十話 吸血竜の抱腹
「野郎ぉぉぶっ殺ちてやるバ、あひゃひゃひゃひゃひゃ! うっひゃっひゃっひゃっひゃっ!」
飛んでられないのか、地面を転がってゲラゲラと笑いまくるルトラ。
ルトラに『ラフ・メーカー』を炸裂させ、絶倒させる事に成功した。
『ラフ・メーカー』の射程距離は視界の範囲。
空を飛んで離れている相手であろうと発動する。
「ルトラ、さっきは申し訳ありません。大変失礼な事を言ってしまって」
「うひゃひゃひゃ! うるちぇ! ひゃひゃひゃ! 悪ぃと思ってんなら! ふひゃひゃこれを何とかしろバブ!」
そう言われ、俺は『ラフ・メーカー』を解除した。
一応後ろをチラッと見て、オッカスとマギナがいつでも反応出来るようスタンバイしてくれているのを確認する。
アメッコは俺の隣だ。
「ははは……ふぅ、マジで何とかする奴があるかバブ。今の状態のあたちなら煮るなり焼くなり好きに出来た筈だろバブ?」
「そんな事しないって、なあアメッコ?」
「そうです。ちょっとした手違いはありましたが、私たちはルトラさんに敵対する気はありません。むしろ仲間に誘いに来たのです」
「いや、本当に申し訳ない……」
俺が要らん事言ったせいだとアメッコの顔に書いてある。
「仲間ぁ? もちかちて魔王軍に入れって言うつもりかバブ? へっ、何であたちが。群れるのは嫌いだバブ」
「まだ四人しかいないけどな」
さっきまでの怒りはだいぶ和らいだようだが、ルトラに四天王に加わってくれる様子はない。
ならばと、俺は取引を持ちかけた。
「ルトラ、取引しないか?」
「あぁ? 取引だってバブ?」
取引という俺の発言に、アメッコ、後ろに控えてるオッカスとマギナもクエスチョンマークを浮かべている。
俺のアドリブで誰にも相談してないからだ。
「ルトラは血を吸う系種のドラゴンなんじゃないか?」
「……如何にもバブ。あたちは吸血竜。血を糧に生きる種族だバブ」
「それならよかった。俺は死なない程度、生活するのに支障が出ない程度にルトラに血を分ける。ルトラは魔王軍の傘下、四天王に加わる……てのはどうだろう?」
「……ふーん。まあ、魔王の血は悪くねえバブが……ちょっと考えさせろバブ」
そう言うと、ルトラは空へと飛び立った。
空中で一人考えるつもりだろうか。
「幸人、何故ルトラが吸血種ということが分かった? 私やマギナでさえ知らなかったのに」
「あぁ、血の池地獄を飲み干したって聞いてたから、そうなのかなと思っただけだよ。半分は当てずっぽうだな」
「でもよかったの幸人ちゃん、血を分けるなんて約束して」
「多分、大丈夫。俺のいた世界では体の健康チェックするときに採血する事があるくらいだ。少しくらいなら問題ないと思う」
俺が言うと二人はへぇ、といった感じに感心した様子だった。
ルトラが全然血に興味がなかったら笑わせたまま袋にして貰うつもりだったのは内緒だ。
「幸人さん、今度からは一言相談して下さい。特に自分の体を賭ける時は」
「気、気をつけます」
「……でも少しは見直しまたよ?」
⭐︎
それから数分後、戻ってきたルトラは承諾の返事をくれた。
無事、四天王の三人目が決まった訳だ。
そしてルトラは早速、血を寄越せと言ってきた。
「ちょちょちょ、待って。まさかそのまま齧り付く気か? 死んじゃうよ。ルトラは幼女とかになれないのか?」
「ちっ、しょーがねぇなバブ」
ドラゴンの顎に喰らい付かれそうになり、オッカスの背後に逃げ込む俺。
その体たらくにアメッコがさっきのは取り消すと言っていて悲しい次第。
