表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
折に触れて廻る・・間違いだらけのタイムリープ  作者: 馬場 ヒロシ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/10

第一部 第三章  First Love

朱音が刺し次元がまた変わる。

ヒロシはどうなって行くのか?

第三章 First Love



 ヒロシは道端で気がついた。

なにか妙に暑い・・。一体ここはどこだ?俺はどうなったんだ。過去か?それとも現代か?

元に戻ったのか?ヒロシは困惑していた。

その瞬間・・「朱音は・・?朱音はどこ?」

ヒロシは共にあの次元の裂け目に飲み込まれた筈の朱音を探した。「あかねー!!」

しかし朱音は見渡す限り見当たらなかった。

最期の瞬間・・確かに聞こえた・・私が刺したと。分かる・・はっきりする・・と。

ヒロシはどの時代に飛んだのかを確認すべく、情報が集まる駅に行くことにした。

駅前はあの時と同じに見えた。不思議と思われたが、駅の売店のおばちゃんに・・

「申し訳ないけど・・変だと思わず教えて欲しいんです・・今日は西暦何年の何月何日ですか?」そう確認した。おばちゃんは「あら・・記憶喪失かい?嫌だね、今日はえーと、一九八二年九月二日だよ。」

と笑いながらそう言うのであった。

ヒロシ驚きはしなかったが、「なぜ・・一日前?なんだ?」そう思った。「・・明日また聞くかも」

「俺って何歳に見えます?」おばちゃんは更に怪訝そうな顔をして言った。

「お宅・・家に鏡無いのかい?まあ、十代後半か二十歳くらい?そう見えるけど。どうだい?」そう言ったのであった。(そうか・・)ヒロシは安心した。

しかし・・この時代では、到底朱音を見つけられない。出会う三年前だ。ただヒロシをが刺された事件は過去の次の日に起き、朱音らしき人物が現れる。

ヒロシは先ずはお世話になっている新聞専売所に電話をした。この時代には携帯など無かったので、駅前の公衆電話から連絡するしか方法はなかった。

「あ、主任ですか?谷です。今日はすみません。配達忘れて・・」ヒロシが休みを取るのは明日だった為、先ずは謝る電話をしたのであった。しかし佐藤主任からは驚きの話があった。

「谷くん今日から一週間だろ?休みは。自分で言ったこと忘れたのかい?」そう言われた。

ヒロシはそんなことない。九月三日の一日だけの筈だと、主任に説明しようとした瞬間、二週間ほど前の記憶が頭を過った。「・・主任!申し訳ありません・・来月の初めなんですけど、大学の受験先と卒業した高校に用事があって、言いずらいのですが・・一週ほどお休み貰いたいですが大丈夫でしょうか。」

佐藤主任は「うん!君のいない間は女房が配達できるから、確り頑張ってきな!」

「なにか・・寮母さんに悪いです。いや!やっぱり高校に行く一日だけでいいです。休みお願いします」

佐藤主任からは「僕も君を預かっている以上ね、良い大学に進んで欲しいからいいんだよ。女房は慣れてるし、谷くんがうちに来る前は女房が配達してた地域だから。何も心配ないから。」

ヒロシはそう言われ、今日から一週間の休暇をとっていた。「すみません主任・・緊張して馬鹿な電話しました。僕がいない間よろしくお願いします」そう電話口で挨拶し、電話を切ったのであった。

ヒロシは一週間休んで何をしたかったんだ。そう疑問が湧いた。新聞配達は一日でも休めば、リカバリーが大変な業種だった。朝の限られた時間内に配達しなければ、即クレームとなってしまう。

当時のヒロシにだってそんなことは分かっていた筈だと、なのに長期の休みとは?

考えてみても、答えは出なかった。ただ、ここから十九歳の自分から又やり直しか?と思うと、かなりハードな人生だと思ったし、朱音との幸せが同じ様に実現できるか?それも心配になった。

「無理矢理に変えた人生をもう一度ゼロから・・あり得ない。どこかの瞬間で歪む可能性もある。そうしたら、朱音との幸せは消え失せる」

ヒロシは絶望していたが、ここから、いや明日から判を押した様に同じ生活をして、同じ行動だけすれば、元に戻れる・・きっと。そう考えるしかなかった。

しかし、なぜ運命の分岐点にもう一度戻った。

神のイタズラなのか?それとも真意はこの三回目の人生にあるのか?はたまた、俺が分岐点を右から左に変えられない結末か・・だとすれば、この次元に答えがある。そうヒロシはそう確信した。

とりあえずヒロシは自宅に帰るしかないと思い、バスに乗る為バス停に行った。だが・・あゝ。

そこに会ってはいけない人が居た・・バス停にあの恵美が既に並んでいた。ヒロシは避けようと思い、駅前に戻ろうとしたが・・「ヒ・ロ・シ君?嗚呼!ヒロシ君だ」恵美に見つかってしまった。

ヒロシは仕方がなく「おお・・」とだけ応えた。

「バスでしょ?私も待ってる。こっちに来て、一緒に待とう」そう言う恵美だった。ヒロシは「いや!駅前に用事を思い出したから、丁度戻るところ・・」そう即興で嘘をついた。

しかし恵美はヒロシの手を引っ張り、「嘘でしょ?並ぶところ見ていたんだから。さあさあ一緒に乗ろう」そう言って無理矢理に自分の前に並ばさせた。

「でも・・スーツにビジネスバック?就職したの?」

そう言うとヒロシの手を握り聞いてきた。

「ううん・・違うよ。偶々・・」そう誤魔化した。

ヒロシはおかしなことに恵美にドキドキしていた。引っ張られた時に触れた手、何年か振りに触れた。

ヒロシは少しマズいと思いながら、結局は彼女の言うことを受け入れてしまった。

「ヒロシ君・・どうしてここに居たの?」

彼は答えに困った。大学辞めて、今は浪人で新聞配達してる・・そんなこと絶対に言えない。

自分を簡単に振った彼女には、口が裂けても言えない、言わない・・そう思った。

「ヒロシ君、大学辞めたんだ・・なんかあったの?」

驚いた!。彼女はいったいどこで情報を得たのか?

知っているのは限られた人だけだった筈なのに、どうして?ヒロシは気まずく思い始めた。

「今はどうしてるの?えっと、どこに住んでるの?・・少しは教えてほしい。元とはいえ彼氏だったんだから。ねえヒロシ君。」とヒロシのシャツの袖を指で引きながら体をうねらせた。

後ろに並んでいる二人のおばちゃん達がクスって笑い、更に気まずくなった。だが、恵美は俺を逃さんとばかりに腕をしっかり握り離さなかった。

ヒロシは振り向き「いいだろう。俺がどうしてようと。君には関けい・・ない・・」ヒロシは途中で言葉が出なかった。

彼女があまりにも眩しかった。ヒロシが彼女を好きになった要因・・優しく、長身でスレンダーな体型と可憐な表情・・美人だったからだった。その恵美の顔が更に美しくなっていて、つい言葉に詰まってしまった。顔を赤らめたヒロシは・・前を向き、

「とにかく大学は辞めたよ」「なんで?あんなに勉強頑張ってたのに」「・・」ヒロシは黙ってしまった。

都内の有名大学。必死に勉強して勝ち取った。でも毎日の課題について行けなかった。レベルが自分の思う数倍高く、二十日程で気後れした。自分がしてきた勉強だけでは、講義についていけなくなり、自暴自棄陥り、自主退学してしまった。その後はこれまでのストーリーだ。

