第三部 最終節 折に触れて廻る
遂に最初の人生に戻ることになったヒロシと恵美。
しかし・・思わぬ事態でてんやわんや。
最終話です。お楽しみください。
裂け目に呑み込まれたヒロシは、いろんな場面を目の前に見せられた。
貧しかった少年時代・・
それでも兄や妹達と元気いっぱいに生き、幸せを噛みしめた時代。
中学時代の苦痛・・
病弱で休みがちだった学校。南米のクウォーターで色黒で痩せて小さいことでイジメを受けた。自暴自棄になり、自らの命を断とうとも思った。でも・・一つの光が差し、その光を追い続ける日々となった。イジメられた弱さを強さに変えた。
栄光であった高校時代・・
半年で勉強もスポーツも音楽も我武者羅に取り組みトップに立った栄光。3年間続けた。
栄光と恋と失恋・・
栄光の中で光をくれた彼女のため邁進した。告白をする為・・だけど16で失恋した。でも諦めずにいたのが幸か不幸か彼女と付き合えた。でも・・3ヶ月で別れを告げられ疎遠になった。
大学時代・・
彼女を失い全てに自信がなくなり、栄光は消え果てた。賭け事へのめり込み、さゆりとの出会いや、好きでした筈の結婚・・
社会人は堕落だらけ・・
社会に出ても堕落が続き、さゆりにも子供にも愛想を尽かされて・・60で一人きりになった。
ヒロシは思った。「この現実に戻るのか・・?まあ仕方がない。いい夢を見たんだから。残りの人生は人のために生きよう。それしかないし、それが俺を愛してくれた恵美に最後にできることだから・・」
そう心に思い裂け目から吐き出されたのだった。
一方で恵美も過去を見ていた。
少女時代・・
親の優しさに包まれ育った時代。懐かしい。
中学時代・・
みんなに左右されず我が強い生き方で、我が道を進んだ。だがひとりの男の子に会い、気にするようになった。でも特に恋愛感情もなかったボランティア。
高校時代・・
気にかけていたヒロシがいつの間にかキラキラしてきて、女生徒に大人気で気になる存在になった。
16で告白されたが、恥ずかしくて断ってしまった。だけど、カセットテープにそっと気持ちを残していた。
17で彼を本気に好きになり、付き合うことにしたけど、ヒロシの将来を考え別れを告げるしかなかった。
社会人になって結婚して・・
就職の失敗と結婚の失敗は大きな打撃だった。
子供にも馬鹿にされ、夫の暴力と彼の無職で困り果て、生活も困窮して離婚後も苦労ばかりで笑うことを忘れてしまっていた。
恵美は思った。
「私はもう戻らなきゃ・・ヒロシ君との幸せな生活・・大変だったけど嬉しかったし幸せでした。ありがとう!もう離れ離れだけど、後悔は無いかも。60の自分は怖いけど、みんな同じようにこの歳になり過ごしていく。ありがとう!」
2人それぞれの想いを持って裂け目から吐き出されたが、2人とも最後に同じ事を何故か考えていた。
ヒロシは自分が睡眠導入剤を飲み、フラフラになったあの場所に座っていた。
「おおー遂に戻ったか?我がだらしない人生にようこそ!胸も痛まないし健康そうだ。どうやら健康だけを貰えたみたいだ。良かった。」
そう独り言を言いながら立ち上がると、服装が気になった。汚い穴の空いた背広でなく、ジーンズにポロシャツにジャケットだった。
「あれ?これで出勤していいんだっけ?それにビジネスバックが異様に新しいなあ?」
そう思いながら駅前のウインドウに写る自分を見たのだった。
「おや?60の俺顔のそれなりの皺だけど、髪があるな?薄毛じゃないな?それに服装が似合っているしな?まあいいか。先っぽの毛が紫?えっ!」
そう言いながら会社に向かった。
「おはようございます・・って?俺なんでここに来たんだ。」ヒロシは一度事務所を出ると自動ドアの文字を見た。
「えっ!MAEDA企画?」
そう思いながら、戻ろうとした時に、エレベーターからひとりの初老の紳士が降りてきてヒロシに声を掛けた。「おはようございます。谷さん!」
