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プロローグ「裏切りと加護」

毎日20時に更新します。

 その日、俺は悲しみに沈みながら、ロセッティの酒場を訪れた。

 手にしているのは銀貨五枚と銅貨九枚――日本円で換算すれば、およそ五千九百円。 それを握りしめ、酒場の潜戸を開ける。

 

 中では、冒険者たちが宴を楽しんでいた。ついさっきまでは、俺もその輪の中にいたのだ。


「いらっしゃい」

 店主が声をかけてくる。

「葡萄酒をくれ」

「おや、珍しいね、ダヤン。酒を飲むなんて」

「そんな気分なんだ」

「毎度あり」

 

 俺はカウンター席に腰掛け、店主が注いだ葡萄酒を店員の女性から受け取る。 その女性は豊満なボディを見せつけながら、悩ましげな瞳で俺を見つめてきた。だが、今の俺にそんな気を向ける余裕はなかった。

 

 グラスを手に取ると、それを一気に飲み干す。普段酒は飲まないので、すぐに酔いが回る。構わずおかわりを注文した。 揺れる液体を眺めながら、俺は想いに沈んでいた。


◇ ◇ ◇


 俺の名前は袴田恭。二十八歳。 この世界では『ダヤン』の愛称で呼ばれている、れっきとした日本人だ。

 一年前の雨の日、仕事帰りに水溜まりを踏んだ瞬間、なぜか異世界へと転移されてしまった。

 

 水溜まりが異世界に通じていた理由なんて、今も不明だ。 ともかく、こうして俺は異世界の住人となった。異世界転移なんて、アニメやラノベの話だけだと思っていたのに、まさか自分が体験するなんて――。

 

 異世界転移者には、特別なスキルが与えられる――そんなラノベのお約束にも期待していたが、俺には何のスキルもなかった。


 せめて持っていたのは「アイテムボックス」のスキルのみ。 それと、驚くべきことに、見た目が若返った。


 異世界に来る前の俺は、とても「若い」とは言えなかった。 疲れ切った中間管理職の男――ボサボサの髪、安物スーツにだらしないネクタイ、ボロボロの革靴。 売れないデザイン会社でサービス残業の毎日。 上司からは説教、部下からは「使えない」と言われ、コンプラ違反の文句まで浴びせられる始末。気がつけば、痩せこけ、まるで人生が抜け落ちたかのような姿になっていた。


 それが今では、どこからどう見ても十七、八歳の好青年。 髪もすっきり爽やかな短髪で、昔ちょっとやんちゃしていた頃に似た風貌に戻っていた。

だけど、その喜びも束の間。 この世界では、見た目より腕っぷしこそがすべての価値だった。


 俺は剣も紋章術も扱えず、ただ荷物を運ぶだけの「荷もの持ち」。 この世界で生きていく術は、それくらいしかなかった。


 ちなみに――紋章術とは、この世界に生まれた者の中でも、選ばれた者にだけ授けられる特殊技能。額に印を宿している者が使える術で、「白紋章術」と「黒紋章術」の二種がある。


 白紋章術:怪我や毒、麻痺、混乱などの状態異常を治す治癒系。

 黒紋章術:それらの状態異常を敵にかける攻撃系。


 ゲームでいうステータス異常の係ってところかな。


現在のステータス

項目内容

名前袴田恭ダヤン

称号異世界転移者

年齢28歳

レベル6

知力200

体力150

魔力0

紋章術なし

従属なし

保有スキルアイテムボックス


 知力・体力は人並みだが、魔力ゼロって……かなり空しい。

 この世界で魔法を使えるのは、たった一人だけ。 それ以外は、ごく稀に歳を経た大型魔獣が使うらしい――という噂がある程度。


◇ ◇ ◇


 ここ「スタインウェー」は、冒険者ギルドや商業ギルドが集まる発展国。 ギルドには様々な冒険者が集っていたが、近年では仕事も減り、中級クラスの依頼ばかり。

それらをこなして名声を得た者だけが「英雄」と呼ばれるという噂が広まり――結果、偽英雄が溢れ、ギルドは似非勇者で満ちていった。

 

 そんな一行の中に、俺はいた。


 それは「野良オーク」を倒した帰り道のことだった。


「――あのさ、お前、パーティー抜けてくんない?」

 

 突然の通告。俺は思わず素っ頓狂な声をあげた。


「剣も、武術も、紋章術も使えない。ただの荷物係じゃ、足手まといなんだよ」

 

