腐れ縁は永遠に?~1章~
個人でラブコメ物を読んだ勢いで書いてみたものを投稿してみました。ありがちな要素を詰め込んだかのようなものですが、楽しんでいただけると幸いです。
早速だが。俺には、俺のこと好意的に想ってくれる女子がいる。いきなりこんなこと言われても惚気かと思われるだろうが、決してそんな良い話ではない。
確かに人によっては好かれたくても好かれることがない人もいるだろうし、俺の身の回りにも彼女欲しいとか、世話焼きな女の子の幼馴染が欲しいとか、お兄ちゃん大好きなツンデレ妹が欲しいとか嘆いている連中はいる・・・てか最後に関してはアニメの観過ぎだろ。
それは兎も角として、俺が惚気にしか聞こえないことを”惚気”と認めない理由。それはそいつが、俺に対する好意が強すぎて四六時中付きまとってくるレベルだからだ。
そいつの名前は澄川有希。出会ったのは幼稚園の頃で、家が近所というわけではないが、今でも付き合いが続いている・・・というか”続けさせられて”いる。
何がきっかけなのかは分からないが、有希は出会ったほぼ初期から既に俺のことが好きになっていて、毎日運動場を追っかけ回されたことは昨日の出来事だったかのように鮮明に思い出される。逃げても逃げても全然諦めないし、それを面白く思った男子も混じりだした時には絶望した。男子に捕まって供物の如く差し出された俺は、有希にあんなことやこんなこと・・・までは流石にされてはいないが、俺のファーストキスを躊躇なく奪ってきた。
その後も有希は俺から一切離れようとせず、力ずくで引き離そうとすると「優しくしないとダメ」と”俺が”先生に叱られる始末だ。理不尽すぎる。
一日が終わって俺の親が迎えに来た際には俺より先に出向き、礼儀正しく挨拶をする。園内では自由奔放なものだから、親の前で見せる態度との落差に俺は毎度のことながら驚かされており、その間にも親の中での有希の評価は爆上がりしていた。お前は一体家でどんな教育を受けているんだ。
その後も有希は間髪入れずに俺の親の前で「遊びに行ってもいい?」とか訊いてくるのだが、そこで俺が断れば親からの横槍が入って断れない空気になるので、結局受け入れるしかなくなる。
そうして園児ながら自在に自分を使い分ける有希の技巧により、俺と有希の両親同士はまるで昔からの親友同士だった的な関係に見えるほど仲良くなり、本来子どもが意図して埋められるはずもない、俺と有希の間にある見えない溝は着実に埋められていた。
そんな強引に結ばれた縁は、小学校以降になると悪化していた。クラスや班行動だけでなく、くじ引きで決められた組み分けですらいつも有希と同じになり、それが誰かと入れ替わることなく一発で起こっている。呪いかよ。
しかしそれは百歩譲って「嫌な偶然」で済むだけだからギリギリ許せるが、小中の9年間一度も別のクラスになってないって何だよ。教師共は有希の両親に買収でもされてんのか?
その後も有希のべったり具合は治まることなく、休み時間もずっと引っ付いてくるし付きまとってくるしで、俺の精神は安らぐ場所を知らない。
当然周りからは俺と有希がセット扱いされ、付き合ってると茶化されるなんて日常茶飯事。有希が満更でもないのは当たり前なので俺が弁明するも、周りからは「有希ちゃん健気」とか「幼稚園から想い続けてるって素敵」とか「荒沢も受け入れてやれよ」とか好き勝手言ってくる連中ばかり。俺に味方などいなかった。
中学に上がってからの俺は”男子”の運動部に所属したのだが、有希は募集もしていない”マネージャー”として無理矢理同じ部活に入部してきて、それも”俺専属マネージャー”とかいう意味不明な肩書を名乗っていた。そして本当に他の部員には何もせず、大して強くもない俺に掛かり切りになっているのだから、毎日周囲の視線が痛く刺さった。
そんな有希の呪縛に囚われて11年。俺は有希と物理的に離れられるよう隣県の高校を受験し、入学と同時に一人暮らしを始めることになった。
俺が高校に合格したのが分かった後、有希は親の転勤が決まって引っ越すことになって、俺が一人暮らしをする必要は結果的に言えば無くなったのだが、有希と離れられるなら何でもいい。ついに俺は、有希から解放されることができたのだ。
