旅の途中
前世の旅 【上】
【目次】
1. 前世との繋がり
2. 迎えが来た
3. 前世の時代に
4. 親分と会う
5. 前世での仕事
6. 抗争のはじまり
7. 敵の正体
8. 敵の侵入
1.前世との繋がり
前世って本当にあるのだろうか?
オカルトな話で信じられないとこもある。
ただ説明のつかないこともある。
自分の癖だとか、異常に嫌いなことなどは、原因が分かっていれば問題はないが、いつからこうなったのか、それも理解できないということも実際には存在する。
これは前世の癖や、前世であった衝撃的な記憶が、現世で過ごす私達の記憶に残ってしまったものかもしれない。
じゃあ前世は、自分の産まれた時代に生き、その生活を全うしたはずなのに、何故また現世に生まれ代わってきたのだろうか……
やり残したことでもあるのか……
そのやり残したことを全うするために帰って来ているのか?
例えば、前世が生きている間に、全うすることが出来なかったことは何なんだろう?
なぜ、私は現世に来てるのだろうか?
再度この世に生を受け、なぜ今自分が生きているのかについて考えてみた。
それについては諸説ありますが、私はこう考えます。
生きるということは『修行』なのではないだろうか。
自分の前世が、生きている間に与えられた課題、それを達成できなかったことで、またこの世に生を受け、世に戻され修行に来ている。
前世の者が、現世に産まれてくる際、自分が克服しなければならない課題、それが与えられるものの、その課題は伝えられる事はなく、自分で考え克服しなければならないという修行。
これは前世が達成出来なかったこと、ではあるが、現世に戻る際には、前世での記憶は全て消されてしまう。
達成できなければ、永遠とこれを繰り返すだけ。
前世の記憶は完全に消されてしまうが、希に前世での記憶が残ってしまうことがある。
そう、私には残っていた。
昔から嫌な事がある、それがそうだ。
私はペンなどの先端を向けられるのがとても嫌いだ。
向けられた物がペン先であれば、それを手で払ったり、向けた人がたとえ学校の先生だろうと、その人に『殺すぞ』という感情が湧いてくる。
何故ここまで嫌いなのか、疑問に思うことは何度もあった。
ある日見た夢がきっかけで、その原因が分かったような気がした。
その夢は……
どう見ても現代にはない、古い時代の風景でした。
私以外に三人の男が居る。
どれもこれも悪そうな顔で、どう見ても悪人。
なぜだか一緒に歩いてた。
私は自身の顔を見ることは出来ないが、もしかしたら私も、三人と一緒で悪人なのだろうか?
私達が歩いてる場所は山道のようだ。
空は晴れているが木々が生い茂る山道、それだからか、景色は薄暗い感じ。
それと私達の間には、重々しい空気が流れていた。
若干の会話から読み取るに、私は何か、ヘマをやらかしたらしい。
「お前は優しすぎる」とも言われていた。
内容からして私は、この悪人顔の男達と仲間だったらしい。
ただこの組織の命令に背いたため、今から罰を受けるのらしく、それを行う場所に向かっていると思われる。
そこはどんな場所で、どんな罰を受けるのだろう……
私は、一見落ち着いているようだが、身体中からは大量の汗が流れていた。
内心は緊張していたのであろう。
いったいどんな組織に属していたのだろうか。
横に居る悪人顔の男が「なぜ橋本屋の若旦那なんぞに恩情かけたんだ?若頭のことも有るのに。殺るときはスパッと殺らなきゃ。御上も親分も橋本屋が大嫌いだし、恨みもあるんだよ。しかも若旦那を殺ることは、御上から依頼されてた重要な仕事だったんだぞ。その仕事をこんなにして……お前は親分の顔に泥を塗りやがった。
だからお前は親分から嫌われちまったんだよ。こうなるのは仕方がない」
この後はどうなるのだろう……
殺されるのかな?
そこから更に歩き、山道から外れた林の中へ入っていった。
男二人が私の両腕を掴み、膝まずかせ、私は全く動けない体勢になった。
三人目の男が私の正面に立ち「お前に恨みはないが、これは親分からの命令だ、仕方ない……悪く思うな。」
そう言ってドスを抜いた。
そのドスをお腹辺りに構え、両手でしっかりと握り、私の額目掛け、ドスを押し込んできた。
全く痛さなど感じないが、悔しさから涙が出た……
何故こんなことになったのだろう……
あれは? 私の前世での記憶の回想?