「ヒロシ君・・相当に辛かったんだね。辞めるしかないと思うほど。ごめんね、余計なこと聞いて・・」

「いいんだよ。結局俺は大昔のままのヒロシになって、栄光や誰かの憧れのヒロシ先輩じゃなくなった・・それだけ。予定されていた必然だよ・・」

ヒロシは格好をつける事もせず、ダメになった自分を責めていた。親に迷惑かけて。

「じゃ、私と同じね」恵美は徐に言った。

ヒロシは心の中で(冗談だろう。来年には幸せな結婚するのに。何が同じだ・・)そう思ったが、未来の事は口に出さなかった。

「君は・・幸せそうだろう。俺と違って地元に就職して、毎日充実しているだろう?」

恵美は勉強はあまり好きではなく、部活動も消極的であった。家が自営業で人気店だから、ヒロシよりは遥かに恵まれていたが、普段着も特に普通で、見る人が見れば、ちょっと地味・・と感じるくらいであった。ヒロシは制服姿しか殆ど見ていなかったが、かえってそれが優麗で美しい彼女に写っていた。しかし今日の恵美は半袖のTシャツに細身のジーンズに、少しだけ踵の高いヒールを履き、そのカジュアルさにドキドキしたのであった。

「私ね。会社辞めたの。トラブルあってね。」

ヒロシには少々信じがたい話だった。「辞めたんだ・・じゃ今は?」ヒロシは聞いてみたが、恵美は「ほら!ヒロシ君だって、そう聞くでしょう?だから私もヒロシ君の事聞いたの!」

それを聞いた例のおばちゃん二人は「暑いんだから、ここに座って話しなよ。日差しだけで疲れるよ」

確かにそうだった。日差しがガンガン照り付け、恵美の頬も少し赤くなっていた。

「座ろう。まだバス来ないから」「そうだな」

二人は屋根のあるベンチに座り、話を続けた。

「ねえ。」「なに?」

「どうしてた?」「なにを?」

「私と別れてから、どうしてた。」「・・・」

ヒロシはそんな事今更聞かれてもと思い黙った。

恵美は細く長い脚を組むと、少しだけ汗をハンカチで拭きヒロシを見た。

おばちゃん二人は(言っちゃいな!告白しな!)と身振り手振りで怪しい感じで二人を見ていた。

「私はね。後悔しなかった。良かったと思った。ヒロシ君がそれまで以上に勉強している姿見れた。だから・・後悔しなかった」

恵美はヒロシを見つめてそう言うのであった。

「まあ・・君に振られて、俺には勉強しかなかったから。気持ちの溝は勉強する事で埋めただけ」

二人にはどうにもこの辺りに別れた原因があった様だったが、「でももう大学辞めたから。だから無駄になったよ」そう言うヒロシだった。

「無の境地って分かる?今はそれだよ。今までのやってしまった出来事も、これから起きるだろう未来の出来事も無なんだ。それをこれから探す・・それだけ」

恵美はじっとヒロシを見つめて聞いた。

「じゃあ、これからが又勝負じゃないの?無から始まるのだから、ゼロって事だよね」

なんで俺が思っていたゼロの境地のこと分かるんだと、ヒロシは益々気になった。

「まあ・・そう言う事かな?」

恵美は何かを決心した様に「じゃ!私にも今からチャンスがあるってことよね?あのね、ヒロ・・」

ヒロシは恵美の話を塞ぐ様に、掌を見せ話を止めた。

「やめよう・・」

「まだ何も言っていないよ」

「話そうとした内容は分かるけど、あの時!どれだけ!俺が傷つき途方に暮れたか!君には決して分からない!何日も何ヶ月も心が空っぽだったこと!だから・・よそう。何も言わないでくれ・・もう忘れたいんだ君のこと・・。」「うそ・・嘘に決まってる」

「いいけど。それに俺には・・今からどうしても実行したい事があって、今はそれに集中したい。だから分かって」そう伝えたのであった。二人のおばちゃんは「まあ!喧嘩なんかして!痴話喧嘩は仲がいい証拠だよ。仲良くしな!」そう言うのであった。

恵美は俯きながら「辛かったのは・・ヒロシ君だけじゃなかったよ」と小声で一言だけ言った。

大事な明日の仕事は、命に変えても実行する為に、戻ってきたのだから。朱音に会わなくちゃならない。


こよなくしてバスが到着して、二人も乗り込んだ。

「ヒロシ君、何か突拍子もない事考えてないよね?」

ヒロシはこれ以上は、計画を話さない様に誤魔化した。

「そう言えば恵美・・今でも音楽は好き?」ヒロシは気まずくなるので、話を逸らし喋った。

「うん。今は剛かな?そう言えばライブのレコード発売されたんだよ。知ってる?」

無論知ってる。レコードも買ったし、譜面も買った。

それもこれも第一の人生の話だったけど。

「そうなんだ・・ライブの?知らなかった。」

即座に嘘をついた。

「その中でね。夏祭りって言う歌あるんだけど、これがいい曲で歌詞の内容も最高だった。知ってる?夏祭り?」無論知っていた。大学時代に死ぬほど練習した、スリーフィンガーの名曲だ。この曲の様に自分にもこんな彼女いたら・・と思う曲だ。

「そう・・今度聞いてみるよ。情報有難う」

「ヒロシ君、ギターも上手いから、すぐ好きになると思う。あゝ、そういえばカセット持ってるんだ。聞く?」「いいよ。今度聞いてみるよ。」「そう言わず」と恵美はウォークマンを取り出し、ヒロシの耳にイヤホンを添えた。

(夏もそろそろ終わりねと  君が言う・・)懐かしかった。ヒロシが六十になっても、ずっと聞いていた曲だった。間奏はスリーフィンガーの見せ所だったが、最後の(燃えて散るのが恋ならば このまま消えずに輝いてくれ・・)の部分が、切なく侘しい。前半の歌詞と後半の歌詞が上手く組まれた詩だった。

「うん・・いい曲だね」ヒロシがそう言うと恵美は片耳で曲を聴きながら寝ていた。

「なんだ寝ちゃったのか。」ヒロシはそっと恵美の耳からイヤホンを外し、ウォークマンを止めた。

そい言えばこんな状況初めてだなと、ヒロシはふと思った。三カ月の短い付き合いで、バスに乗る機会すら無かった。思い起こせば、この恵美の為に、人生を百八十度変えた。過去に惨めで、弱虫で、根性無しの俺が、学校で成績が一番になって、バンドで目立って・・でも結果がこれじゃね。そう言いながらヒロシもいつの間にか寝てしまった。

ヒロシは夢の中で幸せだった短い時間で二人で行った秋祭りや、恵美が好きなジャムパンを一緒に齧って(間接キス?)と言って赤くなった思い出や、柔らかい手を握った日や、初キスした日・・全て自分の宝物だった・・そんな夢を見て幸せだった。二人はいつしか頭を寄せ合い寝ていた。まるでいつかの恋人同士のように・・

急な道路の陥没でバスが揺れ、互いの頭をぶつけ合い目が覚めた。

「痛っ!寝ちゃったね・・ヒロシ君も」「うん・・ア〜寝ちゃった」ピタッと寄り添っていたと気付いたヒロシは、ハッと思い気まずい。そう感じた。しかしその時・・

「あ!私達の高校」恵美が指差した。

「うん。そうだね」

「ヒロシ君は卒業してから、行った事ある?」

ヒロシはいきなりの質問に、明日行くとも言えず。

「ううん。一度も行っていない・・」即座に答えた。

「聞いたんだけど、明日から修学旅行だって、懐かしいよね。私達の時どこだっけ?京都奈良だっけ?」

恵美は嬉しそうに言った。

ヒロシは「えっ!明日から修学旅行?聞いてないよ!。そんな事!明日は俺が・・が」と言おうとしたが口を噤んだ。

ヒロシはそんな筈はないと思ったが、又しても記憶が巡り、二週間前の電話を思い出した。学校の木村先生に電話して、九月三日に行きたい旨話したが、修学旅行の引率するかが分からないから、前の日に電話する様に言われたのだった。九月一日に連絡を入れたら、三日はやはり引率しなくてはならないと、六日に変更していた。既に一週間の休みを許可して貰っていたので、久しぶりに家に帰ってみようか?と考えたのであった。