そして4月。待ちわびた有希のいない高校生活が始まる。これから通う高校の校舎を眺めていると、とめどなく高揚感が湧き出てくる。知らない土地だからなのかもしれないが、浮かれていることは自分でも分かる。
「大地ー!おーはよー!」
今までは有希のせいで周りから揶揄われてばかりだったが、ここには俺と有希のことを知る奴がいるわけもないし、そんな気苦労をかけることはない。
「中学の学ランも良かったけど、ブレザーも似合ってるね。カッコいいよ!」
中学では運動部だったがこの高校にはその部活がなく、だからと言って新しく何かを始めようなんて気概もない。その分交友関係を広げられるか不安だが、何日か過ごしていれば自然と話す奴も増えてくるだろう。
「いよいよ高校生活スタートだね。何か部活はいるの?でも大地なら高校では帰宅部になりそうだね」
すぐは無理だろうけど、特定の女子とも仲良くなって付き合うことができたりしてな。今まで有希のせいで他の女子と親密になる機会がなかったから絶好のチャンスだ。
「あ!今女の子と付き合いたいとか考えてたでしょ!ダメだよ!私がいるんだから!」
いや何で分かんだよ。俺の脳に何か仕込んで思考読み取ってんのかコイツは・・・
「・・・って何でお前がいるんだよーーーーーー!!!!!」
馴染みのない県、馴染みのない土地の上に立つ俺・・・荒沢大地の前に、幼稚園からの腐れ縁”澄川有希”の姿がそこにあった。
俺の人生を狂わせた諸悪の根源、澄川有希が同じ高校にいる。その事実だけでもパンクしそうなのに、それ以外でも色々突っ込みどころが多過ぎて今にもぶっ倒れそうになる。しかしとりあえず事情を聴かないことには始まらない為、俺は人気のない場所に有希を連れていった。
「どうしたの大地、こんなところに連れ出して・・・まさか!!遂に告白!?こんな回りくどいことしなくても私はいつでも大か・・・」
「色々話を訊きてぇからだ!ここには俺とお前のことを知ってるやつがいないってのに、入学初っ端から今までみたいなことになってたまるか!」
最近は引っ越しやら入学手続きやらで忙しかったこともあって有希とは全然会っていなかったが、いざ対面すると別のベクトルで心労が押し寄せてくる。何で入学初日に校内唯一の知人と会って落ち着けないんだよ。
「んで?何でお前がここにいる?」
「そりゃここに入学したからに決まってんじゃん」
当たり前だろ。そうじゃなかったらただの不法侵入だろうが。
「そうじゃねぇよ。何でこの高校に来たんだって訊いてんの」
「大地がいるから」
「理由になってねぇよ」
「いやいや。私が高校選ぶのに大地がいる以外の理由があると思う?」
「・・・」
認めたくはないがその通りだ。今までの有希の行動原理が俺であった以上、愛想尽かさない限りは進路選択にだって俺を理由になるのは当然の帰結と言えるだろう。それで入学できるかは別問題として。
「っていうかお前、親の転勤はどうなったんだよ。もっと遠くに引っ越したんだろ?」
「親はね?私は大地と同じ高校に通うために駄々をこねて、こっちに住むことになったの」
「・・・マジかよ」
有希の行動原理の中に前提条件など存在しないのだろうか。コイツの前では親ですら”ついで”程度に感じられる。ご両親泣くぞ。
というかコイツも大概だが、親は親でよく認めたなと思う。いくら俺がいるからって、娘の一人暮らしを簡単に許していいのか甚だ疑問だ。
「ほらもういいでしょ?早いとこクラス確認して教室行こうよ」
頭抱える俺の心境など露知らず、有希は俺の手を引っ張って行こうとしてきた。しかし俺はそんな有希の手を振り払う。
「待て、その前に俺と約束して欲しいことがある」
「ん?何?婚約?」
「アホか」
何でもかんでもそっち方面に繋げるなよ。話が進まないだろうが。
「今後、学校で俺とは距離を置け」
「えー何で?折角高校でも大地と一緒になれたのに?」
「あのな?そもそも俺はお前と距離を取って、普通の学校生活を送るために地元から離れてまでここに来たんだぞ?」