「あゝ・・おはようございます。・・って誰?」
「おいおい!社長の俺を忘れちゃ困るな?もうボケたわけじゃないよね?」
ヒロシは腕を組み目を瞑った。
そうすると・・音楽活動を通して前田と知り合い、前田の会社に就職したのだった。僅かに記憶が戻った。
「そっか・・戻ってくる時に、職業のこと考えてたな。それがこんな形になったのか。」
ヒロシは席に着くと前田が寄ってきて言うのだった。
「谷さん。my friendの新曲だけど、編曲のところどう思う?やっぱりキーボードのくだり・・良くないよね?」そう言うのであった。
ヒロシはPCのmy friendの曲を聴くと・・
「あーこれですね。16音符のところですよね?ここはこうですよね・・そう言いながらPCで曲を弄った。
前田は「そうそう!それだよ!やっぱり谷くん!いや・・谷さん・・」
「谷くんでいいですよ。慣れてるから・・」
「いやーダメダメ・・また彼女に言われちゃうよ。谷さんはもう60なんだから、さん呼びにしてください!ってね。」
「誰ですか?その人・・」
前田が口を開こうとしたが「社長!お電話です。TVSテレビからです。」「おお!今出るよ!じゃ、今の曲の編曲のところ事務所にメールして下さいね」
そう言い社長室に戻って行った。
どう言うことか?彼女とは?ヒロシには不思議すぎる事象が幾つかあった。夕方・・
「あ〜っ。疲れた。今日は久しぶりに牛山さんの店でもいくかな。ビールでも飲んで・・って?俺って?いつから牛山さんの店に?不思議だな。」
そう言いながらもヒロシは「喫茶ロマンの脇道を進み・・?というか?なんで場所を知ってるんだっけ?来たことやっぱりあるんだ。」
「いらっしゃいませ!って言うか・・ヒロシか?」
「おいおいお客様に失礼だな。一応はお客様だから」
ヒロシが席に座ると・・「いつもの?えっと先ずはビールの中ジョッキね・・」と頼みもせずに、生ビールと枝豆が出てきた。
「うー!うまい!仕事後はやっぱりこれだよな!第三のビールじゃ味気ないや」
「あれ?ヒロシ・・いつから第三のビールなんか飲むようになったの?あれはビールじゃない!って豪語してたのに?発泡酒だって嫌いでしょ?」
ヒロシはきょとんとしたが、過去の出来事がフィードバックしてきた。
「・・確かにそうですね。あれ?俺おかしいかも」
ヒロシは過去の記憶が噛み合わないことに違和感がありながらも、ビールをグッと飲むのだった。
「そう言えばヒロシ!最近は夫婦仲はどうなの?喧嘩したって彼女に聞いたけど。また酔っ払ってなんかしたんでしょ?まったく60の子供なんだから・・」
「ああ・・喧嘩はしょっちゅうさ。だけど最近は怒る気力もなくてね・・気力が落ちたというか・・歳だからね。初老の紳士になったよ。」
牛山はヒロシの話を聞いて「何言ってるのよ!先週はまだ俺だって歌えるし楽器だってバンバンだ!!って粋がっていたのに、1週間で変わりないでしょうが!」
ヒロシはまたしてもきょとんとして牛山の話を聞いた。「ほー・・俺ってまだいけるんだ!良かった」
そう言い2杯目のビールも飲み干した。
暫く2人は会話していたが牛山が「さあ!これ食べて帰りな!また奥さんにツノが生えるよ!おー怖!」
牛山はヒロシに小盛りのカレーライスを出した。
ヒロシは酔っており「おー怖いよ。うちの奥様は・・睨むしうるさく言うし、時にはお金もくれない!だからいつも貧乏で・・ヒロシは惨めだ」
ヒロシは家に帰りさゆりに大目玉を喰らうと考え、小盛りのカレーライスも半分だけにして、牛山にお金を払い店を出たのだった。
「しかし・・なんで俺の財布に万札が入ってるんだ?千円札すら無いはずなのに・・拾ったのかな?」
そんなことを言いバスに乗った。
恵美はヒロシと離れ60の体で現在に戻ったが、なぜか一軒家におり食卓の綺麗な椅子に座っているところで目が覚めた。
