タクシーごと異世界転生しました
——夜勤明けまで、あと三時間。
雨上がりの大通りを、いつものようにタクシーで流していた。
金曜の夜は忙しい。眠くなる暇すらないほどだ。
「はあ……早く上がりてぇ」
そんな独り言をつぶやいた瞬間——。
ピシィッ!!
カーナビが突然、白い光を放った。
眩しさで視界が真っ白になり、ブレーキを踏むより早く意識が飛ぶ。
そして、目を開けたとき。
「……どこだここ」
舗装道路ではなく、石畳。
ビルの代わりに、石造りの家が立ち並ぶ。
歩いている人々は、マントやローブを着て武器まで下げている。
——異世界。どう見ても異世界だ。
そして、そんな場違いな景色のど真ん中に俺のタクシーが停まっている。
濃紺のボディ。
コンビニで買ったお茶。
運転席の腰痛クッション。
全部そのまま。だが——。
「……カーナビが、変だな」
画面にはこう表示されていた。
《現在地:王都エルネア》
《言語:自動翻訳(魔力対応)》
《料金:銅貨・銀貨・金貨》
「おいおい、メーターまで異世界仕様かよ……」
笑うしかなかった。
と、そのとき。
コンコン
後部ドアが控えめに叩かれた。
反射的に振り返ると——。
ぷるり、と透明な体を震わせる小さなスライムが立っていた。
『……あ、あの……乗ってもいいですか?』
しゃべった。
普通にしゃべった。
「え? あ、ああ。もちろん……」
スライムはおそるおそる車内へぴょんっと乗り込む。
シートがぷよんと沈み、少しひんやりする。
『ギルドまで、お願いできますか……』
「ギルドって……冒険者の?」
『はい……』
カーナビが勝手に目的地を設定した。
《目的地:冒険者ギルド》
《距離:1.2km》
《想定料金:銀貨1枚+銅貨3枚》
本当にタクシー営業をさせる気らしい。
「……よし、行くか」
アクセルを踏むと、エンジン音ではなく、
ふわり、と魔力みたいなものが車体の下で揺らめいた。
そして、走り出して間もなく。
『……あの、運転手さん』
「ん?」
『……ぼく、いじめられて……。ギルドの人が“ここに来れば居場所があるかも”って……』
透明な体が、かすかに震えている。
——なるほど。
どこの世界でも“弱い子”はいじられるんだな。
「大丈夫だよ。すぐ着くし、受付の人にちゃんと話せばいい」
『……っ、はい……!』
スライムは少しだけ輝いたように見えた。
やがて、王都の大きな建物が見えてくる。
冒険者ギルド——異世界の“職安”みたいな場所だ。
「着いたぞ。頑張れよ」
『う、うん……! 行ってきます!』
スライムがころん、と地面へ転がるように降りたその瞬間——。
カーナビがまた勝手に光った。
《乗客を安全に送り届けました。
満足度:★★★★★》
「おい、満足度システムなんてあったのか……」
苦笑しつつ、俺はハンドルを握り直す。
「——さて、次のお客様はどこにいるかな」
こうして、
異世界タクシー運転手としての俺の一日目が始まった。




