THE GNOME/01
見慣れた、第一宇宙速度前後の世界。
地上からの夜空と違って、過去にあった光は、全て羅列された一直線の流星にしか見えない、無数の光軸が流れていく世界。
足元の地球も、彼方の月も、相対的な大きさの変化は感じないけど、地球光と月光と太陽で乱反射を繰り返す、かつての宇宙開発の残骸群であるデブリ達は、降り注ぐ雨のように、光る雨のように、機体にぶつかり続ける。
宇宙線で焼かれたデブリは分子結合の崩壊が進み、こちらの時間抑制防御複合装甲に、ぶつかるたびに砂のように散っていく。
トタン屋根の田舎のバス停のトタン屋根を雨が叩くようなリズムの音が響く。それはデブリの衝撃音。機体内の残存空気を震わせて私の耳介をスーツ越しに叩いているからだ。
誰もいない、私1人のバス停を思い出しながら、細かな流れ星の中、速度を上げていく。
まるで私は、流星の海を逆走する、彗星。
もし、星が思考するならば、この光軸の嵐が星々の視界なのだろう。
補助された視野が、敵だった障害の可能性となるデブリや友軍機をピックアップして表示していく。
目の前に広がっている撃墜後のボーナスと化した、オマケのような残骸を避けて基地まで無事帰投するするミッションが残っている。
私の経験値を吸収し尽くしたマンマシーンは、セミオートでマッピングされた質量のある破壊性能の高い砲弾となった敵のマンマシーンだったゴミを避けていく。
ふざけ半分でオートドライブをカット、目の前に迫る敵残骸をマニュアルで爪先で蹴る。物理慣性が働き、抵抗と機動変換で加速される。そこからブースターを軽く噴かせてアンバランスな軌道から円を描くよう更に加速。
後続の自軍機への障害物は敵巨大残骸にぶつかり、いくつかは大気圏突入コース、太陽に隠れた空に幾つもの軌跡を描いていく。
存在意義をなくしたジャンク化したマンマシーンの遺骸と巨岩は地上に到達することなく燃え尽きるだろう。
ボーナスポイントが入り、私の電子マネーに加算されていく。
表層の装甲板の時間抑制が現実時間の代謝に変わり脱皮をするように薄皮一枚のゼラチン膜のような装甲が剥がれ、月光に晒されて四肢を伝わって広がる。
羽ばたくように駆動すると、蝶の羽のように広がった半透明の金属製の膜は七色の光を反射させてから青く輝き霧散してく。
無駄のない動作でミスもなく私は剥離活動を行うが、通常はこうも器用にできない人が多いそうだ。
私はここでは「ムーンバタフライ」と呼ばれている。
ラグランジュポイントにあるミューニ32番基地となった資源衛星に着陸する。
「お疲れ様でした。任務ご苦労様です。機体の修復及びエネルギー補給までの間、リラクゼーションをお楽しみください」
聞き飽きたAIナレーションが響く。
「ありがとう、お疲れ様。今日はここで上がりますからね。あとはよろしくお願いします」
AI相手でも丁寧に喋る。
この丁寧な伝達をするだけで修復もメンテナンスも指向性がポジティブ化し、効率的になる。
習慣化したヒューマニズムの延長は、アミニズム的な響きを超えて、現実に即した唯物論的世界にも影響を及ぼす。
言霊が持つ意味は、実態的な社会データに蓄積され、機械の信頼性に繋がっていく。
それはどこの世界でも変わらない。
視界の片隅に、邪魔にならない程度の着信アリ。
「アゲハ、明日の仕事もよろしくね」
本名宛で直通が入る。ちょうどキリがいい。
ーLog Outー
頭から被った、空間コンピーティング兼VRギアを取り外す。
目の前には、見慣れた寝室。
ギアを取り外した瞬間から、いつもの自分の部屋。
宇宙の残像が残るギアの中は彼方、仮想の宇宙の残影、網膜と網膜用モニターに星空の軌跡が流れている。
見下ろす自分の体は宇宙服でも、可視化に広がる全方向視界性VRの宇宙空間ではなく、ベッドを椅子がわりに座り込んだ自分のパジャマ姿だ。
手元の携帯端末には、先ほどの母からの通知とゲームのスコアが表示されている。
そんなわけで、今月のお小遣いとオマケは稼いだ。
これがないと、まるでゲームなんてやる気はしない。
無駄に拘った本格派の物理的演算システムが豊富なゲームは、あまりにも退屈で、予測プログラムを駆使して加速してコミュニケーションツール以外は現実物理の数倍速に切り替えて、さっさとクリアしている。
理論値で私はとっくに今のステージを予測された状態でクリアしているが、サーバー上の物理演算では数十分前の私が等倍で動いている。
その様子を通常の外部液晶で見て、自分が実行した行動がスローモーションのように見える映像で敵マンマシーンをノーダメージで撃墜した映像が見える。
そこで、モニターの電源を切る。
数分後に私がクリアした映像が映るのはいつも通りだろうから、このまま放っておけばいい。
最高のスコアを取得しても、何も、現実は、変わらない。
マイナーなゲームのランキングで今回も1位を取得したけど、参加者は少なく、私のスコアは変わらずじまい。
枕元の充電器にセットして、部屋の明かりを消して眠る。
カーテンを閉めた夜空に流れ星が見えた気がした。
よく晴れた青空が憎いのは、私の不自由の象徴だ。
拡張VRグラスから見える景色はデジタルの残骸だらけ。
青空を覆うほどの巨大なデジタルで構成された機構群。
誰かがARで見える世界に書かれた現実世界では見えない。
まるでゴミの埋め立て場、リサイクルの果ての見捨てられた場。