「あら変?私・・一軒家買ったんだっけ?そうか・・息子も独立して一流会社勤めだから・・オサムが買ってくれたんだわ。」
恵美は久しぶりに見る自分に怯えていたが、勇気をもって洗面台の鏡で自分を見たのだった。
「えっ!痩せてるわ。ぶくぶくした脂肪はどこに行ったの?それに二段腹の上に鎮座していた、たるんだ胸がピンとしてスタイルが30代みたい・・」
「ええっ!髪も綺麗になってるし、顔の弛みも少ない・・いったいどうなったの?」
恵美は自分の変貌ぶりに驚き、牛山に電話をした。
「あら・・どうしたの恵美!なんかあったの?」
「牛山!大変なの!私・・痩せてるの・・それに顔が少し若い!なんか私にあったのかな!」
牛山は恵美の話を聞いて「アホか!自慢のために私に電話してきたの?そうですとも!恵美は若作りだし、胸も垂れずに大きいし、お尻だって綺麗だわ・・それに比べて私は・・って何言わせるのよ!」
恵美は自分の身に何かが起きたのを感じ、家を出て牛山の店に行くのだった。
ヒロシは家に着くと「うん?鍵が閉まってる?おかしいなあ、電気がついてるのにな?さゆりの奴つけっぱなしで出かけたな!まったく俺には電気代がもったいとか言うくせに、こっちの方が遥かに無駄遣いだよ」
ヒロシは玄関を入り手を洗い、歯を磨くのであった。
「また飲んできたって思われたら面倒だ・・」そう言いうがいもしたのだった。
食卓行くと「あれ?食事は?用意がないな?まあいいかポテチに第三のビールさえあればな」
そう独り言を言い冷蔵庫の第三のビールを取ろうとしたが、ヒロシは驚愕してしまった。
「えっ・・500mmのスーパードライがこんなにある。それにチーズに刺身に牛煮込みのパックまでびっしりだ・・いつの間にこんなに買い込んだんだ。さゆりの奴飲んでるな!俺には安いビールを出しておいて、自分はスーパードライかよ!頭っきた!飲んでやる。俺だって飲む権利があるからな!」
ヒロシはそう言うとビールとグラスにチーズを出して、飲み始めてしまった。
その時だったヒロシの携帯が鳴り、ヒロシは仕方がなく電話に出た。
「はい・・もしもし谷ですけど・・」
「谷さん大変だよ!My friendのタクが倒れて、緊急入院だ。急いで来てくれないか?頼むよ!」
それは前田社長からだった。
ヒロシは慌てて会社に向かうのだった。
「いったい何があったんですか?」
「虫垂炎だよ・・さっき手術をして。でも1週間は活動は無理だよ。明日のデビューイベントは中止だな」
前田は下を向きガッカリしていた。
ヒロシはこのままではダメだと思い、関係各所に電話をするようにスタッフに指示した。
「でも?中止って伝えるんですか?」スタッフ全員がヒロシを見た。ヒロシは興奮した顔で言った。
「明日は予定通りにイベントをやるが、タクが入院して参加できない旨伝えてください。代わりにサポートメンバーを仮につけます。と・・」
前田は頭を上げ「おい!谷くん何を言うんだ。明日だよ。サポートメンバーなんていないよ!」
ヒロシはうっすらと笑い「社長・・ここにいるじゃないですか?俺・・」そう言い自分で指差した。
「正気か?練習もしてないよね。無理でしょう」
「ニューヨークでの公演覚えてますか?あの時の突拍子もない前田さんの提案・・俺は覚えてますよ」
ヒロシは前田の肩に手を乗せ「やるしかないです。ここでやめたら大損ですよ。いいんですか?」
「ああ・・分かった。君が大丈夫だと言うなら」
前田は渋々了解したのだった。
「あー・・牛山には変態って言われるし、自分の胸に触っても自分だと感じるし・・どうなってるの?」
恵美は仕方がなく家に戻るしかなかった。
「でも・・おかしいわね?なんで家に誰も帰ってこないの?オサムはどうしたの?・・ハハーん、彼女か?デートでもしてるのね。いいわ・・もう眠いし寝ちゃおっと・・」そう言い寝てしまった。