「まぁ私と大地は運命共同体だからね!離れることはできなかったんだよ」
「勝手についてきておいて白々しいな」
そんな一方的な共同体とか聞いたことねぇよ。
このまま有希のペースが続けば話が有耶無耶になって終わってしまう。それはつまり、ここでも有希のウザ絡みムーヴが続いて、今までのようなことが繰り返されるということだ。そんなのは御免だ。俺は一呼吸置いて、なるべく真剣に伝わるように真っ直ぐ有希の目を見て語り掛ける。
「・・・有希。俺はここで新しい人間関係を築いていきたいんだ。本当に俺を想ってくれるって言うんなら、俺とは距離を取ってくれ」
「・・・大地」
俺の言葉を聴いた有希は俺と目を合わせ、さっきまでのはしゃぎっぷりが嘘だったかのように真剣な顔をしている。思えば、今まで有希のことをぞんざいにしてばかりで、こんな風に面と向かって真剣な言葉を投げかけたことはなかったかもしれない。
「・・・分かった。今までみたいなことはしないよ」
「・・・え?」
そっぽ向きながら発せられた言葉に、俺は思わず声を漏らした。
「何?何か文句でもあるの?」
「・・・いや、随分素直だなって」
だってあの有希だぞ?今まで俺が何言っても聞かず、俺のこととなると周囲の目を気にすることなく突っ走ってくる有希が、たった一言投げかけただけで大人しく言うことを聞くなんて思わないじゃん。
「まぁ確かに、今まで子どもみたいに好き勝手やりすぎて、大地に少し迷惑かけちゃってたかもだし・・・」
”少し”どころじゃないけどなと口から出かかったが、突っ込むと話が終わらないので伏せておく。
「もう高校生だし、大地もずっと私だけと関わり続けるわけにはいかないもんね?」
「有希・・・」
俺に付きまとってばかりで嫌なところが目立つ有希だが、根っこの方は優しい女の子ということは知っている。何だかんだで(俺以外には)気遣い上手で(俺以外の)周りの人間に慕われていて、一応俺に対しても、俺が本当に嫌がることは絶対にしない。そういう一面を知っているから、どうしても有希を突き放すことはできない。
「まぁホントは私以外の人との関係を全部断ち切って、私無しでは生きられないようにしたいけど・・・」
コワいコワいコワいコワいコワいそれ何て言うヤンデレだよ今本気で恐怖を感じたわ・・・って思わず心の声も早口になっちまったじゃねぇか。
「けどそれで大地から求められても、そんなのはただの依存であって好意じゃないし、私の求める結果にならないからね」
「有希・・・」
そういう改心はもっと早くにしてくれよとは思ったが黙っておこう。それこそ、もっと早く有希とこうして面と向かって話していれば、ここまで拗らせずに済んだ話だったのだから。
「けど同じ中学出身なんだから、不自然にならない程度ならいいでしょ?知らないっていう方が無理があるし」
「ま、まぁそれくらいなら」
「オッケー。じゃあそれで!」
有希は数歩前に進むと、再び俺の方を向いた。
「これからもよろしくね!大地!」
俺と有希は玄関前に着くと、案内役として待っていたであろう先生の指示に従い、下駄箱前にある張り紙で自分のクラスを確認してから教室に向かった。因みに俺と有希は当然のように同じクラスだが、いつも通り過ぎて今更驚かない。絶賛記録更新中である。どこに需要あんねん。
そんなこんなでやっと辿り着いた新しい教室。既に何人かは来ていて、その全員が自分の席に大人しく座っていた。流石に入学初日に初めての教室で大騒ぎする強メンタルな奴はいないな。それはいいのだが、俺が教室に入った瞬間、何故かクラスの連中は俺の方を見ていた。一瞬俺に何かついているのかと思ったのだが、よく見るとその視線は俺の方を向いていない。それより少し後ろ、有希の方だった。
「・・・なるほどな」
奇行ばかり目立ってて俺自身忘れかけていたが、昔から知っている俺から見ても有希は”外見だけは”目鼻立ちが整っていて、客観的に見れば美人に分類されるものだと思う。小中学の時にもちょこちょこ周りの男子が有希のことを気にしていそうな視線を向けていたし、容姿を褒めている言動まで聞こえた。それにも関わらず、俺が知っている限り有希が告られた回数は0だ。その理由は明白で、有希が俺のことを好きなのは全校レベルに知れ渡っていて、わざわざ負け戦をしようと考える勇者がいないからだ。因みに俺も告られた回数は0。勿論全部コイツのせい。