じゃあ前世は、額をドスで貫かれて死んだのか?
それだから私は、先端が嫌いなのか、先端恐怖症になったの?
前世で生きた人生は、今の私が暮らしてる世界とは真逆の世界だったのか?
じゃ何故、生まれ代わりが私なの?
まるで真逆の生活を送っていた前世の私に、私自身はとても興味を持ち、前世が生きた時代の全てを知りたくなった。
それは夢物語だが……
私が異常に嫌う先端の原因が、この夢のおかげで分かった。
2.迎えが来た
あの夢から一年が経った……
今でも私は、前世の最後の姿を忘れることはなかった。
私がこの現世で、達成、修行しなければならないこととは何か、あれから日々模索をしていました。
それと同時に、前世が達成出来なかった課題を達成したいという気持ちが沸き上がってきた。
夢回想での前世体験だが、あの回想の中、私は三人に殺された身だから、何とかなるのであれば何とかしたいと思うのは当然だった。
そんなこんなで、前世への想いが強くなっていった頃、不思議な声を聞くことになった。
「現世の私よ。手伝っては貰えぬか。主が私になり代わり、課題を全うして欲しい」
これは前世からのものであった。
私は「そんなことが出来るのでしょうか? 出来るのものであれば私はお手伝いしたいとは思っております」
「ありがとう。感謝する。四日以内に迎えに来る」
そう言い残して声は聞こえなくなった。
迎え?
どんな形で迎えに来るのだろう。
どんな形で前世と会い、前世でどんな手伝いをするのだろう……全てが分からないことだらけだった。
しかしそれから何の変化もなく、前世が言っていた四日目の朝を向かえた。
この日はボーナス後の初の休み、私は買い物に出掛ける準備をしていました。
思い切って、ずっと憧れていた腕時計を買いに行く予定です。
『あれから四日、依然何も起こらないのだろう。あれはきっと、空耳だったのだろうか』
私の気持ちは腕時計を手にする歓びが勝っていたのか、前世のことなど、さほど気にすることなく出掛けました。
そして憧れの腕時計が置いてある店を目指し出掛けました。
その店までは電車で約三十分程の道のりで、普段からよく買い物に出掛ける範囲内でした。
電車を降りてからは、徒歩で店へと向いましたが、歩いている途中に携帯が鳴り、私は携帯に目を向けました。
電話の相手は同僚の木下からの電話でした。
『休みだし……面倒だな……』
掛かってきた電話を出るか、出ないか考えながら歩いてたら……
ドン!
私は赤信号を無視して交差点を渡り、車にひかれてしまいました。
身体は全く動かない……頭からは大量の血が出ていました。
私の意識はどんどん遠退いていきます。
その時!
「荒々しいやり方になったが許せ、今から主を連れていく。またこの世に戻れるかは、主の前世での結果次第だ。わしは手伝うことが出来ん。あの時代に帰ることが許されんのだ」
なんだか酷い話しだ……
手伝いというものはこんな始まりなのでしょうか?
