間違っていたら何でもしてあげるって言われたけど間違いだった
「本当だって!本当に新しい副担任の先生、若くてイケメンな男の人なの!」
「マジ!?」
「うん、職員室で見たの!」
「でもその人がウチらの副担とは限らないんじゃない?」
「高校の教師で副担任がどうとかって話をしてたから間違いないよ!」
なんか女子達が騒いでるな。
しかもその中心にいるのが山田か。すげぇ嫌な予感がする。
「マジだったら嬉しいけど山田さん情報だからな~」
「そうそう、いっつも期待させといて勘違いでがっかりさせてくるもんね」
「どうせまた今回も勘違いなんでしょ」
そうそう。
山田ってそそっかしくて、いつもちゃんと確認せずに大スクープだなんて言ってガセ情報を持ってくるんだよ。そのせいで全然信頼されてないし、女子からの印象もかなり悪い。しかもその印象の悪さを挽回するために新たなスクープを持ってこようとして失敗する悪循環。
もう少し落ち着いて確認すれば良いのに、少しでも早く知らせないと他の誰かに先を越されるかもって焦っちゃってるんだろうな。
「今回ばかりは本当の本当なんだって!」
「どうだか」
だからどれだけ必死になろうとも絶対に信じて貰えない。
こうなると次にどうなるのかなんて決まっている。
「ねぇねぇ山田担、ガセ女がこんなこと言ってるけどどう思う?」
「おいバカやめろ。俺が山田の推しみたいなこと言うな」
「ぎゃはは、ごめんごめんそういう意味じゃないって。栗山は山田係って感じよね」
「誰もそんな係になった覚えはないんだがなぁ」
ただ単に席が隣で、山田にガセ情報をもっとも多くつかまされ、その度に怒り叱り、気付いたら山田係だなんて思われてしまっていた。
隣のクラスの超絶美少女が俺に気があるだなんてガセをつかまされたこと、未だに許してねぇからな。
「栗山君信じて!今度ばかりは本当なの!」
「そのセリフ、俺に何回言ったことがある」
「う゛っ……お、覚えて無いなぁ」
「覚えてないくらい沢山だもんな。最近だと毎回言ってるじゃねーか」
「うううう、でもでも、ホントにホントなの!」
涙目になって必死に訴えれば普通は少しは信じて貰えそうなものだが、これっぽっちも信じる気にならんわ。日頃の行いって重要ね。
「どうしても信じてくれないなら……」
「ん?」
いつもは『信じて』を連呼するだけだったが、今回は少し様子が違うぞ。この馬鹿、何を言おうとしてやがる。
「もし間違ってたら何でもやってあげる!」
「はぁ!?」
どうして自分の首を絞めるようなことばかり言いやがるんだコイツは。
後で後悔する未来しか見えない。
「ぎゃはは!それ良いじゃん!山田って体だけは良いから栗山大喜びでしょ!」
「好き放題やっちゃいなよ!」
確かに脳みそはポンコツだが身体だけは良い。
何でも、という言葉に反射的に豊満な胸元をチラ見してしまうくらいは。
「でもどうせ口だけなんでしょ、本気でそんなことするわけないよね」
あ、おいコラ、煽るな。
そんなこと言ったらこの馬鹿多分。
「口だけじゃないよ!この教室で皆の前で全裸になって抱かれろって言われてもやるもん!」
ほら言っちゃった。
煽り耐性ゼロなんだから。
「ぎゃはは!そりゃあ良いや!それならアタシらが約束守ったか確認出来るもんね!」
「しっかり見てあげるから絶対にやりなさいよ!」
「逃げんなよ!」
「絶対にそんなことにならないから大丈夫だもん!」
そう思ってるのはお前だけだよ。
嘲笑する女子と、本当に脱ぐのかと僅かに期待する男子。
不安を必死に隠して本当だと信じようとする山田。
そして最も恩恵を受ける筈なのに頭が痛くなる俺。
教室の混沌は今この時間だけではなく数日続いた。
そして今日、産休に入った副担任の代わりに、新しい副担任がやってきた。
「古郡先生の代わりに今日から皆さんのクラスの副担任を担当することになりました、紅林 春奈です」
う~ん、どこからどう見ても女性だ。
若いイケメン女性で男性と見間違えるなんてこともなく、そこそこの年齢のおばちゃん先生。
隣の山田は……おお、真っ青になってる。
そしてそんな山田に向けて女子達が笑いが堪えられないと言った感じで身体を震わせている。
放課後。
「山田。分かってるわよね」
「あんたが口だけじゃないってちゃんと見届けるために、全員残ってあげたんだから感謝しなさいよね」
「私部活あるから早くして欲しいな」
クラスメイトに囲まれ、教室の真ん中で俯く山田。
その正面にはもちろん俺がいる。
「ねぇねぇ、こんなことして大丈夫なのかな。学校にいじめだって思われて処罰されないかな」
「いじめじゃないわよ。だって山田が自分から言い出したことなんだから」
「でもこの様子見たらそうは思われないよ?」
