Flaming/03
期末試験も近い。
須美ハルカは知らない田舎を一人歩く夢を見た。
星が綺麗な、透明な空を見ていた。
「現実逃避かな」
あの事件は担任の祠堂は病院に入院しており、その生活保証AIの暴走事故として処理された。
適当に処理されたような不可解な事件の顛末に自分が中心であったはず。
無関係なところですべてが終わらされて自分は梯子をいきなり外された。
それは中学時代の陸上部で挫折したときのような焦燥を思い出させた。
聴覚過敏からのスターターピストルの音に緊張しすぎて自律神経を害した。対処としてオンライン授業と通常授業の並行で受けている。
あの事件で少しばかり、あのスターターピストルを思わせる音の後に崩壊した祠堂のバラバラになった音がハルカの頭の中に響き続けていた。
そのリハビリのために、ハルカは梅雨の湿度で憂鬱を加速させる気持ちを気力で押しのけてリアルな授業に向かう。
ランサムウェアのトラブルもデフラグも落ち着きを取り戻し、街は普段の景色。
ノイズキャンセリングヘッドホンをかけたハルカが見る雨の中のバスの中の案内は公共の電光掲示と広告が繰り返している。
信号の点滅、広告の明減、車のウィンカーの点灯、バラバラの煌めきの洪水に法則性を見出そうとする自分の無意識に疲れたハルカは目を閉じた。
『お、おはようございます』
心配そうな声で佐藤がハルカに声をかけてくる。
「おはよう、今日もよろしくお願いします佐藤さん」
『……須美さんってゲームしますか』
「いや、長続きしなくてね、全然しないんだわ。私、集中できる時間は短めだから」
なんとなく、ハルカは佐藤が自分達以上にあの事件の本質を知っているんじゃないか、と思った。普段は聞かないことを聞いてきたこともあるが、その直感をもとに喋るのは正しいこととは思えなかった。
「おっす、おはよう。元気なさそうだな、セットで」
トワはなるべくいつものように声を掛けるが分からない物はわからないままでいいだろうというスタンスに振り切った調子だ。
『お、おはようほざいます。トワさん』
「おはよ、トワ」
「祠堂先生、一応意識はあるし、今度会いに行こうかと思っているんだわ、帰宅部同士一緒に行くかい」
「あの、一応コミュ部なんだけど」
『私は遠隔地ですけど』
「アナログのコミュニケーションって大事だと思うよ、お二人さん」
「おっしゃるとおりだ、そのおかげで変なストーカーは撃退できたしね」
「ここに物理的犠牲者がいるんだが」
水口が手を挙げながら言った。
「オタクくんはなんかああいうやつの正体とか興味ないの」
「ないね、僕程度のレベルじゃ全然わかんないし、佐藤さんだって無理なら交通事故って思うしかないよ」
諦めた口調で水口は喋る。オタクと呼ばれる程度に探究心のある彼も何もわからないのでプライドはズタボロのようだ。
「だけど、こういう事件っていくつかあるみたいだよ。謎のストーカー。変な情報公開とかされる前に消えてよかったじゃん。大変だよ、個人情報の消去とかさ」
デジタルストーカーは収集した情報をオープンなSNSなどに匿名で投下を繰り返す輩がいることは定期的に報道される。
自分が、そうなることへの不安はハルカは否定できないでいる。
やましいことも、うしろめたいこともなくても、それはどれだけでも捏造できる。
『でも私が見た限り、収集されたデータは根こそぎ消えていますよ、だから安心してください』
「佐藤さんのいうとおりだ。あのアニマルズ自体の過去のデータの履歴の積層自体が削除されている」
水口が携帯端末のマップを開くとそこにはぽっかりと空間が空きDATALOSTの文字の羅列ばかりだ。
トワが水口の端末で画面を縮尺していくとまるで爆発したようなクレーターのようなデータの強烈な削除履歴が広がっていた。
「めちゃくちゃだなこれ」
「道理で専門外っていうわけだ、先輩のご両親」
「事件は終わっているけど証拠全部隠滅しているだけじゃないの、これ」
『とりあえず観測できるデータはないので拡散はしないですけど都市伝説になりそうですね』
「自分がモデルの都市伝説ってイヤだな。ちょっと小遣いがやばいけどまあいいや、ヌードルストリートに行こうか。こういうときはご飯を食べてスッキリだ。こういうことはさっさと切り替えたほうが精神衛生を保つ最善策だよ」