3.前世の時代に
それから意識がなくなり、気がついた時は目の前には、今までで見たこともないくらいの、素敵な景色が広がっていました。
着ている服は、事故にあった時に着ていた服ではなく、少し派手めな着物を纏っていました。
「本当に前世が歩んだ時代に来たのか……」
不安になりながらも、実はワクワクした気持ちの方が勝っていたかもしれない。
身体は、現世で車にひかれた事故の影響は全くない。
『よし来たからにはやってやろう。その後、必ず現世に帰ろう』
私は初めて来たこの地で、何をどうすれば良いのだろう。
見渡す限り、人影はいなかった。
とにかく町に向け歩いて行こう。
どの方角に歩いていけば町があるのかも分からない状態でしたが、とにかく道が開けている方向に向け歩き出しました。
ここは先ほどまで雨が降っていたのか、所どころ水溜まりができています。
ふと水溜まりを覗き込んでみた。
水溜まりにはぼんやりと、今の私の顔が映ったが、水に濁りがあったためハッキリとは見えない。
今居るこの前世で、私はどんな顔をしているかなど、今まで気にすることもなく歩いていたが、急に今の顔が気になりはじめた。
身体は現世にいる時よりも、やや小さくなっていることに気づいた。
町を目指し歩き続けていると、目の前に大きな水溜まりを見つけた。
その水溜まりの水は落着き、きれいに澄みきっていた。
その水溜まりにゆっくり、静かに、波がたたぬよう近づき、そっと覗き込んだ。
水溜まりには私の顔が映った……
今の顔は、現世の私に少し似ているが、全くの別人である。
姿は全て前世。
中身が現世。
これをどう理解すれば良いものだろうか……
『とにかく、やりきるしかない。今、私の人生はここにあるのだから』
町を目指す道中、道の両側には沢山の草木が生い茂っており、そして綺麗な花がたくさん咲いていた。
そんな道を三時間ほど歩いた頃、目の前に大きな町が見えてきた。
『先ずはあそこに行こう』
そこから更に一時間歩き、ようやく町に辿り着いた。
その町には沢山の人が居て、とても賑わいがある巨大な町でした。
『もしかしたら、ここは江戸?』
私はそう思った。
沢山の店が並び、町は活気に溢れていた。
この町に興味が湧き、ひとつひとつ探索するように、自然と歩きはじめていました。
ただ、私に対する周りからの目線がとても気になった。
人込みを歩いていていたのだが、みんな私を避けるように、私の前だけ道が開けていることに気づいた。
それと……私が纏っている着物は、周りの人と比べるととても個性的で、この町ではかなり浮いた存在になっていることは理解した。
前からおかしな男二人が歩いてきた……
「おい、銀次郎」
その二人は私に話し掛けてきた。
「銀次郎、飲みに行こうや。仕事は上手くいったか? 親分も気にしてたぞ」
『待てよ……この二人見たことある。あの時、三人居た内の二人だ。私の腕を抱えた二人』
私は警戒したが、二人に怪しい素振りなど一向にない。
「おめぇ、どうしたんだ? そんなビックリした顔して? 寅五郎親分との話は上手くいったんだろう? お前は羨ましいよ、親父から気に入られてるから、大役を任せられるもんな」
何のことだか全くかわからなかった。
この二人は間違いなく仲間だ。
飲みに行かない訳にはいかないが、果たして、話を合わせることが出来るのだろうか……そんな不安が先でした。
突然『私が付いているから大丈夫』前世からの言葉だった。
私はその言葉を信じることにし、この二人と飲みに行った。
『懐には充分な金があるから、それを使えばいい。二人の名前は源右衛門と弥太郎だ』
前世が誘導をしてきた。
それから二人と酒を交え食事をした。
二人の話しから、私は江戸を縄張りにしている、大前田 栄五郎が率いる、栄五郎一家の一員であることが分かった。
私は親分の命で親書を携え、寅五郎親分を訪ねていたらしい。
寅五郎親分との絆を一層深め、これからも二つの勢力が、江戸の町を支配していくという、重要な役目を果たしたという。
私はその組織の中でまあまあの地位らしく、末端まで入れると二百人ほどいる組織の中で、上から数えて五番目以内に入っているらしい。
私は呉服問屋の次男として産まれ、なに不自由の無い暮らしをしていましたが、小さな頃から素行が悪く、家を追い出されてしまった。
喧嘩が大好きで、しかも強かった。
家を追い出されてからは、生きていく為に盗みをしたり、腕ずくで人を脅し金を巻き上げたりしていた。
その腕っぷしを買われ用心棒として働いたこともあった。
町では、江戸に喧嘩の強い若い者がいるという噂が広がり、その頃、銀次郎は栄五郎親分に拾われた。
あまりにも悪いことを重ねてきたことから、私を抑え込みたいとの想いと、あまりにも周りから恨みを買いすぎていた為、ここらで私の命を救い、組織で活躍して欲しいという両方の想いもがあった。
二人との二時間ばかりの酒盛りで大体のことが見えてきた。
酒が進み、三人ともほろ酔い気分となった頃、この飲み会はお開きとなった。
明日はわが義父、栄五郎と会うことになっている。
『親分とはどんな人なんだろう』
不安はあった。
なぜなら、私を殺すことを指示をした人だから。
こんな恐ろしい侠客の世界で、私なんかが生きていけるのか……
手伝うって……こんな未知の世界で手伝えることって何だろうか?
