腐れ縁は永遠に? 4章
明けましておめでとうございます。4章に入り物語は終盤に。ここは前章とは違って落ち着いたものになりますが、その中でも変化のある章となっています。
クラスで一悶着あってから数日経ち、あれからクラス内での有希は腫れ物とは言わないものの、半分危険物扱いされていた。普段あんな明るくて親しみやすく、非の打ちどころのないと思っていた有希があんなに激怒したのだから仕方ないし、俺ですら驚いたのだから当然と言える。
連中は有希に話し掛ける際は恐る恐る慎重になってたり、有希から話しかけられた際には「荒沢くんとは良いの?」と確認する始末。そんな中でも例のファンクラブ(?)の連中はその一件で有希のことを更に心酔したらしく、有希に喧嘩を売る形になってしまった男子くんは厳重注意されていたと青山が言っていた。
ハブられたり苛めに遭ったりするようなことがあれば俺が何とかするつもりだったが、とりあえずその必要がなさそうでよかった。どのみち有希のことだから、俺が動こうが動くまいが自分で対処してそうだし、何なら俺が動いたことで余計に暴れていたかもしれない・・・あれ?もしかして俺が起爆剤なの?
それはそうと明日は休みだし、週末挟んでいるうちに落ち着いてくれればいいとは思う。
そんなことを考えながら部屋で寛いでいた俺は、喉が渇いてキッチンに向かおうと部屋を出た。すると誰もいない廊下に一線の光が差し込んでおり、その光の元に顔を向けてみると、隣にある有希の部屋のドアが僅かに開いているのが見えた。
「有希?」
今の時間はもう23時を回っている。明日は休みだから何時まで起きてようが有希の勝手なのだが、いつも俺より先に起きる有希がこの時間まで起きているとは考えにくい。
気になった俺は有希の部屋の前に足を運び、音が鳴る程度で小さくノックした。
「有希?」
もし起きていたら呼ばれた瞬間すぐに来るはずだが、今は足音1つ聞こえてこない。
申し訳ないと思いつつも、こっちは何度も部屋を襲撃されているのだから1回くらい許されるだろうと、自分に言い訳しながらドアの隙間から顔を入れて部屋の覗き込んだ。すると有希は机の上でうつ伏せの状態になっており、小さくも小気味よい寝息が聞こえてきた。
「寝落ちしたのか?」
一体何をしていたのだろうと思い机の方を見てみると、そこには教科書やノート、筆記用具が散乱していた。
「こんな時間まで勉強してたのか?」
有希は日中家では家事に専念していて、学校のある日なんかは家のことを何もしていない俺と違って、殆ど自分の時間を取れていない。そんな中だから、有希がいつ勉強しているのだろうと気にはなっていた。それがこんな形で分かり、そのことに安心したような、そうでないような何とも言えない複雑な気持ちになった。
『有希ちゃん。あんたと同じとこに通うために背伸びしてその高校を受験したから、勉強で困ってたら助けてあげなさいよ?』
有希が同居すると分かった日、母さんと電話してた時に言われたことを思い出した。
中学の時の有希は俺より成績が良くなかった。特段勉強が不得意というわけではないが、当時の有希の成績ではこの高校を受験しても受かることないと思ってたし、それも踏まえて俺はここを受験した。しかし有希は努力し、自力で受かって俺と同じ高校に通う権利を手に入れた。
母さんから頼まれた時も正直、有希が勝手にしたことなのだからと放っておくつもりだった。でも有希がここを選ぶ原因になったのが俺である以上多少なりとも責任はあるし、今日まで毎日一人で家事をこなしてくれている。だから有希が勉強で行き詰まった時、助けを求められた時に手を差し伸べてやれば良いなんて思っていた。
でも今考えてみれば、有希は小中含め、今まで何事に対しても弱音を吐いたことはなかった。少なくとも俺の前ではいつも元気で明るく、鬱陶しい有希のままで接してくれていた。いつも全力で取り組んでいて、俺に激突する時でさえ一切の手加減をしない。
きっと今までの有希も、俺が見てないところで努力し続けてきたのだろう。家事のことだってそう。有希は俺の知らないところで、俺を喜ばせようと頑張って自分を磨いてきた。そんな有希が、今更俺に助けを求めるはずがないのだ。
俺は無意識のうちに、有希は強い奴と思い込み、甘えてきた。そう思わせられる光景が今目の前にある。
「有希・・・」
届くことのない呟きは空気に溶け込んで消えていき、俺は顔を引っ込めて音を立てないようそっとドアを閉めた。
「ヤバッ!寝坊した!」
翌朝一番、有希の部屋から慌てたような声が聞こえ、その直後に騒がしい雑音が響いた。また暫くするとドアが開き、有希は上着の袖を通しながら部屋から出てきた。
「ヤバいヤバい!早くご飯作って大地を起こさ・・・え?」
「よ!有希。おはよ」
「おは・・・よ?」