恵美の家は遠かったので、ヒロシが先に降りる事になった。「じゃあ、またね」と席を立とうとしたが、恵美が「後二つ先でもいいよね。降りる停留所」ヒロシはまあ五百メートル位の差だからいいよ言った。

「ヒロシ君、これ持っていって」とウォークマンを手渡した。ヒロシは「ダメだよ。いつ返す事できるか分からないから。」恵美は笑って「いいよ。いつでも・・会う機会が無ければヒロシにあげる。私、もう一台持ってるから大丈夫。だから持っていってお願い」と手を合わせた。仕方がなくヒロシはウォークマンを借りた。なんで・・こんなに必死になって貸すわけ?とヒロシは恵美の態度に少し疑問を抱いた。

「ありがとう恵美!成人式で会えたらまた会おう!」ヒロシはそう言いながら、恵美と手を振って別れた。


次の日、運命の一日の筈が、三日後に延びてしまいヒロシはどうするか?考えたが、余り良い考えもできず、部屋でギターを弾くのだった。

「夏祭り・・か。カポ4で基本コードDだったね」

懐かしく弾いていたが、間奏の部分を忘れてしまった。「ここの変換D6からC♯sus 4だったけ?」ヒロシはちょっと困ったが、昨日の事を思い出して、カバンから恵美に借りたウォークマンを取り出した。

カセットテープを聴きながら「あーそうか、CのベースGだった。そうそう・・」ヒロシは楽しそうに弾いていたが、ビーンっと突然弦が切れた。

「ああ・・切れちゃった。仕方がないな。古い弦のままだったし。」ヒロシは諦めギターをケースに入れていたが、ウォークマンを回しっぱなしと気づいて止めようとした。が・・イヤホンからただならぬ鳴き声が聞こえてきた。「諦める・・絶対に」何度も同じ言葉だったので、ストップボタンを押そうとした瞬間に

「ヒロシ君・・・」と恵美の声が聞こえた。

ヒロシは不審に思い。イヤホンを耳に充てた。そこには信じられない音声が録音されていた。


「ヒロシ君。今日は一九八〇年九月五日金曜日の午前六時です。今日はあなたが私に唄を歌ってくれるだろう?(笑)大切な日です。今からお風呂に入って御祓(みそぎ)しま〜す!

ヒロシ君は私のこと嫌いになるかも・・?だよね。毎回、ヒロシ君の告白した手紙に(その気はありません。とかNOって一言で断ったり・・)でもね、私はそんな不器用なヒロシが好きです。だから今日は演奏会に行きます。きゃー言っちゃった。・・・ガチャ」少し間あり

「今は九月五日の夜十時です。ヒロシ君・・本当にありがとう。素敵な歌だった。涙が溢れて急に恥ずかしくて帰ってしまってごめんね。

あの歌詞なんか自分を責めながら、最後は私のこと・・好きってことだよね。ヒロシ君はずっと私だけ見ていた・・そう思えた。でも・・そうだったら間違いなく私たち両想いだ!・・キャあ言っちゃった。なんか恥ずかしい。

だけど中学の頃、あなたがいじめられていて、私は少なからず、あなたに対しボランティア気分だった。だから何も感情はなかった。だけど卒業式の謝恩会のこと、あなたは私が何も知らずにいたと思う?友達の牛山から聞いていた。(なんか、ヒロシさ、謝恩会でビートルズ歌う山中君にギター教えてたよ)そう聞いて、放課後の音楽室でそっと山中君にギターを教えているあなたを見た。あんなにイジメを受けながら、最後にこんな事できる人いない。絶対・・恨んでるし

そう感じた。謝恩会で山中君がYesterdayを弾き語りで歌って、みんなに注目されていたけど、影であなたがバックアップしてた事知ってたよ・・だから、なんかその場面がチラついて涙が出て、誰にも感謝されないのに・・馬鹿だなぁって・・ヒロシは。

でも高校生になったヒロシ君はいつもキラキラ輝いていた。別人の様に変わっていった。良く図書室で一人黙々と勉強してるヒロシ君を見かけた。あの時のヒロシ君の目は凄かった。真剣そのもので。凄くキラキラ光っていた。背もいつの間にか百八十センチ越えで。顔も精悍そのものだった。

そうしたら急にロックバンド組んで、とにかくびっくりした。何かあなたに起きたのか?と心配したけど、後輩女子がキャーキャー言って、憧れのヒロシ先輩になってヤキモチ!と思ったら・・図書室に行ったら相変わらず、ヒロシ君は勉強していた。その大きなギャップがあり過ぎて、超―カッコ良かった。これは本当だよ。本当にそう思った。

好きになっちゃった(恥)・・ヒロシ君のこと・・明日はだからヒロシ君にOK出します。

ですので、こんな私ですが付き合って下さい。

言っちゃった!キャ恥ずかしい」  カチャ

ヒロシは唖然とし、ギターを持ったまま座り込んでしまった。俄か(にわか)に信じられない録音テープだった。だが、録音の繋ぎ方がこのテープに長渕剛をダビングしたことは分かった。

「恵美が・・こんな事思っていただなんて、思いもしなかった。頭から憎んでばかりで・・」

テープには続きがあった。

「えっと、今日は一九八〇年十二月八日月曜日です。」少し啜り泣いてる様だった。

「今日ね。ヒロシ君に別れを告げました!う〜え〜・・ん。言葉にならないけど、残します。

ヒロシ君・・ほんとうにごめんなさい。きっと驚いたよね。ショックだったよね。恨んでるよね。私は、恵美は・・死ぬほど辛い。最悪です・・。

でもね。今こうしなと・・将来ダメ。

ヒロシ君は大学行って、きっと凄い人になる。私は邪魔しちゃダメです。将来、私への気持ちが変わらなかったら、また(付き合おう!)そう私に言いって・・ヒロシ君が好きだから、愛しているから今は諦めます。その事だけは胸に閉まっておいて下さい。お願いね。抱きしめてくれた事や、恥ずかしかったけどファーストキス・・忘れない。

未来で待ってるね私のヒロシ。私の初恋ありがとう」


ここで音声は終わっていた。

これは現実なのか?それとも虚偽なのか?

ヒロシは頭が混乱した。自分がタイプじゃないと言って振ったと思い込んでいた。なのに・・どうして?

ヒロシは何度も同じテープを繰り返し聴き入った。

ヒロシはガックリと腰が砕け、床に横になってしまった。いろんな事がフィードバックされ、頭の中を駆け巡った。

「俺は・・結局は恵美のこと好きだと思い続けたくせに、彼女のことは何も分からなかった。ずっと前から俺を見ていてくれた事や、死ぬほど努力していたことを見守ってくれた事も・・でも、別れてしまったことは確かだし、最後の別れた理由はあるにせよ・・」

ヒロシは感謝していたが、最終最後に振った事には変わりはないと思ってなんとも言えぬ感覚だった。

だがヒロシは突然ハッと立ち上がった。

「今日は九月三日だよな・・だったら、俺が刺された日だ。こうしてる場合じゃない」

そう言うとあの第二の人生で着ていた同じ様な背広を探して着込んだ。「暑いなあー」そう思ったが、なるべくリアルにすべきと、当時の自分に近づけた。

「ああ、そうだ。薄手のコート・・あゝこれしかないか。まあいいか・・」と陸上部のパーカーを手にし、学校に急いだ。焦って走った事もあり、以前と同じく一時過ぎに到着したのだった。