デジタルの筆跡のビット深度が低い大雑把な「SOS」は埋もれない。
何十年も前の芸術的、新しく有用だったデータが蓄積されている。
オリジナルのデータの上に多重に積み重なった履歴だらけのNFTがベースの落書きやノイズは消えることなく堆積していく。
デジタルの巨大な機械は時たま、グラスをつけると増えている。
腐らないデジタルの現実に存在しない巨大建築物のような塊が、いくつも私の見る山頂から田んぼだらけの私の家の周辺に、埋め立て場のように降り積もっていた。
私が小さい時から、春に田植えをして、夏までに深い新緑になるまで育て、夕日に染まったように染まった作物は、冬には枯れ果てていくのに、時間を超えて私が小さいころから空を覆うような大きな仮想の機械群は時間と共に巨大化していく。
ーー次の掃除は今度の土日かな。
巨大な機械には、何か意味はあるのかと、思いを巡らせてパズルを組み立てるシミュレーションを頭の中で退屈凌ぎにしていく。
裸眼で見上げた現実の空は遠く、蒼く、深く、広く、果てがない。
拡張グラスの空は、色とりどりの落ちることのない彩度のまま、文明の遺産の幽霊を写す。
壊れることもなく、私の生まれる前から現実の私に影響を与えることなく輝き続けているデジタル粗大ゴミ。
グラスを外せば消える世界。選ぶ視野で世界は変わる。
自然保護区と大量農場の管理と資源コントロールが、私たち家族の仕事。
歩き慣れた緑の草原を切り裂く山道を歩いて、山頂まで登り切る。
自分の汗ばんだ体臭の、獣のような匂いが嫌だ。
自分が文明の中の知性体ではなく、野生の中の獣の一つだと思い出させられる。
汗と湿度で皮膚にベトっとへばりついた通気性の悪い、安価な化学繊維のシャツが気持ち悪い。
「仕事を終えたら、お風呂に入らないと」
言葉にして足を進めて、仕事を早く終わらせるという意識を固める。
山頂の大型観測機に到達する。
周辺の環境をスキャンするセンサーは、高精細なレンズの上に強固なカバーで覆われている。
それを清掃するのはドローンではなく、私たち人間だ。
「機械様」の恩恵に預かるために、人間が機械に奉仕していく。
王族や貴族の体を磨く奴隷のように、高域センサーがついた管理センサーの筐体についた花粉や埃を払い、磨く。
内部清浄機のフィルターも引き抜き、新しいものに交換する。
ドローンも、清掃ロボットも、AIも、現行人類以上の繊細さは持ち合わせていない。
その曖昧とした概念にたいしての論理的に正しい判断以外を持ち合わせない機械群の思考形態は個人の不幸か幸せかを測る物差しになっていない。それがよいことなのか、未だわからない。
何か、間違っている気がしないでもない。
「アゲハさん、ありがとうございます。おかげでこれから一ヶ月は正常に空間情報を記録できます。機能の正常化に感謝します」
清掃が終わると、現金なことに半日ほど私の端末に苦情を言い続けてきたAIからのアラームはピタッとおさまり、ご機嫌取りの言葉といくつかのパターンから、私を気遣う言葉を女性の声で伝えてくれる。同時に清掃の終了は母の端末が受信し、既読になったことも即座に伝えてきた。AIの感謝に私たちのような感情があるかどうかわからないが、これも円滑に人間とコミュニケーションをするために彼らが獲得した処世術でもある。
お互いの役割と、生存権と、繁栄と、相互補完のための手段だ。
私は、たどたどしくも「お、お疲れ様です、ありがとうございます」と言い返した。
これらの作業のために、体を動かすことは身体性の調節も必要なのだし、私という個人が人間という生き物の器である限り、必要な行動であることは理解している。それでも不満を持つというのが人間だ。
リアルな目では、山間のかつての廃村だった名残は使われなくなった幾つかの家屋に見て取れる。見下ろした平野のほとんどは水田であり、山を吹き抜ける風で稲穂が波を立てていく。これら全てが私たちの管理地だ。
機械化され、AIでコントロールされたドローンによる穀物の生育、品種改良され病気にも強い食物、AIによって適切にコントロールされた水分量、できるうる限りの作業工程は機械化され、それらを調節するエンジニアとして父は働いているが、それ以外の機械化されていないアナログな作業は私たち人間が機械にできないことをしなければならない。
ロボットより、人間に経費を使ったほうが安い事柄はあまりにも多い。未成年の私がする仕事は父の仕事の補佐でもあるが、溝掃除やドローンの清掃や器具の整理整頓と人間自体に任せられた仕事があまりにも多く、私の青春という日々はそれなりの労働と賃金の獲得に消費されていく。
義務教育から高等教育、大学の専門分野は効率的に学んだのでライセンスは大丈夫。
それ以外の問題は、現実境界接触障害(コミュ障)の私自身だとわかっている。
AI相手に言葉が詰まるんだからどうしようもない。
そして、山を下る。
山肌の果実のならんだ畑をドローン達が実ったものを判断して回収していく。
夜のうちに全部まとめてパッケージングされて私が寝ている間に朝の市場に並ぶだろう。私はその市場を映像でしか見たことはない。
ここで生産されたあらゆるものは日本各地にオートで運ばれる。
私だけが、ここに取り残されている。
一人、ドローンに囲まれて降りていく。
強い日差しと優しく吹く風が木々の匂いとわずかに混じる花の香りが、私の動物のような肉体を誤魔化してくれるような気がした。