そもそも私の前世が、侠客だったことに驚いた。
周りから見て浮くような、派手な着物もそのせいだったのだ。
二人と別れたが、私は何処に帰ればいいのだろう?
「わしの言うように歩いて行けばよい」
前世が誘導してくれた。
「家はここじゃ」
私は長屋ぐらいでの生活を想像していたが、以外にも一戸建ての家を与えられていたらしい。
それは小さい家だが、一人で住むには充分な広さがあった。
「明日は親分の所まで案内するから、ゆっくり休んだらいい」
そう前世からの言葉があり、床に着いた。
4.親分と会う
夜が明け、私は前世に起こされた。
待ち合わせの時間は辰の刻、今のいい方では午前八時ぐらい。
栄五郎親分は、朝に仕事の報告を受けるのが好きらしい。
なので寅五郎親分訪問の報告も朝から行うこととなっていた。
「栄五郎親分の家には、住み込みや当番の子分が最低でも三十人くらいは居る。その中には主の子分が六名居る。それは随時教える。近くには賭博をおこなっている建物もある」
親分の家までは歩いて二十分、とても大きな家だった。
門前には下っ端らしい男が四人立っていた。
四人は私の顔見るなり
「お疲れ様でございました」
一斉に声をかけてきた。
「おう」
私は一声出し、中へ入っていった。
内心これでいいのかドキドキでした。
前世からは特に注意はなかった。
玄関では六人の者が私を待っていた。
「兄貴お疲れ様でごさいました。奥で親分がお待ちです」
前世から
「今声を掛けてきたのが主の一番舎弟、五助だ。あとの五人も主の舎弟。左から…松吉、半兵衛、伝吉、左太郎、勝次」
舎弟全員が親分が待つ部屋まで付いてきた。
五助が「ここでお待ちです」
緊張した……障子の前で正座し
「銀次郎、只今戻りました」と声を掛けました。
「おう入れ」
中からドスの利いた声がした。
障子を開け、中に入った。
親分は堂々とし、とても風格あるお方だ……もちろん恐い顔をしているが、温かい満面の笑顔で私を迎えてくれた。
「ご苦労だったの、寅五郎はどうだった」
ここからは前世が誘導してくれた。
「寅五郎親分は私を快く迎えてくれました。親分からの親書を渡し、その後は食事をしながら縄張り内の景気的な話や、御上とのやり取り、周りの抵抗勢力等の情報交換をしました。寅五郎親分の縄張りでも賭博を中心に景気はとても良いようです。町も寅五郎一家が居ることで安定し、みかじめ料が定期的に入っているようです。御上からの仕事もあり、良い付き合いが出来ているとのこと。抵抗勢力らしいものは今のところ無いものの、気になる存在があると……やはり親分と一緒で、最近出てきた新参者の郡司一家のことでした。あいつらが時々悪さしに来ると。これ以上続くようなら潰すしかない。その時は協力して欲しいとのことでした」
前世は私を使い、事細かく親分に報告した。
「銀次郎よ、町人の守衛を強化しよう。その見返りに、みかじめ料の徴収をおこなう。銀次郎が先頭に立ってやってくれ。頼んだぞ」
「承知しました。親分、ひとつ提案があります。みかじめ料を頂戴した店や家に、親分直筆の、札を置くというのはどうでしょうか? 守り札ということで」
「それは良い! そうしよう」
その後は親分と朝食を食べながら今後の構想を話し合った。
親分の頭の中では、郡司一家との抗争もありうると考えていたのだろう。
食事が終わると幹部クラス十人を広間に集め、郡司一家のこと、みかじめ料徴収のことを話した。
全員が理解と納得をして、各縄張りに散らばり即実行した。
私も舎弟六人を連れ自身の縄張りに出た。
茶屋の二階に上り、舎弟と打ち合わせをおこない、その後、縄張りを手分けして回った。
この瞬間から、前世がこれまで過ごしきた全ての記憶が私の中に入ってきた。
5.前世での仕事
完全に私は、前世の人となった。
私は現世に戻ることが出来るのだろうか?