「ふー間に合った。・・そう言えば萬屋のおばちゃんに会わなくちゃ。」そう言いなが、あの時と同じ様にアイスを買い、大きく齧ったところに、おばちゃんが声かけてきた」

「あれ、谷君かい?」「はい!お久しぶりです」

前回と同じ返事をした。「今は大学生だったよね?どこの大学だったけ?」

ヒロシは前回同様に「まあ」とだけ答え誤魔化した。ここまでは一緒だ。そう彼は思った。その後、木陰で休んで、学校へと・・判を押す様に同じ行動した。

二時が近づき校門前まで来た。

「ここで背後に人が現れ・・死んでと刺される。」今でもしかと覚えていた。

しかし・・二時を回っても犯人は現れなかった。刺される筈が何も起きなかった。

「朱音は忘れてしまったのか?それとも俺はあの時幻聴を聞いたのか?なぜ?なぜだ?朱音ちゃん、なぜだ!」と叫んでしまった。

声を聞いて驚いた用務員さんが来てしまった。ヒロシは慌てて走って逃げて行った。

ヒロシは考えた。朱音が来る日に来なかったのは、一日のズレが生じて、少しだけ流れが変わったことで起きた事象かもしれない・・と。

だとすれば・・朱音が刺す事件は起きず、このまま分岐点を変えられる。そうしたら・・三年後に会える。

ヒロシは少しだけ安堵したのだった。

あまりの緊張と張り詰めていたせいか、喉が渇いて仕方がなかった。ヒロシは久しぶりに高校時代に通っていた喫茶店行き、アイスコーヒーを飲んだ。

「はー生き返った。久しぶりだけど、やっぱりここのアイスコーヒ―は美味いな。」懐かしく思った。

飲みながら外を見ていたヒロシは「でも、朱音はなぜ?この八十二年にいたのだろう。まだ十七歳だった筈・・」「それに今はまだ俺を知らない筈・・?

待てよ。朱音が刺したのは第二の人生だった。なのに既にこの俺を知っていたことなになる・・。なのに何も無かったように大学一年生の朱音は俺の前に現れ、最終的に恋に落ちる・・何か?おかしい?殺したかったのなら、いつでもチャンスがあったのに、愛して暮らして何もかもが上手くいっていたのに・・なぜだ?」

朱音を愛して止むことないヒロシにとっては、この事象に納得がいかなかった。

「殺したかった俺を愛して、結婚までして・・」

ヒロシの疑念は尽きなかった。

「もし・・今の俺を知っているのなら、どうやって知ることができる?分からない・・」

ヒロシは考えれば考えるほど、答えが見つからないのだった。一時間程考えたが答えは出なかった。

帰ろうとお金を払って外に出たら、遠くから手を振って走る恵美が見えた。やばい・・今日はNGだ。

そう思い逆の方に急ぎ足で逃げた。

恵美は怒った様にヒールを脱ぐと、ヒロシに向けて投げた。「痛っ!おっ・・」

ヒールはヒロシの後頭部に命中。しかも踵部分だ。

流石のヒロシも頭を押さえ、うずくまった。

「えっ!・・ヒロシ君。あゝ大丈夫?」そう言いながら恵美は近寄って、ヒロシを抱き上げた。

「ねえ大丈夫?ヒロシ君・・生きている?」

「まさか・・ヒールの踵にぶつかって死ぬやついないよ。全くコントロールいいんだから。」そう言って笑った。恵美も「ごめんね。痛かった?よしよし」と頭を撫でた。「子供かよ!まったく」ヒロシは言った。

その時に恵美の胸がヒロシにあたり、ヒロシは少し赤くなってしまった。

「でも、昨日バイバイしたばかりで、ここでまた逢うなんて・・驚きだよね。」

「逢うことがあったら会おうなんて・・今はナンセンスだったかも」ヒロシも笑いながら言った。

ヒロシは突然現れた恵美に「偶然だよね。どこかに行っていたの?」と聞くと恵美は「ああ、あそこのパスタ屋さんでバイトしてるんだ。帰ろうと裏口から出たら、どこかで見た、いい男が喫茶ロマンから出てくるのが見えて、手を振ったら・・その男が逃げようとしたから、頭にきてヒール投げました」という恵美だった。「まったく投げなくてもいいだろう」「ごめんね」と恵美は舌を出した。

ヒロシはこれから帰るところだと恵美に伝え、家に帰ろうとしたが「ねえ、ヒロシ君。あそこの門に(ルミエール)看板見えるでしょ。あそこに少しだけ行かない。」そう誘ってきた。

「俺、帰ってやることあるからごめんね」そう言うヒロシだが、実際には六日までは暇していた。「考える事も山積みだし・・」そう言うも恵美が「いいから、いいから行きましょう」ヒロシの手を引っ張っていった。・・柔らかい手。思わず心で思ってしまった。

髪も背中までのびたストレートをゴムで縛り、昨日と違って今日はポロシャツに短パン姿で、綺麗な体を見せつける様なそんな雰囲気だった。しかもヒロシの好きだった、恵美から匂う石鹸の香りが良かった。

店に入ると意外な人物に出くわした。

カウンターだけの小さなカレーハウスの中に居たのは、恵美の親友の牛山さんだった。高校時代に俺の手紙を何度も恵美に渡してくれた人だ。

「いらっしゃいませ。あれー珍しい組み合わせね。」牛山さんは直ぐにヒロシに気づき「高校卒業以来だよね。半年ぶり?くらい」「立っていないで座って狭いけど」牛山さんは相変わらずさっぱりした性格で、中学二年生からずっと同じクラスだった。高校三年生ではヒロシが進学クラスになり、別クラスだったが、ちょくちょくヒロシの元に来てはちょっかいを出していた。恵美は「ヒロシ君、懐かしいでしょ彼女。お父さんと二人でここ切り盛りしてるのよ。」

「二人が一緒って事は・・恵美、復活とか?」

牛山さんはさっぱりした性格だが、たまにおせっかいでもある。

ヒロシは咄嗟に「まさか・・俺振られたんだよ。知ってるでしょ牛山さんだって」そう確信であることを言った。恵美も「私は復活して欲しいと、三年生の春休み前に言ったけど、ヒロシ君に断れた。」

二人ともに下を向いてしまったため、牛山さんは困ってしまった。「うん・・そうか?二人ともに振られたと言う事だね。じゃ!乾杯しよう!」牛山さんは相変わらず訳わからないと思うヒロシだったが、まあ、お互いの再出発には乾杯もいいかもしれないと思った。

「だけど私たち未だ未成年だよ」と恵美は言った。

正論だったが牛山さんは「シーっ・・今日は私たちだけだから大丈夫。父さんは会合で遅くなるし、ここの営業時間は午後六時からだから。

そういえば未だ午後の三時半だ。

「カレーは後は弱火で煮込むだけだから大丈夫」と、冷蔵庫からビール瓶二本を出してきた。

「ヒロシはこっそり飲んでるでしょう。それにタバコも・・分かるんだから匂いで」

「いや、牛山さんには何でも見通されちゃうな」ヒロシは焦った。確かに新聞の専売所で仕事をするうちに酒もタバコも覚えた。

「まあまあ・・乾杯!」と牛山さんは音頭をとると、コップのビールを一気に飲み干した。

ヒロシも恵美も目を丸くして驚いた。体格も良いが、飲みっぷりも良かった。

ヒロシも恵美も少しながら、ビールを口にした。

十分ほどすると恵美は少々お酒に酔った様だった。

「ヒロシ君!」突然に恵美が言い始めた。

「何でしょうか?」恐る恐るヒロシは答えた。

「私はあなたを好きとは言わない。だから高校時代のこと教えて。」ヒロシはよく分からないが「何を」

と聞いた。

「なぜ?なぜヒロシ君は私だけだったの?周りにたくさんいたよ。あなたのファンが。」牛山さんもイカをしゃぶりながら、うんうんと頷いていた。

ヒロシはしばらく考えていたが、ビールをグッと飲むと話し始めた。

「俺も、決して恵美を好きとは言わない。」

そうヒロシも前置きし、話し始めた。

「誰にも話したことないけど。高校入学式の日に君とクラスが別だと分かってショックだった。入学式の中で背の小さい俺は整列した前の方で、君は後ろの方だった。君の教室を覗いたら、他の男子学生とも笑顔で話していて、俺はクラスで誰とも話せなかった。無論、女性とも・・

