第一部 ヒロシ 第六章 エンドロールのように
朱音は警察に逮捕され連行されていった。
恵美の両親やヒロシの両親にも連絡が入り、遠くニューヨークまで来ていた。
恵美は正気を失い、何も食べずただヒロシの遺体の側を離れなかった。ヒロシは三日後に荼毘にふされ、遺骨で日本に戻った。
朱音は裁判の裁決で有罪となったが、日本に移送され日本で再逮捕された。執行猶予三年・・で刑務所に入ることは無かったが、毎日を何もなく一人生きていた。恵美も会社を辞め自宅に閉じ籠り、ヒロシの慰霊写真を見つめていた。「ヒロシ君・・そっちはどう?寒くはない?会いたい・・あなたに」恵美もまた人生を上手く生きれずにいた。
このようにして谷ヒロシの最後は、二人の女性の幸せを守るための絶命だった。
ヒロシはいつかの裂け目の住人に会っていた。
「あなたの言う通りでした・・幸せでしたけど刺されましたし、何度となく不遇もあったし。
幸せだったか?と聞かれたらどうかな?満足はできなかったし、二人を最後まで守れませんでした。
でも仕方がありません。終わりましたから・・後悔はありません。いろいろとありがとうございました。・・」そう言うとヒロシの体は天に向かって飛んでいったので行く筈だったが、何故か裂け目の住人は「ダメだねお前は・・せっかく何度も戻してあげたのに、二人とも不幸にした。これじゃ、死んださゆりは報われないよ。」ヒロシはハッと驚き聞いた「・・さゆりが、死んだんですか?いつ・・何で?」裂け目の住人は「あなたを裂け目に入れ、違う次元に飛ばした時・・さゆりは死んだお前を放って起き、多額の保険金を手に入れたよ。子供達は注意したけど・・投資話に騙され結局は一文無し・・その後報いる様に癌になって、生涯を終たよ。
彼女も選択ミスした。しかも人を殺しておいて・・だけど彼女はお前が居ない三年間を楽しく過ごせたから、満足だったと思うよ。」
ヒロシは「そうだったですね・・そんな事がさゆりにあったなんて・・可哀想に。」
住人は「ねっ!あなたは基本的に優しさを持っているんだよ。ただ意志が弱いことと、周囲に流され易い・・そこが欠点だ。さゆりにはもう会えないけど、どうする二人を?下を見てご覧・・苦悩する二人が見えるだろう。」ヒロシは下界を見、閉じ籠り蒼ざめた顔色の恵美と、街中で人にぶつかり合う朱音が見えた。
「見えた・・どう?・・放っておく・・それとも」
「分かりません・・もし戻ってもどちらかしか救えない・・そうしたら、もう一人はどうなるのか?無理かもしれません。だったら・・」ヒロシはどちらか一方を不幸にしてしまうなら、仮に戻れるとしても、無意味だと思った。
「あなたはどちらも・・と思うからよ。選択は間違いもあるけど、それが大きければ大きいほど、もう一人が納得できる・・それが本当の選択する意味だよ。救うのは愛し合うだけじゃない・・信じ合うそれも大切にすると言うこと・・長い人生なんだから間違いもあるけど、フォローすることも肝心では?」住人はそんな事を言うと、二人の女性を裂け目に呼び寄せた。
恵美は突然・・
「ヒロシ君が呼んでる・・」そう言い家を飛び出した。「どこ?どこなの?聞こえる・・ヒロシ君の声が」恵美は夢遊病者の様に歩き、駅前まで来ていた。「何故?ここに来たの?・・そうか・・ヒロシ君といつもここで出会った・・私、気が付かないまま来ちゃった。もう・・ここには居ないのに・・」そう独り言を言い啜り泣いた。そこに突然・・
「あの・・もしかして恵美さん?・・恵美さんですよね。」後ろから声を掛けて来た女性がいた。
恵美は顔を上げて、声がする方を見た。その瞬間!「・・朱音ちゃん・・朱音!・・この!人殺し!・・私のヒロシを返してよ!みんなあんたのせいよ!良く私の前に来れたもんね!」それはこの場所にいない筈の、敵である朱音だった。
恵美は怒りを爆発させ、朱音に近づき襟を掴み殴る勢いだった。
朱音は目を瞑り「どうぞ・・私を好きにして下さい。先輩を殺したのは、どうやってもやっぱり私だから・・」朱音がそう言うと「言われなくても・・私があなたを・・決して許すない!」その時だった。二人の前にあの裂け目が現れ、二人を飲み込んだのだった。二人は裂け目の異次元でヒロシを見た。
「ヒロシ君・・」「先輩!」二人はヒロシを追う様に走り出した。その瞬間!
裂け目が再び開き、二人を吐き出した。
二人は・・「えっ??ここは高校・・私の通っていた高校・・」恵美は幻を見る様に、校門から校舎に向かう生徒たちを見ていた。恵美の隣には中学生時代に来ていたセーラー服と同じ服を着た朱音が気を失っていた。なぜか朱音の顔は整形手術前に戻っており、とても可愛い表情だった。朱音も目を覚ました。「えっ!何?何が起きたの。私・・昔・・に戻ってる・・」
朱音は自分の顔を触り、胸も触った。「ああ・・やっぱり小さい。ぺちゃパイ・・私だ」訳がわからん事を言うのであった。
恵美は「どうやら・・私たち昔の次元に戻ったって事?あり得ない・・だったらヒロシ君はどこ?いる筈だよね・・」
恵美は立ち上がり、ダッシュで校舎に向かった。朱音も「こうしちゃいられない!急がなくちゃならん!遅れはダメです!」そういうと朱音も立ち上がりダッシュして校舎まで走った。
校舎中のヒロシがいた筈のAクラスに二人は着くと、目を丸くしてヒロシを探した。しかしヒロシはおらず・・恵美は「そうか、視聴覚室!」そう言うと、今度は階段をダッシュして急いだ。
二人は視聴覚室を見回した。
そこにギターを弾いているヒロシを発見し走り近づいた。
「ヒロシ君!」「先輩―い!」二人は声をかけた。
ヒロシは振り向くと首を傾げ「・・どちら?さま?です」と言うのであった。
恵美は涙を一雫流しヒロシに優しく抱きつき「私よ。う・う・う恵美です。私のこと分かるでしょ。私たちの初恋・・将来の奥さん」
朱音もヒロシの背中に抱きつき泣きじゃくった。
「うーえーん・・先輩!私です。音楽が大好きな朱音です。ずっと昔の奥さんです。そちらより前の・・」
ヒロシはギターを置き「誰かと勘違いしてる?二人とも初対面だよね。特にセーラー服の君」
「ちょっと朱音さん・・ヒロシ君から離れてくれないかしら。知らないみたいあなたのこと・・」
「恵美さんも・・知らないみたいですけど・・」
二人は唖然とした。過去の記憶を持っていない・・
そう裂け目の住人はヒロシを生き返らせた代償に、二人の過去の記憶を全て消した。それこそ零の境地からのヒロシ最後の五回目の人生だった。
「ヒロシ君・・」恵美は涙を拭きショックで言葉が出なくなったが、朱音は「ヒロシ先輩!私はこの四月からこの高校に通う、風間朱音でーす。入学したら、先輩のバンドに加えて下さいね。私、頑張りますので、よろしくお願いします!!」そう言うのであった。
朱音は素早く機転を効かせ、作戦を開始していた。
恵美はかなりショックを受け、自分の教室に戻るのであった。
ヒロシは「そう・・うちの高校に入学予定・・?じゃ部外者じゃん!先生!先生!」ヒロシは先生を呼びに、職員室の方に・・朱音は「やばい・・」そう思い、急ぎ足で校舎を後にした。
ヒロシは二人の存在を気にしないまま、勉学やスポーツに音楽を、相変わらず頑張るのであった。
ある日の土曜日・・
ヒロシはいつもの様に喫茶ロマンで勉強をしていた。
「やっぱり休みの日は、ここでの勉強だな・・クーラーあるし、九月だけどまだ暑いしね。コーヒー1杯だけで・・粘れる」
一時間ほど勉強するとヒロシは喫茶店を出て、学校でのバンド練習に行くのだった。
ヒロシは外に出ると「やっぱり少し暑いな・・自転車で風切って涼むか?逆に暑いか?(笑)」
ヒロシが自転車に跨り、走り出そうと瞬間に何かが飛んできて頭に当たった。
「痛って!何だ靴?・・誰?俺に投げた人」ヒロシは怪訝そうに周りを見回すと・・
「わたし・・です」恵美だった。
「確か・・この間、視聴覚室に来た人だよね。靴を俺に当てて、怨みでもあるとか?? ・・その記憶は俺にはないけど・・」
恵美は悲しい顔で「本当に・・この出来事も忘れたの?私のこと全部忘れた!・・だったら」そう言うとヒロシに無理やり抱きついた。
ヒロシは驚き「何をするんだよ。オッパイがあたって・・びっくりするじゃないか?・・もしかして、ボイン?だったりするの。まあ!抱きしめられるのも悪くない・・こんな美人の子にされたら本望というか・・」
恵美は「私の香りも覚えていないだね?もう・・私の好きだったヒロシ君じゃないんだ。」
そう言うと膝をつき啜り泣き出してしまった。
ヒロシは困ってしまい「まあ、分からないけど、とにかく話しを聞くから、喫茶店に入ろう」と恵美を抱き上げ、先程出て来た喫茶店ロマンに、恵美を連れて再び入ったのであった。
ヒロシは一通り恵美からの話を聞いた。
「うん・・大体は理解はしたけど、その・・前の世界?それってどんなもの?」ヒロシは興味津々に聞いたのだった。ヒロシは全く覚えのない恵美に多少興味を示していた。
「だからね・・私とヒロシ君は互いが二十五の時に結婚して、ヒロシ君はバンドサポートとして音楽事務所に就職して、すごく音楽が好きで、私はあなたを心から愛していて・・でも・・
誤ってアメリカの警官に銃で撃たれて、あっという間に死んでしまったの・・でもね、不思議だけど・・ここにいて生きてる・・」
「俺・・死んだの?だったら、今ここにいる俺はお化け・・とか?・・あり得る?それに君が俺の初恋の人で、ずっと想っていた?・・まあ、君みたいな可愛いくて美人でスタイル良くて・・うっ?なんか・・頭が痛い!ううぉー何なんだ!この痛み・・俺はいったいどうしたんだ・・」
そう言うと、テーブルに頭が直接落ちた。
「ヒロシ君!大丈夫?頭が痛いの?」そう言うと恵美は自分の額をヒロシの額に当てた。
すると厳しい顔をしていたヒロシは、穏やかな表情に変わり・・
「あ〜どうしたんだ俺は・・不思議だけど・・消えたよ頭痛・・??君のオデコに仕掛けでもあるの?」
恵美は安心して「無いわよ。愛の力かも?・・」そう言い少し笑みを浮かべ言った。
ヒロシはコーヒーを飲み一息付くと「まあ・・実際、俺、君みたいな彼女欲しかったから、お付き合いしてもらっていいかな?なんか・・君が気になってきた」ヒロシはそう恵美に言うのであった。
恵美は元のヒロシでは無い彼に違和感を感じ、今は見守るしかない・・そう考えた。
「ほんと!嬉しい・・でもお友達から・・でいい?」
恵美にもある程度の考えがあった。ヒロシのことを良く理解できていたからだった。
ヒロシは恵美が抱きついたり、泣きじゃくったり・・何だか変わった子?そう思うのであったが、あのタイミングでなぜ・・酷い頭痛が起きたか理解不明だった。でも彼女の額で和らいだ・・それも確かだった。
それから恵美は毎朝ヒロシと一緒に大学に通った。
恵美はヒロシに少しづつだが過去の出来事や、思い出話をするのだった。
ヒロシと行った秋祭りの日や、初めて手を繋いだこと・・それに初めてキスして恥ずかしかったこと・・定例演奏会で自分の為に唄を作って、歌ってくれたことなど・・少しづつ。