次の朝・・
「何これ?誰が食べ散らかしたの!」
恵美は2階に行き「オサム!いったいなんなの!あんなに散らかして!さあ!起きなさい!・・二日酔い?あれだけ飲めばそうでしょうよ!ママ許さないから!ちゃんと片付けて寝てよね!」
そう言い布団をめくったが恵美は驚愕した。
「オサム・・じゃ・・ないわね?・・って誰?」
恵美は見覚えない女性が横たわっているのに驚いた。
「オサム・・?誰?ママ・・もうちょっと寝かせて・・お願い・・頭が割れそう・・」
「あ・・そう?分かったわ・・って誰?・・」
「もう!眠いの!私を忘れたの?ボケたの?ヒ・カ・ルよ!もっと寝かせてよ。」そう言い布団を被った。
恵美には驚愕だった。
(なんで現実の世界でヒカルが存在するの?あり得ないわ・・確かに最後にヒカルに会いたい・・って願ったけど。こんな形で現れるわけ?)
恵美は混乱していたが取り敢えず居間に戻った。その時に「た・だ・い・ま〜」と言って玄関から誰かが入ってきた。
それは男の子で如何にも大学生の風貌だった。
男の子は正座し「母上!朝帰り恐縮です!いろいろあって帰りが今になりました・・誠に申し訳ございません!深く深く・・反省しております!」
そう言い土下座をしたのだった。
恵美は青くなり「誰?・・ですか?」と聞いた。
その男の子は「まあ・・記憶喪失にもなりますよ。わが息子も忘れてしまいたいでしょう・・でもオサムという名前は覚えておいて下さいませ。ごめんなさい」
恵美の頭がフィードバックされ、ヒカルの後にこの子を産んだ思いが巡った。
恵美はある程度だが状況を理解して「ああ・・朝帰り?ああそう?あり得ないわね・・!」そう言いオサムの背中を手のひらで強く叩いた。
「う〜痛え!・・ごめんなさいね・・ママ」
恵美は笑い「大丈夫よ!ヒカルも二日酔いでダウンしてるから!」顔を引き攣らせた。
恵美はどうやらごちゃ混ぜの家族構成で本当の次元に戻された・・と思い落胆した。
「ああ・・結局はシングルマザーで2人の子持ちに戻ったか?・・まあ・・そんなところだわ」
朝の9時になり・・
「あーあー遅刻!お母さん起こしてよ!」
恵美は「だって!起こさないでって言ったのヒカルだよ!何言ってんのよ!」
「朝ごはん要らないわ。それと今日も遅いからね!先に鍵かけて寝てね!じゃあ!行ってきます!」
そう言いヒカルは出勤して行った。
「まったく・・話もできないわ。ヒカルももう33だし、結婚してほしいわ。」
恵美は行き遅れが自分の昔に似ているようで気になっていた。
「あゝだるいわ・・ヒカルったら、ゴミを捨てずに会社行くなんて誰に似たのよ、まったくもって!」
現代に戻って単なるシングルマザーに戻った恵美には、子供達への期待感が高いこともあるが、一応はそれなりに生きていける張り合いもあって、充実感も感じられていた。
ヒカルは大手の出版社に10年前から勤めており、仕事も順調で今年に入り音楽雑誌の副編集長になっていた。ただお酒が好きで二日酔いの日々でもあった。
「あ〜頭痛いわ・・完全に二日酔いだ」
そんな独り言を言うヒカルの席後方に編集長が・・
「あーそうか?二日酔いだ。・・ヒカル!シャキッとしろ!」怒鳴られた。
「あゝはい!すみません。以後気をつけます」
「まあいいか・・悪いが今日の午後、山口の代わりに中野サンプラザのイベントに取材に行ってくれ?」
「山口君どうしたんですか?」
「予定がブッキングしてな、イベントに取材行けないんだ。頼んだぞ。あゝ、そこに取材用のメモあるからしっかり取材しろよ。いいな!」
「はーい。・・取材メモと。・・うん?My friend?」ヒカルは上を向き「編集長!無理です!この取材だけはやめてください。お願いします」
ヒカルは取材内容を見て編集長に言ったのであった。
「気持ちは分かるけど、他人だと思って頼むよ!」
やり取りは5分ほど続いていた・・