中学生時代のトラウマが、まだ心にあった。

ここまで俺と君は違うのか?・・そう落胆していた。その時に思った。だったら追い越せばいいと思う様になった。背は勝手に伸びるけど、心の傷は忘れるくらい勉強すればいい。社交性や人の付き合いは自分が前に出ていかないと解決しない。だからバンド活動をした。それを続けているうちに、勉学が上向き、他の生徒にも教える立場になり、一つの劣等感を覆した。

陸上部で弱った肉体を改造して、ハードな日々を戦い抜いた。音楽は・・知って欲しかった。俺だって音楽は好きだと言うこと。プラス・・人前で歌えること最高に引っ込み思案な俺を変えてくれた。それに誰にも気づかれずに、その人への想いを伝えられた。

そんな俺にもゴールがあった。この世で、この狭いエリアだけど、ただ一人俺をどん底から救ってくれた人に、気持ちを伝えよう!・・そう思っただけ。

決して一途ではなく、その人の笑顔や優しさに感化され生きるエネルギーにしたんだ。それがその人に分かって貰えれば満足だった。筈だったけど、人間性が変わり恋や愛になったかもしれない。心が弱ると、その人を思い、勉強で眠くなると、未だ追いつけない。そう何度も思った。だから決して、その人だけと言うわけではなく、その人しか、そばに居なかっただけだよ。俺にはそれだけでも良かった。奇跡もあったし」

ヒロシは長々話してしまって参ったなあと後悔した。

牛山さんは「なるほど・・私もヒロシとは長い付き合いだから、あなたがどんどん変わっていく姿見てた。私も人間ってこんなに変われるものなんだ。そう思ってた。納得!どう恵美?」牛山さんが聞いた。

恵美は「長かったね・・その人が好きになってくれるまで。私にはそんなの無理だよ。そんな無謀で一つの為に頑張る日々・・耐えられない。どん底を味合うとなかなか覆せない。ヒロシ君はそれを長い時間で、やり遂げたんだ。無謀な賭けだけど・・なんか尊敬するし、私はなぜか嬉しい・・」

そう言うと涙が一粒落ちた。

ヒロシは今朝聞いたカセットテープの音声を考えていた。(結局、俺も恵美も何かの高い塀を越えられず、互いに諦めてしまった。)そう思った。

「それほどの良い話しじゃないさ。ただのぐーたらな奴が好きなアイドルを追っかけしてたみたなものさ。それに今の俺には、ただの過去の栄光だよ。感動もない。あのままエリートだったら、ここにも居ないし、こんな話もしていないよ。」ヒロシは自分が現在置かれている立ち位置が、過去の中学時代と何も変わらない・・そう感じていた。

「だったら戻って来たら。ここに。」牛山さんは言った。しかしヒロシは「恵美にも昨日会った時に言ったけど、俺にはこれからどうしても、やらなきゃならない事がある。だから俺は今の生活に戻って、もう一度このどん底から立ち上がってみたいんだ。だから、ここには戻らないし、戻ってはいけない」そうヒロシは言ったのだった。

二時間弱で飲み会とやらは終了し、ヒロシは帰ることにした。牛山さんは元気に両手でガッツポーズを作り見送ってくれた。恵美と二日連続での帰り道だった。恵美は少し酔った様だったが、呂律も回っているので大丈夫だと感じた。

「ねえ・・ヒロシ君」

「えっ なに?」恵美が話しかけてきた。

「ヒロシ君は達成感あって満足だった。やり遂げてせいせいした。私が最後までノーでも?」

「う〜ん・・難しい質問だね。流石に最後までノーは辛かったかな。ある意味で君と三ヶ月という決められた時間を共にできた事には、達成感はあったよ。でも、その後はグタグタだったけど」

恵美は少し上を向いて「あー時間戻らないかな?」そんな事を言った。

「戻って、ヒロシ君と付き合ったら、あなたのように絶対に諦めない!そういう行動するけど。」

ヒロシはここに戻り、恵美とまた会え、互いのシコリが取れた気分だった。

二人はバスに乗車した。ヒロシは昨日の様にならぬ様に、恵美の後ろ座席に座った。

恵美には分かっていた。心なしかヒロシが避けている事を。恵美は前の席から小声で話始めた。

「私ね。先月にお見合いしたんだ。早いと思ったけど、親がどうしてもって言うから。今朝も駅で待ち合わせして隣街まで買い物に出かけたんだ。帰って直ぐバイトだったけどね。」と少し薄笑いした。

「そっか・・」

ヒロシは第二の人生で見た、あの男の人だと気付いた。お見合いしたんだと。

「すっごくいい人。誠実だし、真面目だし・・」

ヒロシは心の中では悔しかった。今朝の音声も聞いていたから。でも・・彼女とはここまでと決め

「良かった。ハッピーウェディングだね。おめでとう」ヒロシは顔が多少引き攣ったが、自分の心を整理をして言った。

「ありがとう。ヒロシ君。でもね、ヒロシ君!・・悔しくないの?!昔のあなただったら、どうして!何で!って喰ってかかってきたじゃない!そんなに私の事忘れたの。そんなに大事なのこれからのこと・・」

ヒロシはこれ以上話すと、信念が変わってしまうと、咄嗟に降車ボタンを押した。

「俺はね、君が思う様なヒロシじゃない。好きだよ・・今でも君が・・だけど俺は・・今はどこまでも馬鹿な男だ。だから幸せになって・・その人と。」そう言うと急ぎ足でバスを降りた。

だが恵美も急にバスをかけ降り、背後からヒロシに抱きついてきた。

「ヒロシ君・・私、あなたが好き。高校時代から。理由あって別れたけど、今もあなたが好き。大好きなの。この気持ちは絶対に変わらない。」

ヒロシは「ダメだよ。俺なんかに!」そう言うとヒロシは恵美を振り切り走り出した。その瞬間に恐ろしい言葉が聞こえた。

「ヒロシ君!そんなに朱音ちゃんが大事なの!?私を振り切っても、その人の側に行くの・・」と言って恵美は泣き崩れた。

どうして・・恵美が

ヒロシには信じられなかった。恵美の言葉を。

知っている筈がない。どうして・・なぜ!

ヒロシは頭を掻き毟りながら、泣き崩れた恵美に近づいていった。

「教えてくれ。恵美・・なぜ朱音のこと知ってるんだよ。どこで・・いったい誰に聞いたんだよ」そう言いながら恵美を抱きかけた。

「今は・・言えない。どうしても。ごめんなさい。」

ヒロシが何度もタイムリープする事も知っているのか?そうも考えたが、その様なそぶりはなかった。

「だけど、今は私のそばに居てお願い・・そうしたら、自然に分かるから。そうして」

分かる・・朱音も同じ事を言っていた。益々、混乱するヒロシだった。これから何が待ち受けてる?

「なぜ?自然に分かるんだよ!もう全く分からないし、誰も信じられない!」

ヒロシは頭を抱えた。恵美はそんなヒロシにオデコをそっとあて、「大丈夫・・私がヒロシ君を守るから。きっと守るから」そう言うと優しくキスした。

「守る?俺を?何から・・それとも・・」

ヒロシが続けようとしたが、恵美がまたキスして口を塞いだ。

「・・どうして・・君がキスするとあの時が蘇る。まるで付き合っていた頃みたいに・・俺はおかしくなった?君が・・恵美が・・愛おしい・・そう感じてしまう」

ヒロシは恵美の目を見ると、朱音とは何か違う感情が溢れる事に気付いた。

「恵美・・分からないけど、君の目を見ていると、十七歳当時の様に落ち着く。君を愛してやまなかった・・時と同じだ。なぜだ・・」

恵美は涙を拭き「やっと気付いてくれた私に・・気付いてくれると思ってた。ヒロシ君なら。絶対に、私の心の音に・・」

恵美はしばらくヒロシの胸に抱かれ、幸せを噛み締めた。二人は立ち上がり歩き始めた。

「未だに理解できないな・・なぜ記憶がフィードバックされるんだろう。なんで朱音ちゃんを知ってる?」

ヒロシは同じことを再び質問した。恵美は下を向き、頷き決心した様に「明日、あの喫茶店ロマンに来て十五時時に。バイト終わったら行くから・・その時に、全部説明する。」

ヒロシは「分かった・・」

日中の暑さは夕方の陽が隠れたことで、爽やかだった。二人は手を繋いで暫く歩いた。「ヒロシ君は今はどうしているの?」恵美に聞かれ、今の実情や大学を辞めた理由を話した。恵美は少し笑って「だったら、やっぱり私と同じだ。」二人は今までの出来事を報告していた。その時に・・