ヒロシには変化は無かったが、いつの間にか二人は恋人同士ではないが、笑って話せる仲になっていた。
ヒロシと恵美は高校三年生になり、ヒロシは勉強が忙しくなり、ほぼ毎日図書館に行き勉強をしていた。
そんな四月の上旬に朱音が現れた。
「先輩!お待たせ致しました。朱音!無事、この高校の生徒になりました。」
そう言う朱音にヒロシは「うん・・そう。良かったね」とだけ受け答えをした。
朱音は「・・先輩が私のこと忘れてしまったこと・・凄く責任感じてます。私が・・道に迷わずついていったら、あんな酷い結果じゃなかった・・と今でも思います。それが悔しくて、悲しくて・・」そう言うのであった。
ヒロシは勉強の手を止め「君も俺の過去の話とやらを語るの・・?それなら恵美さんに聞いたから・・もういいよ。大丈夫だから」と。
朱音は目にいっぱいに涙を溜め「先輩は!恵美さんの話を聞いて、馬鹿げてる・・そう思ってるんでしょ!私はそんなことは言いません。先輩がなぜ記憶を無くしたかを話します。聞いて下さい。」
朱音は溜まった涙を堪えきれず頬に流して、聞いてくれる様にヒロシに訴えた。ヒロシは朱音の頬を流れ出た涙をそっと掬いとった。
朱音は思わず「えっ・・」と驚き少し赤くなり下を向いた。
「涙は・・好きな人だけに見せな・・朱音さんだっけ?君はとても可愛いよ。それに言葉がはっきりしていて、俺はその声・・いいと思う・・だから、卒業まで君も友達になってよ。いいかなぁ?」
朱音は頬を赤くして「やっぱり先輩は詩人ですね。訳の分からない口説き方・・好きです。」そう言う朱音だった。
だがヒロシは急に腹痛がして、机の上に顔を埋めた。
「先輩!大丈夫ですか?しっかりして下さい・・」
ヒロシは顔を上げ「・・大丈夫だよ。昼に食べた物なんだっけ?食あたりかも」そう笑って見せた。
朱音は心配そうだったが、ヒロシはすぐに回復して「でもね、なんか・・疑問なんだけど、君の声を聞くと、・・何と言うか?いい表現がないけど・・好きかもね」そう言い少し笑った。朱音は喜び「先輩!ありがとうございます。朱音・・精一杯頑張って見せます。」
ヒロシはまた笑い「なんか?おもしろいね、朱音さんって!ハハっ笑っちゃうよ」朱音は密かにヒロシの心を掴めるのは自分だと信じて止まななかった。
六月になり梅雨で鬱陶しい日が続いていた。ヒロシは今、雨が止んでいる時に帰ろうと、勉強を早めに切り上げ学校を出た。
しかし・・突然に雨が降り出し、傘を持っていなかったヒロシはずぶ濡れになった。傘を差した同級生達が笑いながら自分を越していき、脳が何かを感じた。
(おーい!ヒロシ!俺、傘を忘れたから、お前のをよこせよ。)(嫌だ!)(まったく!よこせよ!)(あー・・)(ハハハ・・弱虫ヒロシ!悔しかったら、取り返してみなよ!馬鹿が!)・・・・
ヒロシは「いったい・・いつの記憶だ。俺はイジメを受けていたのか?・・そんなはずは・」降り頻る雨の中、ヒロシは座り込み頭痛を感じた。今回は割れそうに痛くなった。「う〜ううぇ〜」そう悶絶して吐いてしまい、ずぶ濡れのまま道路に座り込んでしまった。
その時に「ヒロシ君・・ねえ、大丈夫?」懐かしい声がした・・だが、すぐに記憶が消えた。
「恵美さん・・俺ってどうしたんだ?こんなにずぶ濡れで・・何をしてたんだ。」
ヒロシは記憶が飛んでいた。恵美はヒロシを抱きしめて「いいの・・思い出さなくても・・」恵美はヒロシを諭す様に強く抱きしめ、暫く離さなかった。
帰り道のバス停で二人は雨宿りをした。雨は止むことが無かった。恵美は持っていたタオルでヒロシの髪を優しく拭き、顔を覗き込みながら心配していた。
ヒロシは「ねえ・・俺の中学時代のこと恵美さんは知ってるんだろう。俺ってイジメ受けてのか?しかも酷いイジメを・・。しかも・・以前も君に髪を拭いてもらった様な記憶が・・何故か?ある・・そんな記憶の断片がある・・」ヒロシは自分が見た過去の記憶の断片は、本当なのかを確認したかった。
「うん・・ヒロシ君は毎日イジメを受けてた。でもね・・酷いイジメだったけどあなたは負けなかった。卒業までには克服して、高校生では努力していた。それで今だよ。」
ヒロシは下を向き「知らなかった・・俺ってそんな人間だったんだ。弱虫で逃げていて言い返せない・・
だけど・・恵美さんに会ってから、偶にこの心の叫びを感じる・・いったいどういう事なんだろう?」
ヒロシは髪を掻き毟り頭を抱え込んだ。
「ううん・・思い出さなくてもいいの・・いま私はとても幸せだから嬉しい。それにあなたの顔を見れた。・・・弱虫?・・いいじゃないの。今は違うし」
恵美はじっとヒロシを見つめて優しく微笑んだ。
二人は雨がシトシトと降り続くバス停でしばらく座っていたのだった。
一方、朱音は学園祭でヒロシが最後のバンド活動できる様あれこれしていた。無論ヒロシにはその気は無かった。三年生の定期公演で最後と決めていたからだった。それでも朱音は練習だけでも・・と言いながら誘っていた。ヒロシも根負けし練習に参加した。
「先輩!待っていました。いつ来るのかって毎日のように準備してました。」
ヒロシは「朱音さんだっけ?俺は絶対に!学園祭には出ないからね。今日は久しぶりに練習はするけど・・」そういうのだった。
朱音はこの曲を覚えていますか?そう言いながら、ヒロシの作った“Melody”をキーボードで弾き始めた。
「えっ!こんな斬新な音・・聞いたことないけど・・君が作ったの?すごーくいい曲だ。」
朱音は「自分で作ったくせに・・絶賛ですか?」そう思うのであった。
「・・先輩が・・作った曲ですよ・・覚えてませんか?こう!“C”から!始まる!優麗なスローバラード曲を!・・」
ヒロシは「・・なんか?君怒ってる?」朱音は困り果ててしまった。曲調を聞かせても自分が作曲したと、思い出せないヒロシに・・。朱音は曲調がダメなら、歌詞をつければ・・そう思った。
じゃあ!先輩!これならどうですか?とキーボードで演奏しながら歌い始めた。
行き交う 僕と君 未来が見えたら♩
すれ違い・・音で気づくだろう
ざわめく君の声(音)で
ズレた過去のMelody
落ちた雫 二人を 包み込む水音
鳴らすノイズ リズムが教えた
君の笑い声を ノイズのざわめきが
外すイヤホン 騒がしいと
落ちていく音と 拾い上げる音
カタカタ動き出す旋律
手を振る君の声(音)が はるか遠くの星に響く
触れた指で押されたclavier
高い音色に僕は優しく触れ
薄らぐ記憶を取り戻す 今ここに・・
朱音は当時の歌を忠実に再現したのだった。
ヒロシは「・・おかしい。初めて聞いたけど音符が止まらない・・。どうして?意味が分からないよ!気持ちが悪い。・・まるで知っていた様に自然に聞こえるし、歌詞が・・自然に蘇って続きが分かる・・デジャヴ?本当に俺が作ったのか?・・懐かしい」
ヒロシは腹部を押さえ、痛みに耐えていた。
「先輩・・この曲は・・私のことを想って書いてくれました。ずっと長い間、先輩は心のうちを出さず、歌詞にキーワードを入れて・・。誰にも分からぬ様に、心の淵を歌詞に載せて、絶対に私だけが分かる様に細工してました。でも・・私は直ぐに分かりました。先輩の気持ちも、私の気持ちも・・」
朱音はそう言うと、ヒロシをじっと見つめ「先輩は・・私のこの瞳が好きだと言ってくれました。それよりも“音”・・私の声が綺麗な音に聞こえて、それが・・僕の旋律だと・・そう言ってくれました。」
朱音は強気に出ていた。自分の最後の人生だと分かっていたからだ。恵美に遅れを取れば、この最後のチャンスが無駄になると・・。
ヒロシは「そうか・・朱音さん・・話は良く分かったけど、と・・言うことは、恵美さんと朱音さんの二人が俺の人生に大きく起因したと言うことだね。だったら・・俺は・・どちらも好きにならない・・。恵美さんか、朱音ちゃんのどちらかを選択すれば、一方は不幸せ・・と言うことだよね?だったら、双方とも好きにはならない・・それがいい。それが一番。」
ヒロシはそう言うと練習場所を後にした。
この時点でどちらにもチャンスがあったが、どちらにも決定打がなかった。ヒロシが自分を思い出してくれる事が・・
ヒロシは翌年に大学に進み、恵美も必死に猛勉強を重ねて、ヒロシと同じ大学にギリギリ受かった。一安心だった。
「恵美さん・・勉強頑張ったね!まさか受かるなんて驚きだよ。勉強が嫌いだったのに・・」
「ヒロシ君のおかげだよ。毎日毎日、試験の範囲や解き方教えてくれたから・・ありがとう」
「そんな事ないよ。通学途中に少しだけ教えてただけだから、君の努力の賜物だよ。本当におめでとう!」
ヒロシはそう言い恵美を労ったのであった。
一方で朱音は、その二人の姿を陰で見ており
「ああ・・やっぱり恵美さん・・先輩を追いかけてる。でも私には秘密兵器があるし、きっと気付いてくれる筈」
朱音は二年間待つつもりはなかった。計画を立てていたのだ。
入学式一週間の後・・
新入生の懇親会があり、ヒロシと恵美も参加した。
「谷くん・・って私のタイプ!彼女いるの?いなかったら、私と付き合って!いいでしょう?」
ヒロシはスペイン人とのクウォーターだった為、彫りが深く、日本人離れした顔立ちだった為、女子に人気があった。ヒロシは困り反対側に座っていた恵美を連れてきて、自分の席の隣に座らせた。
「谷くん、この人は何?なんか地味っぽくて田舎臭いけど・・」そう貶した。
ヒロシは「辞めて!俺の彼女を悪く言うのは!・・構わないで!」そう言ったのであった。
恵美は急な出来事にきょとんとしていた。
しかしヒロシは帰り道で「勘違いしないで、俺は別にあの場を鎮静化する為に、ああ言っただけだから。君とは同じ高校だから・・庇っただけ!それだけ・・」
恵美はみんなの前で自分が彼女だと言ってくれたヒロシの優しさが嬉しかった。
「恵美さん・・明日から俺、ロックバンドの練習あるから一緒には帰れないから適当に帰って欲しいんだ」
恵美は「私が一緒だと迷惑・・邪魔なら仕方ない」
「そうじゃなくて、恵美さんは、ロックバンドってよく分からないでしょう?だから・・明後日の朝に一緒に通学しようよ。朝、駅で待ってるから」
ヒロシはそう諭したのだった。
「うん・・分かった。バンド活動頑張ってね」
恵美はヒロシの手を握り「でもね・・体調悪くなったら連絡してね。頭痛とか・・心配・・」
ヒロシは少し困って「・・やっぱり一緒に行こう!でも・・何かあっても見てるだけね。いいかな」
恵美は少し笑みを浮かべ「うん!ありがとう・・ヒロシ君。恵美、じっとして見てるね。」
恵美は手を繋いでヒロシと家に帰るのであった。
次の日・・
ヒロシと恵美はロックバンド研究会の部室に向かうのだった。
部室に入ると、厳つい先輩達がずらりといたが、年長者と思われる先輩が「谷君!待っていたよ!我が研究会にようこそ!と、皆で拍手だった。恵美は首を傾げ「どうなってるの?これ?」と驚きを隠せなかった。だが先輩達のヒロシへの対応で分かった。
ヒロシは先輩達に名の知れた素人ミュージシャンで、廃部寸前のこの同好会の救世主だったのであった。