そんなどうでもいいことを思いつつ、俺と有希は黒板に張られた紙で自分の席を確認してから各々席に着く。しかし問題なのはここから。いつもの有希なら速攻俺の元に駆け寄ってきて俺の膝に無理矢理座ってこようとしたり、後ろから抱き付いてきたりというようなことが毎年クラス替えの度に起こる。その周囲に自分のテリトリーをアピールするような現象のことを、周りの奴らは”マーキング”と呼んだ。誰が電柱じゃ。
しかし今の有希は一向に動く気配はなく、それどころかこちらに視線すら向けることなくスマホを弄りながら暇潰しをしている。さっきは本当に了承したのか甚だ疑問だったが、本当に分かってくれたようだ。やはり俺と有希に足りなかったのは対話だったのだと改めて思う。
その後俺たちは体育館に移動して入学式に参加した。どこでも長い校長の話を流しつつ、その後に上級生の挨拶と新入生代表挨拶が行われた。アニメとかならここで新入生代表が知人だったとなるのがお約束だが、そんなことはなくちゃんと知らない奴だった。
式が終わると俺たちは再び教室に戻り、先生が入ってくるとそのままホームルームが始まる。教卓に立つ先生は自己紹介を始め、それが終わると俺たちに自己紹介をさせた。
こういう場合の自己紹介というのは当然の如く出席番号順で行われ、俺は”荒沢”ということもあって基本出席番号が先頭になることが多い。そんな中今年の俺は珍しく2番目で、前のやつは”青山”という、気弱というわけではないがクラスの先頭に立つようなタイプでもない、優しそうな雰囲気の男子だった。
緊張気味に自分のことを話し続け、彼が締めの一言で終えるとそこそこの拍手が鳴って俺の番になる。青山が先陣を切ってくれたおかげで自己紹介のやり方の基準が定まり、それで少し肩の荷が下りた俺は一呼吸置いてから席を立った。
「荒沢大地です。他県から来たのですが、そのこともあってここらへんの土地勘がないので、色々教えてくれると助かります」
その後に好きな食べ物や趣味を付け加えた後に締め、何とか緊張で噛むこともなく俺の番を終えることができた。安堵していると、その直後に耳が痛くなるほどバカデカい拍手が飛んできた。突然の出来事にクラスの連中は当然の如く驚いていたが、心当たりがあり過ぎる俺は無視した。何を隠そう、バカでかい拍手をしたのは有希だ。青山と比較すればその差は露骨すぎるし、音のした方向的にも有希であることは明白だった。流石にどうかとは思ったが、普段と比べればちゃんと大人しくしているのだから、これくらいは許してやろうと思う。その普段がおかしいのは兎も角。
その後次々と自己紹介を終えていくのだが、その間に先程のバカでかい拍手が飛んでこなかったこともあってか、教室内の空気がやや困惑気味だった。どのみち有希が回ってきた時に俺と同じ中学だってことも話すだろうから、それで皆の疑問も解消されるだろう。
そうして有希のターンを迎えたわけだが、その瞬間周りの男子は、先に自己紹介した奴らよりも一層有希に集中しているように見えた。有希の容姿”だけ”を見れば当然だろうが、流石に空気の変わり方があからさま過ぎる。今考えると、この空気の中で有希が俺と同じ中学だったと話したら、俺はこの後男子共から有希のことを訊かれたりするのだろうか。今まで有希本人が俺にべったりで公認カップル扱い(※俺は否定し続けた)されてはいたが、有希とお近づきになろうと俺に擦り寄る輩は少なからずいた。俺はそんな奴らの相手をしなかったし、そもそも俺に擦り寄ったところで有希とお近づきになれるわけでもなく、結局眼中にないと思い知らされるだけなので、そういう輩は段々といなくなっていった。
しかし今は俺と有希以外の関係がリセットされているわけだから、またその手の輩が増えることだろう。
そう思うと気が重くなるが、どれだけ俺を使おうとしても今の有希が他の男に心変わりするとは思えないから、逆に可哀想に思えてくる。
