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【コミカライズ化】侯爵令嬢は妹と婚約者にざまぁしてさしあげます

作者: 水月

侯爵令嬢エレノア・バートンの妹、アリシアは両親からもエレノアの婚約者であるレノンからも溺愛されている。アリシアは産まれた時から身体が弱く姉であるエレノアと同じような生活は出来ないからと両親達は言うが……


「すでに身体は健康そのものでここ十年熱を出した事すらありませんよね?」


何を言っても変わらない状況にエレノアはついに両親達から離れる決意を決める。






「どうせ私はエレノアお姉様のように賢くありませんわ......!好きな事の出来る健康なお姉様が羨ましい」


また始まった。正直、そんな感想しか出てこない。

二歳年下の妹アリシアは生まれた頃は体が弱く、すぐに熱を出しては寝込んでいた。


それは確かに事実だ。


けれど五歳の頃になればすっかり健康体になり、ここ十年程は熱のひとつも出した事がない。逆に私の方が熱や体調不良で寝込む回数が多かったぐらいで。


けれど小さい頃に寝込みがちだった妹をこれでもかと言う程溺愛した両親は今でも変わらず妹を溺愛している。


どれだけアリシアが非常識な態度を取ったとしてもだ。


私の知人のご令嬢が主催したお茶会に呼ばれてもいないのに勝手に参加した時も、王家主催のパーティーに参加した際に声を掛けられてもいないのに、自分より爵位の高い方に馴れ馴れしく話しかけても。


そんなアリシアを私が窘めれば、すぐに両親に泣きつき私がうまく動かないから悪いと両親は責めてくる。挙げ句の果てには私の婚約者であるフェイザー公爵家嫡男のレノン様までがアリシアを庇い、私を一方的に批難してくる有り様で。


馬鹿じゃないの?


レノン様とは幼い頃に婚約者として引き合わされた。政略結婚だがそれなりに仲良く良い関係を培って来たつもりだ。アリシアが私達二人のお茶会に参加するまでは。


お茶会は婚約者としての関係をより深める為に毎月行っていたもので、我が家で行う時もあれば、公爵家で行われる時もあった。我が家で行われる時ならまだしも、アリシアは公爵家で行われるお茶会にも無理やり参加しだしたのた。

当然私は両親にもその事を告げた。レノン様はまだしも、レノン様のご両親の公爵夫妻は明らかにアリシアに対して厳しい視線を向けていたからだ。


けれど両親は逆に私を叱った。アリシアがお茶会に参加して何が悪いのかと。


私は信じられなかった。こんなにも両親に貴族としての常識やマナーが欠けている事に。

普通に考えて婚約者同士の仲を深める為に行われているお茶会に、例え婚約者の妹だとしても別の女性を斡旋するなど非常識以前の問題だろう。

けれど両親やレノンはそんな周囲から見たらどう思われるかにも気が付かずに三人でのお茶会を望んだのだ。挙げ句の果てには私が参加出来ない時はアリシアだけを呼び出して。


......レノン様ってここまで馬鹿だったのかしら?


そんな婚約者に私が愛想を尽かすのは当然早かった。元々政略結婚であり、レノン様を恋愛対象として見てなかったのも要因のひとつかも知れない。

レノン様は私がレノン様をお好きだと思ってるようだが、なぜ私に対してあんな対応をして好きになって貰えると思うのか?


最近では二人一緒に仲良くしている所を見るたびに、可哀想に思えてくるから不思議なものだ。


公爵夫妻も、レノン様の弟君も本当に出来た人となりの方々だから余計に残念に思えるのだ。





今日は婚約者同士の交流の為のお茶会の日。前回は我が家で行われた為、今回は公爵家で行われる。エレノアは予定時間に間に合うように公爵家へと向かうが、出迎えてくれたのは婚約者のレノン様ではなく、彼の弟君であるアラン様だった。