ヒロシが第四の人生でバンドサポートメンバーだった事が思い出された恵美だった。
「谷ヒロシです。よろしくお願いします。」
先輩達は「わーよろしく!」と言って迎えた。各々挨拶をすると・・「君?誰?」恵美を見て言うのであったがヒロシが「僕の彼女です。よろしくお願いします」そう紹介するのだった。
「ほー美人だね・・」そう言うと上から下まで見ていた。ヒロシは慌てて恵美を自分の後ろに隠して「まあまあです。決してブスではないです」
いつかのヒロシと同じだった。恵美は少し赤くなり「よろしくお願いします」とだけ挨拶した。
場所を総合体育館に移し練習を開始した。
先輩達は各楽器をアンプに繋げ、ドラムをセットして練習曲を演奏し始めた。
ヒロシは直ぐにこの同好会が廃部になりそうなのが分かり、少々悩んでいた。
「ヒロシ君・・なんか音・・合ってないね」恵美が小声で耳打ちしてきた。素人にも完璧に分かる。
音がバラバラ・・楽器のチューニングが合っていない、それよりもリズムが全く合っていなかった。
ヒロシは「ハー」と一息を吐いて、体育館の周囲を見まわした。多々のスポーツをしている誰一人、この演奏を聴きいる様な人がいなかった。と言うより、迷惑顔の人達が目立った。
ヒロシは我慢できず「先輩!ストップして下さい。・」「やっぱり・・ダメだよな。俺たち一生懸命やってるけど、これで精一杯なんだよ!」と先輩達が言った。
ヒロシは先ずはドラムに向かい「片桐先輩、ドラムはリズムの中心ですから、音符を良く見てください。この曲の場合、スネアはこうやって叩いてみてはどうかと思います。そう言うとヒロシが見本のようにドラムを叩き出した。それはジョンボーナムを思わせる様なリズムで、連打したのだった。そうすると興味を示さなかった他の同好会の女子が集まり出した。
片桐は「・・あゝやってみるよ」と。
ヒロシは次にベースの上田に「上田先輩は弦を叩く奏法・・を多用する弾き方が足りないと思います。例えばこの曲だったら・・」とヒロシはベースをいとも容易く扱い、コード変換とチョッパーを使い、激しいベースサウンドを演奏した。周囲の人が増えヒロシに釘付けになってきた。
ギターの田中には「田中先輩はディストーションに頼りすぎるので、メロディーをきちっと弾いてそれをエフェクターに乗せた方がいいと思います。例えばこの曲なら」ヒロシはディストーションを絞りワウとエコーを強めにリードを弾いてみせた。田中は目を丸くして「すげー」と感動する始末。
いつの間にか体育館いた女子の多くが集まってきていた。恵美は「さすがヒロシ君だわ。昔とちょっとも変わっていない・・天才」
最後はキーボードだった。ヒロシは自分で操作してセンスのいい音を奏でたが、途中で辞めて「やっぱり・・何か違うな・・」そう言うと袖に下がり、一人の女性を連れてきた。その時・・恵美は「朱音・・ちゃん」
そうだった。ヒロシは高校生の朱音を呼んでいた。
恵美は「ヒロシ君・・そういうこと。私が来ちゃいけない理由・・分かったわ!」
恵美は見ているのが辛くなり、体育館を出て行った。ヒロシが「恵美さん!どうしたの?何処へ行くの・・」声をかけたが恵美は振り向かず出て行ってしまった。
恵美は悔しかった。どの次元でも、音楽を通して朱音がヒロシに結びついていく。自分には無いものを朱音が持っている。そう思うと落ち込み、見る気力がなくなった。
ヒロシは仕方なく、練習を再開した。
ヒロシは朱音に何かアドバイスして演奏させた。
その音やリズム、エフェクターリングが響き最高だった。周りに集まって女子達も、パチパチと拍手した。
これで大体のフィルタリングができたヒロシは、先輩達とさっきの曲を通して演奏する事にした。
当時流行った、レインボーの曲kill the king
キーボードで映画の虹の彼方に出てくるインストレーションを表現し、ジャーン!と始まり、ギターのソロで始まる。が・・田中はイントレーション部分がうまく弾けない為、ヒロシが代役した。
その後・・ヒロシがボーカル?!完璧な英語で歌い始めた。皆は驚き、練習をしていたみんながステージに集まった。ギターソロも田中とダブルで行い、その後はキーボードの見せ場だったが、朱音はあっさりと弾いて見せた。みんなは「上手・・」と驚いた。
最後はドラムの連打で終了したのだった。
ヒロシ達は、大歓声を浴び、まるで学園祭の様に盛り上がっていた。ヒロシは「あの・・これ、練習なんで・・みなさんは自分の練習してください。」そう言うのだった。朱音はヒロシがここまでの実力とは知らなかった。ヒロシはこの人生では音楽の天才だった。
その後、何曲かを練習していたが、女子達は最後まで練習をサボって見ていたのだった。
終わると・・「ねえ、あの一年生だれなの?凄いよね。プロみたいだよね。」「知らないの・・ヒロシ谷だよ。中学時代に初めて作曲して、それがNHKのドラマに採用された・・」「えっ!あの人なの?かっこよすぎ!天は二物を与えずでなく、与えてるでしょう!あれは!」「なんか才能あるいい男ってずるいよね・・」そんな話し声が朱音に飛び込んできた。
帰り道・・
「先輩・・」「なに?朱音さん?」
「凄い才能ですね。先輩って。知らなかった。」
「ううん・・才能なんてないよ。ただ好きなだけ」
朱音はヒロシが前より大きく見え、自分が知る控え目で、時に弱さを見せる彼でない事に気付いた。この次元では、圧倒的な天才を感じるしかない朱音だった。
「でも・・なんで?ですか」「うん?なにが?」
「でも、なんで恵美さんがいたの?体育館に!」
「ああ・・恵美さん?」「そうです!なんで!」
「それは・・必要だった。それだけ・・」
朱音には理解できなかった。あの恵美が彼の側にいる事が・・私の方が不利・・筈。
「連れて来なくてもいいじゃない!なんで、依によって、恵美さんが一緒なの。理解出来ない。」
朱音は不安の淵にいた。つい余計なことを言った。
ヒロシは「彼女はね分からないけど、一緒にいると安心するんだよ。それに、なんか・・こう・・分からないけど、いいんだ。俺のダメな部分ににマッチングするんだ。でもね・・何故か分からないけど、愛情や恋愛観はないんだ。普通の友?そんな感じ・・」ヒロシは不思議とそう思っていたのだった。
「じゃあ、先輩は今は誰も恋愛感情を持つ人はいないの?誰ひとり?」朱音は確認した。
ヒロシは「なんかね・・遠い昔には居た様な気がするけど、今は・・どうだろう?う〜ん分からん。」
朱音はひと安心した。恵美がヒロシをまた奪ってしまったかと不安だった。
「良かった・・」
「何が?」
「ううん、何でもないです」
そう言いながら帰るのであった。
次の日、ヒロシと恵美はいつもの様に電車で、大学の最寄り駅まで一緒に通学した。
一限目は同じ教養学部での講義だった為、六号館に急いだ。すると・・女子達が群がってヒロシのほうに走って迫ってきた。
「谷さん、昨日見ました。」「ヒロシさん、おはようございます。どこであんな凄い音楽を勉強したんですか?素敵過ぎ!」「谷さん・・私と付き合って下さい。」
「彼女はいないですよね」など・・ヒロシは一躍人気者になっていた。
「私・・真剣に好きです。付き合って下さい!」
ヒロシは困り果て「あゝ、あのですね。音楽は好きですし、応援してくれてありがとうございます。でも、付き合うのは困ります。ここに彼女が居ますので。では!失礼します。」
そう言うとヒロシは恵美の手をとり、教室の外に避難した。恵美は怪訝そうに言った。
「また・・緊急事態で私を出汁に使いました?彼女なんて・・その場凌ぎの感情は要りませんので。」恵美は言った。しかしヒロシは「えっ?でも本当のことでしょう。君と二年以上も付き合っていたら友達以上のカノジョ未満では?ないの?まあ、抱き合ったり、キスしたりはしてないけど、美人の君が彼女なら俺は満足だけどダメですか?」
複雑な感じではあったが、恵美としてみれば、ヒロシの彼女と言うことで、皆に認定されれば決して悪くはない話ではあった。
ヒロシの心の中は・・(とりあえず、この女性は美人で優しくて、スタイルまでいい・・俺の防御にも使えるし、この先もこの関係が最高だ)
夕方・・
恵美は「ヒロシ君は私のこと好き?本当の気持ちが分からない。どう思っているのか?聞きたい。」
「うん、好きだよ。恋愛感情もあるし(嘘かも)、恵美さんが必要だと思っている。」
恵美は「嬉しいけど・・何かが違う・・彼女なのに、何か違う気がする」恵美は少々違和感を持っていた為、つい言ってしまった。ヒロシは少し顔を強張えらせ、恵美に近づいて言った。
だったら、こうする?と言い、突然に恵美にキスをした。しかも結構な時間だった。
恵美は「えっ!」と言い抵抗せずに受け入れた。
(なんか・・感じちゃうわ・・ヒロシ君・・)
ヒロシはキスすると「こう言うのが恋人同士ってこと?それとも・・もっと激しいことをしないと、恋人同士じゃない!」
恵美は赤くなり「ううん。これで充分です・・」
そう言うのが精一杯だった。恵美は少し赤くなりヒロシの手を取り、駅からの帰り道を歩いた。
週末の体育館・・
二人で何かをしていた。
「違う!違う!・・もう一回!」「はい・・」
「ストップ!!そんな演奏いらない・・」「はい」
ヒロシは朱音の特訓をしていた。ヒロシは朱音のキーボードの叩き方に、違和感があり直したかった。だが、なぜ?ヒロシは朱音をバンドメンバーに・・
一年前・・朱音が同じ高校に入学して、バンドに入れて欲しい旨を受け参加させた。その時の朱音のキーボードに興味があり、そのまま高校二年生の朱音を大学まで呼んでいた。
朱音は心中で(キツーい!本当に先輩の手解き、激しく、厳し過ぎる!)ふらふらになるまで弾き続けた。
「そうじゃない!そこの♭をなんで忘れる!もう一回!」「はい!」朱音は限界に来ていた。「ストップ!違う!そこ・・・ん?」ヒロシは咄嗟に朱音を抱きかかえた。
朱音はハードな練習を三時間もの間、休み無しで指導されていた。その為、過度な練習による脱水症状を引き起こした。ヒロシは朱音の両膝を持ち上げ、抱っこしてタクシーに乗った。
「大丈夫?朱音さん。ごめんね。体調が悪いの気付かなくて。俺って人間としては、最低だから・・本当にごめん。」ヒロシは朱音を自分の膝の上に乗せて、病院まで向かった。
朱音は「先輩・・ごめんなさい。上手く弾けなくて・・次は頑張りますから・・」そう言った。
「いいよ・・今は休んで」
病院に着き点滴を受ける朱音にヒロシは「鬼だったね・・俺の指導・・ごめんね。朱音さんが高校生だって事忘れてたよ。本当ごめん・・」
「いいんです。下手な私のせいですから・・」
ヒロシは朱音の手を握り「今はゆっくり休んで」と言いながら朱音の髪を優しく撫でた。
朱音は感動してヒロシを見つめ涙した。
一方で恵美はヒロシと帰る時間だと思い、体育館まで来たがバンド同好会の先輩達が集まり、何やらざわざわしていた。
「あの?何かあったんですか?人が沢山居ますけど」恵美はそう確認した。「ああ・・谷君の彼女!今来たところ?」「そうですけど、何か?」
