第36話 ある秋の旅行。
紅葉もすっかり終わり、本格的に寒くなってきた。
朝、起きる度に、その寒さから心地よさがなくなってきて、一年の終わりも近いのかなぁと感じる。
学園祭の後、色々バタバタしていて忘れかけていたのだが、ビンゴ大会でもらった温泉宿泊券の有効期限が年内なのだ。
草津温泉で雪が降るのは、例年12月後半からということで、雪が降り出す前に行こう、ということになった。
旅行当日になり、車で、まひるの家の近くに迎えに行く。家を出る前に現地の天気予報を確認したが、特に雪や雨の心配はなさそうだ。
よかった。
雪といえば。
車の運転をしながら、子供の頃に、真夜と喧嘩したことを思い出す。
子供の頃、数十年に一度の大寒波があり、都心でも11月に雪が積もったことがあった。
確か、今くらいの時期だったかな。
降り積もる雪を見て、真夜が「秋なのに雪が降った〜」と言ったのだが、俺が「立冬を過ぎているから冬の雪だ」と言い張って、真夜を泣かせてしまったのだ。
今思えば、どちらでも良いことだ。
当時の俺は、変に老成ている所があり、生意気だったのだと思う。
約束の時間より早く、待ち合わせ場所に着いた。
すると、既にまひるが待っていてくれた。
両手で大きなバッグを持っている。女性は色々と準備が多くて大変そうだ。
まひるは、白いニットにダウンを着て白いマフラーを巻いている。普段はコートが多いので、ダウンのまひるも可愛い。
『草津は寒いぞ!』と予告していたので、厚着をしてくれたようだ。
まひるのバッグをトランクに入れ、車に乗り込んだところで質問してみた。
「雪は大丈夫みたいだ。まだ秋だし、雪なんて降らないよな?」
するとまひるは、首を傾げた。
「えっ、もう冬だし。降っても変ではないと思うよ?」
俺が子供の真夜と同じことを言って、まひるは俺の子供の頃と同じことを言っている。まひるが子供の俺のことも覚えていてくれるようで、なんだか感慨深い。
まぁ、サマータイヤなので雪が降ると本気で困るのだが。
そんなことを思っていると、まひるがこちらて笑った。
「ナギくん、どうしたの? 変なナギくん」
草津温泉を目指して関越道を走る。
ずっと向こうの日本海側は、雲がどんよりとしていて暗い。
『関越トンネルの向こうは天気が崩れているのかもしれないな』
向かう先の暗雲とは対照的に、まひるはご機嫌だ。見繕ってきたリストの音楽をカーステに接続して聞いている。
まひるは、時々メロディを口ずさみながら、景色を眺めている。お気に入りリストには韓流アイドルと往年の歌謡曲が多い。
イケメン好きなのかオジサン好きなのか、ハッキリしてほしい。
あっ。
俺はひとつ大切なことを思い出した。
「ちゃんとパンツ履かないで来た?」
すると、まひるは鼻歌をやめ、俯いて小さく頷く。そして、ニットの裾を、貴族の挨拶のように両手で持ち上げた。
まひるは、耳を赤くして、きょろきょろしながら聞いてくる。
「あの、もうこれ下ろしてもいいですか?」
俺は、その言葉を無視して、まひるの下半身に指先を滑らす。
すると……。
その言葉とは裏腹に、期待感で溢れているようだった。
俺は意地の悪い口調で言った。
「イヤって言っても、こっちは、そんなことなさそうだよ?」
「うぅ……」
すると、まひるは黙ってしまった。
すまん、まひる。
このプレイに深い意味はないのだ。
ただ、女の子と旅行に行くことになったらやってみたかったんだ。
俺は、高校を卒業してからも、恋愛に対して相当にやさぐれていた。
そのせいか、出かけるのも、相手の子が行きたいと言う場所に、付き合うくらいだった。
旅行に誘われることもあった。
だけれど、セックスの後は相手への興味が失せてしまうし、次の日も拘束されるのがイヤなので断っていた。
だから、女の子と2人で旅行に行くこと自体が新鮮で。それが好きな相手となら尚更だ。
まだ目的地はずっと先なのに。
俺も少しだけ、はしゃいでいるのかもしれない。
……と、ちょっとカッコつけては見たものの。
実は、俺も相当に浮かれているらしい。
楽しみすぎて、昨日は色々調べまくってしまって、よく眠れなかった。バックミラー越しに見える自分の顔は、目の下にクマができている。
「ナギくん、目の下にクマできてるよ〜?」
まひるがケラケラと笑う。
でもさ、一つ言いたい。
まひる。お前もクマできてるぞ?