恵美は急に繋いだ手を離し「公園だ。よくここに来たよね。夜まで二人で話してたね。パンやお団子食べてた。懐かしい・・」

そうであった。当時はファミレスも無く、ファーストフード店も無かった。だから十七歳当時の二人は、この公園を訪れていた。

「学校横の店で、パンとジュース買って、あのベンチで食べたよね」

「そうだった・・君がジャムパン好きだから、売り切れる前に昼頃こっそり買ってた(笑)。懐かしい。」

ヒロシ達が公園を進むと、一人の高校生らしき女の子が、一人でキーボードの練習をしていた。

ヒロシはその子をじっと見つめ「懐かしいな。彼女・・いつもキーボードの練習してた・・。あゝごめん・・」

「ううん。いいよ。朱音ちゃんでしょ?。ヒロシ君は彼女を探す?」恵美はそう言うと

「ねえ、あなた!私に少し弾かせてくれない?」と少女に話しかけた。

ヒロシは「ダメだよ。真剣に練習しているんだから・・」そうヒロシが止めた。

恵美はいいのいいのとばかりヒロシの手を引いて、キーボードのあるベンチに座った。

「ごめんね。二分間だけ貸して」

女の子は「はい。いいですよ。ちょうど練習に詰まっていたから。」

ヒロシも「本当にごめんね」と少女に言った。

恵美はゆっくりとC基調の曲を弾き始めた。

「これって・・俺の曲。高校生の時作った・・」恵美は少し弾いて止め、違う曲を弾き始めた。この八十年代には絶対に存在しない曲。ゆっくりとしたピアノでスタートする、九十九年の超有名曲「Fist Love」しかも歌まで唄っている・・「また誰かと恋に堕ちても  Iill remember to love. You taught me・・・・・・

今はまだ悲しいLove song

新しい歌 唄えるまで・・」

弾き終わるとヒロシを見つめ「この曲聴くたび、自分の過去を思い出すの。四十近いおばちゃんが、この歌聞いて想い出に更けいった(笑)。」

ヒロシも「この頃の俺はめちゃくちゃな人生だった。よく聞いたよ。宇多田・・う」恵美は咄嗟にヒロシの口を塞いだ。小声で「ダメだよ。まだ彼女はデビューしてないから・・」

そうだった。ここは一九八二年だった。

少女は目を丸くし「お姉さん・・今の曲、何ていう曲ですか・・凄く素敵な歌!教えて下さい!」

恵美は困った。そこでヒロシは「曲名はないよ。このお姉さんが勝手に作った歌だから」

「是非!私に教えて下さい」答えに困りヒロシと恵美は走り逃げた。ヒロシは「十七年後にリバイバルされるから・・」そう言って去っていた。

少女は「・・・リバイバル?」頭を傾げた。

公園を出た二人は大笑いした。

「全く!この時代にあれはダメでしょう!宇多田は」そう言うヒロシだった。恵美も笑いながら、

「あの子の顔見た!お化けでも見る感じだったね。斬新だものこの時代では」

二人は大笑いしながら、街の外れまで歩いていた。

ヒロシはふと気付いた・・「何かがおかしい」そういい足を止め「恵美・・」「うん?」

「納得ができないことがいくつかある。辻褄が合わないんだ。どうも・・」

「そうでしょう!何も説明できていないから」

「さっきの四十前って何?と言うか、どうして宇多田ヒカルを知ってるんだよ。最初の人生なら・・知らない筈だよ。どう言うこと?」

無理もない、ヒロシは恵美の一回目の人生だと信じているから。

「ヒロシ君!明日お話するから・・」

ヒロシは・・辻褄合わないよ。もし朱音に聞いたとしても、朱音と結婚したのは、二十六の時で、あの事件があったのが、四年後の三十歳の時・・だったら一九九三年だ。宇多田ヒカルのファーストラブは、確か一九九九年だった筈だ。だったから、六年ものギャップがあるよ。なぜ?

「つい!はしゃいで、ボロが出ちゃった。でもね、今は話せない。明日には解決するから待って。お願い・・ヒロシ君・・」そう言うと、恵美は抱き付きキスをした。(誤魔化す気か?)

その時だった。背後から人が走ってきて、キスをしていたヒロシの背中に刃物を。

恵美は「イヤ!!」といい、ヒロシと体勢を入れ替えた。次の瞬間!「うっ・・」と恵美の声がし、腰に回していた腕に血が飛び散った。「う・・」と恵美の声にならない口が見え、ヒロシは絶叫した。

恵美の傷口を押さえながらヒロシは「いったい何の恨みがあってこんな事するんだ!」

刺した犯人は第二の人生でヒロシを刺した朱音だった。朱音は凶器の包丁を捨てると、急ぎ足で逃げて行った。背が真っ赤に染まった恵美を抱きかかえ「誰か、誰かー!誰でもいいから助けて・・」ヒロシは叫び助けを呼んだ。

通りがかった三名ほどが集まり、公衆電話に走る人、警察に向かう人・・

十分程で救急車が来、恵美とヒロシを載せて病院に向かった。恵美は大量の出血をしており、救急隊員

も「病院に輸血用意と止血剤の用意を至急連絡!」そう言うのだった。ヒロシは恵美の手を握り「恵美、どうして何だ。どうしてこんな事に・・」

泣いているヒロシに恵美は「泣かないで。私は大丈夫だから・・」

五分ほどで病院に着いた。ヒロシは警察に状況を聞かれ、ありのままを話したが、犯人の特徴だけは「分かりません・・」と誤魔化した。

「あれは間違いなく朱音ちゃんだった。第二の人生で俺を刺した時と同じ服装だった。」

恵美の手術は成功して、命を取り留めた。

ヒロシは恵美の両親に挨拶し謝った。

「君が悪い訳じゃない。刺した犯人が悪い。しかし、あの子が突然に結婚しない・・と言った意味が分かったよ。君だったんだね」恵美の父親は静かにそう言った。「君はもう帰りなさい。後は私たちに任せて」

ヒロシは帰ったふりをして、一階の待合室で暗い中じっとしていた。ヒロシは今日の出来事を改めて考えていた。

朱音はどうやって自分の居場所を知っていたのか?何故あのタイミングで殺そうとしたのか?三日後の学校の校門前では無かったのか?ヒロシは朝まで考えていた。答えは見えないままだった・・。

ヒロシは次の日

恵美の元気な姿を確認して、その後に警察に行って

事情を聞かれた。

「谷さん・・本当にあなたは、犯人を見ていないんですか?あの至近距離で恋人が刺されたのに。なんか・・不自然ではないですか?」

ヒロシは「もう辺りが暗かったし、犯人が黒尽くめであった事しか覚えていないんですよ。本当です。」

ヒロシはあくまで知っているとは言わなかった。彼女がなぜ、ヒロシを二度も狙ったかを知るまでは。そう考えた。

「でも、妙なんですよね。凶器も無くなっていたんです。現場からまるで煙の様に・・それに血痕も何も無かったです。不思議ですよね。あり得ません」

そんな馬鹿な・・ヒロシも同感だった。

一時間程で聴取は終わった。結局は犯人分からずで迷宮入りだった。

ヒロシはその後に家に帰り、服を着替えた。そこで更に仰天した。「昨日まであった恵美の血痕もが消えてる。そんなバカな・・嘘だろう。」

これは最初にヒロシが刺された時と同じだった。あれほど出血して、傷口から噴き出していた血が僅か半日で消え、次の日には歩ける様になっていた。

「まさか・・」ヒロシは急いで病院に向かった。

一階のロビーに着くと、恵美と両親がそこに居た。

「恵美!大丈夫なのか?立っていたらダメじゃないか?まだ安静にしてないと・・」すると恵美は「あっ!ヒロシ君」とニコッと笑った。

「わからないけど、刺された部分がもう塞がって、痛くないし、先生も通院でいいと言ってくれたから退院する。私も不思議・・」

両親も安心した様に頷いた。「ヒロシ君!これからも娘をよろしく頼むね。この子の幸せは、どうも君だけらしい。これからも一緒にいてやってくれ・・」と恵美の父親も安心そうに話した。