先輩は、ヒロシが朱音を特訓し過ぎて、倒れてしまい病院に連れて行ってことを説明した。
「えっ!ヒロシ君は大丈夫ですか?」
「谷君は大丈夫で、高校生の朱音さんが体調不良で病院って言ったつもりだけど・・。」
どうなってるか?皆目検討がつかない恵美だった。
「どこの病院ですか?」「俺たちにも分からないんだ。谷君が朱音さんを抱っこして、タクシーで行っちゃたから」そう言う先輩に恵美は「抱っこしてタクシーに乗ったんですか?」
恵美は少なからず心配になってしまっていた。
「朱音ちゃんのあの悲しい目を見たら、誰でも助けたくなる。彼女の得意技ですもの。もし・・ヒロシ君に同じことをしていたら・・でも・・そういう流れか」
恵美は心で朱音がヒロシの心を掴む・・そう感じてしまった。私はいつも待ちぼうけ・・」恵美は肩を落として一人バス停に座っていた。
そこに「えっ恵美さん?どうしたの?こんな時間に」ヒロシだった。
「ううん・・何でもないよ。課題してたら遅くなっちゃって。」「そうなんだ・・」
「朱音ちゃんの具合はどう?良くなった。病院に連れて行ったのよね。」
ヒロシは知っていたのか?と少し気まずく感じたが
「うん。脱水症状と貧血だったから、点滴して落ち着いたから、さっき駅まで送って行った」
恵美は安堵な表情を浮かべ「良かった・・」そう言うのであった。
「俺・・しごき過ぎた。朱音ちゃんを。酷いやつだよね。完璧さを求めるあまり、人を傷つけちゃう・・」
恵美はヒロシの顔を横から眺め感じた。この人・・本当にしごきのレッスンしてたみたい・・。彼女への愛が少しも感じられない。
「感謝してたよ俺に。でも、こうなったのは、俺の責任だから、だからだよ。それがどうして・・一緒だと嫌なんだ。ヤキモチ?」
「別に嫌では無いよ。友達として信じてるから。ヒロシ君は絶対に彼女を傷つけたりしない・・分かってる。ヤキモチは恋人同士が思うことでしょ?じゃあ私達には関係ない言葉だわ・・」
ヒロシは恵美の暗い顔が心配でならなかった。
「そう!だったら着いてきて!」そう言うと恵美の手を引っ張り歩き出した。「ちょっと!ヒロシ君どうしたの。少し止まって話をしましょう!」
ヒロシは恵美の話を聞かず、兎に角進むのであった。
「ここは・・」恵美は驚いた。「そうだよ!ラブホだよ。好きなら一緒に入れるよ。君を連れてね。」
ヒロシは(どうせ焦って逃げるさ・・)そう、たかを括っていた。
だが恵美は「これがラブホ・・というところ。はー・・キラキラしてるわね。じゃ!ヒロシ君一緒に入ろう!私も疲れたし泊まって行こうよ。ね!」
ヒロシは驚いて言葉が出なかった。
「恵美さん・・本当に入るつもり?どういう所か知ってるよね?」「ええ!知ってるわ。カップルがイチャイチャする所でしょう。いくら私が無知でも、これくらいは知っているわ。」
恵美はそう言いヒロシの手を引き中に入って行った。
「わ〜大きなテレビだね。それにお風呂も大きい・・見てヒロシ君!あそこにスポットライトもある!」
恵美は気持ちが爆上がりだった。
「ねえ、ヒロシ君はお風呂入れば、私はテレビ見てるからね。」
恵美はそう言うとヒロシにバスタオルを渡した。
「あ、ありがとうございます・・」そう言いながら言われるまま、お風呂に入った。
しかし何とガラス張りの浴室の為、ヒロシの裸体が丸見えだった。ヒロシは気付き、咄嗟にバスタオルで全身を隠したが、「これじゃシャワーできないよ。・・そうか湯船溜めればいいんだ」そう言うとヒロシはバスタブにお湯を入れ始めた。
下半身にタオル巻いてお湯が溜まるのを待っていたヒロシの前に急に、恵美が全裸入ってきた。
「おおっ!!ダメだよ!恵美さんは!変態!」そう叫ぶと縮こまって端の方に座り込んだ。
恵美は「ヒロシ君・・こっちに来て。何もしないから」そう言うと恵美はバスタオルを外し、ヒロシの前まで歩み寄った。
「ヒロシ君・・私を見て。私の全てを・・」
「無理だよ。こんな経験初めてだし恥ずかしいよ」
ヒロシは隅に座り込み、頭を抱え下を向き目を瞑っていた。恵美はヒロシの背中にそっと触れ「だから・・何もしないわ・・信じて」
ヒロシはようやく立ち上がり目を開けた。
ヒロシは恵美の裸体を上から下まで見ると・・
「あゝ・・綺麗だ。凄く恵美さんの身体が綺麗だ」
そう言うと恵美の肩を両手で抱きかかえ、ゆっくりと恵美の唇にキスしたのだった。
二人は裸のまま抱きしめあった。
「何か不思議な気分だよ・・恵美さんとこうしてるのが。自然と言うか?嫌らしくも何とも無い・・」
恵美はヒロシに自分の胸を触らせて「愛し合ってるって事は、こんな事しても自然だと思うわ・・でもね、ヒロシ君は何も感じない?こんな事しても?」
ヒロシはハッと思い「・・いや・・気持ちいいよ。柔らかくて暖かい恵美さんの胸・・」ヒロシはそう言うと、恵美の胸に顔をあてて愛撫し始めた。
「いいの・・ヒロシ君・・思った様にして。あゝ・・」恵美はヒロシの行為に感じてしまっていた。
しかし「でも・・ダメ・・ヒロシ君・・これ以上はダメだよ。好きでもない私を抱いたら後悔するわ・・」
恵美には分かっていた。朱音に対するヒロシの心が・・。だから・・後悔させたくなかった。
「思わせぶり・・そうなの?裸でこんな事してたら、誰だってしたくなるよ」ヒロシは正直に話をした。
「ううん・・そうじゃ無いわ。ヒロシ君が本当に好きだと思う人を抱いて欲しいの。今、私たちはそういう仲じゃないから。だから後悔させたくなかった」
ヒロシは恵美の胸から顔を離し「分かった。恵美さんのいうこと。・・そうかもしれない。今は恵美さんに愛情の心が無いかもしれないから、失礼だし互い後悔するよね。俺にも分かる気がする・・」
ヒロシと恵美は湯船に浸かり、色々と話をしたのだった。中学生時代のことや、高校生の時の話など、二人で笑い、楽しみしばらく話に花が咲いた。
「もう出ようか?身体がぶよぶよになっちゃうよ!」ヒロシはそう言いながら湯船から出た。
恵美も「そうだね。皺くちゃのおばあちゃんになっちゃうわ!」そう言いながら湯船を出た。
ヒロシは再び恵美の裸体を見て「本当に綺麗!素敵」そう褒め称えた。
「そんな事無いわ・・この身体はいつか誰かにあげる時が来るから。その後は印象が変わるわよ。垂れ乳でぶよぶよなお腹になるし・・」恵美が笑いながら言ったのだった。
ヒロシは恵美に優しくバスタオルを掛け「風邪引く前に温まろう・・湯船がぬるくなってたから」そう言いながら恵美にバスローブを着せた。
「ありがとうヒロシ君」
二人は部屋に戻ってから軽食を食べ、初めて出会った時のことや、受験のために一緒に懸命に勉強したことなど話が尽きなかった。
まるで・・いつかの恋人だった時の様に笑いあって、時に真剣な顔をして。
ヒロシはいつの間にか恵美に心を開いていた。
「恵美さん・・もう寝ようか?12時だし。僕も少し眠くなったよ。」「そう言えばそうね・・私も眠いわ」
そう言うと二人は手を握り合い、ベッドで眠りについた。恵美はヒロシの寝顔に安らぎを感じていた。
もう会えない・・そう思っていたヒロシが今、自分の横で昔のように眠っていて涙が溢れて、なかなか寝付けなかったが、知らぬ間に眠ってしまっていた。
次の朝・・
ヒロシは目が覚め「ええっ!これ何?」と驚き飛び起きたのだった。「俺・・パンツ履いていない・・」
隣を見ると、安らかな顔で恵美は眠っていたが・・
「ああー良く眠った・・」恵美も起き上がった。
恵美も顔を赤らめ「えー!私・・裸?どう言うこと?ちゃんと下着つけて・・バスローブ着て寝たのに」
恵美も不思議がった。
二人は昨夜寝た後を考えていた。
(繋いだ手・・ヒロシ君の手が私の胸にきてブラの中に手が入り先を触られ・・私がヒロシ君の口にキッスしたら・・こんどはヒロシ君の手が私のショーツにやってきて指で触られ・・気持ち良くなって感じちゃって・・私もヒロシ君の下着を下ろして下半身の物を触り・・布団に潜って舌で舐め口に入れ・・嫌っ!・・ヒロシ君が私のxxに指を入れ濡れて・・凄く興奮して・・)
(恵美さんのxxに触ったら濡れてきて、下半身の物が大きくなって・・恵美さんの胸を揉んでしまった・・首筋を愛撫してたら・・恵美さんの喘ぎ声に興奮して・・ショーツに手を入れxxに指入れた・・そしたら急に恵美さんが上になってきて、キスするとバスローブを脱ぎ・・ブラを外し、ショーツも脱いだ。)
(ヒロシ君がxxxを私に入れてきて・・悶えてしまった・・何度も昔みたいに・・はー・・気持ち良かったけど、やってしまった)
(入れたら気持ち良くて、体中愛撫しちゃった。でも凄く気持ちいい感じで・・あゝ・・恵美さんを昨夜知らぬ間に抱いてしまった・・)
互いにそう思いながら顔を見合わせた。
「ごめん・・恵美さん。しちゃったみたい・・」
「うん。そうみたいだわ。気が付かないまま・・」
二人は裸のままで互いに反省したが・・
「でも君とのSEX良かった。恵美さん・・すっごく」
ヒロシは照れながら言ったのだった。
「うん。私も知らぬ間に感じちゃったわ。良かったわ。気持ち良くて・・ごめんね」恵美も赤ら顔をしながら言った。
ヒロシは恵美を見つめ「好きなのかも・・君のこと。抱いたからじゃなくて、凄く自然だった。まるで昔同じ事があったみたいで・・君の心と体を感じた」
ヒロシはそう言うと恵美の髪を撫で、口づけをし裸のまま抱きしめた。
恵美は薄っすらと涙を浮かべ「いいの・・思い出さなくても・・私、やっぱりヒロシ君が大好き。何度でも好きになっちゃう・・ありがとう。」
恵美はそう言うとヒロシを横にし、上に被さりヒロシのxxxを自分のxxに入れ感じ抱きしめた。恵美が喘ぎ出すとヒロシは昨夜の恵美を感じ、何度も恵美を抱き離さなかった。激しくそして時に優しく・・愛し合った二人だった。
二人は着替えホテルを出て、何食わぬ顔で大学に行った。二人は歩きながら「今回の事は暫く内緒にしようね」とヒロシが言ってきた。恵美も恥ずかしいので賛成していた。二人は昨日までの二人のふりを通した。
「そう言えば・・朱音さんは大丈夫なの?倒れたんでしょう?体調悪かったの?」ヒロシは下を向き「ダメだな俺・・朱音ちゃんの音が・・音がどうしても気に食わなくて、何度もNG出した。しかも三時間も・・そうしたら彼女倒れちゃって、俺のせいだよね・・。
俺、手に入れたい音は是が非でも手に入れたい。でも、要らない音は排除するんだ。だから彼女にも無理させて自分が納得できる音を求めてしまって・・ダメだよね俺って・・周りが見えなくて、自分勝手になる。だからごめんね・・恵美さんにも酷い仕打ちしてるよね?俺って、相手に思いやり足りて無いよね・・ごめんね。恵美は複雑だった。昨夜の事もあるが・・
過去にヒロシが朱音の音に導かれ、恋に落ちたことを知っていたからだった。
「ヒロシ君はいい音求めて、どうしたいの?プロにでもなる?まあ、ヒロシ君にはそれくらいの資質はあると思う。だけど・・無理させないで彼女まだ高校生でしょ?練習を慌て過ぎてるかも。だからゆっくり教えたら?私は平気だから・・大丈夫」
恵美はそう言いながらも朱音を気にしていた。