「澄川有希です。2番目に自己紹介された荒沢くんとは同じ中学で・・・」
そんなどうでもいいことを考えている間に有希の自己紹介は始まり、思った通り俺とのことは出してきた。距離を置いてくれと言った以上余計なことは言わないと思うが、今の有希なら大丈夫だろ・・・
「・・・私の彼氏です」
「ゴラァァァァァァ!!大噓こいてんじゃねぇぇぇぇぇ!!」
・・・などと思っていた俺は浅はかだった。有希がいつまでも大人しくしているわけが無かった。もしかしてこのタイミングを狙っていたのかコイツは。
「あ!そうだよね?私たちは夫婦でもうすぐ子どもができるんだよね?」
「飛躍してる上にとんでもねぇ爆弾発言してんじゃねぇ!!」
有希の虚言と俺の声量でクラス内がざわついたが、そんなことを気にしている余裕はなかった。とりあえずあの口から出る虚言を全て真っ向から潰さなければならない。
「あ、そうだよね?ここで言う内容じゃないもんね?ごめんなさい」
「さも事実を隠そうとしてるみたいに言うんじゃね!!同じ中学ってこと以外全部出鱈目だろうがー!!」
「こら荒沢くん。静かにしなさい」
有希の虚言を否定していると先生から注意を受けた。
あれ?何で俺だけ怒られたの?全部コイツのせいなんだけど?有希がとんでもないことを口走ったせいで俺が大声で突っ込む羽目に・・・はい、大声は迷惑でしたね。
「・・・すみません」
先生の注意で水をぶっかけられたかのように頭が冷えた俺は、大人しく席に座った。
「というわけで先生!私大地の隣の席が良いです」
何がというわけだよ意味分からんわ。そんな私利私欲の理由で席が移動になるわけ・・・
「ダメです。いくら許嫁だからって席移動はしません」
よかったホントにならなかったよ。漫画やアニメとかなら俺の心の声がフラグになって、席の移動が認められる展開だったが、そんなことなくてよかった。てか”許嫁”ってなんだよ。今どきそんなの二次元でしかないだろ。
波乱を呼んだ有希のターンはそこで終わり、その後は順当に自己紹介が進んでいった。本来はクラスメイトの顔と名前を覚えるためにちゃんと聞いておくべきなのだろうが、俺は頭が痛くなってきてそれどころじゃなくなっていた。
ホームルームが終わると各自解散となり、入学初日は終了となった。先生が教室から出ると空気が緩くなって、皆各々帰りの支度をし始める。そんな中俺は荷物を持つと早々に立ち上がり、諸悪の根源の元に向かった。
「有希、ちょっと来い」
俺の声が思ったより低い声になってしまったことで教室内の空気がまた固まり、何事かと周囲の視線が刺さる。周りには申し訳ないが俺は構うことなく席に座る有希を睨みつける。そして当の本人は特に変わった様子もなく俺のことを見上げていた。
「何?放課後デート?」
「そういうのやめろっての」
「またまた照れちゃって!そんな冷たそうな態度しても通じないぞ!」
全く悪びれる様子もない有希に呆れつつ、埒が明かないとばかりに俺は有希の手を掴んだ。
「いいから来いっての」
俺が有希の手を掴むと同時に一瞬場が騒めいたが、構っている余裕もない俺はそのまま有希を連れて教室をあとにした。
「お前!俺とは距離を置くって約束したよな?」
「物理的には距離を置くつもりだったよ?大地がこうして連れ出しちゃったから意味なくなったけど」
「あんなこと言ったら同じことだろうが!」
反省の色を見せる気配もない有希にまた頭が痛くなってきた。折角有希を除いて一から普通の学校生活を送れると思った矢先にこれだよ。
「まぁでも、今までみたいにべったりするのはやめるから。それは約束する」
「・・・」
そう言って俺に向ける表情は一片の曇りもないいつも通りの笑顔で、俺が怒っているのにも関わらず、本当に悪いとは思っていない様子なのが腹立つ。だがこれでも有希は今まで俺に嘘をついたことは一度もない。俺に宣言したこと、約束したことを言葉通りに実行し、今回のように言ってないことならと約束の範疇に無い抜け穴を見つけて・・・あれ?それって嘘つかれてないって言えるのか?
