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『異世界タクシーは今日も営業中!〜乗せた相手の悩みが少しだけ軽くなる車〜』  作者: 済美 凛


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14/19

悪徳令嬢 —— 秘密の買い物と、知られたくない趣味——

夜の王都で客を降ろし、私は車を少し表通りから外した場所に停めていた。


すると、


カツ、カツ、カツ――。


あの特徴的なヒールの音が近づく。


「……そちらのタクシー、空いておりますの?」


振り返ると、青いドレスの“例の悪徳令嬢”が立っていた。


「お嬢さん、今日も……?」


「違いますの! 今日は泣きませんわ!!」


開口一番の宣言だった。


「そりゃよかった。じゃあどちらへ?」


彼女はやたら周囲を気にしながら、声を潜めて言った。


「……王都中央市場。夜間の屋台通りですわ」


「屋台? ずいぶん庶民的ですね」


「ち、違いますの。ただ、どうしても……その……」


言葉を濁したまま乗り込んでくる。


《乗客属性:令嬢》

《状態:極度の緊張(理由非公開)》


「理由非公開ってなんだよ……カーナビ、お前何がしたいんだ」


 



---


王都の夜市に向かう途中、令嬢は落ち着かない様子で座席をモゾモゾしていた。


「……あの、絶対に……他言無用でお願いできます?」


「まあ職業柄、口は固いですよ」


彼女は意を決したように、小声で告白した。


「……わたくし、夜市の…… 焼き鳥が好き なのですわ」


「…………は?」


「だ、だから! 言わないでと申し上げたでしょう!?」


「いや、焼き鳥くらい良くないですか?」


「良くありませんの! 令嬢が屋台の串焼きを  “んまっ……!”なんて顔で食べているところを  誰かに見られたら……明日には『下品な悪徳令嬢』扱いですわ!!」


「悪徳の基準ゆるすぎません?」


令嬢は必死だった。


 



---


やがて夜市に着くと、香ばしい匂いがあたり一面に漂っていた。


「……っ!」


令嬢は目を輝かせたが、すぐ表情を引き締める。


「わ、わたくしは降りませんわ。買ってきてくださいませ……串を……三本……タレで……」


「注文完全に慣れてるじゃないですか」


「ち、違いますの! 今のは初めて!」


顔を真っ赤にして言い張るので、私は苦笑しながら屋台へ向かった。


 



---


車に戻ると、令嬢は窓の隙間からキラキラした目で覗き込んできた。


「そ……それは……?」


「タレの焼き鳥三本」


「すばらしい……!」


その瞬間、完全に“ただの焼き鳥好きの女の子”の顔になった。


彼女は鞄からレースのハンカチを敷いて、 焼き鳥を“品よく”食べようとしたが……。


「……っ、ん……ま……っ」


「もうちょい隠せると思ってましたよ」


「こ、声が……勝手に……!」


幸せそうに食べているうちに、緊張もとけていった。


 



---


食べ終わると、彼女はふぅと満足げに息をついた。


「……心もほどけましたわ」


「焼き鳥で?」


「焼き鳥で!」


すごい威力だ。


 


すると、カーナビが光った。


《乗客の心情:幸福度 94%》

《原因:串焼き(タレ・中火焼)》

《推奨:持ち帰り用の一本追加》


「おい、余計なデータ残すなって」


 


令嬢は頬を赤らめながら言った。


「……あなたのタクシー、居心地が良いですわ。

変な噂ばかりのわたくしを……普通の人として扱ってくださいますから」


「お客さんは、みんなただの“乗客”ですよ」


その言葉に、令嬢は小さく微笑んだ。


 


降り際、彼女は何かを思い出したように振り返った。


「……その……また、焼き鳥……一緒に買いに行ってくださいます?」


「運転手と買い食いですか?」


「そこは……秘密、ですわよ?」


令嬢はそう言って、青いドレスの裾を揺らしながら夜道へ消えていった。


 



---


次の日。


車内に一本、タレの焼き鳥の串だけが落ちていた。


《忘れ物:好物の証拠》


「これ忘れてくのはまずいだろ……!」


令嬢の秘密は、今日も私のタクシーの中でしっかり守られている。


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