「あっ・・はい。こちらこそよろしくお願いします」ヒロシも思わず答えた。

「とりあえず今日は恵美と家に帰るから、君もゆっくり休んでくれ」「あっ・・はい」

恵美と両親はタクシーに乗り、病院から家に帰って行った。「ヒロシ君―ん!後で電話するね!」恵美は元気に手を振った。「ああー分かった。待ってるよ!」ヒロシも恵美に手を振った。

やはり同じだった。俺と恵美に起きた奇妙な事象。あれだけの重体だったなのに、そんな簡単に治るものか?そんな筈は無い。だが・・起きている。

ヒロシは考えた。今までの一連の出来事を。第二の人生で刺された自分・・だが、次の日には動ける様になり、三日後には傷も癒えていた。俺も恵美も生身の人間の筈なのに、なぜ?なぜなんだ。

それに恵美の話が、なんとも合点がいかない。朱音の体は一体どこからきたのか?

そんな時に恵美から連絡が来た。電話の内容を掻い摘むと、予定通り会って話をすると。

ヒロシは昨日の約束通り、いつもの喫茶ロマンで待っていた。そこに恵美がやってきた。今日は花柄のワンピースにスニーカーだった。

「待った?」「俺も今来たところ」

ヒロシは心配そうに「大丈夫か?」恵美は腰を押さえ、まだ少し痛む。でも平気だよ。包帯が少しオーバーだけどね」「良かった・・」ヒロシは安堵した。

「でも・・ヒロシ君は私が直ぐに回復すると分かって、病院に戻ってきたんでしょ?もしかして・・と思って」

ヒロシだけではなかった、恵美も何かを感じているようだった。

「驚かせてごめんさいね。でも、私はこの時代では絶対にあなたを守り通すって決めていたから」そう言い恵美の話は始まった。

「そう・・二◯二三年十月三十日 月曜日の朝、私はヒロシ君が絶命する場所に居た。直ぐ側に・・

ヒロシ君は奥さんから貰った何かの薬を多量に摂取して、意識が朦朧としてた。私もその日・・死のうと思っていたんだ。」「えっ!!」

恵美は高校卒業後に食品メーカーの工場に就職した。だが現場での失敗が多く、現場でのパワハラも受け、辞めざるを得なくなった。僅か三ヶ月で会社を辞め、心配になった両親は、早めに結婚させようと十九歳の時に三つ上の会社員と見合いをさせた。

何度か会ううちに、男性とも打解け二十歳の時に結婚した。だが・・結婚した途端、男性は態度を一変させ、家庭内暴力が頻発に。逆らうと朝まで殴り続けた。離婚を考えたが、子供が小さかった事と、両親が世間体もあり反対していた。

その後、いつのまにか夫は働くのも辞め、彼女が弁当屋で働き、家計を支えた。朝から晩まで一生懸命に働き、大好きだった父親の葬儀にも参列できなかった。

四十歳の時に離婚をし、生まれ故郷に戻ってきた。

「その時、ヒロシ君から貰った同窓会の案内状を思い出して、探したら出てきて、こんな近くに住んでる・・そう思ったら、会いたくなって、何度か行ってみた。というよりストーカー?みたいに毎日、隠れながら覗いてた。今・・あなたがどんな幸せを掴んだか?知りたかった。」ヒロシは壮絶な恵美の話に衝撃を受けた。

「あなたは昔のままのヒロシ君だった。でも、その時にあなたの不遇や度重なるトラブルを、近所の人の噂話で耳にするようになった。ある朝、あなたが玄関先で、奥さんと言い争っているところ見てしまったの。(全部自分のせいだ。死ねば君はスッキリするんだろう。もう直ぐだから待ってろよ)

玄関出たあなたはグッタリした様子で、この人も私と同じだ。どこかの分岐点で大きな間違いをしたんだんだと。そう心が揺れた。」

ヒロシは「じゃあ、その時に・・六十歳の俺に話かけてよ。死んでからじゃなく」そう言うのが精一杯だった。恵美はそうだね・・と言うように頷いたが「怖かった・・変わり果てた私。とても会えなかった。」恵美は当時の惨めな自分は、ヒロシには見せたくなかった。そう言うと目には涙が溜まっていて、溢れそうだった。ヒロシはそれ以上は聞かなかった。

「あの日・・私は唯ならぬヒロシ君を感じてた。そしてあなたが薬を多量に飲み意識朦朧(いしきもうろう)となった時に、私はすぐに駆け寄ったの。ヒロシ君は既に私に気付かなかった。でも、私には分かった。あなたの奥さんが影から覗いて見てる事。だから彼女の計画だって分かった。私に気付いたけど、通りすがりの人だと思って倒れてるヒロシ君を見て薄笑い浮かべてた。」

ヒロシは愕然とした。さゆりが殺そうと思ったと。しかも、あんな手の込んだメモまで入れて・・

恵美は話を続けた。

「私、悔しかったの何故か・・二人であの高校生時代に戻りたい・・そうも感じた。」ヒロシも「俺もあの瞬間、一瞬だったけど、君といたあの時代に戻りたい・・そう思ったよ」ヒロシも同感だった。

「その時に・・あの裂け目が現れた。理解は出来なかったけど、これに呑み込まれる・・そう感じた瞬間に私は護身用に持っていたナイフで自分の胸を刺し、ヒロシ君のお腹にも刺した。」ヒロシは驚き「えっ!どうして?俺はもうダメだったろう」恵美は少し上を向き「ヒロシ君の最期は私の手で・・楽にしてあげたかった。だけど私も一緒だよ・・一人にはしないから・・と呟いたよ。私!絶対に-あなたの奥さんの思い通りにさせたくなかった。ヒロシ君と私が一緒に死んでいたら、私が殺した事になるから、奥さんのよく分からない怪しい計画はダメになると、そう思っの。」

ヒロシは知らなかった。さゆりが自分を殺そうとしたこと。あのメモは罠だったんだ。

ヒロシは一気に力が抜けたが、恵美がそこまでして自分の最期を考えてくれた。そう思うと自然に涙が溢れた。「でも・・恵美はそこまで追い詰められていたんだ。当時は俺も独りぼっちだったけど、君もそうだったの?」恵美は涙を一粒零し「大切だった息子にあの朝殴られた。一生懸命に育てた私に、暴力を振るったんだよ。私が弱いのは我慢できた。でもその時の一言がショックだった。働くしか能がない、だから父さんに捨てられるんだ・・だって・・正直、いったい私が何をした?私が全部悪いの?そう思った。

でもね・・私・・ヒロシ君がどうしても忘れられなくて、引出しに閉まっておいた、二人で撮った写真・・あの公園でジャムパン食べて、一本のジュースを分けあって飲んだあの時の写真。大切な一枚だった。だから夜中に良く見て泣いてたの。それが夫に見つかって、また暴力を受けた。

結婚しても、どこか本気でない私だった。好きって言われないで結婚もしたし、一年二年は子供も生まれて幸せな時期もあったけど、そこまでだった。真正面から私を好きだって言ってくれたの、ヒロシ君しか居なかった。だから息子や別れた夫には申し訳なかったし、人生の半分以上はどうにもならない事態に嵌って出られなくなったの。」