事故に遭った私はどうなったのだろう? またそんなことが頭をよぎった……
そんなことより今は、この時代、この事態を何とかしていくしかないと再度腹を括った。
みかじめ料の徴収には、ほとんどの店が承諾をしてくれた。
これまで良くしてくれた、親分への感謝の気持ちが信用となり、難しい交渉ではなかった。
ただ、それに応じない店が幾つかあった。
米、塩の販売を中心におこない、更に金貸しの商いも行っている橋本屋と、主に茶葉を店に卸し販売している、御茶問屋の若林屋だ。
この二店舗は用心棒を雇い、万全の態勢であるとのこと、役人との太い繋がりがあるため、侠客者とは関わらないそうだ。
かなりの強気だ。
侠客を頼らない連中のことは放っておき、今日から昼夜問わず縄張りの警備を強化していった。
何としてでもこの町を守る、一家の強い意志の表れであった。
それからも町では、小さないざこざはあったものの、警備を強化したこともあり直ぐに解決出来ていました。
親分も一安心といったところでした。
警備を強化して三ヶ月ほど経った頃、夜の酒場で客が店主に因縁をつけ揉め事が発生した。
店の名前は『肴 いろり』
店主は与半兵衛、客は若林屋の三男坊の彦三郎。
彦三郎は日が暮れた頃、一人で来店し酒を飲んでいた。
一時間ぐらいして、店の料理にケチをつけてきた。
「こんな不味い料理でよく商いが出来るな。俺はこんな不味い料理には一文も払わんぞ」
店主は「そりゃ困ります、今日は散々飲み食いされたじゃないですか。御代は頂きます」
「ふざけるな、俺を誰だと思ってるんだ、俺は帰る」
そう言って席を立ち、椅子と机を蹴飛ばした。
店には栄五郎一家の下っ端で、弥太郎の子分、五作と勘三郎が飲んでいた。
勘三郎「おい、栄五郎一家の縄張りで、何を意気がってんだ、金払えや。ここは客人が居るから表で話そうや」
そう言って外に連れ出した。
胸ぐらをつかみ、そのまま投げ飛ばした。
勘三郎は血の気が直ぐに上がるタイプで、兄貴である弥太郎でも手を妬いていたくらいだ。
勘三郎は彦三郎を投げ飛ばしたあと、倒れたいた彦三郎の顔を踏みつけてこう言った。
「おうガキが、意気がるなよ。まだ死にたくはないやろうが」
若林屋の店は、勘三郎の兄貴である弥太郎の縄張りだが、若林屋はみかじめ料を払わないことから、栄五郎一家としては無法者扱いとされていた。
しかし、この時点では、この男が若林屋の息子だということは、二人とも知らなかった。
五作は彦三郎の懐に手を入れ、財布を抜き出した。
「おう、たんまり持っているじゃないか」
五作は大声で店主の与半兵衛に「親父、一両あったら足りるか?」
「充分でございます」
「おう、一両置いていけ。あと手間かけた手数料として、あと二両貰うぞ」
そう言って放免にした。
五作と勘三郎は飲み直すため、再び店に戻っていった。
彦三郎から巻き上げた三両の内、一両を店主の与半兵衛に渡し、あとの二両は勘三郎と五作で一両ずつ分け飲み直した。
与半兵衛「ありがとうございました。今日の二人の御代は結構でございます。たくさん飲んで食べていって下さい」
そう言って机にたくさんの肴を出してきた。
「こりゃありがてえ。親父、遠慮なく頂くわ」
上機嫌に、それもヒーロー気取りで答えた。
追い出された彦三郎は、苛立ちながらもトボトボ歩いて家路に向かっていた。
その道中、前から七人の男が歩いてきた。
『こんな夜中になんか嫌だな。あれに絡まれたら踏んだり蹴ったりだよ』
避けようとしたとき……
「おう、若いの。どうした?」
彦三郎は恐る恐る
「いや、なんでもありません。家路を急いでおりますので失礼します」
「連れねえな、人がせっかく心配してやってるのによ」
男達は彦三郎の腕を掴んだ。
「まあ、いいから話してみろや。聞いてやるからよ」
彦三郎は逃げることも出来ないことから、男達に今日の飲み屋でのことを話し始めた。
「ほー、そんなことがあったんか。
そりゃ大変だったな」
