一話 笑うって素晴らしいことだと思いませんか
白い雲に紫色に染まる空、荒れ果て枯れた大地。
そして一際存在感を放つ禍々しく聳え立つ黒い洋風の城。
俺が異世界に来て初めて見た光景はそんな感じだ。
「幸人さん、あれが魔王城です。まずはあそこに移動しましょう。あと歩きずらいので少し離れて下さい」
「だ、だって、いきなり魔物とかモンスターとか出て来たらどうするんだよ。俺、武器の一つも持ってないのに」
我ながら情けなさを極めていると思いつつも、アメッコの近くから離れるのが怖かった。
地球でだって熊を嵌める罠を作る時、実は結構怖かったぐらいだ。
熊より恐ろしい生物がいるであろう異世界、それもこんなラスダン風の場所で丸腰でいるなんて、正直気が気でない。
何故せめて魔王城の中に直接行かなかったんだ。
「困りますね、魔王になる人がそんなビビりでは……この辺りは危険な魔獣は出ないので安心して下さい」
「ほ、本当……?」
確かに周りをさっきから見渡しているが、生き物の影はない。
とりあえずは大丈夫なのだろうか。
「仕方ないです。魔王城に着いてから話そうと思ってましたが、やっぱり今説明してしまいしょう。幸人さんの使えるチート能力のこと」
「え! チート!?」
その言葉に、俺のテンションは跳ね上がる。
迂闊にも失念していたが異世界転生にはお約束の代物。
最強の武器が労せず手に入るという訳だ。
「やったぜ、これで怖いものなしだ。いや流石、太っ腹。神様女神様アメッコ様ですわ本当」
「言っておきますが使いこなせるかどうかは幸人さん次第ですからね」
ちょっとがっつき過ぎたか、アメッコが若干引き気味の様子を見せる。
申し訳ない。
だが、日本男子の夢を目の前にした俺の心中もどうか察してほしいところ。
「能力の名は……『ラフ・メーカー』です。どんな能力か想像出来ますか?」
「……部屋を洪水にする能力?」
「何でそう思ったんですか?」
「何となく?」
…………………………。
「えー、全然違います。『ラフ・メーカー』は相手を強制的に笑わせる能力です」
しばしの沈黙を挟み、アメッコが答えを口にした。
「そうか、やはりな。俺も実は最初っからそうだと思ってたんだ」
「私は最初から幸人さんのことを馬鹿だと思っていましたよ」
酷い言われようだと思ったが、悪ふざけた発言をした俺も悪いと言えば悪い。
しかしそれよりも本題に切り込む。
「冗談はさておき、強制的に相手を笑わせる能力か。笑いを司る女神らしい素敵な能力だと思うよ。他にはどんな能力が……」
「他なんて無いですよ? 『ラフ・メーカー』のみです」
「え?」
俺、最初っから嫌な予感はしてたんだ、こればっかりはマジで。
「嘘だろ……そんなんでどうやってこの先やっていけばいいんだ。もっとこう無双出来る様なチートは無いんですか?」
「無いです。私は笑いを司る女神ですから。それに睨めっこなら無双出来ますよ」
キッパリと希望を断たれた俺は思わず発狂しそうになるが、そこはグッと我慢する。
「くそっ! 何が睨めっこだよ! 相手を笑わせるぐらいチート無しでも俺だって出来るわ!」
「ほう、そういうこと言いますか、笑いを司る女神を相手に。ならやって貰いましょうか。何をするかは知りませんが、そう簡単に私を笑わせられると思ったら大間違いーー」
三分後。
「〜〜〜っ、っ、っ! 〜〜っっ! はぁ、はぁ……! あっ、はははは……! あはははははは!」
アメッコは息が詰まりながら笑いまくっていた。
つい勢いで言ってしまい、笑わせられると構えてる相手を笑わせるなんてハードルが高く。
且つ、それにこの鉄仮面幼女の顔に笑う機能が搭載されているかどうかも疑問……だったのだが。
「ハハハハハハ、笑いすぎだ」
案外、アメッコの笑いの沸点は低かったようだ。
想像以上に爆笑してくれた。
こっちまで釣られて笑えてくる。
「あはは、ふふふ、や、やってくれましたね。はは……今度は私が笑わせる番です!」
「うわっ!? おい、こちょこちょは反則あははははは! やめて、ははははは、首の下は弱いんだギャハハハ!」
猫みたいに飛びついてきたアメッコにくすぐられ、物理的に笑わせられる俺。
抵抗するがこの幼女、びっくりするぐらい力が強くて引き剥がせない。
ならばと、俺もやり返す。
「ハハハ、アメッコこのやろー! おもしれー! やっつけてやるからな! ハハハハハ!」
「きゃあははははは! やだあ! 脇の下はやめて下さい! あははは!」
そして数分後。
「はぁ……はぁ、何やってんだ俺たちは」
「はぁ……はぁ、ふふ、でもこんなに笑ったのは久しぶりですよ……楽しかった」
笑いすぎて息絶え絶えになった俺とアメッコは、地面に大の字で横たわっていた。
アメッコは随分と満足した様子だが、俺は無駄な体力を使った気がしてならない。
「幸人さん。笑うって素晴らしいことだと思いませんか」
「ん、まあ、そうだな」
確かに疲れたし、状況は何も変わってないが、曇天模様に不安だった気分はだいぶ晴れていた。
笑うってことは特別なことではないから、考えたこともなかったが、そう思うと素晴らしいことなのかもしれない。
「……どうしてみんなが笑い合える世界にならないのかなぁ」
「……さぁな」
独白に近い呟きだった。
それはアメッコが望む世界の理想像なのだろうか。
アメッコ・ニラメッコという女神の本心を垣間見た気がした俺は、それならばと疑問をぶつけることにした。
「アメッコ、一つ質問してもいいか」
「何ですか、幸人さん?」
アメッコの望むであろう世界と、アメッコの言ってた役割は矛盾していると思うからーー。
「アメッコはこの先どうしたいーー」
ーーと、俺が言葉を紡ぐ直前。
背後から何か重いものが落ちてきたかの様な轟音が響いた。
二人して振り向くと、舞い上る砂塵の中からそいつは姿を現した。




