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プロローグ 泣く子に飴を

「ダーウィン賞というものをご存じですか? 自らの愚かな行いで死亡して馬鹿の遺伝子を途絶えさせ人類の進化に貢献した方に寄与される皮肉を込めた賞なのですが……」


「知ってます」


「見事、受賞したそうです。おめでとうございます。よかったですね」


「何もよくねぇよ!」


「あまりにも無様な最期でしたからねぇ……後から来た地元の人や警察の人も吹き出してましたよ」


「畜生! 死んだってのに笑いもんかよ! うわあああああああああああああああぁぁぁぁ!」


             ⭐︎


 生前、俺の実家はまあまあ田舎で山も近く、熊が出没するような場所だった。

 ある日、近所の爺さんが山で熊に襲われて大怪我したと聞き、敵討ちしようと俺は山へ向かった。

 しかしまともに戦っても勝ち目はない。

 そこで俺が考案したのは、その名もガソリン落とし穴大作戦。

 名前の通り落とし穴を作り、底にガソリン溜まりを仕込んでおく。

 熊が落とし穴に落ちたところへ火種を放り込み焼殺するという非の打ち所がないアイデアだ。

 そして山中、単身でガソリン落とし穴を作り終え、後は熊が来るのを待つだけのところまでこぎつけた。


 しかしそこで不幸にも事故が発生する。


 完璧に迷彩を作りすぎたせいで、自分で落とし穴に落ちてしまったのだ。

 言い分としては風で飛んだのか、目印がいつの間にか移動していたせいだ。

 更に熊が這い上がれないようにかなり深く掘ったせいで道具もない状態では自力で脱出出来ず、ケータイは穴の外にあり、山奥のため大声で助けを求めても誰も来ない。

 普段は冷静沈着な俺でもその時は流石に焦った。

 しかし逆境にこそ強い俺はこのピンチを打開するナイスな案を閃く。


 火を起こして狼煙を上げれば誰か気付いてくれるだろうとーー。


 幸いライターはポケットだったので、俺は嬉々として脱いだ上着を燃やそうと着火したのだが、それが運の尽き。

 悲劇、降臨。

 自分の着ている服にも引火した。

 ガソリンの染みていた服は、それはそれはよく燃えた。

 一瞬にして落とし穴の中は大炎上して地獄の釜のような状態となり、火だるまになりながら絶叫をあげ暴れまくる俺は気が付けばーー。


「ここに居た訳です」


「阿保すぎますねそれは。死んで当然です」


 一ミリの忖度なく死亡直後のショックで弱った心を、心無い言葉で傷つけられる。

 とは言え自分でも馬鹿だったと思うから文句も言えない。


「はぁ……」


 俺は改めて辺りを見渡すが不思議な部屋だと思う。

 四角でなく丸い部屋だ。

 角が一つもない。

 全体的に白い床や壁に天井。

 壁にはドアも窓もないが、代わりに見たこともない文字で“笑う門には福来る”と書いた張り紙がデカデカと飾ってある。

 何で読めるかは謎だ。

 そして目の前に佇むのは恐らく女神であろう黒髪碧眼の幼女。

 文句のつけようのない美少女だ。


「しかし妙だな。単独行動だったのに何で俺を発見した人は俺が自爆だって分かったんだ?」


「お忘れですか? ご自分でケータイをセットして動画を撮影していたことを」


 そう言えば俺の勇姿を映像に残すべくケータイを使ってそんなことをしていたな。

 結果、それが致命傷になった訳だ。


「ああああ……てことは全部、映ってたのか。うた歌いながら罠を作るとこや、穴に落ちた時ふざけて“誰だ落とし穴作ったの!”って叫んだとこや、狼煙を思いついたときの恥ずかしい自画自賛とか。くそっ、ニュースとかになったら日本中の笑いものだ」