その瞬間、エレノアの口からため息が出た。またか、と。


「お忙しいなかアラン様にまでご迷惑をお掛けして申し訳ございません」


この言葉も何度目だろうか。よくよく考えてみれば何故私が謝罪をしなければならないのかと、その理不尽さに気分も急降下する。


勿論淑女ですから表情には一切出しませんが......。


「エレノア嬢のせいではありませんから顔を上げてください。悪いのはあの非常識な二人ですから」


顔を上げればアラン様は苦笑いを浮かべていた。


あら、アラン様も意外と口が悪くていらっしゃるのね。勝手に親近感が湧いてきてしまいますわ。


......それにしてもやっぱり他人から見てもあの二人の行動は非常識なのね......私がいくら注意をしても聞く耳を持たないので矯正のしようがないのですけど......。


「それで、今日はどうされますか?」

「......ご挨拶にだけは。一応顔だけは見せに行きませんと後から何を言われるかわかりませんもの」


本当は行きたくありませんけど。


「ではその後に母とお茶をご一緒して頂けますか?母もエレノア嬢と会えるのを楽しみにしていたんですよ」

「ふふふっ、私も公爵夫人とお話するのはいつも楽しみにしてますのよ」


これは事実だ。公爵夫人のなさる会話は豊富な知識と経験だけあり、かなり勉強になる部分が多い。


「ではその場に私もご一緒させて頂く事をお許し頂けますか?」

「勿論ですわ、是非」


まるでお芝居の真似事のような動作で私の気を紛らわせようとしてくださるアラン様には感謝しかありませんわね。......本当に血の繋がったご兄弟なのかしら?信じられませんわ。


それからアラン様にエスコートされ、お茶会場所である庭園に近づくにつれ、到底淑女が出す声とは思えない程のアリシアとレノン様の大きな笑い声が聞こえてくる。


......もうこの時点で方向転換したくなるわね......。


アラン様も隣で少しだけ顔をしかめていらっしゃるようだ。本当に申し訳ありませんわ......アラン様......。


私達が(と言うよりもアラン様が)近づいて来たのが見えたのか、アリシアが顔を赤らめてアラン様を見つめて話しかけてきた。


「アラン様もご一緒にお茶にしませんか!」


アラン様を見て嬉しそうなアリシアにレノン様はあからさまにアラン様を睨み付けてますわね。でも誰が見ても悪いのはアリシアであり、アラン様ではありませんわよ。


「結構です。私はエレノア嬢をお連れしただけですので」


取り付く島もないとはこの事ですわ。残念ですね、アリシア。そしてアラン様の言葉でようやく私の存在に気が付く。


「お姉様、レノン様をお待たせするなんて失礼ですわよ」

「いいえ?私は時間通りに来ただけですわ。貴女こそ何故ここにいるのです?今日は婚約者同士の交流の為のお茶会ですわ。婚約者ではない貴女が、なぜ、私よりも早く公爵家に来ているのですか?」


至極当然の事に反論したのはレノン様だった。


「エレノア、その言い方はアリシアに失礼だぞ!彼女は僕が招待したんだ!!」


はい、アウトですわ!


「......まぁ、レノン様が?」

「そ、そうですわお姉様!!私はレノン様から是非にと言われて.....!」

「普通はそう言われてもご遠慮してお伺いしないものですのよ......このお茶会の意味を知っているのでしたらね」


どうせこの二人には理解出来ませんでしょうけど。


「エレノア、文句があるならお前が帰れば良い!ここは私の屋敷だ!!」


貴方のではなく貴方のお父様である公爵様の屋敷ですよ。隣でアラン様のお顔が段々と無表情になってくるのが怖いです。


「......わかりました。私はこれで失礼させて頂きますわ」

「ふん!アリシアはこんなにも謙虚で可愛らしい女性なのにお前は......少しはアリシアを見習ったらどうだ」

「そんな事ありませんわ~レノン様ったらぁ!」


是非ともレノン様には謙虚の意味をもう一度調べて頂きたいものです。


「本当に失礼して宜しいのですね?」

「お前の顔などしばらく見たくない!私の前に顔を出すな!!」


ふっ......。


「では兄上、失礼させて頂きます。エレノア嬢参りましょう」

そっと手を出しアラン様が来たとき同様エスコートしてくれるのに、私も手を添える。

「ええ。レノン様、失礼させて頂きますわ」


婚約者として会う事は二度とないでしょう。


レノン様はその事にいつ気が付くかしらね。




アラン様にエスコートされ通された部屋では公爵夫妻が笑みを浮かべて私を出迎えて下さった。


「エレノア、いらっしゃい。貴女が来るのを楽しみにしてたのよ」



アラン様から私の手を奪い隣の席に座らせる公爵夫人は二人のお子を産んだとはとても思えない程若々しく見えお美しい。レノン様からは嫌われている私をいつでも優しく出迎えて下さる公爵家の皆さんの事が私は大好きだ。