少なくとも過去に夫婦だった二人に、あるきっかけで気持ちが戻る・・その可能性も心配していた。
「プロは無理かな?でも・・そんな関係の仕事はしたいと思っているよ。・・朱音ちゃんは素直で一生懸命でいい子・・だから大切にしたい・・でもね、音楽は音楽だから・・つい、追求しちゃう悪い癖だよね」
恵美はヒロシを刺激したくなかった。少なくとも音楽での繋がりは自分ができない領域だと分かっていた。
「ねえ、ヒロシ君。今日の講義終わったら高校に行かない?私たちの卒業した高校・・」
恵美は一生懸命だった。自分が音楽では二人についていけない事が分かっていたため、アピールポイントが欲しかったのだ。
「どうして?」
「ううん・・」恵美は考えていた。
「高校生の時って・・なんか良かったわ。無邪気で子供で・・あの頃の事思い出しくて・・」
ヒロシは突然「・・そうか・・ジャムパン!だよね・・なんとなく直感だけど・・」
ヒロシが徐に言い始めた。
恵美はどうしてジャムパンの話を知っているのだろうか?ヒロシには過去の記憶が無いはずなのに・・
そう思ったが「ヒロシ君、じゃあ食べに行こう。あのおばちゃんのジャムパンを・・でも、何で急に食べたいなんて?」
ヒロシは上を見ながら考えていたが「分からん?」
そう言うのであった。
講義終了後に二人は自分達が卒業した高校に来ていた。「懐かしい・・未だ一年ちょっとだけだけど」恵美はそう言いながらバスを降りた。
ヒロシは「ここだったな・・俺が卒業した高校・・」
そう思いながらバスを降りた。
学校横の萬屋に行き「おばあちゃん!お久しぶり!元気でしたか?」恵美はそう挨拶した。
「恵美ちゃんかい?久しぶりだね。・・えっ?谷君?そっちは谷君だよね?」おばあちゃんはヒロシを見て言ったのだったがヒロシは「始めまして谷と言います」そう言うのであった。
「良く、ここに来てくれたのに始めまして・・えっ?どういうこと?」
おばあちゃんは驚いたが恵美が「ねえ!おばあちゃん!ジャムパンある?」そう咄嗟に聞いた。
「ああ・・いつもの?あるよ。ほら・・」と笑いながら籠から出してくれた。
「谷君は・・いつも2個買ってたよね。三ヶ月間だけだったけどね・・」ヒロシが「???」不思議顔をしたので恵美は「ううん・・そうだったね!」そう言いながらお金を渡して店を出たのであった。
ヒロシは首を傾げ「ここにこんな店あったんだ?へー不思議だ。来た様な気もするけど、頭痛くて思い出せないや。ヒロシは「何で三ヶ月なの?」不思議そうに聞いた。恵美は少し焦ったが「そう言う事が過去にあっただけ・・私とヒロシ君に。それだけよ」
三か月で一度自分が振った・・と言えなかった。
そこに・・突然だが朱音が現れた。
「先輩?なんでここに居るの?びっくり・・そうか?私のこと心配で来てくれたんだ。朱音!感動!」
ヒロシは「朱音さん大丈夫なの?ごめんね・・俺って容赦無いよね。音楽になると、どうしても完璧を求めてしまうんだ・・熱はない?・・」とヒロシは朱音のオデコに手をあてた。
朱音は「・・大丈夫です!先輩!私はもうすっかり元気になりましたので、今週末の練習は参加させて頂きます。よろしくご指導お願い致します」そう言うとヒロシの頬に素早くキスした。
ヒロシはきょとんとし、恵美は少し睨み何か言おうとしたが、朱音はダッシュで校舎に走って行った。
恵美はため息をつき「朱音ちゃん・・」そう呟いた。
二人はジャムパンを齧りなら「ねえ?恵美さん」
「なに?ヒロシ君?」
「このジャムパン・・美味いね!びっくりだ!」
恵美も「そうでしょう!17歳の時に一番食べたかな?少し食べ過ぎくらいだった」二人は食べながら帰るのであった。
「なんで十七歳限定?」ヒロシは怪訝そうに尋ねた。
「まあ・・そんな時期があった・・という事かな?でもね、今もこのジャムパンが一番好き」
ヒロシが執拗に尋ねたが、恵美は笑って誤魔化した。
週末・・体育館
「先輩・・ここのフレーズなんですけど、何回やっても遅れちゃうですよ。ここの息継部分を四分の一くらい短いしないとダメですか?」と朱音は先週ヒロシに何度も指摘された部分の相談をした。ヒロシは「ブレスを変えちゃうと、全体的にここの小節が四分の一だけ短くなるから、小節内で調整する必要がある。朱音さんはここの十六部音符の二重線、いわゆる三十二部音符の入りが四分の一遅いんだ。だからその後の連奏が四小節全体で一音くらい遅くなって、遅れを取り戻せる箇所が無くなってしまうんだ。ここはチャチャって弾いてごらん・・」朱音はその優麗な指使いに見惚れ「先輩・・うま!・・」そう言うのだった。「さあ!やってみて。・・そうそう・・その流れで・・チャチャっ・・ストップ!、違うそこ!そのシの部分が遅いんだ。分かる。」朱音は「ああ!分かりました。ここなんだ。チャチャンですよね!」ヒロシは笑い「そうだよ朱音ちゃん!それだよ!やっと気付いた?良かった。次行こうか?」朱音は目を丸くし「先輩・・さっき私のこと“朱音ちゃん”って呼びました?【さん】でなく【ちゃん】で・・」
「・・うう・・なんか気付かなかった。そう呼んだ。気のせいだよ。朱音ちゃんが上手く弾けたか・・あゝ」ヒロシは気付かないうちに朱音を昔のように呼んでいた。
「先輩!全然いいんです。朱音ちゃんって言ってください。呼んでください。そっちの方が嬉しいし慣れてますから!」
ヒロシは不思議と名前の敬称が変わっても気付かなかった。
「じゃあ、これからは朱音ちゃんって呼ぶよ。いいよね。」「うん!いいです!やったー!」朱音は心から喜んだ。まあ、これもこの人生の流れか?とあまり気にしなかった。
一学年とはいえヒロシは同好会の中心であり、定期公演や学祭にはヒロシが欠かせないメンバーであった。
チューニングの正しい合わせ方、エフェクターのセッティング方法に、ドラムのスティックの持ち方まで先輩達に教えていたのだった。
「演奏にバラ付きがが出るのは今は仕方がないですけど、各々の楽器でベストな演奏を心がけて下さい。そうしたら自然にバラ付きの欠点が見え、演奏が合うようになりますから・・」
朱音は「昔・・私に言ってくれたことだわ・・記憶が無くても、音楽への向き方に変わりがない。やっぱりヒロシ君はだ。私の知っているヒロシ君だわ」
そう心から思うのであった。
秋の学祭が近づき、バンド練習も忙しくなってきた。恵美は今日はヒロシと帰ろうと、練習の終わりを待っていた。
「ちょっと待っててね、恵美さん。あと少しだから・・」ヒロシはそう言うと、恵美に手で合図した。恵美は小さく頷き待っていた。
その時ヒロシは急に先輩達をステージの真ん中に集めた。ヒロシはバンドコピーもいいが、オリジナルを演奏するのが格好がいいと、楽譜をみんなに配った。
「はい、朱音ちゃんも」「はい」
ヒロシは話を続け「これは・・う・・なんと言うか?俺が昔作ったと言うか曲があって、それをまったく違った曲調にアレンジして、歌詞も良いですが・・少し変えて作ってみました。」
先輩達は「ヒロシ・・この楽譜見ても良く分からないよ。なんか難しそうだよ」
朱音は「先輩!やっぱり先輩が一度演奏してみるしか無いのでは?・・」とけしかけた。
ヒロシは困ったが、この曲をどうしても学祭で演奏したいと思っていたので「うう・・じゃあ・・触りだけね。こんな感じ・・」
そう言うとヒロシはキーボードの前に座り、激しいC♯mから始まる曲を弾き始めた。朱音は「先輩!歌も入れてくださいね!!」ヒロシは小さく頷き・・
Melody pert II
すれ違い・・音では気づかない
ざわめく君の声(音)は
もう聞こえない Melody
落ちた雫 二人を 包み込む水音
鳴らすノイズ リズムが教えた
君の笑い声を ノイズのざわめきが
外すイヤホン 遅すぎた
落ちていく音と 拾い上げたはずの音
元に戻らない 悲しい旋律
手を振る君の声(音)が はるか遠くの星に響く
触れた指で押されたclavier
高い音色に僕は優しく触れ
薄らぐ記憶を取り戻す 今ここに・・
いつの間にか体育館にいた女性たちが群がってきた。
ヒロシの甘い歌声と激しくたまに優しく叩かれるキーボード・・やっぱり天才だった。
女性たちはきゃーきゃー言って、ヒロシに手を振っていた。最後はC♯mでジャジャーンで終わった。
朱音は例の如く涙をいっぱいに溜め、今にも溢れそうな状態だった。
「先輩・・やっぱり天才かも。あの曲をここまでアレンジ変えるなんて。でもまったく違和感がない」
先輩達も「ひえー最高じゃん!でもヒロシ!一人でやった方がいいんじゃない?」先輩達は気後れした。
「ダメですよ。この曲アレンジまで全部、俺考えてあるので、バンドじゃなけば意味ない」そう言うヒロシだった。
「先輩・・先輩がキーボード弾いた方がいい・・」
「朱音ちゃん・・シッ!ダメだよ。キーボードは君だと決めてるから・・それに俺はギターと両使いは・・無理・・えっ?・・なんか・・前にも同じ話をした記憶が・・うー 痛って!腹が・・」
ヒロシはまた腹痛が襲い座り込んでしまった。
「ヒロシ君!」恵美は急ぎ足でステージに上り、ヒロシを抱きかかえ「ヒロシ君!大丈夫?!しっかりして!」周りの群衆も「大丈夫!谷君!しっかり!」と声掛けしてきた。
「ヒロシ君!しっかりして・・」ヒロシはすぐに立ち上がり朱音を見て「朱音ちゃん・・俺は君にキーボードを叩いて欲しいんだ・・君の音が好きなんだ。だから・・」ヒロシは痛みに耐え言うのであった。
「先輩・・分かりました。私、頑張ってみます。・・でも今は休んで下さい。お願いします。」
そう言うと恵美に「先輩をよろしくお願いします。恵美さん・・」朱音は悔しそうに言った。
「分かったわ、そうするね。」
恵美はそう言うとヒロシを抱えて、一緒に帰っていったのだった。
朱音は不思議に思った。ヒロシとの関係が上向き出すと決まってヒロシが腹痛を起こした。
「もしかして・・刺した傷跡の痛み?だとしたら、これが要因で思い出すかも・・」
そう思う朱音だった。
次の日・・
朱音はヒロシが心配になって、ヒロシの実家まで来ていた。「先輩・・居るかな・・」
「ごめん下さい!」
奥からヒロシの母親が出てきて「どちら様?あら・・高校生?・・」
「あのヒロシ先輩はご在宅ですか?」「ええ、ちょっと待って・・ヒロシ!ヒロシ!お客様だよ!」
階段を降りてヒロシが玄関にやってき「あれ!朱音ちゃん!どうしたの?よく俺に家分かったね。」
「昨日のこと心配で来ちゃいました・・」
朱音は学校帰りに寄ったのだった。
「大丈夫ですか?体調?お腹の具合悪くないですか?もしかして、何か思い出しましたか?・・」
「ああ・・ごめんね、心配かけてしまって申し訳ない。もう平気だから・・思い出すってなにを?」
そんな話をしていると奥から誰かが出てきた・・
「ヒロシ君・・誰か来たの?」恵美だった。
「ああ、朱音さん!どうしたの?ヒロシ君が心配で来たの?」そう話かけた。
朱音は恵美がいる事に驚き(どうして?先輩の家にまで居るのよ。そういう仲になった?って。私の負け?そういう事。ちくしょう!)