「あの時の会話全部録音してるから平気じゃない? この学校っていじめに厳しいから勘違いされないように、怪しい会話は録音することにしてるのよ」
用意周到な奴がいるんだな。
でもアウトだと思うぞ。確かにこの状況は山田の自業自得だし、山田がやらかすことを先生も知っているからセーフだと思いたくもなるだろう。
だがだとしてもクラスメイト全員で囲ってプレッシャーをかけて自発的に脱がそうとするのは、どう考えてもやりすぎだ。
ならどうして俺がそのやりすぎに参加しているのか。
美味しい思いを逃せないから、なんて理由ではもちろんない。
「…………」
クラスメイトに見られている中、山田は顔を真っ青にしたまま俯いている。
「ねぇまだぁ?」
「早く脱いでよ」
「口だけじゃないって証明するんでしょ?」
山田のことを特に良く思っていない女子達が煽り出す。
明らかにアウトな声掛けだが、彼女達は山田のことを良く知っている。
煽り耐性が低い山田はこうすれば動くだろうと言うことを。
「おお!」
男性陣から声が上がった。
山田が制服の上着を脱ぎ、ブラウス姿になったからだ。
別にそれだけなら普通の行為なのだが、その先があると期待してしまったのだろう。
あの馬鹿、マジでやる気なのかよ。
「…………」
山田は震える手で、ブラウスの一番上のボタンに指をかけ、時間をかけてそれをそっと外した。
すると首元が大きく露出し、先ほど声をあげた男子達は今度は無言で食い入るように見つめている。
ブラウスの下にインナーを着ているため、下着は見えていない。
次のボタンを外してもそれは変わらないのだが、これ以上先は普通ではなくなる。
夏場の暑い時期に第一ボタンを外すことなど普通にありえるが、それ以上外すのは露骨な性的アピールになってしまうからだ。
ゆえに山田はここで手が止まる。
「…………」
ニヤニヤしながら彼女が震える様子を見守る女子。
流石にやりすぎではないかと不安に思う女子と男子。
やばいかもしれないけど見たいと期待する男子。
様々な視線を向けられた山田はついにその手を動かし……
「うう…………」
瞳から一筋の涙を流した。
ここまでだな。
これ以上は危ない。
泣いてしまったことで一部の男女は冷静になったようだが、高まった熱はそう簡単には解除されない。特に彼女を不快に思う女子が、更に煽って先を求めてしまい、涙ですらエロのスパイスとして変換されてしまえば山田は完全に戻れなくなってしまう。
「山田」
ゆえに俺はこのタイミングで声をかけた。
「俺がいつも言ってる事、また忘れたのか?」
俺は別に彼女のストリップショーを楽しみたい訳でも、衆人環視のもとで彼女を辱めたい訳でも無い。
彼女がやらなければならないこと。
それを促すためにここにいる。
「…………!」
パニックに近い状態の山田に俺の声が届くかどうか不安だったが、反応したということは届いたのだろう。
山田はすぐにボタンから手を外し、身体を起こしてクラスメイト達を見回した。
「早とちりして勘違いして迷惑をかけてしまい申し訳ありませんでした」
そして腰を折って丁寧に謝罪した。
山田が一番にやらなければならないことは謝罪だろう。
偽の情報を持ち込んで間違っていたなら謝るのが筋ってものだ。山田はそれを忘れてしまう悪い癖があり、その度に俺が謝りなさいと伝え続けていた。
今回は自発的に謝るのを信じて待っていたのだが、何でもやるって話の方が気になって思い出せなかったか。
「ふぅ……全く手間かけさせやがって。ほら解散だ解散。さっさと帰れ。部活行け」
山田が謝ったのならばこの話はもう終わり。
そういう意思をこめて俺はクラスメイト達を解散させようとしたのだが。
「ちょっと栗山。アタシたちはまだ納得してないんだけど」
「そうよ。ここで全裸になるって約束はどうなったのよ」
チッ、彼女の事が嫌いな女子連中が諦めてくれないか。
「山田が約束したのは、間違いだったら何でもしてあげるってことだろ。教室で云々は例として挙げただけで、俺がそう希望したらやるってだけの話だ」
そしてその俺が希望していないのだから、山田はやる必要が無い。
「え~それじゃあ栗山は何をさせるつもりなのよ」
「まさか何もしないなんてふざけたことは言わないわよね」
良くない流れだ。
山田に対する女子達のフラストレーションは俺が想像していた以上に溜まっているようだな。
ここで俺が何もしなかったら、今回と同等の酷いことを山田にやらせようと企んでしまうかもしれない。
仕方ない。
「誰もそんなこと言ってないだろ」
「え?」
山田が驚いた声をあげるが、無視だ無視。
「皆の前でやりたくなんか無いってだけだ。約束はちゃんと守ってもらう。俺の家でな」
これで少しは納得してくれると助かるんだが。
「あ~そりゃ見られたくないか」
「ちぇっ、脱がすだけだったら良かったのに」