......勿論その中にレノン様は含まれていないが。


「アラン、先に庭へと向かったのだろう?......あやつは相変わらずか?」


公爵様が隣に座ろうとしたアラン様へと視線を向ければ肩をすくめ溜め息をひとつ溢した。


「酷くなる一方ですね。父上、今度こそご決断の時かと」

「......そうか......」


それはただひたすら残念だとしか言えない公爵閣下の感情の吐露だったのだろう。


「仕方ありませんわ旦那様、あれだけ言い聞かせ、猶予もあったのに本人の意志が変わらなかったのですもの。このままでは公爵家の汚点でしかありませんわ」


けれど、そんな公爵に夫人は冷静に話しかけた。


「相変わらず手厳しいな、お前は......良いのか?」

「あら、それは愚問ですわ旦那様」


自分の息子だからと甘やかす事なく厳しく、公爵夫人として未来の公爵家の為にならないものは容赦なく切り捨てる。それが当然の事と教育され公爵家に嫁いで来たのだ。

それは自分の息子達であるレノンにもアランにも公爵家が国にとってどの様なものであり、どの様に立ち振舞っていくのかをしっかりと教育してきた筈だった。特にレノンは嫡男として将来は公爵家を継がなければならない。エレノアという完璧な伴侶と共にこの公爵家を更に守り立てていく筈だったのだ。


......それがまさかこんなところで躓くとは誰も予想しえなかっただろう。公爵家嫡男で社交界でも優秀だと言われていたレノンがエレノアの妹と浮気をした挙げ句、エレノアを蔑ろにするなど、とは......。


それでも婚約者であるレノンを何とか戒め更正させようとしているエレノアの社交界での評判は下がる事はないが、レノンに至っては天と地程の差だ。


きっとレノンは今も何も考えていないのだろう。自分のその行動で今後自分がどうなるかなど。


レノンはきっと想像もしていないのだろう。母親である公爵夫人がエレノアを誰よりも可愛がり、将来の公爵夫人になるのはエレノアなのだと決めてしまっている事を。


それは同時にエレノアとの婚姻がなければ公爵家を継ぐ資格はないのだと言われているのも同義だった。



それに気づかなかったレノンの未来は───





続々と城へと向かう馬車が走り去る。この日、国王主催の王太子の生誕を祝うパーティーが城で開催され、近隣の友好国からも招待客が続々と参列していると言うのもひとつの理由だった。


エレノアはアランと共に公爵家の馬車で城へと向かっていた。何故なら本来エスコートするべきレノンが早々にアリシアをエスコートするからとアリシアにドレス一式を贈り城へと向かったからだ。


けれどエレノア達からしてみればそれは想定内だった。寧ろ、わかりやすいレノンの態度に顔を見合わせて苦笑した程だ。


恐らく自分がエスコートしない事で一人で参加せざるを得ないエレノアの姿を見て二人して笑い者にするつもりなのだろう。本当にお馬鹿さんだこと。


「楽しみですわ」


この後に起こるであろう騒動に笑みを浮かべるエレノアを、アランは微笑ましく見つめるのだった。


城へと到着すれば既に数多くの貴族家が思い思いに会話を楽しんでおり、ホール内は賑わいを見せている。勿論エレノア達も馬車を降りてからホールへ向かうまでに既に数組の招待客と挨拶を交わしていた。ホールに入った瞬間、自分達を見てざわついた事には当然気がついている。理由は勿論、エスコートをしているのがレノンではなく、アランだからだ。きっと色々な想像が彼ら彼女らの頭の中には繰り広げられている事だろう。