「はい・・でも大丈夫そうだから私帰ります・・お邪魔しました・・」そう告げると玄関を出ていった。
朱音は(あの女!いつの間にヒロシの心開いたの。初恋ってだけの。単なるボインなのに。私が負けるはずないわ。おかしい・・私の方が策士なはずよ・・)
そんなことを心で思っていた。
恵美は「ヒロシ君、朱音ちゃんを送ってあげて・・周囲が暗くなってきたし・・」
ヒロシも「そうだよね!俺いってくるわ!待っていて恵美さん・・」「うん!」
ヒロシは朱音の後を追った。
しばらくすると朱音の後ろ姿が見えたので「朱音ちゃん!待って!待っててば・・」ヒロシは叫んだ。
「先輩どうしたんですか?私一人でも帰れますよ。追いかけてきてくれたんですか?」
「夜道は危ないからね。バス停まで送るよ」
朱音は嬉しかったが、自宅に恵美がいた事が驚愕過ぎて嬉しさが半減していた。
「先輩・・恵美さんのこと好きですか?」
朱音は徐にヒロシに質問したがヒロシは「ううん・・難しいね。好きという単語なら、僕は朱音ちゃんも好きだし、恵美さんも好きだ。でも・・前にも言ったけど、どちらかを選択するしかないなら・・どちらも付き合わないし、深く好きにならない」
朱音は少し安心して「良かった。先輩が恵美さんに優しいから心配しちゃった・・」
暫く待つとバスが到着して朱音は乗り込んだ。
と突然ヒロシも乗車してきた。
「先輩どうしたんですか?」ヒロシは微笑み「近くまで送るよ。危険だから・・」そう言うのであった。
朱音は喜びヒロシに抱きつきキスした。
「ありがとう。先輩!」
朱音には分かっていた。ヒロシの記憶が気持ちが、恵美にあることを。だから無性に虚しかった。どうしようもなかった。見えない過去の二人の関係性・・決して自分には無い初恋の繋がり・・朱音にはどうにもできない二人の強い絆を断ち切る方法が見当たらない。
するとその時であった・・急にヒロシは真剣な眼差しで・・意を決した様に話し始めたのであった。
「あのね・・朱音ちゃんは・・いや朱音は、俺が君と暮らした日々をどう思った。俺は、君に何度も心救われたね。」
「えっ!先輩・・ヒロシ君・・」
朱音はドキッとした。「先輩・・どうしたの?急に・・」
「俺、裏切られて分かったことが多くあったよ。君のその時の判断・・君が俺をどんなふうに見ていたか?君が二十歳そこそこでユウジに身体を預けて、子ども作って状況が状況だから理解してと・・。君も相当な決意をして妊娠していることを言ったと思う。君の半年間の行動もあの後の行動もそっと後から知ったよ・・」
「先輩!もしかして、記憶が戻ったんですか?いつから?なんで黙っていたんですか先輩?ねえ!ヒロシ君」
朱音は矢継ぎ早に言った。
「俺・・君が大好きだった。どうしようもなく・・だから最初の人生から第四の人生まで・・ずっと朱音ちゃんのこと絶対に信じてた。君の為に何度も死ぬ程頑張り、何度も君に恋をして・・でもそれって偶像だった。今思えば二人だけの幻だった・・」
「違う!絶対に!・・違います!恵美さんに何を吹き込まれたかは分かりません、偶像なんかじゃありませんよ。ヒロシ君が私の初恋だった事も、一緒に演奏した事も、結婚して幸せだったこと・・全部ほんとうだから!ヒロシ君にも私にも!」朱音は涙目で訴えた。
ヒロシはそんな朱音を抱きしめ「うん・・分かってるよ。俺を真剣に思っていてくれたこと。愛してやまなかった日々・・君にとって全て現実だろう。全部分かっているよ。」ヒロシはそう言うと朱音の手を引きバスを降りた。
そしてヒロシは長い話を始めた。
「君に初めて会ったのは大学二年の春だった。キーボードを一生懸命に練習していた君は俺には光って見えたよ。でも全てが芝居だと分かった。あの銃弾を受けた時に・・
1984年の5月に君はタイムリープしてきた。1982年の9月から。
あの日俺と恵美が絶命した日2023年に君は裂け目におそらく便乗した。事故にあって重症だったろう・・絶命する前にそっと便乗したと思う。そして1982年の9月3日に君は突然現れ俺を刺した。後から気づいた事だけど・・刺した理由は単純な理由だった。君と結婚して昔話を君から聞いた時のこと思い出したんだ。自分の戻った日が君にとって一番苦しかった時期の一日だった。君は来る日も来る日もバイトと具合が悪い母親の面倒を見ていて、高校もろくに通っていなかった。9月3日は君が珍しく登校した日でおそらく補習を受けていたと思う。そんな辛い日に君は降り立ち、(もっと先の時代に行くはずだった・・)そう思った筈。が、これから補習・・耐えられない・・そう思って学校に来たはず。そこで俺を偶然見つけて単純に計画したんだ。ここであの人を刺して次元を変えようと・・君は俺を刺し絶命はしなかったが、気絶している間に裂け目が現れ君は呑み込まれた・・
俺は一命を取り留め茨城県の大学に進んだ。君はしばらく裂け目の中だった筈・・そして1984年の5月に君はタイムリープしてきた。到着後に俺のことを細かく調べて、生きていることを確認した筈。君は俺に近づき幸せを得ようと努力した。無論、俺も君に夢中になっていた。就職先で君が同じ会社と知り疑問を感じたけど、俺もその時は君が気になって致し、好きになっていたから、会いたい・・そう思って例の居酒屋で会ったよね」
朱音は真剣な表情で聞き入っていたが「先輩・・私はほんとうに好きです。嘘なんて言っていません。」そう言うのであった。
「居酒屋でユウジと一緒だったよね?その時変だと気付いていた。横浜の中心街に茨城県の仕事場があるユウジが偶然に駅で出会う・・あり得ない。でもその時は信じようとした。だけど・・朱音はユウジとはその一年前よりもっと前から付き合っていたよね?」
朱音は「えっ!」と驚いた。
「大学四年の時、ユウジが君を好きになってしまったと、俺に相談してきた。俺はその時は君と付き合うのが不安だったからつい、応援するよって言ってしまった。その事で君とユウジは接近した。第二の人生で俺と結婚する事で君は満足したろう・・。だが君が第四の人生で妊娠したと言う話を聞いて、友人関係を少し調べたんだ。そうしたら君とユウジは頻繁にホテルに行っていた・・その事実を知った。俺は君を失った事で自暴自棄に陥ったんじゃない!君がのうのうと嘘を付いて、俺に会っていたのが許せなかった。寂しかった・・
第二の人生であの時俺を刺し次元を超えたのはなぜか?無論知っていたさ・・君が俺を探す恵美に追われていたこと・・。俺との居場所を隠す為に誰とも接点を持たなかったよね。それに四年間に三度も引っ越しをしたし・・俺は不思議だと思ったけど、君を好きだったし、信じてあげようって思っていた。君があの日刺したのは俺が恵美の正夢を見て、裂け目が現れると確信したからだ。そう・・恵美が自分達に迫っている・・それが明確だった。もう一つ・・別れた筈のユウジからも復縁を求められていて、あの日はいいタイミングだった。そうあの時の君の言葉・・(次にいけば自然に分かるから・・)最初から計画してあの二度目の人生を君はリセットしたんだ。」
朱音は「私・・そんなことしてない。先輩の考えすぎです。分かって下さい!」朱音は必死にヒロシの服を掴み離そうとしなかった。ヒロシはそっと朱音の手を取り「うん。君はしてないよ。君の心の奥にあるもう一人の君がしたことさ・・」
「・・リセットされた事でユウジとのことはリセットされ、俺にバレることはなくなった。けど・・そこには恵美がいた。君には彼女の存在は難しい問題ではないと・・鷹を括った。でも・・恵美にとっても三度目の人生で、第一の人生での酷い家庭内暴力を味わい、第二の人生では散々俺を探していた。やっと見つけたら君に刺され絶命だった。恵美も僅かなチャンスで裂け目に飛び込んで第三の人生でやっと俺を見つけた。嬉しい思いもあり、俺に急接近してきた。恵美は第二の人生では、結婚もせずあの瞬間まで暇を見つけては、情報を頼りに俺達を見つけていた。情報のおかげで君の名前も知ったと思う。でも第三の人生ではそこまでだった。君は第三の人生で高校前で俺を二度刺した・・君の言うことは本当だったけど、俺は密かに恵美と計画していた。(もう一度・・彼女は俺を刺すだろう・・その時に恵美も着いてきて・・と。)朱音は「あの一瞬見えた影は恵美さんだった訳・・」
「第四の人生で俺を振って欲しいとお願いした。恵美は反対したけど、大学卒業前には分かるから・・そう懇願したよ」
「恵美さんこそ偽善者だと思います。ヒロシ君の心をかき乱して何度も別れ話をしてたし・・違います?」
ヒロシはガッカリした表情で「朱音は!そんなにみそぼらしい考えしか浮かばない?それこそナンセンス!そう思うよ!!」ヒロシは珍しく激怒した。
「恵美がどんな気持ちで四年以上待ったか・・分かって欲しい」
朱音はしゅんとしてしまい・・ヒロシの顔を覗いた。
「そう・・その瞳に気付かなかった。朱音が自分の人生を取り戻そうと・・必死にあげいていたこと・・。
君は・・悪くはないよ。俺も君の瞳に恋した。呑み込まれそうな君の瞳が好きだった・・でも、一番好きだったのは・・真っ直ぐなところだったよ。いつでもストレートに話してくれた。だから・・今は嘘でもいい・・将来俺を好きになってくれれば・・いいじゃないか?そう自分を呈したよ。だけど・・君は俺がつれないと感じ、ユウジと・・結果だったよ。全て必然だった。だけど君はユウジの家族と上手くいかず、恵美に接触し色々と脅したよね?俺の就職先や同じ職場に推薦させたり、顔の整形手術まで・・」
「意味わかりません?なんで私が恵美さんを脅すんですか?理由もないのに。作り話ですよ。」
「ふー・・あのね朱音ちゃん。君は俺が最後の人生だと知っていたよね?あの俺が残した手紙を見て・・俺が刺されたり、車に轢かれたり、銃で撃たれたりすれば死ぬって知っていた・・だから恵美に俺を刺して殺すって脅したよね?違うかな・・結局は死んだけど」
「先輩・・ヒロシ君は恵美さんを愛してますか?嘘つきの私なんかより・・信じてますか?」
ヒロシは暫く考え話を始めた。
「朱音ちゃんは、俺と同じ境遇で中学時代にいじめを受けてたよね。・・俺は死ぬほど辛かった・・苦しくて悲しくてたまらなかった。そんな時に恵美がいたんだ。ほんの僅か・・少しだけ・・希望を持った。君だって俺に会い同じだったと思う。・・ただ、あの日の秋祭りで君が言った言葉(それはお兄さんが考えればいいじゃない・・)
それがどうにも気になった。俺は死ぬほど辛かったけど、人を恨んだりはしなかったよ。弱い自分が悪い・・抵抗できない自分が弱虫って思っていた。でも君の言葉は挑戦的だった。自由や不合理や、やるせ無さは自分のせいじゃない!周りや時代が悪いんだって・・そう聞こえたよ。だから・・立ち直って欲しい」
「じゃあ!私はあの時なんて言えば良かったの?不条理でこんなにイジメ受けて、ボロボロになって、あなたたちの幸せ見せつけられて・・私の人生って何よ・・不幸ばっかりでつまらない!」
「やっと朱音ちゃん正直になってくれたね。俺は決して君が悪いとは思っていないよ。人生の流れで、間近に感じられた感性を信じて進んだだけ・・だから朱音ちゃんも今でも好きだよ。だけど・・自分をもっと大切にして欲しい。本当に好きな人と一緒になって欲しい。そう思ってる。それが本当の俺の気持ちだよ。」
朱音は第二の人生でのヒロシとの駆け引きを思い出していた。告白したのに煮え切らないヒロシに強引に迫って失敗した。それが今でも心にあり、ヒロシを絶対に自分のものにしようとした瞬間だった。
「先輩は・・その時から分かっていたんですね・・私のこと・・全然気付かなかった・・」
