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第39話 まひるの花嫁。


 撮影は、すぐに行いたいらしい。

 シャワーを浴びると、すぐに会場に向かった。


 会場は、本番さながらの装飾がされている。

 神前式といっても、披露宴を同時に行えるようになっており、和洋混合といった様相だ。


 会場には、皿や花が並び、十数名のスタッフさんやメイクさんがいる。


 たしかに、これで中止にはできないよなぁ。



 しばらくすると、衣装担当の人がやってきた。新郎は紋付袴だ。五紋が入っていて、本来は自分の家紋を入れるらしいが、今回は宿の創業家の紋が入った袴ということだった。


 おれは、写真の取り扱いなどの注意事項の説明を聞きながら、黒紋付羽織袴を着せてもらう。


 続いて、まひるが出てくる。


 男性スタッフから「おおっ」という声があがる。


 俺と目が合うと、まひるがニコッとした。



 撮影のために髪のトーンを落としていて、俺の中のまひるが真夜と重なる。



 まひる。


 いや、初春 真夜。


 その姿は美しすぎて、泡沫うたかたの夢のようだった。


 

 黒い色打掛。

 すそから袖口にかけ、無数の鶴が飛んでいる。

 そのいずれもが、暗雲の隙間から漏れ出す金色の朝日をつたい、新婦の胸元を目指すかのようなデザインだ。


 髪の毛はアップで、胡蝶蘭の髪飾りがあしらわれている。


 化粧もプロのメイクだけあり、妖艶でいて初々しい、まひるの魅力を十分に引き出すものだった。


 俺は彼女を見た瞬間、不覚にも扇子を落としてしまった。


 恋に落ちた気がした。


 その様子を見たまひるは、クスクスと笑っている。


 彼女と結婚できる男は、本当に幸せ者だと思う。



 そこからは、スタッフさんの言うままにポーズをとり、披露宴用の懐石でファーストバイトをしたりして、つつがなく撮影は終わった。


 撮影が終わって、解散かな? と思っていると、スタッフの方々が、モーゼの海割りのように、花道をあけてくれる。


 そして、皆が俺とまひるの方を向いて、手を振っている。


 まひるにどういうことか聞くと「分からない」と。ただ、女将さんに「結婚式はしたの?」と言われて「してない」と答えたらしい。


 すると、女将さんが前に出て話し始めた。


 「みなさん、このお二人。実はまだ結婚式をあげていないらしいのです。略式ではありますが、この場を借りて、結婚式をしてあげませんか? 皆様には参列をお願いします。宴の料理も準備させましたので……お酒も飲み放題です!!」


 すると、会場のスタッフから、拍手喝采がおきた。



 どうやら俺らは地味婚の夫婦と間違われてるっぽい。っていうか、そもそもセフレなんですが……。


 いまさらそんなことを言い出せるはずもなく、すぐに式典が始まった。


 さっきのように、まひると並んで歩き、本殿の前までいく。


 すると、撮影用にはかまを履いていた神職役の副支配人さんが、祓詞はらえことばを奏上しながら、紙垂のついたさかきの枝をふる。


 「祓え給い、清め給え……」


 俺とまひるは神前でこうべを垂れながら、それを聞いた。


 一同が起立すると、副支配人さんは、厳かな声色で祝詞のりとを奏上してくれた。


 「けまくもかしこそれがし神社の大前に……」


 副支配人さんが榊を止め、女将さんの方をちらっと見る。

 

 「本来ならここで、三々九度と誓いの物品の交換があるのですが……」



 あっ。


 おれは、近くに置いてあったバッグの中をごそごそする。

 

 『たしか、ここに……』


 あった。


 おれはそれを袋から出し箱を開けると、神前に戻る。


 まひるの左手首に自分の左手を添え、左手の甲を上にしてもらう。そして、まひるの左薬指に指輪をはめた。


 この指輪は、この前の学祭の時に思いついて、旅行のどこかのタイミングで渡そう用意していたものだ。


 俺の給料的には頑張った指輪。

 白金で、まひるの指で青白く輝いている。


 まひるは、目を見開き、少し驚いたような顔で自分の左手を眺めると、目を閉じ、左右の手を胸の前で重ねた。


 そして、拭うこともなく、静かに涙を流した。



 『着物が汚れてしまう』

 

 俺が女将さんの方をみると、女将さんは『構わない』とでもいいたげに首を横に振る。


 その様子をみていたカメラマンが、写真を何枚か撮っていた。サービスで写真もくれるのだろうか。


 その後は食事を出してくれて、披露宴という名の慰労会が始まるのだった。



 宴もたけなわの頃、女将さんが挨拶にきてくれた。おれは色々と良くしてもらったお礼を言う。


 すると、女将さんは『そんなことはない』とでも言いたげに、手を振る。女将さんは正座をして言葉を続けた。

 

 「今日は本当に有難うございました。この宴はお礼の一部だと思ってください。謝礼金は高咲様に断られてしまいましたので、せめて、こちらをお受け取りくださいませ」


 そういうと女将は、この旅館(翡翠館)の宿泊券を差し出した。そして、女将は俺に耳打ちする。


 「……それと、本当に披露宴をする時には、ぜひ当館で。格安で承りますよ」


 そう言いながら女将はニッコリするのだった。


 

 まひるは……、指輪を嬉しそうにニコニコしながら擦っている。


 まひるが言う。


 「真似っこだけど、結婚式しちゃったね。本物の神主様じゃなかったけれど……」



 すると、それを聞いていた女将がウィンクした。


 「あっ、当館の副支配人は神職の資格があるので、本物ですよ。ですので、略式ですが、先ほどのは本物の神前式です」


 えっ。

 俺たち、神様の前で誓っちゃったの?



 これ……。

 まひるを裏切ったら、罰とかあたりそうだな。

 



 (後日談)


 1ヶ月程して、完成したパンフレットが送られてきた。その表紙に採用されていたのは撮影用の写真ではなく、なんと、その後に撮った、まひるが指輪に手を添えて涙を流している記念写真だった。

 

 女将からの手紙が添えられていた。


 「本当に美しく良い表情だったので、記念用の写真を採用させていただきました。その他にも記念用の写真が何枚かありますので、是非、ご覧になってくださいね」


 そういうことか。

 さすが老舗旅館の女将さん、抜け目がない。


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