一方で恵美は・・
「なぜかしら?私はヨガをしてる・・」
恵美は日課のヨガをして、青汁を飲み、バナナを齧った。「なんて健康的なの?若さの秘訣?」
汗をかきシャワーを浴びていたが、自分の胸を洗っているとなぜかxxが熱く疼いた。
「どうしたのかしら?xxが疼くわ。感じちゃう。おかしい・・いい歳して・・まだ現役なのかしら?」
シャワーを直接充てると少しだけ悶えてしまった。
「ああ、やっぱり疼くわ。まだ現役なんだ。まったく私ったら、一人で夜中にしてるのかしら?エッチね」
シャワーを出るとそこにオサムが降りてきて恵美を見ていった。
「出かけないの?今日出かけないの?」
恵美はきょとんとして「どこへ?」と聞いた。
「いいや。何でもない。じゃ!学校行くね」
そう言い玄関を出て行った。恵美は何のことかと思い自分の携帯を見たが、予定らしきものは入っていなかった。「何なのかしら?」
一方でヒロシは・・
My friendのデビューイベント会場に来ていた。
ヒロシはメンバーに短い時間だが話をした。
「いいか・・今日はお前たちの待ちに待ったデビューだ。今まで厳しいレッスンや曲作りに、各所への営業活動・・本当に辛かったと思う。しかもタクが病欠で本来のお前たちを見せられない。でもな、タクが戻って来れる場所を今から作るんだ。いいな!」
メンバー4人は皆涙目で「はい!よろしくお願いします」そう言いヒロシと抱き合った。
「でも・・谷さん大丈夫ですか?ギター?久しぶりですよね。」リーダーのコウジが心配した。
「あゝっ!大丈夫だよ。それに会場を見ろよ!お前たちをインディーズ時代から応援してきたファンでいっぱいだ。あの子達にいい曲をプレゼントしなくちゃ!」そうヒロシは会場を見つめた。
「えっと・・楽屋は・・ああここね。お邪魔しまーす。月刊Musicの谷です。」
ヒロシは声のする方を向き「イベント後ににしてもらえる。今とっても士気が上がってるところだから」
ヒロシがそう答えるもその子は中にずけずけと入ってきてしまった。
「ヒカルちゃん!困るよ。勝手に入ってきちゃ!谷君だって緊張中だから・・」
「だから!谷君じゃなく谷さんでしょう!前田さん!何回言わせんのよ!・・」
「あのね君ね、だからインタビューは終わってから・・って見たことある顔だな?昔会っているような?誰かに似てるかも。君のお母さん・・俺の知ってる人かな?」ヒロシは聞いた。
「だから嫌だったの!父親の会社のイベントに来るの。・・ママもそうだけどパパもいい加減にしてよ!知らないふり・・夫婦喧嘩は犬も食わないって言うけど、いい加減に口きいたら?」
「パパ?・・俺が?君の?あり得ないよ!だって・・」ヒロシはまたしても記憶の断片を組み上げたのだった。すると突然「いいだろう。俺と恵美の問題なんだから。それにお前・・冷蔵庫はビールの貯蔵庫じゃないんだ。その日に飲めるだけにしとけ!」
「あー!昨夜、家でビール飲んで食べかす置いてあったのパパなの!ママが激怒してたわよ!知らない」ヒロシはまずい・・そう思ったが、急に真剣な顔をして「・・今日時代が変わる。このMy friendが世を世間するぞ。期待しろ!」
ヒカルはヒロシの格好を見て驚いた。
「パパ・・まさかだよね。絶対にステージには上がらないでね。その格好で。イケおじは知ってるけど、オッサンバンドは・・絶対に無理」
そこにコージが割って入り「いやー谷さんの格好・・イケてると思います。期待して下さい。きっとお父さんが今まで一番格好がいい姿を見せてくれると思う」
ヒカルは「・・イベント・・壊さないでよね」
そう言い楽屋を出て行った。
「ふーコージ!レベル上げるね!心配になる」
会場に現れた5人は客席にお辞儀をしてヒロシがマイクを持った。
MAEDA企画の谷です。皆様が楽しみにしていてくれた、My friendのデビューイベントにようこそ!