結局ヒロシも恵美も分岐点を選び間違えた・・と思っていた。その死ぬほど辛い日々が終わるまで、歩き続ける勇気がなくなってしまったのだった。

ヒロシは突然。「じゃあ・・俺たち同じ船に乗ったんだ。君も俺も二度目の人生にむか・・えっ?」

ヒロシは気付いた。第二の人生に恵美は居なかったことを・・どこか違う場所にバラバラに落ちた・?・ヒロシは恵美に聞いた。

「だけど恵美、辻褄が合わないから教えてほしいんだけど、裂け目から落ちた時に、君は居なかったよね。一緒に来た筈が・・どうして?」

恵美は少しそっけない顔をして答えるのだった。

「私は居た・・でも私は駅の反対側に落ちたみたい。落ちた場所がスーパーの前で、直ぐにショーウィンドウに映る自分を見てびっくりしたけど、周囲の変わりようから理解した。私、タイムリープしたんだって確信した。私は何食わぬ顔で、反対側にいるヒロシ君をすぐに見つけた。声を掛けて走って抱きしめたかった。でもね、そのタイミングで、元夫がやってきた。そこで芝居をしてそこは立ち去ったんだ。だからヒロシ君は分からないと思ったけど・・ヒロシ君・・そっと私を見ていたでしょ?」

ヒロシはそんな事とも知らずにいた。

「ごめん恵美、こっそり見ていたよ。でも、男と一緒だし、翌年には結婚するって聞いていたから、正直言って悔しくて、このブスタレが・・と思っていた。本当にごめん!」恵美は笑いながら「いいのいいの!その時の私は本当にブスタレだったから。服も二十三年のよれたジーンズと汚れたおポロシャツ着てた。だから元夫からも、相当酷く見えたと思う。そうでしょう。ヒロシ君!」と睨まれた。

ヒロシは恵美の着ている服まで見る余裕はなかった。

「たださ・・君の声が聞こえて、懐かしくて悔しくて、地団駄踏んでたよ。」

「でも・・ここからが私には地獄だった。」恵美は続けた。ヒロシがさゆりとの出会いを避け、別の大学に進み、成功を収めていき、朱音と出会う。一方で恵美は結婚を辞め、東京の企業に勤め、ヒロシを見守っていた。しかしヒロシと朱音が結婚して、自分だけ一人になってしまう。恵美はそこから更に四年間の間、チャンスを狙っていた。次元を元に戻す為に。

「ヒロシ君が朱音ちゃんと結婚しても、私は諦めなかった。偶像の結婚はいつか壊れるから。」

「偶像?あれは幻と言うのか!恵美は!」

「そう!ヒロシ君は朱音ちゃんの両親に会ったことある?」「確か・・あるよ。」

「それじゃ、結婚式はした?」「してないよ。朱音が恥ずかしいとか、面倒くさいとかいって」「じゃあ、結婚してから、冠婚葬祭はあった?」「そう言えば無かったな」恵美はその他にも幾つか質問し、ある意味確信した。

「朱音ちゃんはヒロシ君より二つ下だったよね。一番幸せな時、それも昭和時代で、結婚式や新婚旅行は当たり前というか、親が恥をかくからとやるのが当たり前だった時代だよ。それに親には一度きり会っただけ、友達もいない、冠婚葬祭もない・・あり得る?そうでしょう!ヒロシ君」

ヒロシは恵美が朱音を忘れさせようと必死だと思った。だが、恵美の話には一理あった。いつでも二人だけだった。家を出てから寝るまで・・夕食は決まっていつもの居酒屋で食べる。家に帰っても誰かに電話しているのは見たことがない。会社でも決まった人としか付き合いは無かった。

「それじゃ、俺は幻の世界に居たのか?信じられない。車も電車も人混みも今と何も変わらない」

「ヒロシ君にも私にも二箇所傷痕がある筈・・。それは最初の時と二度目の時にされたもの。私は両胸にあるよ。見せようか!脱げば見えるよ」ヒロシは赤くなり「冗談は辞めなよ。ふー暑い!」

確かにヒロシの腹部には刺された時にできた傷が二箇所あった。死に至る程の刺された傷が塞がり、完治してしまっていた。前から変だと思ってはいた。

「その傷・・朱音ちゃんにはあるかな?二度目の人生の最後に自分の胸を一刺しして息絶えたよね。」

そう言えばそうだ。確かに朱音ちゃんにも同じ様な傷がある筈だ。

「ヒロシ君・・朱音ちゃんと一緒に寝たり、お風呂に入ったりしたよね?」恵美がストレートに聞いてきた。「なにを聞くんだよ。そりゃ夫婦だし、することもすれば、風呂くらい入るさ・・」ヒロシは小さい声で答えた。恵美は睨み「はー!頭にきた!ヒロシは、その時に!傷痕みたいなもの!見なかった?って聞くつもりだった。」恵美は怒り心頭気味で言った。

「ああ・・無かったよ一つもどこにも・・」恵美は更に憤激し「端から端まで見てたんだね。イヤらしい。」聞くから答えただけだったヒロシだが、言い方がストレート過ぎた。

「怒らないでよ。正直に答えただけなんだから・・」ヒロシは謝りつつ、少し想像してしまった。

「分かった。じゃあ、今度、朱音に会ったら、確認して!私には無理だから」何故か恵美は感情剥き出しだった。「そんなに怒らなくても、ただの偶像なんだろう。だったらそこまで気にしなくてもいいんじゃない?」「偶像だろうが、幻だろうが、許せない!私のヒロシ君とイチャイチャして、絶対に許さないから。」感情的だった恵美だがその後、落ち着きヒロシと作戦を立てた。

夕刻、三日連続の帰り道だった。

「あのさ恵美」「なあにヒロシ君」「君が一昨日貸してくれたカセットテープなんだけど」「うん?剛、良かったでしょう!」「そうじゃなくて、君の肉声が入ってた。八十年にとったらしい音声・・」「え!まさか!私が一人喋ってるやつ?」「そう・・視聴覚室でやった定期演奏会の日の録音だった」

「いやだー!聞いたの?」「もちろん・・」「どうしてあのテープにダビングしたんだろう。長渕剛で上書きしたつもりが・・やってしまった・・直ぐ返して!お願い!すごーく恥ずかしいよ・・」

「いやだ。俺は君がこんな風に俺を見ていてくれたんだって、感動しちゃったよ。それに・・何故あの時別れたのかも、何となく分かった気がした。」

「恥ずかしいけど、私・・あの当時の自分が一番好きなの。何も恐れず、正直な気持ちが持てる。だから・・テープ返してください。」ヒロシは嬉しそうに「分かりました。今度返すよ。」「ありがとう!」

ヒロシは恵美と歩きながら、久しぶりに恵美を思い出していた。音楽部でギター弾いている時に、オリジナル歌ってほしいと無茶振りするし、ジャムパンのジャムが少ないと言って、今からおばちゃんに抗議するとか、何度目かのデートで、初キスをして、ヒロシ君、なんか変な味がするとか・・たった三ヶ月だったけど、毎日が楽しかったし嬉しかった。

今、また側に恵美がいる。以前よりもっと素敵になった恵美が。このままで止まってほしいくらいだった。

「ヒロシ君!なに考えてるの?まさか・・嫌らしい事!全く、あんな事聞かなきゃ良かった!」そう恵美が言ったが、ヒロシは恵美を抱きしめ・・

「今日が・・俺と恵美のFirst Loveだ。というか今この時がファーストラヴかな。ずっと・・待っていてくれてありがとう。これからは、俺が君を待つよ。」

「ヒロシ君・・キスしよう」「いやだー」

「でもタバコ臭いか?嫌かも?」

「タバコ臭いかじゃなく、タバコのFlabbierしただろ・・全く!」「それって宇多田だよ(笑)!ヒロシ君こそ全く!」今の二人には・・世界があった・・


続く


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