リビングの前で有希は俺の方を見ながら固まっており、その顔は何か不可思議な場面に遭遇したかのような呆けた表情をしていた。中々のレア顔だ。早起きは三文の徳というのは本当だな。
「えっと・・・大地?」
「ん?何?」
「・・・これは?」
有希は視線を俺からテーブルに向け、指をさしながら訊いてきた。
「勿論朝飯だけど?」
有希が指さすテーブルの上には、トーストと目玉焼きにウインナーと、まさに”朝食”というメニューが2人分並んでいる。何も変わった光景じゃないはずなのに、有希は頭にハテナマークを浮かべてそうな顔のまま固まっている。もしかしておかしなところでもあったのか?焦げてはないと思うんだが。
「え・・・なんで?」
未だに状況が呑み込みきれておらず言葉が少なくなっている有希。朝早く寝ぼけているわけでも、メニュー自体をおかしく感じているわけでもなく、ただただこの状況自体が疑問なんだろう。いつものことを考えれば、有希の反応としては当たり前か。
「まぁ、前に断られはしたけど、流石にずっと有希に頼りきりなのもなって思って。今更でも、休みの日くらいは有希もゆっくりできればなって」
流石に、昨晩有希が勉強中に寝落ちしている姿を見て感化されたなんてことは言えない。誤魔化すための方便ではあるが、口にした言葉に嘘はない。
「お前はいいって言うけどさ、一人で背負い込むなって。一緒に住んでるんだから、俺にも家事をさせてくれよ」
いざ口にすると照れ臭かったが、同時に言えてよかったって思える。
言いたいことが言えて満足した俺に対して、有希は俺の顔をじっと見つめたまま動かなかった。どうかしたかと口を開こうとしたら、有希は視線を離さないまま早足で駆け寄ってきた。
「なになになになになに!?」
絵面的に恐怖体験としか思えない感覚を味わいながら後ろにたじろいだが、既に目の前にまで迫っていた有希はそのまま俺に激突して抱き締めてきた。
「有希?」
「・・・」
呼びかけにも答えず、俺の胸に顔を埋めたまま動かない有希。俺もどうすることもできなくて固まっていると、不意に有希の声がした。
「大地・・・」
「ん?何?」
「・・・ありがと」
たった一言ではあるが、有希のその言葉を聴いて俺はフッと息を漏らした。
有希がどう思うかは兎も角、ただ言葉にするだけでなく、行動で示した後で言葉にすればよかったんだと今更ながら思う。そうすれば有希も話を聞いてくれただろうし、一人で抱え込むこともなかっただろう。
分かり合えたとか、支えられたなんて傲慢なことは言えないが、少しでも有希の肩の荷を減らすことができたのなら、それでいいと思う。
その後は一緒に朝食を取ったのだが、トーストの焼きが甘いとか、目玉焼きが焦げてる等いくつかお小言をもらい、教えてもらいながら手伝った家事も全然うまくできず滅茶苦茶叱られた。流石は有希先生。主婦公認は伊達じゃない。
それから数週間が経ち、その間に有希は何も変わらずいつも通りの態度でクラスの連中と接していき、連中はそのいつも通り過ぎる態度に戸惑いを感じながらも少しずつ警戒が解れていって、今では事件前の空気に戻っていった。しかしそんな中で、クラス内での俺に対する扱い方が劇的に変わっていた。
あれからの俺は時々、例のファンクラブに所属しているクラスの奴から菓子をもらっていた。何事かと思い訊いてみたところ、一途な有希に想われている俺はコイツらにとっては有希の次に崇めるべき存在とかなんとかで、せめてもの献上品として差し出してくるらしい。
「俺にそんな気を遣わなくていいから、代わりに有希を助けてやってくれ」
正直鬱陶しかったのだが、コイツらを無下にするのも悪いからとなるべく角を立てないよう丁重に断った。すると連中はまるで懺悔するかのように両手の指を合わせ、お経を唱えているのか歌っているのかよく分からない調子で言葉を並べてひたすら頭を下げ続けてきた。いやホントやめて欲しいんだが。
また家での有希は、俺に一部の家事を任せてくれたこともあって多少は自分の時間を取れるようになり、勉強で分からないところがあれば俺の部屋に赴いて訊いてくることが増えた。俺は俺で有希先生に叱られながらも任された家事をこなし、有希に頼られた時には惜しまず協力した。
最初はどうなることかと思った同居も今では慣れたものであり、お互いにお互いを尊重している理想的な形になっていると思う。有希のウザ絡みはまだ度々起こるのだが、不思議と高校進学する前より悪い気はしていない。それどころか、少し嬉しく思っている自分に驚いている。
俺自身、どういう心境の変化があってそう思えてるのかは分からない。けれど今は、こんな日常が続けばそれでいいと、そんな風に思うことができた。
「俺、澄川さんに告白する」
4章-完-
4章を読んでいいただきありがとうございます。また色々お話ししたいことはありますが、続けて最終章も投稿しますので、引き続き読んでいただけると幸いです。次回最終章の前書きは省き、あとがきにて色々書かせ頂きます。