「栗山。今からでも命令しなおしてよ」
「やだよ。早く帰ってやりてぇし」
「だよね~」
よしよし、どうにか剣呑な雰囲気が解消されたぞ。
男子達が凄い嫉妬の目で見てくるがそっちは無視。男なんて後でどうとでもなる。
「う、嘘……だよね?」
「これまで散々迷惑をかけられたからな。今度という今度はたっぷり躾けてやるから覚悟しな」
「流石にもう懲りただろ。これからは焦ってあやふやな情報なんかもってくるなよ」
「え?」
「話はそれだけだ。さっさと帰れ」
「え?え?」
「おっと、すぐに帰ると途中でクラスの連中に会ったら何もしてないって思われるかもな。スマホでも弄りながら少し時間潰してから帰れ」
「ちょっと待って」
「制服を少し着崩して、落ち込んだ顔をしとく必要もあるか」
「だから待ってよ」
「明日からの学校での態度も決めておかなきゃならないか。お前演技苦手そうだもんな」
「だから待ってって言ってるでしょ!」
うるさいなぁ。
近所迷惑になるから大声出すなよ。
ただでさえ、家に女子を連れ込んだなんて近所の人にバレたら変な噂を流されかねないんだから。
「お前も何か提案しろよ。そもそもお前が原因でこんなややこしいことになったんだから」
「どういうことなの!? 私を抱くんじゃなかったの!?」
「そんなこと一言も言ってないだろ」
「言ったじゃん!やるとか躾けるとか!」
「だから躾けただろ。もしかして、もっと説教して欲しいのか?」
そうやってすぐに思い込むから、ガセ情報を拡散する羽目になるんだ。
尤も、今回は俺が意図的にそう思わせたんだがな。
「…………最初から何もするつもりなかったんだ」
「当たり前だろうが。あんな無茶苦茶な約束でクラスメイトを無理矢理抱こうなんて鬼畜じゃねーか」
何でもするって言ったよね、なんて迫って良いのは好感度がそれなりに高い間柄だけだ。
ただのクラスメイト相手にそれをしたら、たとえ相手が言い出したことであっても脅迫でしかない。
性欲に負けて犯罪を起こす気など全く無いわ。
「というわけで何もする気は無いから安心して帰れ。そして明日は俺を避ける演技とかしろ。出来なくてもやれ」
それで今回の話は終わりだ。
そう思ってたのだが。
「…………演技しなくても大丈夫だよ」
「あぁ?どういうことだ?」
「栗山君が、その、あの、わ、私に、その、クラスの皆が思ってるようなことを、してくれれば……」
なんか山田が真っ赤になってとんでもないこと言いやがったんだが。
「病気か?」
「ひどい!栗山君になら何されても良いって言ってるの!」
「やっぱり病気じゃないか」
好感度を稼いだ覚えなど全く無い。
まさかそういう性癖なのか?
「栗山君だけが私の話をいつもちゃんと聞いてくれて、間違ってたら怒って叱ってくれるから」
確かに女子連中は山田の話を端から信じず、呆れた態度で怒ることすらしなくなっていった。話しかけられるのを露骨に嫌がっている子もいたな。
隣の席の誼で相手してあげようと思っただけなのに、それが好感度に繋がってしまってたのか。そんな馬鹿な。
「だ、だから、その、栗山君が望むなら……」
「ノーセンキューです」
「なんで!?」
「いやだって俺タイプじゃないし」
山田は胸はすばらしいが、それだけだ。
落ち着きがなくガセ情報に踊らされて他人に迷惑をかけまくる女など、手を出したら痛い目をみること間違いなしだ。
「じゃ、じゃあ私が栗山君のタイプになったら手を出してくれる?」
「はいはい、なったらな」
「よぉ~し、頑張るぞ」
「せっかくだから命令してやるよ」
「え?」
「何でもするって言っただろ。だから俺好みの女になれよ。無理だろうがな」
「なるなる!絶対になるから見ててよ!」
どうせまた焦って行動して周囲の怒りを買う羽目になるオチにしかならないだろう。
「山田って最近変なこと言わなくなったよね」
「落ち着いた感じがするし、しかも綺麗になった気がする」
「やっぱりそう思う?」
事実です。
「実はこの前、山田から新しいコスメオススメされたんだけど、すっごい肌に合うんだ」
「マジ!?」
「お化粧の勉強してるらしくて、かなり詳しいみたい」
事実です。
「なら今度聞いてみようかな。でも山田が相手だと、どうしても信じられない」
「私もそう思ったんだけどダメ元で試してみたら良かったから、山田変わったんだよ」
「あそこまで変わるなんて、栗山ってヤバいよね」
事実ではありません!
俺は何もしてない!
無実だ!
クラスメイトは俺が徹底的に山田を『ワカラセタ』と思っちゃってるけれど、あの時は何も手出ししなかったんだよ!
まさかあの山田が落ち着いた清楚系巨乳美少女になるだんて。
「はい、栗山君。あ~ん」
しかも俺好みの甘やかし系お姉さんキャラになるだなんて。
恋する女ってすげぇな。