「よっこらしょ……これでいいかバブ?」
ドロン、という効果音が似合いそうな煙と共に、ドラゴンの巨体が消えた後に立っていたのは、赤黒い色の髪をした素っ裸の幼女でーー。
「幸人さん、見ては駄目です」
「ぎゃあ!? 痛ぇ!? 普通、目を覆うとかだろそこは!」
瞬時に俺の体をよじ登って目潰ししてくるアメッコ。
ブスッと指を刺してくるとは、なんて酷い奴なんだ。
「ル、ルトラ。お前、そんな姿になれたのか」
「まあなバブ。この姿は燃費はいいバブが力が出ないからあんまならないんだバブ」
「ルトラちゃんも人が悪いわ、こんな隠してたなんて。ね、ぎゅーとハグしてもいい?」
「隠してた訳じゃーー、ひゃっ!? くっつくなバブ!」
「私と同じくらいの見た目ですね。これならはルトラさんではなく、ルトラちゃんでもいいですね」
「呼び方なんて勝手にしてくれバブ。んな事よりマギナを何とかしてくれバブ」
「結構いいものですよ?」
「そうよルトラちゃん?」
「勘弁ちてくれバブ」
「そっちの方が可愛げがあるな、ルトラ」
キャッキャする様子も俺には声しか聞こえない。
視力が回復した頃には、どこから用意したのかルトラはちゃんと服を着ていた。
多分、マギナの魔法か何かだろう。
「ふぅー、ふぅー、よち。じゃあ血を頂くぜバブ」
「優しく頼むよ……」
そんなに激しかったのか、息が乱れているルトラに腕を差し出す。
するとルトラは爪でピッと俺の腕に切り傷を付けた。
「痛い……」
「こんぐらい我慢ちろよバブ」
ルトラはその傷に、はむっと口をつけると、ちゅっちゅと吸い始めた。
まあ、とうもろこし食べる時みたいに齧り付かれるよりはマシか。
「……何か母乳をあげてる母親の気分だな」
「キモイです幸人さん」
はっきりと言われ、俺の心は凹んだ。
例えが悪かったな。
「ぷは……何か、素朴な味だバブ。あっさりもこってりもしてない普通な感じだバブ」
「そんなラーメンのスープみたいな感想が出るものなのか?」
自分の血の味のグルレポを聞かされても困る。
「にしても、幸人の血は全然魔力がねぇバブ。おめー本当に魔王なんだろーなバブ?」
「そう……だと思うよ、多分、おそらくは」
「そこは自信を持って下さい。幸人さんはこの世界ではなく魔力の存在しない世界から来たので血に魔力がないのですよ、ルトラちゃん」
アメッコが説明する。
そしてそれを聞いたルトラは何やら戦慄き始めた。
「何……だと、バブ。魔王レベルの魔力が混じった血が飲めると思ったのに……騙ちやがったなバブ!」
「ぐえぇ!? 何しやがる!?」
「うるちぇ! やっぱりこうなったらくびり殺ちてやるバブ!」
「この野郎! 自分が勘違いしたくせに! 許せねえ! これでも喰らえ!」
「あっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃ! 分かった、分かったバブ! あたちが悪かったから助けてバブははははははは!」
⭐︎
帰路。
魔王城に向かって飛竜に乗っていた。
「なあ幸人。ルトラが女の子になれる事も予想していたのか?」
「いや、俺の居た世界ではドラゴンの九割が幼女に変身出来るんだよ。だからだな」
「何、そうなのか。それに幸人の世界にもドラゴンが居たのか」
「いや、居ないよ」
「……? どういう事だ?」
「まあその内話すよ」
「お前の世界は不思議な事ばかりだな」
「この世界も相当不思議だけどな」
オッカスと平和に会話しながら焼ける夕日に照らされた空を眺めていた。
このあと起こる危機も知らないで……。