十一話 襲来、『人類の象徴』
四天王が三人になって数日。
室内中に、火事の非常ベルの様なデカい音が鳴り響いた。
「え? え? 何? 火事?」
俺はとりあえずテーブルの下に避難すると、先客と目が合った。
「幸人さん、今のは敵襲を知らせる警報です。火事ではありません」
「何だ、火事じゃないのか。よかった」
「何もよくないです。火事よりも大変なレベルの相手が来てます」
「そうなのか? でもあの三人の戦力に『ラフ・メーカー』があれば大抵の敵は勝てそうだけどな。数が多いとかか?」
「いえ、相手は一人です」
「なら余裕だろ。とりあえず俺が適当に話してみるから穏便にお帰り頂こう」
「幸人さんは行っては駄目です」
「何でだ?」
「幸人さんも鈍いですね。魔王城にまで来るという事は普通の相手ではないという事です」
「……まさか『人類の象徴』?」
「そうです。それも警報が鳴る程に接近しているという事は……勇者か英雄の『人類の象徴』だと思います。一人で何万人分の戦力に匹敵するか想像もつかない相手です。下手したらマジでやられます。もっと危機感を持って下さい」
「……前に取り分けヤバいって言ってた奴の一人か。オッカスとマギナさんとルトラが三人がかりで『ラフ・メーカー』のデバフを相手にかけたとしても無理か?」
「勝てる保証はありません」
「マジか……でもそれなら尚更、俺も言った方がいいんじゃないか?」
「殺られるから駄目です。『人類の象徴』の目的は十中八九、魔王の討伐。ここに来た以上は新しい魔王が生まれた事に気付いている可能性が高いです。何度でも言いますが、幸人さんがやられたら全て終わりです」
「……じゃあどうすればーー」
と、その時。
腹の底にまで響く様な爆発音が鳴った。
それもかなり近くからだ。
「正門の方からです。既に戦闘は始まっている様です」
「……正門を見渡せる部屋があったよな」
俺はテーブルの下から出て、その部屋へと走る。
「さ、幸人さん! 待ってーー」
「こっそり窓から見るだけだから!」
俺はアメッコの静止を振り払い、正門が見渡せる部屋に向かった。
『人類の象徴』に見つからないようにこっそりと状況を確認するつもりだ。
「ーーあの人か? 『人類の象徴』は?」
「……彼が来ましたか。そうです、あれがーー
ーー『英雄の人類の象徴』、アイレン・スカーレット」
四天王三人が戦っているのが遠くに見えた。
黒髪の全体的にモノクロの服装な印象のゲームの主人公みたいなビジュアルの青年だった。
⭐︎
「『熾烈万雷雄々しく咆えろ『火天猩猩緋色』』」
「『灰燼『フラムステラの塔槍』』」
「『慧芽羅流怒光線』」
オッカス、マギナ、ルトラ、それぞれの大技がアイレンに向かって放たれた。
緋色の熱線と翡翠色の光線、白く輝く巨大な塔が流星の如く大地に突き刺さる。
人ひとりに与えられるには過剰と思える力の奔流が渦巻き大地を蹂躙した。
「〜〜〜〜〜〜っ! やり過ぎだろ……! 跡形も残らず死んじまったよあれじゃあ……!」
「ーーどうでしょうか……!」
俺とアメッコは咄嗟に床に伏せて衝撃から身を守っていた。
部屋は無事だったが、窓は割れて内装は埃の様に吹き飛んだ。
それにしても本当にやり過ぎだ。
何も殺す事なんてないだろうに……!
