Interstellar Overdrive/03
遠隔授業は午前中でおわり、今日の作業用に私有地専用の電気バイクのカゴに清掃用のドローンを詰め込んでアゲハは幾つかある渓流の一つに向かう。
山間部の幾つかの渓流のDC-CDコンバーターの水車の羽に詰まった枯れ葉や枝などを取り除く作業に向かう。
『おー、バイクなんていいじゃん、ヤンキーかな』
カゴのドローンから声が響く。
「ま、まだ免許はないですけど、私有地ですから。あとこの金髪は染めているわけじゃないです」
『この世界の暴走族でヤンキーな連中で金髪とか絶滅しているんじゃないかな。まさか、アゲハがこんな生活をしているとはわからないものだね』
堰堤に到着するなり、アゲハはカゴからドローンを下ろす。自立モードからアゲハのアバターが投影される。
『へえ、自給自足の生活も大変だね』
「電力も大規模発電は必要ないですからね、これだけで私達の生活と農業は十分賄えます。ハルカさんは、私の東京のクラスメイトと一緒の名前ですけど、まさかそのハルカさんですか」
『そう、といいたいけどちょっと違うみたい。私の見ている夢がハルカの世界なんだよ』
「なんですかそれ」
アゲハがまとまったゴミを堰堤の外に放り投げて振り向く。
『うーん、手伝えなくてごめんね。この体じゃ無理。私さあ、あんたのクラスメイトのハルカをモデルとしてロールアウトされた違う層の別の人間なんだよね』
「しゃ、喋り方も性格も声も一緒に見えますけど、私への態度はちょっと違いますもんね」
『そりゃあんたが私の夢の世界にいないからだよ』
「夢」
『そう、夢。何日か前さあ、祠堂先生のフリをした何かが居たじゃない』
そう、数日前、東京のコミュ部のハルカさんをデジタルストーキングしていた何かがいた。
『あれ、私が具足で狙撃したんだよね』
「なんでいきなりゲームの話になるんですか」
学校でのハルカはゲームに興味がない人という点でアゲハは眼の前の人物がハルカに喋り方と性格が似た他人と判断した。
『夢は現実なんだよねえ。ややこしいだろうけど、あんたのしているあのゲーム、私達の既定世界とリンクしているんだ。私はあの世界がリアルで、ここはモデルの世界の一つ。あるいはゲームの世界の住人なのか、世界があのゲームを作ったか私には分からない』
「どうしてアクセス出来るんですか」
『あなたが過去の構造物をARで触っていたり視点を切り替えているのと一緒。こっちからそっちの世界へ世界の解像度を切り替えているの。膨大なデジタル情報がAIとかで自己生産自己増殖自己進化しつづけて拡大拡張し続けるうちに幾つか発生したデジタル的並行世界の一つのハルカが私ってワケ』
「じゃあどうしてこっちの世界のハルカさんを助けたんですか、モデルだと影響があるとか」
ハルカのいる木陰にアゲハも向かう。濡れた足をコンクリートに乗せて乾かす。
『あのねえ、パソコンで同じ奴が並んでいても同期していないかぎり、同じシステムが動いていて片方が物理的に壊れてももう片方は大丈夫でしょ? それと同じ。あのハルカがたとえ死んでも私にはなんの影響もない。で、私の夢の世界でも、まあほぼほぼ同じ人間関係がある。ああ、ややこしい。でもまあバグはあってさ、トワとかある程度共通項はあるんだけど私の世界にアゲハはいないんだよね』
「そ、そのデジタルで再現されたもう一つの世界で、私が居ないって、なんかやだな」
『再現性が難しいんじゃないの? 私みたいなやつより天才の再現はそのラインまで生成技術が追いついていないんじゃないかな。天才がいた結果の産物はあっても再現が困難なんでしょ』
「別に私は天才じゃないですよ」
『認知の違いでしょ。あの世界に必要な存在に対する適材適所。ああ、それで祠堂先生のフリをしていたやつはSee13アネット群の戦略端末』
「あのゲーム、というかあの機械仕掛けの魚たちの端末がBotの皮を奪ったんですか」
機械仕掛けの魚たちのことを思い出す。眼の前の堰堤では鮎やウグイが泳いでいる姿が見える。
『どっか過去の階層のデフラグで消去されるはずだったデータの残骸の集合体らしくてさ、バグのように増え続けていてその抗体として生み出されたのが私達で、そのモデルに選ばれたのがこの世界のハルカってワケ』
アバターの触感を消した状態にしてハルカが水にゆっくりと着水していく。
質量はないので水に沈むレーザーで描写された歪んだ光学が拡散して、足首が消えている。その下では川魚が変わらず泳いでいる。
「ああ、だから個人情報を収集して攻略を考えていたのか。あんまり意味なさそうだけど」
『だよねー。でもまあこっちに来た理由って、私みたいなのもいいけどあんたが危ないかと思って見に来たんだよ、ムーンバタフライさん』
「実は数日前から謎の視線というか気配はあるんですよね、ヒモはどこにもないし毎日スキャンして確認はしています」
すっと、ハルカは立ち上がり水面の上に立つ。正しくは立って見えるようにアゲハから借りているアバターを投影した。
『実験、私のことスキャンしてヒモが確認できるかどうかチェックしたら』
携帯端末を向けてアゲハはスキャンする。
「ヒモが、ない」
『つまり、このアバターとか貴方と同期しているモノは感知できないわけだ』
「私も監視されているかもってこと」
『変な現象、体験しているんでしょ』
「私のアバター、あなた以外で幾つか見た気がする。錯覚だと思っていた。私のままだと確かに検知外だ。家に帰ったらすぐにプログラムチェックする。ありがとう」
『どういたしまして』
『この貧弱な筐体のカメラから見る景色でもキレイだね』
最後の水力発電のゴミの撤去が終わったときは、太陽は沈んでいた。
バイクの後ろに投影されたハルカはほんのりぼわっと光っているように見える姿で二人乗りの姿を保っていた。
汗に濡れたアゲハの体を風が乾かしていく。
普段はねっとりと絡みつく自然の感触が混じった風も、一人だと呼吸困難になりそうな世界が、心地の良い広がりを持ってアゲハを包んでいった。
空は、満天の星。
星空のドライブ。
「でも、あっちだと、もっといい星空じゃないですか」
『いやあ、こういう田舎の青春って感じの映画みたいなこと、この世界のハルカも、私自身も体験したことはないよ。特権って感じ。』
なるほど、とアゲハは推定同世代の友達と自分の青春らしいことの体験はこれが初めてだと気づいた。
「た、たしかに特権かもですね。私も初めてですよ、同年代の友達とドライブするのは。ま、まるで昔の漫画のヤンキーです」
アゲハは風に声が、かき消されないよう大きな声で叫んだ。
『吹けよ、風、呼べよ嵐、今だけの青春は、大人への躍動、これこそ生命の息吹』
古い詩集の言葉をハルカは引用した。
そしてそれは古い遥か過去の捻くれたロックの歌でもあった。