2話「朝の幸せと、いわく付きの剣」
カヤックたちがドタバタを繰り広げていた頃、そんなこととは露知らず、俺は安宿の一室で朝食を摂っていた。
メニューは、バターがたっぷり塗られたトーストに、ベーコンエッグ、そして紅茶。見た目は質素だけど、俺にとっては十分すぎるほど豪華だ。
香ばしい匂いが鼻をくすぐる。
まずは、黄金色のバターが染み込んだトーストにかぶりつく。
カリッとした焼き目、ジュワッと口に広がるバターのコクと、パンの柔らかな甘みが絶妙に絡み合って、たまらない幸福感に包まれる。
二口、三口と、夢中でかじりついた。
続けてベーコンエッグだ。
脂が乗ったベーコンは、ちょうどいい焼き加減。とろける半熟の卵が上に乗っている。
ナイフとフォークで切り分け、口に運ぶ。
ベーコンの旨味が卵の濃厚さと絡み合い、たちまち口の中が天国に。
我慢できず、皿を手に持ってベーコンエッグを一気にかき込んだ。
――ああ、至福の時間。
締めは紅茶。
俺はストレート派だ。ミルクも砂糖も要らない。
香り高い茶葉の芳香と、ほんのりした渋みが、満たされた胃にじんわり染み込んでいく。
「ごちそうさま!」
それにしても、なぜ異世界にバターやトースト、ベーコンエッグに紅茶があるのか?
――三百年前、とある王がこの世界に食文化を広めたのだという。
牛や豚の飼育から、紅茶の茶葉選び、調理法にいたるまで、その王は徹底していたらしい。
きっと、俺と同じように日本から来た転移者か、転生者だったに違いない。
そのおかげで、俺は異世界でも、食事だけはほぼ日本と変わらない生活ができている。
◇ ◇ ◇
朝食を終えた俺は宿を出た。
宿泊代と朝食代あわせて銀貨三枚。悪くない出費だ。
さて、今日の目的地は――武具屋。
そう、武器を買いに行くのだ。
冒険者としてやっていくには、まず形から入らなきゃいけない。戦闘は得意じゃないが、備えは必要だ。
店に入ると、壁一面に並ぶ剣、斧、弓、杖、槍。
鎧やローブもある。どれもこれも高そうで、眺めているだけで腰が引けそうだ。
とりあえず、必要最低限――剣、鞘用ベルト、皮の胸当て、ローブ。この辺は押さえたい。
でも、手持ちは限られてるし、高い剣は手が出ない。
一番安いやつでいいか……。
「なぁ、一番安い剣ってあるか?」
俺は店主に声をかけた。
「安い……? 本当にそれでいいんですか?」
「この胸当てとローブ、それにベルトも買いたいんだ。そのぶん引いた残りで買える剣を頼む」
店主は少し悩んだ後、店の奥から一本の剣を持ってきた。
なんだか歩き方がぎこちない。そんなに重いのか?
「これが一番安い剣だ。ただ、ちょっといわくつきでね……。売っても売っても、すぐに戻ってくる。夜中に“声が聞こえる”って言って、みんな手放すんだ。まあ、実質新品だけどね。銀貨一枚でいいよ」
「……声?」
あやしい。でも、銀貨一枚は安い。
悩みながら、カウンターの前をうろうろしていると――
突然、目の前にふわりとサイコロが二つ現れた。
え、またか!? いつの間に俺、願ったんだ?
これは……「賽の目」発動のタイミングってことか?
ルディさん! これって振っていいってことだよね? ね?
……しかし、返事はない。
まさか、朝寝坊してるとか?
まあいい。振っちゃえ。
でも待て、周りから見えてるのか? 変なやつに思われないか?
……いや、ここは異世界。多少奇妙でもどうにでもなる!
俺はカウンターの隅にしゃがみ込み、こっそりサイコロを振った。
コロン――
出た目は……八!
よっしゃああああ!! 昨日からツイてる俺、最強!!
「これ、買うよ。それと、これと、これも一緒に」
店主はちょっと驚いた顔をしたが、「返品不可ですからね」と念押ししてきた。
「わかってるって!」
俺は胸当てを着け、ローブを羽織り、ベルトで腰に剣を下げる。
試しに握ってみると、意外と手に馴染む感じがした。店の隅にあった姿見で、自分の格好を確認する。
――おお、ちょっとは冒険者っぽいかも?
だが、けっこうな金を使ってしまった。今日中にでもギルドへ行き、仕事を見つけねば……。
俺はその足で、冒険者ギルドへと向かうのだった。
名前 袴田恭
称号 異世界転移者
年齢 28
レベル 6
知力 200
体力 150
魔力 0
紋章術 なし
従属 なし
保有スキル 賽の目 アイテムボックス