「私達、目立ってますわね」

「エレノア嬢はお美しいですから目立ってしまうのは仕方ありません」


アランは顔色を変えるでもなく平然とそんな事を言って来る。


「意外と慣れてますのね?こういった事に」

「エレノア嬢だからです。結構一杯一杯なんですよ、これでも」


少しだけ目元を染め困った顔を見せるアランが可愛らしく見える。レノンには一切感じた事のない感情にエレノア自身も困惑する。


そう言えばアラン様もご令嬢達の間ではそれなりに人気があったが、もしかしたらこうしたギャップが人気の理由のひとつなのかも知れないわね


コホン、と話を切り替えようとしたその時だった。


「エレノア!のこのこと婚約者以外の男にエスコートされてよく来られたもんだな!!そんなふしだらなお前とは婚約など続けられない!今日限り破棄させてもらう!!!そして新たにアリシアを婚約者とする!!」


自分の指摘が矛盾している事には気がつかないレノン様の声がホールに大きく響き渡り、各々会話を楽しんでいた客達がシンと静まり返り私達は一気に注目の的になったのだ。




まず誰もが最初に疑ったのは病だ。

失礼な話だと思われるかもしれないが、それぐらいレノン様の言動は以前の物とはかけ離れていたからだ。


けれど、のめり込む女性によってこれ程人となりが変わるのだと言う良い例でもあると言えるだろう。

それぐらい、アリシアと関わるようになってからのレノンは変わった。勿論、良い方にではなく悪い方に。


けれどもう私には関係のない事だ。


「婚約破棄......ですか?」

「そうだ!貴様のような妹を虐める女と一生を添い遂げるなど私には出来ない!私はアリシアと結婚する!」


悔しいだろう!と言わんばかりの皮肉気な笑みを浮かべながらアリシアを抱き寄せ非難してくるレノンにエレノアは表情を変える事なく視線を向ける。


扇に隠された唇に笑みを浮かべているとは思いもしないだろう。


「レノン様、まず訂正をさせて頂きますわ」

「訂正?何を訂正する事があるんだ?見苦しく言い訳でもするつもりか」


突然そんな事を言い出したエレノアにレノンはハッっと侮蔑を含んだ眼差しで睨み付けてくる。


「いいえ?レノン様の勘違いを訂正させて頂くだけですわ」

「私の勘違いだと?お前はどこまで性根が腐っているんだ」


......本当に人の話を聞きませんわね。


「兄上、少しは人の話を聞いてはどうですか?」

「何だと?そもそも何故お前がエレノアのエスコートなんかしているんだ!?」


ようやく隣にいる相手が自身の弟である事に気がついたのか、そのアランにまで難癖をつけてくるレノンの態度をスマートに流し話を本題へと持っていく。


「婚約者なら当然の事でしょう。僕は兄上のような婚約者を蔑ろにして他のご令嬢をエスコートするような恥知らずではありませんからね」

「は?」

「アラン様......何を?」


まさかのアラン様からの反撃にレノン様の表情が一変する。レノン様の隣でアリシアまでもが困惑気味に私達を見つめていた。


「レノン様、私達の婚約は既に解消されております。つまり私はもう貴方の婚約者ではないと言う事ですわ」


その瞬間会場が一斉にざわついた。それもそうだろう。公爵家嫡男と侯爵家長女との婚約が既に破棄されていた事実は社交界で瞬く間に噂になるだろう。


「......どう言う事だ......私は同意した覚えはないぞ!?」

「あら、婚約破棄したかったのでしょう?結果的に破棄出来ているのですから問題はありませんでしょう?」

「......っ!!」


顔を真っ赤にするレノン様に私は心の中でざまぁみろと思う。自分の手で社交界で婚約破棄を叩き付け、私の評判を底辺に落とし優位な立場でアリシアとの結婚の発表をしたかったのだろうが......残念でしたこと......。