「おいお前ら! やり過ぎだろ! あんなの喰らったら絶対に死んでる!」
「幸人さん! 出たら駄目でーー」
窓から体を出して三人に向かって俺が叫ぶ。
それと同時だった。
急に目の前に黄金色の膜が出来たのは、
「ーーえ、何これ」
「これは……『黄金雷球』、ひゃ!?」
「だ、大丈夫かアメッコ!?」
よく見ると俺の体は黄金の球体に収まっている状態だ。
薄くて外側は見えるがピリピリと電流が走っている。
アメッコが触った時に静電気の様にパチっとしたのはそのせいだ。
「出れないんだけど、何だこれ」
「これはアイレンさんの魔法です! 幸人さん、何とか内側からーー」
しかしアメッコが全部言い終わる前に、俺の体は勢いよく球体に連れられ外に飛び出した。
ジェットコースターに乗った時の感覚を味合うこと数秒。
俺はグラウンドゼロのど真ん中に来た。
すなわちーー。
「……あんたか、新しい魔王ってのは」
「……そ、そうです」
大爆発で起きた空まで届く巨大な煙に囲まれて、俺はアイレンの目の前に居た。
特段異質といった印象は受けない。
ただの美丈夫だ。
「否定しないんだな」
「……確か、魔王の“位”とか言うので俺が魔王かどうかって分かるんだろ?」
そう言えば結局その“位”が何か聴いてなかったが、マギナもそれで俺を魔王と判断していた事を思い出す。
「そうだ。その“位”が魔王である事の証明。それがなければ幾ら名乗ってもただの自称に過ぎない」
「……」
そうなのか。
それで前にアメッコがオッカスは魔王になれないと言ってた訳か。
「さっきはうちの四天王たちがすいません。ご無事で何よりです」
本当によく無事だったな。
パッと見、怪我ひとつない。
「……何で魔王が俺の心配をする? 普通は逆だ。俺が誰だか知らない訳じゃあないだろう」
「いやー、知ってはいるけど、何も殺す事ないと思ったから」
「『人類の象徴』たちはあんたを殺すつもりでもか?」
「ぐっ……そ、そこは何とか話し合い出来ないっすかね」
「話し合い、な……」
アイレンは息を一つ吐くと、何やら考えている。
ところでやっぱり俺は殺されるのか?
『ラフ・メーカー』を発動しようと思うが、この距離では下手したら先にやられるかもしれない。
ここは妙な動きを見せない方がいいのか。
「そう言えば名前を聴いてないな。俺はアイレン・スカーレットだ。一応『英雄の人類の象徴』なんて呼ばれている」
「……御弓 幸人。一応、魔王なんて呼ばれてる」
「ははは、そうか……なあ、幸人。あんたとはゆっくり話したいが時間がねえから一つだけ教えてくれ」
時間がない……?
「幸人は何で魔王になったんだ? 理由によっては、俺の立ち位置が変わるかもしれねぇ」
「ならないと地獄行きだったから」
「……? つまり、脅されたって訳か?」
「正解! まあでも、今はそんなの気にしてないけど」
「じゃあ魔王も嫌々やらされてる訳か」
「う〜ん? 嫌って言うか何て言うか……上手く説明出来ないと言うか……」
改めて考えるとどうなんだろう?
アメッコたちの事は好きだが、魔王として世界を絶望に陥れるのは嫌だ。
でもアメッコの女神としての役割はそれだし……。
いや、アメッコ本人は違そうだったっけ。
「幸人……俺と来い」
「え」
俺がもやもやしていると、アイレンが唐突にそんな事を言った。
「“位”は消せないが魔王なんかやめてしまえばいい。このままじゃ遅かれ早かれ『人類の象徴』の誰かに殺される。だが、今ならまだ間に合う」
「いや、それは……」
「幸人も元々は違う世界から来た人間だろ? それなのに何故魔王なんて重荷を背負わなけれゃいけない?」
それは当然、アメッコを、オッカスを、マギナを、ルトラを裏切る行為だ、敵対する行いだ。
でも……仮に魔王を続けてこの先、どうなる?
魔王軍を作って人類と戦争するのか?
殺しも侵略も、あいつらにやらせるって事?
俺もずっと命を狙われる?
……………………。
少し悩んで俺はーー。