小さな魔法花と、おばあちゃんの約束
昼前の王都は、いつもより静かだった。
市場の通りをゆっくり流していると、
道の端で小さな影がこちらに向かって手を振っていた。
少女──といっても、まだ七歳くらいか。
「タクシーのおじちゃん!」
「……おじちゃんは余計だが、乗るのか?」
「うん! おばあちゃんの家まで連れてって!」
元気よく後部座席に乗り込んだ少女は、
大事そうにかばんを抱えていた。
「どこまで行く?」
「北の丘の上のおうち! 花を届けるの!」
「花か?」
「うん! “ピュアリスの花”だよ。魔法で光るの!」
かばんを少し開けると、中で淡い青い光が揺れていた。
なるほど、魔力のこもった花か。
「おばあちゃんがお見舞いでもらった花なんだけどね、
もうすぐ枯れちゃうの。だから返しに行くの」
「返す?」
「うん。
“お花はね、枯れる前に土に返してあげると
来年また会いに来てくれるんだよ”って。
おばあちゃんそう言ってたの」
なんだ、やけに良い話だ。
「でね、私、その……おばあちゃんが言った“約束”を
守りたくて……」
その声は、さっきまでの元気さとは違って、
少しだけ震えていた。
「……おばあちゃん、最近ずっと寝てるから。
だから、その代わりに私が……返しに行くの」
そうか。そういうことか。
「じゃあ、少し急ぐか。花は枯れるのが早いんだろ?」
「うん!」
タクシーは丘へ向かって走り出す。
◆
道を登りきると、静かな草原に囲まれた一軒家が見えた。
「ここだよ!」
少女が降りると、玄関から中年の女性──母親だろう──が出てきた。
「ミナ! どこ行ってたの!? 探したのよ!」
「ごめんなさい……でも、大事なことだったの!」
少女はかばんから花を取り出し、家の裏へ走っていく。
俺は母親に軽く会釈し、少し離れてついていった。
裏庭には小さな花壇があった。
少女は膝をつき、そっと花を置いた。
「おばあちゃんの大好きだった場所だから……
ここなら……また来年、会えるよね?」
魔法花は最後の光を弱く放ち、静かに青白く揺れた。
やがて光は薄れ、花はしぼむように形を変えていった。
少女は泣くかと思ったが──
「……ありがとう。また来てね」
優しく笑って、土をそっとかけた。
母親も、その肩に手を置いていた。
俺は声をかけるべきか迷ったが、少女が振り返る。
「タクシーのおじちゃん」
「だから“おじちゃん”は──まあいい」
「連れてきてくれてありがとう。
私、ほんとは一人じゃ怖かったけど……
でも、お花……ちゃんと返せた」
「ああ。えらいな」
少女はくしゃっと笑った。
「また、乗ってもいい?」
「いつでもどうぞ」
少女と母親が手をつないで家へ戻るのを見届け、
俺は静かにタクシーに戻った。
カーナビが小さく光る。
《心温度:上昇》
《“穏やかな午後”ポイントを獲得しました》
「……そんなポイントいらねぇよ」
しかし、悪くない気分だった。
たまには、こういう仕事もいい。