笑いが止まりませんわね。



レノン様からしてみれば寝耳に水の話だったろう。自分が声高らかに社交の場で私に婚約破棄を叩きつけるつもりだったのだから。しかも私に非がある前提で。


「そ、そんな勝手が許されると思っているのか!?公爵家をバカにしている……!」

「それを兄上がおっしゃるのか」

「うるさい!お前は黙っていろ!!」

自分の事は棚に上げ、あくまでも私を非難してくるレノン様に溜め息しか出ない。


「黙るのはお前だ、レノン」


人垣の中からフェイザー公爵と公爵夫人がゆっくり近づいてくる。私達の様子を伺っていたのだろう。まぁ私達の、と言うよりもレノン様がどんな行動をとるかだろうが……。


「父上、母上」

「……国王陛下主催の祝いの場でこのような騒ぎを起こすとはな……呆れて物も言えない」

「なっ……!それはエレノアが!!」

「この期に及んでまだエレノア嬢のせいにするのか?」

「……っ!?」


自分を見る父親と母親の冷たい視線にようやく気がついたのか、レノンはようやく黙りこんだ。

しかし、その空気を読まない人物がもう一人居た事を忘れてはいけない。


「公爵様、レノン様は悪くありませんわ!悪いのは嘘を言うお姉様ですわ!!」

「……」


自分よりも身分が上の者には声を掛けられるまで自分からは話しかけてはいけない。子供の頃にまず最初に教えられるマナーだ。アリシアも当然教えられている筈なのに何度注意をしても直らない。いや、直そうとしない。側で私達の様子を窺っていた両親の顔は真っ青になっている。


「……アリシア嬢、私は君に話しかけても良いと許可をしたかい?それともそんな当然のマナーすら君は病弱だからと言って不勉強なのかな?」

「なっ……!?」

「父上!それはあまりにもアリシアが……!」

「私は黙れと言った筈だ」

「……っ」


普段基本的に温厚な雰囲気を醸し出している公爵様が本気を出すと周囲の空気が張り詰める程の緊張感を生み出すのかと、私は別の意味で感心していた。


「お、お姉様が嘘をおっしゃるのはマナー違反ではないのですか!?」


私を睨み付けてくるアリシアからアラン様がそっと抱き寄せその視線から庇おうとしてくださる。そんな些細な行動すら男性からは初めてで、そっとアラン様を見上げれば優しげな笑みを返してくれる。 自分の頬が染まりそうになるのを必死に押さえ込み平常心をその顔に浮かべる。


「……エレノア嬢は嘘は言っていないが?……ちょうど良い。ここにいる皆様にもご報告しなければいけないと思っていたんだよ」


ニヤリと公爵と公爵夫人が笑ったような気がした。


「ち、父上?」

「お前が望んだ事だ。撤回はない」

「まっ………!?」


レノン様が公爵様を止めようとするもそれは無駄な努力だった。もう遅すぎたのだ。


「皆様、我が息子レノンとエレノア嬢との婚約は解消されました。新たにエレノア嬢の婚約者には次男のアランが。同時に我が公爵家の後継者をアランとします」



わあっとホール内に歓声が広がる。けれど次期公爵家後継者としてのレノン様に取り入ろうと画策していた貴族達には予想だにしなかった事実だろう。喜んでいる貴族、困惑している貴族が半々ぐらいだろうか。


「待ってください!?何故公爵家をアラン様が?レノン様が嫡男ではないですか!」


呆然としているレノン様の隣でアリシアが公爵様に詰め寄る。


まぁ、未来の公爵夫人の座がかかっているのですから当然でしょうね。私からレノン様を奪って喜んでいたんでしょうが……。


「レノンは次期後継者の資格を失った。アリシア嬢、君を選んだ時点でだ」

「え……?」

「……っ!?」


レノン様は何かに気がついたのか顔を真っ青にして公爵様を見る。


「……今頃思い出したか……だがもう遅すぎたな」


ニッコリと笑みを浮かべる公爵様にレノン様は慌てて追いすがる。


「ち、父上っ!!エレノアとの婚約破棄は撤回します……!だから……っ!!」

「レノン様!?何を言いますの!!」

「うるさい!元々はお前が僕に言い寄って来なければ……っ!」


慌てたのはアリシアだ。いきなりレノン様が私との婚約破棄を撤回したい等と言い出したのだから。

だが、もう遅いのだ。既に婚約は解消されている上に私にはレノン様の婚約者に戻るつもりは一切ない。アラン様も公爵様も公爵夫人も許しはしないだろう。まぁレノン様を私から奪っても最初からアリシアには公爵夫人になれる可能性はひとつもなかったのだけれど。