本来は私の位置にタクがいる筈でしたが、虫垂炎で入院中です。でも心配いりません。回復に向かっていますので、今日は他の4名で皆さんに最高の楽曲をプレゼントします。あゝ、私はバンドサポーターとして目立ちませんようにいたします。よろしくお願いします。
会場からは「何よあのおじさん・・みんなと同じような若い格好して恥ずかしくないのかしら?」
近くにいたヒカルは「だから・・言わんこっちゃないわ。言われ放題だよ。恥ずかしい・・」
だが後ろにいた婦人が「あれ?・・あの人ヒロシ谷だよ」「誰だよ?」「知らないの?1970年後半にNHKドラマの主題歌を僅か14歳でかいて世間を騒がせた音楽の天才なのよ。その後はいろんなバンドのサポーターとして、世界中で活躍したわ。背が高くて、日本人離れした顔に、なんといっても曲がいいの彼の曲・・今日来て良かったわ」
ヒカルは驚き後ろを振り返り「今の話って本当ですか?あのおじさんのこと・・」
ヒカルはヒロシの事を何も知らずに育った。裕福な家庭だったので、父親の過去など興味はなかった。
「えっとコウジです・・今日はありがとう。僕達のデビュー曲です。revolveです。
revolve(廻る)
yesterday 君はどこから来たの
tomorrow 君はどこへ行くのこれから
revolve 僕と君の行く道はいつもそうだ
3years ago 君は僕を何も感じない?
3years later 今は愛し合っている不思議!
nightmare とnightmare それだけじゃない
happy dayだってあるさ 二人には
dimension 空間 君のためなら越えるさ
僕と君の出会いはdestiny
だけじゃない inevitable 必然なんだ
間奏になり、ヒロシのギターサウンドが唸りを上げた。その指使いは素人とは思えない、正確なタッチと優麗なメロディだった。
さっきまで馬鹿にしてた少女は目を丸くし、リズムに乗って手拍子や小刻みなスッテプをしていた。
メンバーも乗っていきデビューイベントは大成功したのであった。
イベント後は多くのメディア対応に追われたメンバーをヒロシは微笑みながら喜んで見ていた。
「パパ・・」
「おおっ!ヒカル。ダサくて申し訳ない。ちょっと音外したし・・」
ヒカルは涙を流して「ううん・・最高だったよパパ。パパがあんなにすごい人だって今まで知らなかった。と言うより知りたいと思っていなかったのかもしれない。でも演奏聞いて、ヒロシ谷はやっぱりここにいたんだ・・私のパパで。そう思って驚いた」
「ああ・・懐かしいなあ。その頃にパパはママに恋をしたんだ。でもね当時は相手にもされなかったんだ。ママは俺がヒロシ谷だって気づいたのが、大学生の時だったよ。自分のデビューは振られて始まった」
ヒカルはヒロシの話を聞いて合点がいかなかった。
「じゃあ・・どうやってママと結婚できたのよ?見向きもされず、振られたんじゃ無理じゃない?」
ヒロシは目を丸くして説明した。
「運命って言葉があるよね。でも俺たちは運命的な二人じゃなかった。お互いにそれに気づいて、離れたけど別れて1年後のバス停でまた出会ったんだ。そうしたら急に互いが急接近して離れたくなくなった。気づいたら、22で同棲しちゃって、25で結婚したんだ。27でヒカルが生まれて、38でオサムが生まれた。その結婚して行った新婚旅行で約束したんだ。いつまでも今の気持ちのままでいようって・・だから運命じゃなく必然なんだよね。パパとママの出会い」
ヒカルはそっと後ろを指差し・・
そこには恵美がいたのだった。