「ううん。分かっていなかった・・恵美に会うまでは・・俺は君との五年間の生活に満足しながらも、常に違和感があって幸せだったけど、不思議と終わりがあるって思っていたんだ。子供が欲しくて病院にも行ったけどできず・・俺は君が可哀想に思えた。だけど第四の人生では・・ユウジとは直ぐにそうなって子供ができた。・・分かっていたよ。君が避妊の努力してたこと。先が長いから今は子供はいい・・そう考えていたこと・・残念だがそれが真実だった。ユウジの子供は身籠って、俺の気持ちはズタズタだったよ。でもね・・恵美はそんなことで心配させなかった。二人でいればいつしか、愛の結晶はできる・・そう教えてくれたよ。・・・・朱音ちゃん・・だから、もういいじゃないか?無理しなくても?自分の理想や将来なんてわからないよ。いつまでも俺が全てじゃ・・もっとつまらないと思うよ。君は真っ直ぐで正直な、風間朱音でしょ!だったら真っ直ぐに生きな!俺はそう思う・・俺でもユウジでもない、君を好きになってくれる人がきっと現れるから・・この次元では十七歳の朱音だから、きっと出会えるそんな人」
朱音は涙を流し「先輩・・ごめんなさい。私は先輩の人生を揺るがしてた。意地だったし、自分勝手だった。でもね、一緒にセッションした旋律は嘘じゃないから。先輩と沢山の曲を演奏して楽しかった・・たくさん教えてくれて嬉しかった・・一緒に暮らせて幸せだった。ありがとうございます。朱音は今から本来の真っ直ぐな自分に戻ります。先輩が好きだった自分も、意固地な朱音も卒業します・・。」そう言うと朱音は街の方に走って行った。
それから一ヶ月後・・学祭の前の日だった。
「あのヒロシ君!」「なに?・・用事でもあるの?」
「ううん・・でも、なんでヒロシ君の家に居るのか?気持ちが複雑で・・緊張する?眠れない?はたまた危険を感じる?」
「おいおい!俺をなんだと思ってるんだよ。まったく君は・・まあそう感じるのも分からんでもない」
恵美は明日の学祭の早朝練習のため?、ヒロシの家に泊まりヒロシの車で大学に行く計画をしていた。「ヒロシ君・・明日私できるかな?心配で眠れないわ!で・・私はどこで寝ればいいの?」「あゝごめん!そこのベッドで休んで、俺は隣のソファーで横になるから。しかし・・良くお父さんが宿泊を許してくれたな?不思議すぎ。」「ヒロシ君だって知ってるでしょ?お父さん頑固で堅物!・・なの!。だから・・今夜は手を出さないでね!・・って、ヒロシ君がベッドで寝てよ!。私はソファーで十分ですから・・」そう言うのだった。
「ダメだよ。君のお母さんによろしくって頼まれたんだから・・そうはいかないよ!さあさあ、遅いから眠りな。明日は忙しいから。おやすみ・・そう言うとヒロシは扉を閉めた。恵美はベッドに横になったが「うううん!眠れん・・トイレ行こう」
トイレから帰るとヒロシがソファーに毛布を置いたまま居なかった。
「どっか行ったのかな?」そう言うと部屋に戻ろうとしたが、階段の下から楽器の音がした。
「なんだろう?」と気になり階段を降りて行ったのだった。下の居間が見え、ヒロシがキーボードを弾いていた。「なんか、悲しい音・・」恵美はゆっくり居間に入って行った。「ヒロシ君・・ヒロシ・・何しているの?」そう小声で声を掛けた。「なんだ恵美・・か?早く寝ないと明日起きれないよ。それに夜更かしはお肌に悪いのでは?」
恵美は笑って「お肌はもう十分きれいです!手入れしようがありません。でもヒロシ君・・何してた?」
ヒロシは俯いて「あー俺は・・誰かを怒ったり、貶したりする資格なんてないよね・・この間ある人を傷つけちゃった・・俺も絶対に悪いのにね。」そう言うとCを押した。
「・・このキーボード面白いんだよ。Cコードを押さえると、少しだけミの音が出ないんだ。・・もう俺が弄り過ぎたから正確な音が出なくなって・・」とヒロシはそう言うと、スローな曲を演奏をした。「・・やっぱり寂しい音色・・絶対に何かあったんだ。ヒロシ君・・」
恵美は直感で感じた。ヒロシはその後、スローな曲調から激しいコード変換でキーボードを操った。
恵美は「天才だわ・・やっぱりヒロシ君は音楽の天才かもしれない・・」
ヒロシは弾き終わると「今日・・暇だったから著いちゃった。Cコード無しの曲」恵美はヒロシの隣に座り「ヒロシ君は、高校生の時、なぜ?私に告白しようと思ったの?ヒロシ君なら周りに可愛い後輩たちがたっくさん居たのに!目がハートだったよ・・」
「あのね恵美・・俺は必要な音色は何がなんでも手に入れたい。だけど愚音はまったく要らない。あの中学生のあの日・・初めて君の声を聞いた時に、どうしても彼女にしたいと思って、あのダメダメな自分に発破をかけたんだ。俺は声の音色が好きで、その音に吸い込まれたんだ。だから・・これからも沢山喋って下さいね!頑張ってね。」
恵美は顔を赤くし「はい!がんばります。恵美!」
二人は結局遅くまで、演奏して過ごした。
夜中、二人で寄り添い眠るヒロシと恵美がいた。
恵美はヒロシの手を握り、ヒロシは恵美の髪に手を置き眠っていた。最後に弾いた曲はFirst Love だった。
朝・・「遅れちゃうから恵美さん早く!車出すよ!」
「待ってよ。このオニギリだけでも持って行きましょう。せっかくだから」そう言い恵美はヒロシの母が準備してくれたオニギリを齧り、残りは腕で抱えて車に乗り込んだ。「レッツゴー!」恵美はヒロシに言うのであった。
大学に着くと先輩達が待っていた。
「先輩すいません!遅れちゃって。」ヒロシはそう平謝りした。
「いいのいいの・・ヒロシが来ないと練習にならないから、なあ!みんな!」そう言うのだった。
恵美は明るく「さあ!張り切っていきましょう!」と皆に発破を掛けた。だが・・その元気は一時間後に最悪になって行った。
「あゝ!違う・・もう一回おねがいします!」「そうじゃない!そんなの音要りません。」「ストップ!辞めて!最初から・・」ヒロシは気合いが入り過ぎ、また先輩メンバーの指導に熱くなっていた。
「ヒロシ・・また倒れちゃうよ。気をつけないと今度は俺たちが!」
ヒロシは「分かっています。でも・・もう少しなんです・・僕の求めるみんなの音色が・・感じるんです。僕達の心の音が・・旋律が」ヒロシには感じていたがイマイチだった。
恵美は朱音の代わりにバンドメンバーに参加していた。
「ヒロシ君・・もうこれ以上無理だわ。素人なんだから、このままやっても自然に外れるんじゃないの?」
そう言う恵美だった。皆の顔も晴れなかった。
「うん・・じゃあ本番で頑張ろう!いいステージにしよ!」
みんなは喜び、大きく頷くのであった。
午後になり学園祭のメインステージにヒロシ達は立った。
年長者の長居先輩が挨拶して曲が始まった。ステージは大いに盛り上がった。コピー物だがクオリティーはいい感じであった。
最後の曲になりヒロシは・・「僕達の下手な演奏と歌を聞いて頂いてありがとうございます。・・最後のこの曲はある女性を思って書いた曲です。好きで好きでたまらなかった・・その子が眠る姿を見ていたら、こんな曲ができました。Melody・・」ヒロシは最後の曲を朱音を思って作った曲を選んだ。音楽の原点であり、真面目に取り組んだ最初の曲だった。恵美には少し申し訳なく思ったが、ヒロシはどうしてもこの曲はを最後の歌いたかった。
ヒロシはアコギ一本で弾き語りし始めた。バンドメンバーはヒロシに全て任せた。無論・・恵美も。(ヒロシ君頑張って・・)
C基調の優麗な曲が体育館中に響いた。M過去の幸せを思い浮かべる様に、そして失った現実を見つめる様に・・
間奏に入るとヒロシは何を考えたか「この会場にいるんでしょ?朱音ちゃん・・聞いてるならステージに上がってきて!」
恵美はびっくりしたが、ヒロシを信じていた。「私のヒロシ君・・やっぱ優しい・・」
奥の方で隠れて聞いていた朱音がぼんやり見えた。
「朱音ちゃん発見!さあ!上がってキーボード弾いてよ!僕と最後のセッションしよう!さあ!・・」
朱音にも分かっていた。ヒロシの心持ちが・・自分の新しい人生の為、自分を送り出そうとしてくれてる・・とても嬉しかった。
朱音は恐る恐るステージに上がると、キーボードを優麗に弾き始め、観衆は驚いてしまった。
「凄い!上手いわねあの子・・高校生?」
ヒロシは微笑み「さあーいくよ朱音ちゃん!」
朱音は泣きながら大きく頷くのであった。
過去の記憶が二人を包み、決して誰も寄せ付けない愛があった。だけど、今は別々の人生を歩くことにした。納得のいく終わりだった。
曲が終わるとヒロシは朱音の側に駆け寄り「最高だった。君との最後のセッション・・俺の音楽が完成したようだった。ありがとう朱音ちゃん」ヒロシはそう言うと手を出し握手を求めた。
朱音は「先輩・・私、先輩を騙し苦しめて・・自分の幸せだけを追求して・・本当にごめんなさい・・これからは自分の道を進みます。ありがとうございました。」そう言い手を出しヒロシと握手をした。長く・・しっかりと過去を精算するように。
ヒロシにとって朱音はある意味で生きる為の糧だった。朱音はヒロシと歩んだ人生や、過去の自分の暗い経験を思い出していた。朱音にとってもヒロシが生きる糧だった。
そして二人の長いそして偽りのストーリーは幕を閉じた。
一年後・・
ヒロシは大学二年生になり、バイトに音楽活動にあいも変わらず忙しかった。ただ・・恵美の事だけは別だった・・
「ヒロシ君!もう何回言わせるの!電車の中で爆睡するの辞めてよ!涎も垂れるし、私に寄りかかり過ぎで腕は腱鞘炎の様に痛いし、いくら気持ちよくてもいい加減にして!」
あれほど電車で寝ることを嫌がっていたヒロシだったが、今は何か安心した様に寝れた。
「ああ・・ごめん。また爆睡してた俺?なんか眠くてさ・・恵美といるとすご〜く安心できて・・眠くなるんだよ。勘弁して!」
「まったく・・しょうがないわね〜」と恵美は笑って、ヒロシを抱きしめ自分の膝にヒロシの頭を置き休ませた。
「うえ〜気持ちいい!恵美の太もも気持ち良すぎ!」
「ちょっと声が大きいわよ!みんなが見てるわ・・」
恵美は周りの乗客に少し頭を下げて謝った。「あのね!私のお気入りジーンズによだれ垂らさないでよ。分かった・・ヒロシ君!」
ヒロシはそんな恵美の小言も耳に入らず爆睡していた。
更に二年後・・
ヒロシと恵美は大学を無事卒業した。
ヒロシは音楽事務所の様々なアーティストのサポートをする、スタッフ兼サポートメンバーとして働き始めた。
恵美は都内の商社に就職したのだった。
「ねえ・・ヒロシ君?」「どうした?何かあった?」
「そうじゃなくて・・不思議なんだけど?うちのお父さんが・・またヒロシに会いたいって言うの?不思議でしょう?前に会ってるのにね?おかしいよね!」恵美はヒロシが自分の父親に会い、結婚を申込んだことを言っていた。
「それはまずい・・今日はジーンズだし・・一旦家に帰って着替えるか?そんな時間もないか・・手土産も買ってないし・・どうしよう」
ヒロシはかなり焦った。恵美は「いいのいいの普段のヒロシ君で・・って!前回同様に言ってる?私の口が???」
ヒロシは「あたり前だよ。同じ恵美だし、俺の彼女だし、お父さんも前回同様に君が行き遅れになるか?心配なのも。前回同様に進むから、次元が変わっても俺たちの愛が変わってないから、同じ事が起きるんだよ。別に不思議じゃないさ!」
恵美も頷き納得した。
恵美の家に行くと・・「谷君!」「はい!お父さん!」「えっ!・・お父さん・・(汗)」恵美は「ちょっと・・ヒロシ君・・早いよ・・うちのお父さん焦ってるわよ」
恵美の父親は一瞬焦ったが聞き直した。
「谷君・・君はうちの娘をどう思ってるんだ?付き合っては別れ・・別れたと思ったらまた付き合い・・はたまた一緒に暮らしたり。どうするんだ!君は!」そう言うのだった。
ヒロシは暫く下を向いたままだったが意を決して・・
「僕は長い夢を見ていた様で、時には間違いや賭け事に浮気もしたり散々でした・・」
「ちょっと・・ヒロシ君・・今すべき話じゃないわ」恵美が小声で言ってきた。恵美の父親も眉をあげ「賭け事?浮気?」
恵美はやってしまったかも?・・と落ち込んだ。だがヒロシは
