悪徳令嬢 —— 秘密の買い物と、知られたくない趣味——
夜の王都で客を降ろし、私は車を少し表通りから外した場所に停めていた。
すると、
カツ、カツ、カツ――。
あの特徴的なヒールの音が近づく。
「……そちらのタクシー、空いておりますの?」
振り返ると、青いドレスの“例の悪徳令嬢”が立っていた。
「お嬢さん、今日も……?」
「違いますの! 今日は泣きませんわ!!」
開口一番の宣言だった。
「そりゃよかった。じゃあどちらへ?」
彼女はやたら周囲を気にしながら、声を潜めて言った。
「……王都中央市場。夜間の屋台通りですわ」
「屋台? ずいぶん庶民的ですね」
「ち、違いますの。ただ、どうしても……その……」
言葉を濁したまま乗り込んでくる。
《乗客属性:令嬢》
《状態:極度の緊張(理由非公開)》
「理由非公開ってなんだよ……カーナビ、お前何がしたいんだ」
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王都の夜市に向かう途中、令嬢は落ち着かない様子で座席をモゾモゾしていた。
「……あの、絶対に……他言無用でお願いできます?」
「まあ職業柄、口は固いですよ」
彼女は意を決したように、小声で告白した。
「……わたくし、夜市の…… 焼き鳥が好き なのですわ」
「…………は?」
「だ、だから! 言わないでと申し上げたでしょう!?」
「いや、焼き鳥くらい良くないですか?」
「良くありませんの! 令嬢が屋台の串焼きを “んまっ……!”なんて顔で食べているところを 誰かに見られたら……明日には『下品な悪徳令嬢』扱いですわ!!」
「悪徳の基準ゆるすぎません?」
令嬢は必死だった。
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やがて夜市に着くと、香ばしい匂いがあたり一面に漂っていた。
「……っ!」
令嬢は目を輝かせたが、すぐ表情を引き締める。
「わ、わたくしは降りませんわ。買ってきてくださいませ……串を……三本……タレで……」
「注文完全に慣れてるじゃないですか」
「ち、違いますの! 今のは初めて!」
顔を真っ赤にして言い張るので、私は苦笑しながら屋台へ向かった。
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車に戻ると、令嬢は窓の隙間からキラキラした目で覗き込んできた。
「そ……それは……?」
「タレの焼き鳥三本」
「すばらしい……!」
その瞬間、完全に“ただの焼き鳥好きの女の子”の顔になった。
彼女は鞄からレースのハンカチを敷いて、 焼き鳥を“品よく”食べようとしたが……。
「……っ、ん……ま……っ」
「もうちょい隠せると思ってましたよ」
「こ、声が……勝手に……!」
幸せそうに食べているうちに、緊張もとけていった。
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食べ終わると、彼女はふぅと満足げに息をついた。
「……心もほどけましたわ」
「焼き鳥で?」
「焼き鳥で!」
すごい威力だ。
すると、カーナビが光った。
《乗客の心情:幸福度 94%》
《原因:串焼き(タレ・中火焼)》
《推奨:持ち帰り用の一本追加》
「おい、余計なデータ残すなって」
令嬢は頬を赤らめながら言った。
「……あなたのタクシー、居心地が良いですわ。
変な噂ばかりのわたくしを……普通の人として扱ってくださいますから」
「お客さんは、みんなただの“乗客”ですよ」
その言葉に、令嬢は小さく微笑んだ。
降り際、彼女は何かを思い出したように振り返った。
「……その……また、焼き鳥……一緒に買いに行ってくださいます?」
「運転手と買い食いですか?」
「そこは……秘密、ですわよ?」
令嬢はそう言って、青いドレスの裾を揺らしながら夜道へ消えていった。
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次の日。
車内に一本、タレの焼き鳥の串だけが落ちていた。
《忘れ物:好物の証拠》
「これ忘れてくのはまずいだろ……!」
令嬢の秘密は、今日も私のタクシーの中でしっかり守られている。