一通り話したところで、男達が悪い者ではないのではと思いはじめたとき……
リーダー格の男が覗き込むように彦三郎の顔に近づき……
「おめえが痛い目にあった店は、どこの何と言う店だ。」
「あの川沿いにある、いろりと言う店だ」
「そこで誰にやられたんだ?」
「栄五郎一家の下っ端二人です」
「で、おめえは何処の誰だ?」
彦三郎は言いたくなかった。
家族や店に迷惑が掛かることを嫌った。
「もう一度聞く、おめえは何処の誰だ?」
彦三郎はあまりの恐怖から失禁した。
周りに居た男の一人が
「汚ねえ、こいつションベン漏らしやがったぞ」
「すみません、すみません……これで勘弁して下さい」
財布を差し出した。
顔を覗き込んでいた男は
「こいつはお前のご厚意だから、有り難く頂戴しておく」
「だから助けて下さい」
「おうおう、可哀想にな、痛い目にあってさぞ苦しかっただろう。今すぐに楽にしてやるから」
そう言ってドスを抜き、彦三郎の胸めがけ刺した。
一瞬でドスの刃全体が見えなくなるくらい、一気に刺した。
彦三郎は一声すら上げることなく息絶えた。
財布を持った男が中身を確認、三両とちょっと入ってた。
リーダー格の男は
「金だけ抜いて、財布はこいつの懐に返しておけ」
子分は言われる通りにした。
「兄貴! こいつ帳簿なんぞ持ってやがるぜ。若林屋と書いてある」
「ほう、若林屋か……そのまま入れておけ」
彦三郎の遺体は近くの、暗闇に置いていった。
「おう、行くぞ」
男達は、彦三郎から聞いた川沿いの店、いろりを目指して歩き出した。
店の近くまできた所でリーダー格の男が
「大丸、文八、あの店行って飲んでこい。そしてあの下っ端二人の名前を探ってこい」
二人は店に向い、残りの者は暗闇に身を潜めた。
大丸と文八は平成を装い飲んでいる。
五作と勘三郎は、彦三郎を追い出したことを武勇伝のように話しながら、気分良く飲んでいた。
二人の名前を調べるのは容易いなことだった。
大丸と文八は目的を果たし、勘定をすませ集団に戻った。
リーダー格の男は「帰るぞ」とその場をあとにした。
6.抗争のはじまり
翌朝…
御上が、栄五郎一家に現れた。
この御上は栄五郎とは良い関係にある役人だ。
「栄五郎、おめえとこに五作と勘三郎という者は居るか?」
「へい、下っ端の名前まではなかなかですな……把握はしておりませんが調べさせます。おい、久兵衛、うちに五作と勘三郎という者が居るか直ぐに調べろ、直ぐにだ」
久兵衛は栄五郎一家のナンバーツーだ。
十分後……
「親分、調べて参りました。確かに五作と勘三郎はうちにおります。弥太郎とこの若いもんです」
役人「そうか居るか……その者を呼んで欲しい。聞きたいことがある」
栄五郎「どうかなさったのですか?」
役人「昨晩、殺しがあり、五作と勘三郎は、今のところ下手人だ」
「死体は誰なんですか?」
「御茶問屋 若林屋の三男、彦三郎だ」
栄五郎はまさか、と思った。
みかじめ料を払わないことから、彦三郎を殺したのか……でもそんなことは無いはず。
常日頃から、素人さんには絶対に手は出すなと言ってきたからだ。
栄五郎は自分の子分を信じたかった。
久兵衛に「今すぐに弥太郎と、その若い衆を全員呼んでこい」と指示を出した。
一時間位で弥太郎と、その舎弟全員が栄五郎の屋敷に集まった。
栄五郎は弥太郎に、ことの全てを話し、弥太郎は役人の前で舎弟達に問うてみた。
「五作、勘三郎……彦三郎という男を知ってるか?」
勘三郎が答えた「彦三郎という名の者は知りません」
「じゃあ、お前らは昨日はどこに居た?」
「いろりという肴屋で酒を飲んでいました」
「そこで揉めた奴は居なかったか?」
「へい、男一人が店に迷惑を掛けていたので、軽く痛めつけました」
「それは誰を痛めつけたのだ?」
「どこの誰かまでは……すみません、わかりません」
「その男が若林屋の三男、彦三郎だ」
「若林屋のボンボンですか? じゃあ問題は無いですよね」