「長い夢の中で必ず恵美さんが現れて僕を助けてくれ、賭け事の虚しさや、浮気は本気でないから覚めることや、苦しかった時に必ず恵美さんが居ました。と・・言うより彼女しか目に入りませんでした。中学生の時に恋をして、僕は恵美さんに好かれる対象になろうと、人の100倍位努力して、勉学も音楽もスポーツも学校1になりました。十七の時に告白して振られました。その後3回アタックして3回振られました。でも諦められず、努力してやっと3ケ月間だけお付き合いさせて頂きました。でも・・その時はお互い子供で互いの気持ちに正直になれず、あっという間に別れてしまいました。高校3年で2回目のお付き合いしましたけど、僕はまた振られて距離を置こうとしました。けど気がつくといつも恵美さんが、僕の側に居てくれて・・僕を応援・・というか愛をくれました。だから・・子供の頃からずっと好きだった彼女を僕にください・・お父さん。僕は彼女が居ないとダメ人間なんです。それは確かで、それにお父さんと良い家族になりたい・・そう思っています」
恵美の父親は涙を一つ流し「よく言ってくれた谷君・・いやヒロシ君。私はその言葉を待っていた。もしかしたら恵美は行き遅れてしまう・・そう心配していた。君の熱心な口上良かったよ。ありがとうヒロシ君。娘を頼んだよ・・」「はい!一生幸せにします」
聞いていた恵美はウエーウエー泣きながら「なんか分からないけど、ヒロシ君って話が上手いね。やっぱり詩人的だわ。ウエ―ン(泣)」
その晩、ヒロシは恵美の両親とお酒を飲みながら食事を共にした。
帰り道・・
「ねえ、ヒロシ君。お父さんに言う事考えてあったの?吃りもしないで、スラスラと喋っていたけど・・驚くほど肝が据わっていたわ。驚き!」
「そんな事ないよ・・う〜ダメだ・・緊張のあまり倒れそうあゝ」
ヒロシはそう言うと道路に座り込んだ。
「えっ!そんなに緊張してたの?驚き・・本当にヒロシ君には驚くことばかりよ!」恵美は言い笑った。
二人は手を繋ぎ歩いた。
「そうだ恵美!これ食べる?」ヒロシはカバンからパンを出した。
「嘘でしょ?さっき食べたばかりだよ。」さすがに恵美は上を向いた。
「そっか。じゃあ俺だけ食べるよ・・ジャムパン・・」
「え〜ずるいヒロシ君!隠してたの。ずっこいわ!一つしかないの?二つとかない??」「お腹いっぱいでしょう!じゃあいいじゃん」
「いいえ!ジャムパンは別腹です!私には・・」そう言い睨んだ。
「仕方ないなあ!じゃあ半分ね。はい!半分こ」ヒロシはパンを半分にして恵美の口に入れた。「あゝ〜美味しい・・やっぱりジャムパンって。もう一口ちょうだい!そう言うとヒロシの持っていた食べ掛けにかぶりついた。「あゝ!美味しかった」
「あのね恵美さん・・動かないで・・」ヒロシは恵美の両肩を持つと、恵美の口に自分の唇を合わせ恵美の唇を右から左からと攻めた。。
「いやだ・・ヒロシ君ったら、こんな公衆の面前でキスして恥ずかしい・・でももっとしていいよ。」と口を出すのだった。
ヒロシは「何を勘違いしてるの?恵美の口の周りがジャムだらけで恥ずかしいから、僕が舐めてあげただけだよ・・変な勘違いして」
「あら・・そうだった。ごめんなさい。恥ずかしい彼女で。」
恵美は少し怒った様だったが、ヒロシが突然歩みを止め、恵美の手を引き自分の胸の中に入れ、熱くキスをした。
「えっえっっと、こう言うのがキスっていうのだろ」ヒロシが言うのであった。「ヒロシ君・・私・・感じちゃった。・・嫌らしいこと想像したわ。まったく続きは家でね!しましょ・・」そう笑い
二人は家に帰るのだった。
半年後にヒロシと恵美は結婚して、前回同様にニューヨークに新婚旅行を兼ねた出張に行った。同じ様に夜も何度も燃えて、仕事もきちんとこなした。・・一つ違うのは朱音はあらわれなかったこと。
「ねえ?ヒロシ君?不思議だわ・・前回より凄く幸せ私・・。中学生の時のあなたに全く興味が無かった私なのに、いつの間にかヒロシ君が大好きになって、追いかけて、追いかけて・・毎回みつけて、喧嘩したりキスしたり・・それなのにまた別れたり・・でもね、私の心の中にいつもヒロシ君が居て、放って置けなくなって・・やっぱり私はヒロシ君が大好きなんだ。諦めた十七の自分が成長して、谷ヒロシを絶対に離さない・・そう思う自分が不思議・・」
恵美はヒロシの肩に頭を乗せ幸せを噛み締めていた。
「俺は・・たくさん酷いことをしてきたし恨みも買った。やり直ししても疑いがあるのに、のめり込んでいったし傷つき・・裏切られ・・多くを失った。でもね・・いつも側に恵美がいた。気付いていたけど、気付かぬふりもしたりした。十七の俺が君を失った事件が大きかったよ・・どんどんダメ人間になった。思い起こせば、ある意味で君に生かされたかもしれないと思う。過去に俺が朱音ちゃんを思って書いた手紙見たでしょう・・あれ・・本当は恵美あての手紙だった」
恵美は驚き「どこ見ても彼女への手紙だったわ?どこが私宛なの?」
「{風は間を吹き、茜色の音色みたいに、過去から今の隙間に僕を癒すように心に吹きます」・・風は間と言うのは、風間という意味じゃない。風が山々の間に吹き荒れ嵐が起きるで、君の旧姓である嵐山を意味してる・・茜色は朱音ではなく、俺たちの故郷の茜色の空を意味するんだ。過去からというのは、最初から俺の心の隙間に君の風が吹き心地いいという意味だ。簡単に言えば、俺の荒んだ心に君の声が心地よく吹いて、空っぽの俺の隙間を埋めてくれる・・となる}
恵美は涙を流し「自分で死のうと思った時に、そんな難しい詩がよく書けたものね(泣笑)。ヒロシ君ってやっぱり詩人だね・・とっても嬉しいわ。私のことそこまで思ってくれたなんて・・」
「詩人じゃなくて死人になりそうだったけどねえ(笑)」
帰国後に恵美にある兆候が見えた。
「ヒロシ君・・困ったわ。大変だよ。どうしよう?」
「どうした恵美。お腹が空いた?それともお風呂に入る?」
「違うの・・無いの・・」「何が?財布ならそこにあるよ!」
「ばかー!鈍感ヒロシ!そうじゃなくあれがないの・・」
「・・えっ?まさか・・赤ちゃん?・・本当に?俺の子供?」
恵美は赤ら顔で頷いた。
「やったー!万歳!万歳!良くやった!恵美!お祝いだ!」
そう喜ぶヒロシに恵美は「ことの要因はあなただから・・私を祝ってどうするのよ?あなたと私の責任の子です!でも嬉しい!」
結婚一年で待望の子供を授かった。
それからのヒロシは仕事に家事に恵美の分まで頑張るのであった。
「ヒロシ君・・」「どうした?お水欲しい?」
「そうじゃなくて、恵美はとても幸せ・・大好きなあなたと暮らして、あなたの子も身籠って・・何よりヒロシ君がいつも居る・・追いかけていた時・・見つからなくて諦めそうになった。でも、第三の人生であなたに出会えて辛かった日々が消えた。高校卒業の日に卒業生代表で挨拶するヒロシ君を見た時に思ったの・・絶対にまた会える・・会って自分の気持ちを本気で伝えようって。朱音ちゃんとの数年の生活や彼女と復縁したかったヒロシ君を見ていて、凄く悔しかったけどいつか・・私の元に来てくれるって信じてた。だから・・何度も思わせぶりや、簡単にお別れの言葉言って、自分が自分を許せなかったわ・・でも、あの第三の人生で私が刺された時のヒロシ君が、まるで付き合っていた時みたいに、真剣に心配してくれてて・・この人を離しちゃいけない。そう思ったの。私達は互いにファーストLove同士だったから・・初恋は上手くいかないって一般的に言われるけど、ヒロシ君はずっと私だけだった・・だから私もヒロシ君だけになった」
ヒロシはなぜか?感動して泣いていた。
「恵美・・俺の方こそ、いい加減で弱虫で努力嫌いだったよ。でも君に認められるように努力してた自分が好きだよ。最初の人生で・・六十になってもまだ・・君を忘れずにいた。分岐点を変え新しい人生を歩んで、朱音と会い、結婚しても疑問が襲い君が(違う・・)って言ってくれてるみたいで、結局は偶像の世界から脱出できた。俺はずっと君に生きる為の愛を感じていた。だから何度振られても突き放されても、俺の君への想いは枯れなかった。俺は第二の人生で君が現れなかったことに疑問を抱いた・・第二の人生でも君は前の旦那さんと結婚したんだなあって落胆したし、悔しくてたまらなかった・・でも、その悔しさが君への変わらぬ想いだと思った。そしたら・・正夢の様に君が現れ・・裂け目が現れた。君が俺を必死に探していたことも知らず、自分を恥じたよ。君にたくさん話をきいて、朱音ちゃんの嘘も彼女の素行も判明した。でもね、彼女も苦しかった・・そこは分かってあげて欲しい。最後のセッションで彼女は生まれ変わったと思うし、そのことが互いに良かったと思っている。何よりも・・今目の前に世界一大好きな人がいて、待望の俺の子をお腹にしまい込んでるから。これ以上の幸せはないよ。ありがとう・・恵美」
二人はソファーで寄り添いキスをした。
「私も・・凄く幸せ・・ありがとうヒロシ君・・」
半年後・・
恵美は男の子を出産した。二人は名前を悩んだが、二人に共通する名前にした。恵美の明るい性格と、将来にヒロシの様にキラキラと輝いて欲しいと“ヒカル”と名付けた。
「恵美・・オッパイ大きいから母乳良く出るよね?一生懸命飲んでるし、齧り付いてるね!」
「あのね・・大きさは関係ないの!私は良く出るほうだと思う」
ヒカルはすくすくと育ち三ヶ月となった。
幸せの絶頂の二人だったが、ヒロシが急に恵美に言い出した。
「どうやら・・迎えが来るようだ。ごめんね・・」と。
ヒロシに与えられた任務は完了し、旅立つ日が来たのだった。
ヒロシは住人に会い「本当にありがとうございました。あなたのおかげで大事なものは何か・・生きる事ってどう言う事か?やっと分かった気がします。教えてくれてありがとうございます。もう逝きます。約束通り・・」
住人は「そうか?良かった。お前の人生が無駄でなかったと証明できたな。じゃ・・行こう。終焉だ。」
ヒロシは恵美に全て話した。これまでの事や、自分のわがままから派生した惨い出来事・・銃弾に倒れて、住人と約束して、恵美に幸せを与えると言う役目と、愛の印を付けて去る事に時間制限を約束したこと。
「ヒロシ君・・行ってしまうの?私とヒカルを置いて・・そんなのないよ・・これからなのに」
ヒロシは「俺は恵美の音に拾われて、この人生を生きてきた。それが何より一番だった。君への想いがいつも俺の心を支え、堕落し惨めな俺の人生を変えてくれた。俺にとって大きな宝物だ。お別れは悲しくて、恋しくて、辛すぎるけど、俺は君を幸せにできて悔いはない。俺の全てが君だった。たとえ裏切りがあろうと、俺の心は君に向いていた。だから・・」
ヒロシはいつかのジャムパンを手にして「君からこのジャムパンを買って俺に食べさせてくれた時に、分岐点が変わって、運命が動き、君を愛することが必然となったんだ。・・俺は居なくなっても、遠くから君とヒカルを見守るから、大丈夫!だって、君は俺を何度も振ってまた頑なに愛してくれた人だからね。絶対に大丈夫だよ」
ヒロシは決して涙を見せず、恵美の瞳を見つめて言った。
「ヒロシ君・・私、絶対に諦めず待つよ。きっと帰って来ると信じて。年をとってヨレヨレになっても待ってるよ。だって!ヒロシ君は私だけのヒロシ君だから・・私が・・ずっと私達の旋律で奇跡を起こすから、さよならは言わない!」
恵美はヒカルを抱きしめ、ヒロシに精一杯の言葉を送った。
やがて・・ヒロシの体はジグソーパズルの様に少しづつコマが無くなり、やがて消えていった。ヒロシと恵美二十六の冬だった。
ヒロシが生きた何度もの人生は摩訶不思議だが、万が一だが、皆さんに同じことが起こったらどうでしょう?もっと効率よく生きたり、善人や悪役にでもなって別の人生を生きるか?
堅実にもう一度同じ人生を繰り返すか?・・
様々だと思いますが、筆者は考えます。
やっぱり、愛がある限り、相手が変わっても惹かれ合い、やがて夫婦になって・・互いの愛に気付くのだと。だから廻るのだと・・
自己中だったヒロシが恵美と朱音を救い、長い人生に終止符を打った。
第二部ではどうなっていくのか?
ヒロシは行ってしまい、残された恵美と朱音・・