「はぁ、分かったよ。これからは普通にな?今日みたいなこと言うのもなしだぞ?」
それは兎も角としても今言及したところで時既に遅しだし、有希がべったりしないというのだから、追加の予防線を張って良しとするしかない。明日以降のことは明日以降の俺に任せよう。頑張れ明日以降の俺。
「はーい。じゃあ帰ろ」
「おう・・・って、そういえばお前の今の家どこらへんなんだ?」
有希がいること自体に驚きすぎて、その他に頭のリソースを割いている場合じゃなかったから抜けていたが、有希も俺を追いかけてきたというのならどこかに一人暮らしをしているということになる。
「え?何?私の家がどこか気になっちゃうの?」
「・・・まぁ」
普段の態度はアレだが有希も一応は女子だ。いざ一人暮らしとなれば不安もあるだろうし、万が一の危険がないとは言い切れない。これから増えていくとはいえ、今は知り合いが俺しかいないのだから知っておいた方が良いとは思う。口に出すと調子に乗るから絶対言わんけど。
「・・・」
「・・・んだよ」
返答もなく黙っていることを不思議に思い視線を向けると、そこには唖然と呆けている有希の間抜けな顔があった。
「いや、何か思った反応と違ったから」
「期待通りの反応じゃなくて悪かったな。俺は別にお前のおもちゃじゃねぇ」
「いや、そういうわけじゃないんだけど・・・・・・やっぱり好きだな」
さっきまでのおちゃらけた雰囲気がなくなり、急に大人しくなったかと思えば段々声も小さくなって、後半何言ってるのか聞き取れなかった。
「あ?なんて?」
「・・・なんでもない!じゃあ先に大地の家行こ!」
提案をするようで、返答も聞かず俺の手を取って走る有希。そんな有無を言わさないいつも通りの態度に呆れつつ、どのみち俺の意見なんて聞かないのだからと諦めて有希に付いていく。
一日が終わって自宅に向かう帰り道。今日以外に念のための予習として一度学校と家を往復したが、それでも慣れない土地と景色ということもあって視界に入るもの全てに違和感しかない。段々慣れて日常化していくのだとは思うが、当然のことながら今まで実家から離れて暮らしたことがないから、慣れるまでどれぐらい掛かるのか見当もつかない。
そんな中、俺の隣に並ぶ有希は堂々としていて楽しそうに話しながら歩いている。有希のことだから「楽しそうだな」と言ったところで「大地と一緒だからね」って返してくるんだろうな。てかこんなこと自分で考えたりするの普通に妄想逞しい痛い奴だろ。でも有希なら絶対言うんです信じてください。俺は一体誰に弁明してるんだ。
冗談はさておき、俺は今この普通過ぎる空気に違和感を覚え始めている。今日は高校進学して入学初日。それは小中学校でも同じことだし、それが慣れ親しんだ”地元”なら何も言うまい。しかしここは俺と有希にとって、住んで数日にも満たない見知らぬ異世界同然の地だ。元々物怖じしないタイプで、いくら俺と居るからと言っても流石にいつも通り過ぎる。そして一番おかしいのは”新居”についてだ。今朝まで有希が同じ高校に通うことを知らなかった俺が有希の新居を知らないのは分かるが、有希も俺の新居のことは知らないはずだ。それにも関わらず、有希は俺の新居について何も訊いてこない。
でも考えてみれば、俺の親が何か問題があった時のためにと俺の新居の場所を先に教えている可能性はある。俺の親と有希の仲ならそうなっていても不思議ではないし、有希が入学することもサプライズとか言って俺に黙ってた可能性だって全然ある。
そう結論付けたはずの俺だったが、まだ何か引っ掛かっていた。見落としがあるような、答えは分かっているはずなのに、その答えを答えだと認識していないようなスッキリしない感覚。むず痒くて仕方ない。
本当ならそっちに頭のリソースを割けたいところだが、慣れない土地で考え事をしながらの移動は危なすぎる。とりあえず考えるのは後にして、自分の家へと足を向ける。
学校から歩いて十数分。俺と有希は俺の新居であるマンションに着いた。大体十階建てくらいでそこそこ家賃はするらしいが、オートロックや防犯カメラなどとった防犯設備が一通り整っている物件だと親が言っていた。
「ここだ」
「おお!いいところだねぇ」
「まぁ親が防犯面もしっかりしているところを選んでくれたからな」
「うんうん。そこは流石って感じだよね」
今のところ変わった言動はしていない。意図的に隠しているのか、それとも本心からの言葉なのか。有希はたまに叙述トリック的な言い回しをしてくるものだから、どっちも違和感がなくて判別しにくいのがもどかしい。
「さ!いこいこ!」
そう言って先導するように俺の手を引っ張る有希。それほど俺の部屋が見たいのか、今の有希の心理が読めない。
「おい!そこオートロックがあって・・・」
「知ってるよ」
・・・・・・え?
「今、何て言った?」
「えー・・・ごほん!ここで大地に発表があります」
俺の手を放し、振り返ると改まった態度で姿勢を伸ばして右手を上げる有希。今の状況で発表宣言なんて嫌な予感はしないが、まさかと思いながら耳を傾ける。これはもしや、俺と有希が同じマンションでとな・・・
「私と大地、同じ”部屋”です」
「・・・・・・・・・・・・・・・は?」
1章-完-
今作品は5部構成となっており、最終章含めあと4部投稿予定です。年末年始は多忙のため更新は遅れますが、完結させられるよう努めます。