ベテラン鍛冶師と折れた剣
夕方前の王都・職人区。
金属を打つ音があちこちから響いている。
タクシーの前で一旦停車していると——
ガラガラッ! と勢いよく工房の扉が開いた。
「お、おい若ぇの! そこの箱車はタクシーか!?」
ひどく渋い声だ。
顔を上げると、白い髭を蓄えた小柄な老人が立っていた。
エプロンは煤まみれ、腕は筋肉質。
いかにも“名匠”って雰囲気だ。
「タクシーです。どちらまで?」
老人はズイッと折れた剣を突き出してきた。
「これを直してくれる鍛冶屋まで連れてってくれ!」
「……鍛冶屋が鍛冶屋に行くんですか?」
「わしより腕のいい奴が、いるんじゃよ!」
(職人界にもプライドの上下があるんだな……)
「乗ってください」
老人は後部座席にひょいっと乗った。
「ふむ……馬車じゃないが、なかなか乗り心地がいいな」
「タクシーですよ」
「タクシーという“馬車”なんじゃな?」
「……はいはい」
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老人は折れた剣を大事そうに膝に置いた。
「それ、大切な剣なんですか?」
「大切どころじゃないわい。
わしが若いころに打った剣でな……
冒険仲間と戦って、笑って、泣いて……
いろんなものが詰まっとる一本じゃ」
老人の指が、小刻みに震えていた。
「じゃがの……
年をとったのは、わしだけじゃないらしい」
その言葉の重さに、一瞬だけ車内が静かになった。
「折れちまったとき、思ったんじゃ。
“ああ、本当に幕引きなんじゃな”ってな」
(なるほど、折れたのは“刃”だけじゃなくて……気持ちもか)
「で、その……腕のいい鍛冶屋に頼むわけですね」
「ああ。
最後にもう一度だけ、あいつと歩きたいんじゃ」
老人の瞳は、若いころの輝きを少し残していた。
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タクシーは静かに走る。
ほどなくして、目的の工房へ到着した。
工房の前で、壮年の男性が待っていた。
「おやっさん、来たんですか。
……その剣、本当に持ってきたとは」
「頼む。あいつをもう一度だけ……」
男は剣を優しく受け取った。
「分かりました。
明日までに、できる限りのことをします」
老人は深々と頭を下げた。
「恩に着る……」
そのまま振り返ってタクシーに戻り、ゆっくり乗り込む。
「さて、帰るかの……」
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帰りの道。
老人はぽつりと呟いた。
「若ぇの」
「はい?」
「お主の車……いや、タクシーだったか」
「そうです」
「不思議と、気持ちが落ち着くわい。
こういう乗り物、昔はのう……」
言いかけて、少し笑った。
「……いや、昔にこんな便利なもんはなかったわ!」
「ですよね」
老人はしばらく外の景色を見つめていた。
「剣も人生も、折れたら終わりじゃと思っとったが……
直るんじゃな。誰かが、支えてくれれば」
その言葉は、老いた職人の背中に似合わず、どこか少年のようだった。
タクシーが工房前に着くと、老人はゆっくり降りて言った。
「若ぇの。わしはまた、鍛冶場に立つわい。
剣が戻ってくるなら、わしも戻らねばの」
「その調子です。きっとまだまだ鍛えられますよ」
老人は笑い、手を振った。
《乗客を送り届けました
満足度:★★★★★
料金:銀貨4枚》
「……いい話だったな。満足度も素直だな今日は」
タクシーは静かに次の客を探す。
ベテラン鍛冶師と折れた剣




