オーク戦士、初めての差し入れ
オークを大鍋食堂へ送り届けてから、三日が経った。
異世界タクシーの生活にも、ようやく慣れ始めた頃。
今日は昼過ぎ、王都の南区へ客を送った帰り道——
見覚えのある大きな影が、道路の端で棒立ちになっているのが見えた。
「あ、あれは……」
“あのオーク戦士”だった。
近づくと、彼はなぜか手に布で包んだ大きな包みを抱え、
ものすごく緊張した様子でタクシーの前に立っていた。
「む、む……むぅ……! 来た……!」
(いや、待ち伏せしてたのか……?)
窓を開けると、オークは勢いよく頭を下げた。
「運転手よ! 会えぬかと思った!」
「どうしたんだよ急に。店で何かあったのか?」
「違う! 今日は……お主に礼を言いに来たのだ!」
そう言って、でかい包みをこちらに差し出す。
「これを、受け取ってほしい!」
「……え、なにこれ?」
「わしが! 三日間修行の末に! 初めて成功させた料理だ!!」
包みを開くと、中には――
ぎっしり詰められたパンと肉の焼き物、色鮮やかな野菜の付け合わせ。
(おお……めっちゃ美味そう……)
「大鍋食堂の主が言っておった。
“お前の料理はまだ粗いが、味に優しさがある”と!」
オークは誇らしげに胸を張った。
「戦いでは見せられなかった笑顔を……厨房では、皆が見せてくれるのだ。
楽しい。あんなに楽しい場所があるとは知らなんだ」
「よかったじゃないか。完全に料理人の顔してるよ」
「うむ!! そして……!」
オークは胸の奥から小さな紙を取り出した。
「大鍋食堂の主が、“配達を学べ”と言ってな……。
手始めに、このタクシーに乗ってみろと言われたのだ」
「配達……?」
「昼食を祭具工房へ届けるのだ! だが……道がわからん!」
(ああ、だからタクシーで“送ってほしい”わけね)
「よし、じゃあ乗れ。今度は普通に客として乗ってくれ」
「恩に着る!!」
狭い後部座席にぎゅうぎゅうのまま乗り込む姿は、前と同じだった。
《重量オーバーですが、調整します》
「ほんとすごいなこの馬車は……!」
「タクシーですよ、タクシー! 何回言わせるんですか!」
「むっ!? たしかにそうであった! タクシー! 覚えておるぞ!!」
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工房に向かう途中、オークはぽつりと呟いた。
「……運転手よ。わし、ひとつ……どうしても聞きたいことがある」
「なんだ?」
「わしは……戦うことをやめて、よかったのだろうか?」
その声だけは、小さく、弱かった。
ああ、この優しい巨体は、まだ心のどこかで迷っているんだ。
俺はルームミラー越しに彼を見た。
「オークさん。料理を作るときの顔……自分で鏡で見たことある?」
「……ない」
「昔の自分の顔と比べてみなよ。
戦いより、こっちのほうがずっと強そうだぜ」
オークは、ぽかんと目を丸くし——
ゆっくりと、頬がゆるんだ。
「……そうか。
強さとは、“剣の腕だけ”ではないのだな……」
「そういうこと」
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祭具工房に到着すると、職人たちは料理を受け取って大喜びした。
「おい、この肉うめぇぞ!」「色合いきれいだな!」
オークは照れくさそうに目を伏せた。
「……喜んでくれるのは、いいものだな……!」
料理の包みを渡し終え、再びタクシーの前に戻ってきたオークが言う。
「運転手よ。
わし……もっと多くの人に、わしの料理を食べてほしい。
そう思えるようになった」
「その調子だ。いずれ店を持てるかもな」
「うむ! その時は必ずお主を無料で招待するぞ!」
「料金は払うよ……一応商売だからな」
オークは豪快に笑い、深々と頭を下げた。
「では、また必ず乗りに来る!」
《乗客を送り届けました
満足度:★★★★★
料金:銀貨6枚》
「……本当、こいつの満足度システムは誰向けなんだよ」
タクシーはゆっくりと街へ戻る。