「店から追い出した彦三郎を、その後どうした?」
「蹴飛ばし、軽くヤキ入れて放免にしました。あっ、やつ金をたんまり金持っていたので、店の代金として一両と、手間かけた手数料として二両、合わせて三両奴から取りました。それだけ取っても、やつの財布には三両以上の金が残っていました」
役人「三両以上の金が残ってただと? それは本当か?」
「間違いありません。あっしも五作も見ております」
役人は絶句した……そして「彦三郎は胸を刺され、死んだ状態で今朝発見された。仏になった彦三郎の懐に財布が残っていたが、財布の中には一文の金も残っていなかった。お主らが痛めつけ、金を巻き上げたあとでも、彦三郎の財布にはまだ三両もの金が残っていたのか……それは本当の話しか?」
「本当でございます」
親分「おめえらのドス見せてみろ」
二人はドスを親分に差し出した。
「弥太郎、確かめろ」
弥太郎は二本のドスを鞘から抜き、刃を確かめた。
「問題はなさそうです。二本のドスとも血油の痕跡はありません」
「そうか」
親分は胸を撫で下ろした。
役人「おめえらが彦三郎を追い出したあと、店に変わった様子は無かったか?」
「ありません。その後、店は平穏で私達も楽しく飲んでおりました」
役人の田之上伸次郎は
「わしはそれを調べて参る」
そう言って栄五郎の屋敷を後にした。
それから暫くして、二人への疑いは晴れた。
しかし彦三郎の父である茶太郎は、息子は栄五郎一家の若い衆に殺された、との考えを変えることは無かった。
茶太郎は、自身の店である若林屋が、栄五郎一家にみかじめ料を払わないことへの報復で、みせしめに彦三郎殺されたのだと考えていた。
茶太郎が怒りと悲しみ更ける中、店を訪ねて来る男がいた。
見た目からして侠客である。
「この度はご愁傷さまです。栄五郎一家に息子さんを殺されたとお聞きしました。犯人は五作と勘三郎らしいですが、何かお力になれればとの想いでお伺いしました。私は麟太郎と申します。恨みつらみの事でしょう。その恨みを晴らそうにも、相手が侠客では中々の事と存じます。侠客には侠客しかありません。手伝いましょうか」
突然のことだった。
茶太郎としては是非とも恨みを晴らしたいとの気持ちが強かった。
今の茶太郎に、じっくり考えるような思考能力は皆無であった。
「お願いします、助けて下さいませ」
「分かりました」
父親である茶太郎は、この者達が彦三郎を殺した張本人とも知らず、このヤカラに栄五郎一家の復讐を依頼してしまった。
この下衆な奴らこそ、武蔵の郡司一家だった。
彦三郎の胸にドスを突き刺し、還らぬ人にした連中だ。
このあと最悪な展開になっていく……
7.敵の正体
若林屋に顔を出したのは、郡司一家ナンバーツーの小鉄と、その子分の風太と金蔵の三人。
小鉄は茶太郎に……
「お願いがございます。我ら一家が寝泊まりする宿をお借りしたいと思っております。店の隣にある、あの家を使わせては貰えませんか?」
「あれは私どもの家で、今は使っておりません。どうぞお使い下さいませ」
「ありがとうございます。我ら郡司一家が彦三郎さんの恨みを果らすために使わせて頂きます」
郡司一家は難なく江戸侵入を果たした。
三人は今後の準備をするため、一度江戸を離れ、武蔵に帰ることにしていた。
その日の夜は江戸で過ごすことにし、食事をするため外に出掛けた。
出掛けた先は、肴 いろり
三人は静かに食事と酒を楽しんだ。
腹も満たされた頃、金蔵だけを店に残し、小鉄と風太は席を立ち店を後にした。
今日も店では、五作と勘三郎が酒を飲んでいた。
三人のうち一人だけ店に残った金蔵は、突然店の椅子を蹴飛ばした。
「こんな不味い飯は生まれて初めてだ。こんな不味いもんに払う金は一文もない」
そう言って暴れ、店を出ようとした。
勘三郎「おう、ここは栄五郎一家の島だ、わかってんのか? 表に出ろ」
そう言って五作と勘三郎は金蔵を外に連れ出した。
ヤキを入れようとしたその時……