 リーダーは冷たい目で俺を見た。


「ちょ、待ってくれ、いきなり……」


 仲間の武術家も低い声で言った。


「お前、いつも俺の背中に隠れてるだろ。邪魔なんだよ」


 続いて黒紋章術師が怒りの声を上げる。


「あんたが中途半端な位置にいるから、私の術が当たらないのよ!」

 

 白紋章術師も冷たく笑う。


「回復で生き延びられたのは、私たちのおかげでしょ?」

「つまり、全員一致で――お前はもう“不要”ってこと」


 リーダーの言葉に、仲間たちの視線が冷たく突き刺さる。


 確かに、俺の役目は「荷物持ち」。 剣も振れず、敵も倒せず、支援も回復もできない。 ……ただの“お荷もの”。

 まるで笑い話のようだ。


 皆が一斉に嘲笑した。


「言うなれば――ゴミね!」

「それって、ゴミに失礼じゃなくて? イザベル」

「カスでもクズでも、ぴったりじゃん」

「鬱陶しいのが消えて、せいせいするぜ!」


 ……今まで、ギルドで苦楽をともにしてきた仲間じゃなかったのか?


「仲間? 笑わせるぜ」


 リーダーが舌打ちした。


「荷物番がいれば楽になるかと思ったが――とんだ重荷だったよ」


 俺が心の中で反芻していた言葉を、見事にぶつけられた。 言葉を失う俺に、リーダーが小銭を投げつけた。

 銅貨九枚。地面に転がるそれ。


「退職金だ。二度と顔見せんな、ゴミムシが!」


 俺は立ち尽くすしかなかった。 情けなくて、悔しくて――熱いものが目に溢れる。


「ぎゃはは!! 泣いてやがる!」

「情けないヤツ!」

「いなくなって、せいせいする!」

「ほんと、邪魔だったのよ!」


 次々に言葉の刃が浴びせられる。 俺はただ、その場で俯き、泣いていた。

 やがて、彼らは何の躊躇もなくその場を後にした。


 仲間だと思っていた――少なくとも、俺は。 それなのに、あまりにもあっけなくて、あまりにも冷たい。

 

 俺は地面に散らばった銅貨を拾う。退職金が銅貨九枚。 俺の命の値段って、そんな――たかだか千円ちょっとのものだったのか?

 

 手持ちには銀貨五枚。 これも、依頼で得た報酬の分配分に過ぎない。

旅の始まりは、楽しかった。 苦楽をともにして、かけがえのない仲間に出会えた


 ――そんな気がした。


 だが、それも束の間の幻だった。


 こうして、俺はパーティーを追放された。 その憂さを晴らすために酒場に来た。 情けなくて、惨めで、どうしようもない自分。

 そのときだった。 頭の中に、奇妙な声が響く。


<わたくしは運命を司る女神、フラグネット。其方に加護『蔑む者を超える力』を与えよう>


 ――な、なんだって? 加護? いきなり何を言ってるんだ? 店員のお姉さん……?


「もっとお代わりをくれ」

「あらあら、あまり飲みすぎるのはよくないですよ?」

「いいんら、ろーせ俺なんて……」


 酔いが回ったのか、ろれつが怪しくなってきた。


<それから、スキル『賽の目』を授けよう>


 それにしても、身体が熱い。 酒をたらふく飲んだせいか、ポカポカしてきた。 頭もぼんやりしてきて、今日の出来事すら、薄れていく――。

 この葡萄酒、どこ産なんだろう? 芳醇な香りが鼻腔をくすぐり、甘酸っぱくて濃厚な味わいが、折れた心に染み渡る。


 しかし――現実は容赦ない。 一行を追放された俺は、もはや冒険者ですらない。 というか、そもそも冒険者登録さえしていない。

 これから、どうすればいいんだ?


 明日から、食べていく術すら、なくなった。

 いっそ冒険者じゃなくて、農家の日雇いでもやるか。 所詮は偽勇者一行だったわけだし。


 どうすればいいのか――皆目、見当がつかない。


 酔ったまま、俺は酒場を出て、近くのベンチへ向かった。 行くあても、帰る場所もなく、今日もただ流れるだけの日々。

 しがない荷物持ち、二十八歳。

 その夜、俺はベンチで眠った。


名前 袴田恭ダヤン

称号 異世界転移者

年齢 28

レベル 6

知力 200

体力 150

魔力 0

紋章術 なし

従属 なし

保有スキル 賽の目 アイテムボックス

加護 蔑むものを超える力

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