく、車内の空気も少し温かかった。
しばらくして到着すると、令嬢は息を呑んだ。
「……なんて美しい場所……」
「泣きたいときは、景色に泣かせてもらうのが一番ですよ」
そっとハンカチを差し出す。
令嬢は受け取り、小さく頭を下げた。
「……ありがとうございます。わたくし……また笑える気がしますわ」
彼女が降りた瞬間、カーナビがまた光る。
《乗客の心情:安定》 《満足度:★★★★★》 《料金:銀貨12枚》
「だからその満足度って必要なのか……」
苦笑しつつ、俺はエンジンをかけ直す。
「——さて。次の客は、どんなやつが来るんだ?」
異世界タクシー二日目は、まだ始まったばかりだ。




