「未練が歌になる夜」
夜の酒場街は、今日も騒がしい。
私はタクシーを店前につけたまま、酔っぱらいが倒れていないか見回っていた。
そのとき、店の前でリュートを抱えて泣いている男が目に入った。
肩まである金髪、つやのあるマント……見た目は立派な吟遊詩人なのに、地面に座り込み号泣している。
「……タクシー、か?」
顔を上げた彼は、涙でぐしょぐしょになりながら私を見た。
「家まで……頼む……足がもう、動かん……」
「酔ってますね。乗れますか?」
「歌、聞きたい?」
「いや、今日はちょっと静か──」
「よし! 歌おう!!」
止める暇もなく、彼は勢いよく後部座席に乗り込んだ。
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走り出すとすぐ、車内にリュートの音が響く。
「♪エルザ〜〜〜戻ってきてくれ〜〜〜!」
「ちょっと歌うんですか!?」
「歌うのが吟遊詩人の生きる道だぁぁぁ!」
彼は完全に酔っていて、感情が爆発している。
「元カノですか?」
「元……いや、まだ諦めてはおらん!
だが、きついのだ……エルザの料理は……正直、まずい……!」
「そこは心にしまっといたほうが」
「本音を歌うのが使命!!」
そう叫んでさらにリュートをかき鳴らす。
すると、急にカーナビが光った。
《音楽魔力を検知。魔力共鳴率、上昇中》
「は? 共鳴?」
次の瞬間、窓の外に光の粒が流れ始める。
まるで走るタクシーを星が追いかけてくるようだ。
「お、おお……俺の歌が……?」
「魔力に反応してるんじゃないですかね……?」
吟遊詩人は勢いづき、さらに声を張り上げた。
「♪エルザ〜〜
君の笑顔は朝日のよう〜〜
君の怒りは隕石のよう〜〜
君の実家は遠すぎる〜〜〜!!」
「最後のは関係ないでしょ!!」
車内は光の粒で満たされ、
空中に小さなステージのような幻が浮かび上がる。
《ライブモード、起動しました》
「そんな機能ある!? 聞いたことないんだけど!」
吟遊詩人の歌はどんどん情緒的になり、
車は星空の中を走っているようだった。
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やっと家に着くと、吟遊詩人は静かにリュートを抱えて降りた。
「……すまなかった。
歌わせてくれて……ありがとう」
さっきまで泣いて騒いでいた酔っ払いとは別人のように、
落ち着いた声だった。
「エルザとは……縁があればまた会える。
少し……踏ん切りがついた気がする」
そう言って、彼はふらつきながら家の中へ消えていった。
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翌朝。
車を確認すると、フロントガラスに
星屑のような模様がうっすら残っていた。
《未練魔力の残留を確認》
「未練魔力って何……。消えるの?」
《三日ほどで自然消滅します。
ただし、悲しい歌を聞くと再発の可能性があります》
「うちのタクシー、そんなデリケートなの……?」
そんなわけでその日一日、車内には
ほのかな“センチメンタル香”が漂っていた。