「世界規模もありますよ? ダーウィン賞ですから」


「うるせぇ!」


 項垂れる俺の耳元で要らんことを囁いてくる。

 結構、毒吐く女神だな。


「まあ、そう悲観なさらずに。ご家族、ご友人の方々は最後には泣いていましたから」


「そ、そう……うぅ、俺も泣きたい……」


 最後にというのが引っかかるが、俺が死んで泣いてくれる人がいたことは救いだ。

 今ここで一人だったら泣き崩れていたかもしれない。


「泣くのは後にして下さい。大切なお話しがあるのです」


「くっ……女神ってもっと慈愛に満ちた存在じゃないのかよ」


 家族や友達と死別したばかりの人間にあんまりな態度だ。

 優しい言葉の一つでもかけてくれてもいいと思うのだがな。

 たくさんの死んだ人を転生させているから一々相手するのが面倒になって事務的化したのだろうか。


「では……御弓 幸人(みたらし さちと)さん。お察しの通り、私は女神です。貴方はこれから転生する訳ですが、その先で重大な使命が待っています」


 俺の言葉はスルーされて、淡々とお約束のアレが始まった。

 転生するという事実に、好奇心が湧いたおかげで悲しみは少し引っ込んだ。


「ふっ、皆まで言わなくても大丈夫っす。勇者になって魔王を倒せってことだろ?」


 今日の日本ではもはやお馴染みのジャンルとなった異世界への転生。

 実際に経験する機会を目の当たりにし、軽くテンションがあがってしまう。


「いえ、逆です。幸人(さちと)さんは魔王になる方ですね」


「え?」


 王道の異世界ファンタジーから離れそうな展開でやる気が少し削げる俺。

 確かにそういうのもあるだろうけど。

 魔王転生は難易度高いのではなかろうか。

 初心者だからもっと簡単なのがいいな。


「女神様は普通、勇者側の立場じゃないのか? 何でわざわざ魔王に転生しなきゃならないんだ」


 基本、魔王は人類の敵なんだからいないにこしたことはないのでは? という俺の考え。

 しかし女神は首を横に振る。


「世界を救ったり平和に導くだけが女神ではありません。私は世界を絶望に淵に陥れる役割の女神なのです」


「えぇ……」


 そんな剣呑な役割があるのか。

 この女神、破壊神的な奴だったのか。


「せっかく勢力を広げて世界征服まで行けそうだった魔王軍を、もう一人の女神が送り込んだ勇者たちが壊滅させてしまいまして。ほぼゼロからやり直しな訳です」


「そーなんですか……」


「そうなんです。つきましては、まずは新たな魔王の誕生、及び魔王軍の再建が急務となる訳です」


「はあ……」


 やばいな。

 つまり、勇者が魔王を倒して平和になり、ハッピーエンドを迎えた世界の続編としてありがちな、新たな敵の新生魔王をやらされそうになっている訳だ、今の俺は。


「心配しなくても大丈夫です。幸人(さちと)さん一人ではまるでお話にならないですが、私も一緒に着いて行くのできっと上手くいきます」


 着いて来て貰えるのはありがたいが、そういう問題じゃなかったりする。

 世界征服なんて、そんなスケールのでかい犯罪行為の片棒を担がされるなんてごめんだ。


「あ、あのー、申し訳ないんすけど、俺にはそういう大役はちょっと向いてないと思うっていうか、世界征服なんてヤバいことは無理っていうかーー」


「ちなみに、幸人(さちと)さんが魔王をやらない場合は、転生させる必要もなくなる為、このまま輪廻地獄に落ちて貰うこととなりますが……どうしますか?」


「な、何ぃ……!?」


 やんわりと断ろうとした俺の逃げ道にまきびしを撒くが如く衝撃の選択肢を突き付けてきた女神。


「そんな馬鹿な……! 何故俺が地獄に……? そんな悪いことしてない筈だろ?」


「自分で自分を殺すことは大罪です。今回、幸人(さちと)さんは自爆、すなわち自殺したということなので地獄行きは確定です」


「あれは不慮の事故であって自殺した訳じゃ……!」


「自らの手で行った行為が死因なので駄目です」


「ぐっ……!」


 この女神やはり本物。

 本物の破壊神だ。

 人を絶望の淵に叩き落とすことに長けている。


「で、どうします? 別に魔王になるのは幸人(さちと)さんでなくても構わないので次の人に回してもーー」


「やる、やります。女神様の頼みです。当たり前じゃないですか。魔王でも何でも任せて下さいよ」


 そしてつい、地獄行きの恐怖に負け、世界を混沌に貶める選択をしてしまう俺。

 神様、この愚かな人間に慈悲を与えたまえ。

 どうか許しを。

 女神に脅されたら誰だって逆らえないって。


幸人(さちと)さんならそう言って頂けると信じていました」


「脅したくせに……」


 心の中で懺悔する俺に比べ、承諾の返事を聴いて実に満足している様子の女神。

 これから世界を絶望で満たそうする邪神とは思えない無邪気な愛らしさだ。


「では早速行きますか。詳しいことは現地で説明します」


 そう言って女神が指を鳴らすと、どういう仕組みなのか壁に大きな扉がにゅうっと現れた。


「そう言えば自己紹介がまだでしたね。私の名前はアメッコ・ニラメッコ。笑いを司る女神です。アメッコと呼んでいいですよ」


 笑いを司る女神……?


「俺は御弓 幸人(みたらし さちと)です」


 一応、俺も名乗ったがアメッコに知ってますと冷たく言われた。

 この先、この全く笑顔の一つもない癖に笑いを司る、事務的な感情の幼女の女神と異世界転生して、魔王になって、魔王軍を作っての第二の人生、か……。


「なんかもう、帰りたくなってきたよアメッコ」


「何を言っているのですか。幸人(さちと)さんに帰る場所なんてもうありませんよ?」


 その一言がトドメとなって、俺は泣いた。


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