1話「追放された“荷物持ち”の真価」
ダヤンがパーティーを抜けた翌日。
彼を追放した寝勇者一行は、新たな荷物持ちを雇おうとしていた。
剣術も紋章術もできるという、いかにも有能そうな男だ。ダヤンとは雲泥の差――そう思っていた。
「この杖二本と剣三本、それから棍棒。それにナップサックには、一週間分、四人分の食料を詰めて持ってくれ」
リーダーのカヤックが当然のように言うと、男は眉をひそめて反論した。
「はぁ!? こんなに持てるわけないだろ!? せいぜい杖一本とナップサックが限界だ。それに、こんな量の食料を持ってたら、どうせ腐るに決まってる!」
その言葉に、カヤックはあきれたように呟いた。
「全部、アイテムボックスに入れときゃいいだけの話だろ」
「そうそう、軽くて済むじゃない」
「そんな常識も知らないの?」
ズーラ、イザベル、ターシャが、次々に呆れたように口を挟んだ。
だが、男の返した言葉は、彼らの予想を超えていた。
「アイテムボックス!? あんなもん、一般人が持てるわけないだろ!? 王族ですら持ってないって聞くし、伝説級のスキルじゃないか!」
「はあ? 荷物持ちがアイテムボックス持ってないって何それ?」
「ありえないでしょ。常識ないの?」
「おとぎ話を信じてるのかしらね」
彼らはまるで噛み合っていない。
男は怒りに満ちた顔で叫んだ。
「冗談じゃない! そんなもの持ってるやつ、どこにもいない! この話、降りる!」
前金のコイン袋をカヤックに投げ返し、くるりと背を向けて立ち去った。
「待てって! 自分の荷物を多くしたいだけの芝居だろ!」
「荷物持ちがいないと、旅できないじゃない!」
仲間たちが騒ぎ立てる。
「旅ができないなら、冒険者なんて辞めちまえ!!」
男は吐き捨てるように言い残し、その場を去った。
カヤックは一瞬呆然とし、次いで顔を歪めた。
――『アイテムボックスなんて伝説のスキル、あるわけないだろう!』
その言葉が脳裏で反響する。
ダヤンは――あの荷物持ちは、確かにそれを持っていた。
まさか、それが“王族ですら持たない伝説のスキル”だったとは……。
「どうするの、カヤック」
イザベルが、不安そうに問いかけてくる。
「御伽噺なんてあるはずがない……。あのダヤンですら持っていたんだ。他の荷物持ちを探すまでだ」
カヤックはそう言い、冒険者ギルドのカウンターへ向かった。
しかし、待っていたのは予想外の宣告だった。
「カヤックさん。あなた方のパーティは、都合だけで人を解雇したり、無茶な要求を繰り返しているという苦情が来ています」
「なっ……それは向こうが悪いんだ! 俺たちは正当な要求をしてるだけだ!!」
カヤックが声を荒げると、女性店員は深くため息をついた。
「この通達はギルドとして正式なものです。あなた方のパーティには、今後五年間、新しい人員の雇用を禁じます」
「はぁ!? ふざけんな! ギルマスを呼べ! あんたじゃ話にならん!」
「ギルドマスターはお会いになりません。以上です」
言い終えると、店員は奥に引っ込んでしまった。
「何が雇えないだと!? クソが!!」
カヤックが怒声を上げていると、ズーラが遠慮がちに口を開いた。
「なぁ……カヤック。荷物減らさないと、今日の出発も無理だぜ。路銀が、もう残り少ねぇんだ」
「……ちっ、仕方ねえ。イザベル、ターシャ、お前らも自分の杖くらい持て!」
「仕方ないわね……」
「私、これ以上持てないんだけど……杖って重いし……」
イザベルの不満げな声に、カヤックの苛立ちは頂点に達した。
「いいか、飯はしばらく干し肉だ! Cランクの俺様が、なんでこんな目に……!」
ズーラは棍棒を肩に担ぎ、女たちもそれぞれの武器を持った。
カヤックも、剣を一振りだけ携えていた。
「今日の依頼は、ゴブリン集落の討伐だ。甘ったれたこと抜かすなよ!」
こうして、“偽英雄一行”は、旅へと出発した――。
道中、森の茂みの奥にゴブリンの集落を発見した。依頼書に記されていた場所だ。
これを討伐すれば、また“英雄”としての名声が広がる。
カヤックは狡猾な笑みを浮かべた。
だが道中、女性陣は文句ばかりだった。
杖ひとつ満足に持てないのに、紋章術師が務まるのか――内心、苛立ちは募る。
ゴブリン集落に踏み込むと、敵は容赦なく襲いかかってきた。
カヤックは剣を振るい、次々とゴブリンを倒していく。
だが、一体を斬ったとき――
「……なに?」
斬ったはずのゴブリンが、真っ二つになっていなかった。
カヤックが剣を見やると、刃は錆びてボロボロだった。
(そういえば……剣の手入れも、全部ダヤンに任せてたっけ……)
気づいた時には、四方からゴブリンが押し寄せていた。
ズーラが棍棒を振るっても、敵は次々に復活してくる。
イザベルが紋章術を放つも、効果はなし。
「な、なんで!? 私の紋章術が効かない……!」
(バカな……まさか、あれはホブゴブリンの群れ!?)
依頼書に記されていたのは、通常のゴブリン集落のはず。
だが、カヤックは見誤っていた。
「こ、ここは退却しましょう!」
ターニャが叫び、逃げ出す。
「バカを言うな! この依頼を失敗したら、俺たちはDランクに降格なんだぞ!?」
「命の方が大事よ!!」
そう叫び、ターニャは逃げ去った。イザベルも怯えながらそれに続く。
「お、おい! 裏切る気か!?」
だが、ズーラも黙って後方へ退却していった。
カヤックは、ついに一人きりになった。
「くそっ……!」
迫るゴブリンを振り払い、彼もまた、逃げ道を駆け戻っていった。
こうして、カヤック一行の“討伐失敗”の噂は、ギルドや酒場を中心に、瞬く間に広がった。
Cランクの冒険者が、Dランクへ降格。
その失態は、笑い種として冒険者たちの酒の肴となった。
もともとカヤックに良い印象を持っていた者など、ほとんどいなかった。
そしてついに、カヤックのパーティは解散。
スタインウェーの冒険者ギルドから、彼の名は姿を消すこととなった。
ステータス(参考)
名前:袴田恭
称号:異世界転移者
年齢:28
レベル:6
知力:200
体力:150
魔力:0
紋章術:なし
従属:なし
スキル:賽の目、アイテムボックス
加護:蔑む者を超える力