「ヒロシ君・・会いたかった。まさか・・こんな現世なんて・・住人さんはどこまでイタズラ好きなのかしらね・・」そう言うと恵美はヒロシに飛びついた。
「おいおい・・みんなが見てるよ!恥ずかしい」
「あーヒロシ谷の奥さんだー!」記者達はヒロシと恵美が抱き合っているところに駆け寄り、質問合戦が勃発したのだった。
「谷さん!美人の奥さんとお聞きしてましたけど、ここ迄とは知りませんでした。同じ歳ということですがすごーくグラマーで素敵ですね!」男性記者はそう言い恵美を上から下に見入った。
ヒロシは昔のように「まあまあです。ブスではないです」と言い自分の後ろに隠した」
見ていたヒカルは笑いこけ喜んでいた。
イベント後の帰り道・・
「ヒロシ君・・」「うん?」
「・・何か長ーい小説のような人生だね。私たち」
「うん、そうだな。長ーいトンネルに飛び込んで、もがいたり、苦しんだり、苦しめられたり、楽しかったり、嬉しかったり・・でも、いつも側に君がいてくれて・・良かったよ。俺が迷っても助けてくれた。ありがとう恵美・・感謝してます」
「ヒロシ君が頑なに初恋を信じたからよ。最初に好きになった人をこの歳まで同じ気持ちでいてくれた・・ありがとうヒロシ君・・こちらこそ感謝してます」
「今日の曲さ・・実は俺が作った曲なんだ」
「うそー!だってCDにはHTDが作詞・作曲・編曲って記載されてるわよ。プロデューサーの谷ヒロシの友人って!」
「あははは!そうだよ。俺はいつだって詩人であって、音楽馬鹿だから、Hはヒロシ、Tは谷、DはDandyの意味だよ。だから俺本人・・」
恵美は呆れ顔で「いづれバレる嘘を!よく・・」
「廻る・・本当だわ。私とヒロシ君の人生って回ったわよね(笑)。でもね着地は決まったね」
「俺はね・・14でもし君に会わなかったら・・っていつも考えていたんだ。だけど・・3回目の時に聞いたカセットテープに残されていた君のメッセージを聞いて、君の本当の気持ちが嬉しくて・・会わなかったらじゃなく、会うのが当たり前だと思い直したんだ。必然だって。だから・・何度巡っても君が居るって、いつも好きでいてくれるって信じていた。
そうヒロシは言うと恵美の両肩を抱きキスをした。
「ねえ・・そのカセットテープどうしたの?私に返してくれる約束だったでしょ?」
「あゝ、あれね。あるよ。家に・・」
「えっ!どこに隠してるの?まったく恥ずかしい!」
「うん?・・おー懐かしい。ウォークマンだわ。・・テープ入ってるわね?」(カシャ)「おお回った」
(今日は1979年・・)「ええ、ママの声だわ」
(今日は・・ヒロシ君が私に歌を唄ってくれる筈の日の朝6時です。今からお風呂に入って禊ぎしまーす)
「なかなかだわ・・ママイケてるわ」
(・・今日お別れしました・・死にたいほど苦しいけど、ヒロシ君の将来を思ってお別れしました。)
「そっか・・ママも辛かったんだ。可哀想・・でもずっと夫婦だからいいか?」
そう思いカセットテープを止めようとしたヒカルだったが・・
「1982年9月3日の朝です。昼前にヒロシ君は戻ってきます。私の元に・・絶対に今回こそ絶対に離さない。おめかししてバス停で待つわ。ヒロシ君が驚くくらいにおしゃれで化粧しなくても美人の私を見てね。そうしたら運命じゃない私たちになるわ。折に触れて気付くわ・・廻るのはあなただけじゃない。私達は運命共同体なのよ・・うふ」
Fin
時には辛く思う人生・・
誰もが思う「過去の扉があれば」と
長く厳しい2人の旅は終結を迎えた。
こんな旅をしたいと思う人はいないと思いますけど、
一度くらいはこんな事象が起きたらどうしますか?




