7話「金貨十枚と、しゃべる魔剣」
ようやくクシフィリヌスの街に到着すると、俺の腹の音はさらに激しくうなりをあげていた。 しかし……路銀が心もとない。最近は宿屋に泊まって贅沢三昧していたからなぁ。今日から節約生活、決定だ。
街に入ると、大通り沿いにずらりと出店が並んでいた。そうか、今日は市場の日か。 路銀も少ないことだし、ここで腹ごなししよう。
クシフィリヌスの市場は大賑わいだった。新鮮な野菜や果物、色とりどりのパンに搾りたてのミルクも並んでいる。 さて、何を選ぼうかな。
「とれたての野菜はいかがかねー! 果物も豊富だよー!」
出店の主人が元気よく客寄せの声を張り上げている。 俺は迷わずその店で、野菜と果物を買うことにした。
「おばちゃん、このトマトとリンゴください」
「はい、毎度あり。銅貨五枚ね」
俺は財布を取り出し、銅貨を渡す。
「ありがとね。野菜はいらんかーい!」
「こっちには搾りたてのミルクあるよー!」
他の行商人も元気に声を張り上げている。 ああ、ミルクも欲しいな。
俺は牛乳屋の店主にも声をかけ、ミルクを手に入れた。銅貨二枚だ。 牛乳、リンゴ、トマト……ちょっと物足りないな。
俺はパン屋の前に移動し、何か安くて食べ応えのあるものは……あった! パンの耳、それも無料!! 店主に声をかけて、ありがたく譲ってもらった。これは助かる。
そうして俺は、路地沿いの木陰にあるベンチへ向かい、昼食タイムに入る。
まる一日食べていなかった俺の腹は限界寸前。ああ、やっとの食事だ!
まずは夏野菜のトマトを丸ごと齧る。さっぱりした酸味と優しい甘味が、乾いた喉に染み渡る。美味い! 必死で噛みながら味わい、次にリンゴを手に取る。
しゃくしゃくとした食感、しっかりした甘みと酸味が爽快に口の中を駆け巡る。水分たっぷりで、どちらも美味い!
そして、パンの耳。数十個あるそれを一つ一つ丁寧に平らげていく。 噛みごたえのある歯触りに、じわじわと染みるような甘み……うん、俺って貧乏だけど、これはこれで贅沢だ。
最後に、とれたてのミルクで締めくくる。濃厚で程よい甘さ、独特の旨味が喉を潤してくれる。
うん、ごちそうさま!
ちょっと物足りないけど、満足だ。 陽は照り出し、夏の暑さがじりじりと地面に届いている。
そう、驚くことにこの異世界にも四季がある。今は夏。時計や暦がない世界では、お日様だけが唯一の時間の目印だ。
さて、腹もそこそこ満たされたし、これからどうするか。そうだ、コスモ草をギルドに届けないと。
……その前に一応、サイコロを振っておこう。 俺は賽の目を出現させ、「せいっ」と気合いのひと振り。出た目は――十!!
マジか!! 本当にツイてる!ここまで運が回ると、逆にちょっと不安になってくるけど……まぁ、いっか!
そうして、俺は冒険者ギルドへ向かった。
◇ ◇ ◇
ギルドに着くと、さっそくカウンターのお姉さんに話しかける。
「これは……コスモ草ではありませんね」
「えっ?!」
思わず大声を上げてしまった。
「コスモ草は、他の薬草と見分けがつきづらく、Gランクでもそれなりに難易度の高い依頼なんですよ」
そうだったのか……。 俺は内心ガッカリした。十が出たはずなのに、運が効いてないじゃん……!
――と思ったら、続くお姉さんの言葉でガッカリ感は吹き飛んだ。
「コスモ草ではありませんが、これはかなり貴重なガーベラ草とチューリ草ですね。滅多に手に入りません。ぜひギルドで買い取らせていただきたいのですが、構いませんか?」
「え!? そんなに貴重なんですか!?」
「はい。合わせて金貨十枚で買い取らせていただきます」
金貨十枚!? コスモ草は銀貨一枚だったのに……!! 俺は嬉々として承諾した。偶然というより、これは“十”の賽の目の効果か!? 本当にツイてるなぁ、俺……!
金貨を受け取って財布にしまうと、掲示板へ移動して次の依頼を探す。 ……うーん、Gランクの依頼はない。Fランクは、まだ少し不安だ。
とりあえず今日はここまでにしよう。 金貨十枚も手に入ったし、宿屋には余裕で泊まれる。明日また新しい依頼が出ているかもしれないし、いったん仕切り直そう。
そうして、俺はいつもの宿屋へ向かった。
◇ ◇ ◇
宿に到着すると、装備を外し、剣を置く。 昼飯前に、部屋でステータスを開いた。
ステータス一覧:
名前:袴田恭
称号:異世界転移者
年齢:28
レベル:6
知力:400
体力:350
魔力:0
紋章術:なし
従属:黒氷狼マーヴェリック/魔剣ティルフィング
保有スキル:アイテムボックス/賽の目
加護:蔑むものを超える力
レベルは相変わらず6。加護とスキル、そして従魔のエレ様まで確認済み。 ……あれ?「魔剣ティルフィング」って何者?
ギルドで従魔登録もしたいけど、さすがにマーヴェリックが入ってきたら騒ぎになるだろうな…… 最悪、逆賊とみなされて追放や奴隷落ちもありえる……。はぁ、どうすればいいんだか。
俺はしきりに悩んでいた。
『悩んでも、ろくなことにならないよ』
……だよな。悩んだって状況が変わるわけじゃないし。ここはひとまず……
ん? 俺、今喋ったか? 辺りをキョロキョロ見回す。俺じゃない。心の声が漏れたわけでもない。
え? まさか幽霊……?!
すると、装具を置いたあたりから声が――
『僕だよ、僕。ほんと、これだから人間ってさぁ』
ええっ!? 剣が喋ってる!? 本当に?!
『僕の名前はティルフィング。前の主は“ティー”って呼んでたから、僕もそれでいいよ』
そう言って、剣が流暢に喋り出す。
『新しい主は戦い方がなってないし、スライム一匹倒せないなんて……弱すぎだよ? ねえ、名前なんていうの?』
……剣が喋るなんて、異世界ってなんでもアリだな……。 ん? 待てよ。そういえば、武器を買ったときに、店主が「夜中に人の声がする」って言っていたっけ。
――まさか、あれってこの剣のことだったのか?
名前 袴田恭
称号 異世界転移者
年齢 28
レベル 6
知力 400
体力 350
魔力 10
紋章術 なし
従属 黒氷狼マーヴェリック 魔剣ティルフィング
保有スキル アイテムボックス 賽の目
加護 蔑むものを超える力