「我が公爵家の次期後継者はエレノア嬢と婚姻する者とする……正式な婚約書にも記載があり、お前にも何度も説明をした筈だ」


公爵様の声は厳しい。それはそうだろう。何度も何度も私ですら説得したぐらいだ。


「それでもお前は態度を変えず、アリシア嬢を選びエレノア嬢との婚約破棄を選んだ……しかも国王陛下主催のパーティーでだ」

「父……上」

「お前の望み通りアリシア嬢との婚姻を認める。婚姻後は侯爵家に婿入りし、次期後継者となりアリシア嬢と侯爵家を守り立てていけばいい」

「……そんな……この僕が……婿入り……?」


もう話すことはないとばかりに公爵と公爵夫人はその場を離れる。きっと国王陛下に事の仔細を説明に行ったのだろう。


「ア、アラン様にお姉様なんか似合いませんわ!!」


現実を受け入れられず呆然と立ち尽くすレノン様から離れ、アラン様へと腕を絡ませようとしてくるアリシアに周囲の視線は冷たい物へと変化している事にアリシア本人は気がつかない。


「アラン様にはもっと素晴らしい相手が……!」

「間違ってもそれが君でない事は確かだよ」

「……え?」


アランの冷たい眼差しがアリシアを貫き、伸ばされようとしていたアリシアの腕から難なく避ける。


「兄上が公爵を継げないとわかった途端僕に鞍替えかい?申し訳ないが僕は兄上と違って君みたいな女性が一番嫌いなんだ」

「そんな!アラン様ひどいわ!?」

「ひどい?……君はもう少し自分の行動を省みた方が良い。周りを見てみなよ」


アリシアはそう言われ周囲に視線を向ける。そこで初めて自分達二人がどのように見られていたのかを気づく。


「ああ、でも君と兄上にはひとつだけ感謝してるんだよ」


ニッコリと笑みを浮かべてアランは告げる。


「アリシア嬢が兄上を誘惑してくれたお陰で、僕はエレノア嬢を僕のモノにする事が出来たんだ。知ってた?兄上……僕は小さい頃からずっとエレノア嬢が好きだったんだよ」

「……アラン……お前……」


きっとレノン様はアラン様の気持ちなど考えた事もなかったでしょうね。勿論私は知ってましたわ。御本人から告白されてましたもの……レノン様がアリシアと仲良くされてからですけどね。


『もし……もしも兄上との婚約がなかった事になったら、僕を好きになってくれませんか?婚約書に書かれているからではなく、僕がエレノア嬢の事を好きだから……』


切なそうに私を見つめてくるまだ小さなアラン様はそれはそれは可愛かったのですが……本当に逞しくお育ちになりましたこと。


「お前……まさかわざと……!?」

「何の事です?……エレノア嬢は僕が幸せにしますよ」

「アラン!!キサマ……っ……!エレノアっ!!お前が撤回しろ!!」


この状況で撤回しろと言われ撤回する人がいるならば会ってみたいですわ。


……本当に最後の最後まで自分達の事しか考えませんのね……まぁ嫌と言う程、知ってましたけれど……。


この瞬間を待っていたのは何もアラン様だけではありませんのよ?レノン様、アリシア。


私こそが待ち望んでいた瞬間なのですから。


「レノン様、アリシア」

「な、何だ!」


私が撤回してくれるとでも思ったのか、レノン様の表情が少しだけ明るくなるが、それはすぐさま絶望の色へと変化するだろう。レノン様の望む言葉を私が告げる事は二度とないのだから。


「ざまぁみろ、ですわ!お二人ともどうかお幸せに」


晴々しく満面の笑みを浮かべそう告げたエレノアの姿と、そんなエレノアに優しげな眼差しで寄り添うアランの姿は、しばらくの間社交界で武勇伝として語り継がれたと言う。





end





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