「おう、うちの若い者に何してんだ? 殺すぞ」
「はあ? 俺は栄五郎一家の者だぞ」
「栄五郎一家? それがどうした? 俺は郡司一家の者だ。こっちへ来い。おめえら五作と勘三郎だろ」
「なんで俺達の名前知ってるんだ? それよりも郡司一家? 知らねえな」
そう言った勘三郎を、小鉄が思いっきり蹴り上げた。
隣に居た五作は小鉄に殴りかかっていったが、逆に腹に拳を叩き込まれた。
倒れた五作と勘三郎は、人気の無い川原に連れていかれた。
「おめえら郡司一家を知らないみたいだから、一生忘れることないようにしてやるよ」
小鉄ら三人は、五作と勘三郎の顔を、誰だか認識できなくなるくらい殴った。
圧倒的な強さだった。
ぐったりした二人を前に小鉄は、腰に付けていた太刀を鞘から抜いて……
「風太、そいつの右腕を引っ張っていろ」
そう言って五作の腕を切り落とした。
「金蔵、そいつの左足を持ち上げていろ」
そう言って勘三郎の左足を切り落とした。
三人は切り落とした二人の手と足を持ち、その場をあとにした。
持ち去った手と足は、栄五郎の屋敷の前に投げ捨てた。
小鉄「武蔵に帰って親分に報告し、戦争の準備だ」
三人は江戸を離れ、武蔵に向かった。
8.敵の侵入
朝になり……
「うわぁ、兄貴大変です」
朝から大きな声が響いた。
門前には切られた手と足があったから……
屋敷に居た全員で、残っている血の跡を辿り、川原で手と足を切り落とされた姿の五作と勘三郎を発見した。
二人とも命に別状は無いものの、無惨な姿になってしまった。
兄貴である弥太郎は「すまん、すまん」
涙が止まらなかった……
「絶対に仕返ししてやるからな」
弥太郎は栄五郎が居る部屋に行き、復讐をお願いした。
「弥太郎、落し前つけるぞ。先ずは、若林屋を見張れ」
「残っている子分達と一緒に、ずっと若林屋を見張ります」
弥太郎は、郡司一家への強烈な怒りで身体が震え、涙が止まらなかった。
私、銀次郎は弥太郎の肩を抱き「親分、あっしも手伝いやす。こいつは戦争です」
「おう、分かった。おい久兵衛、手が空いている若い者を、弥太郎と銀次郎に付けろ、源右衛門達も向かわせろ。郡司を叩きのめせ。江戸で暴れさせるな」
栄五郎は強い口調で指示を出した。
郡司一家との戦争状態に入った。
私と弥太郎、源右衛門は若い衆を連れて若林屋へと向かった。
店に着いた我々は、店を取り囲むようにして張り込んだ。
若林屋の店主 茶太郎は、その光景を見てこちら側に叫んできた。
「おい栄五郎一家、今度は私ら一家全員を殺しに来たのか。栄五郎一家なんてヤカラの集団だ。立ち去れ」
大声で何度も叫んだ。
御上が現れる騒ぎとなり、辺りは騒然となった。
御上の指導もあり、若林屋の店の周りには数名の子分だけ残し、大半の者はその場を後にした。
『心配だ。大丈夫かな』
私はそう思いながらも、この状況を変えることが出来なかった。
郡司一家の小鉄らは事件の二日後、郡司の居る武蔵に辿り着き、郡司に報告した。
報告を受け郡司は「二十人ほど用意して、明日の朝、江戸へ向かおう。わしも行く。」
翌朝、ナンバースリーの龍介と三十人程の子分を武蔵残し、郡司を含む二十人の一行は江戸に向け移動しはじめた。
侠客二十人が歩くさまは異様で、そこに近づく者は誰も居なかった。
道中はいろいろ準備しながら、二日かけ江戸に入り、若林屋を目指した。
若林屋の周りには、まだ数名、栄五郎一家の若い衆が見張りをしていた。
「あっ、あの集団は何だ?」
郡司ら一行は、栄五郎の若い衆を鼻で笑い、相手にもせず、若林屋から借りている屋敷に入っていった。
「大変だ。兄貴に知らせなきゃ」
急いで弥太郎に知らせに行った。
知らせを受け弥太郎は親分に伝えた。
「なに? 郡司? 何人ぐらい居た?」
「ざっと二十人ほど」
「二十か……若林屋が雇ったか」
栄五郎は悩んだ。
「久兵衛! 銀次郎と源右衛門を呼べ」
三十分ほどで二人は屋敷に入った。
「なあ銀次郎、郡司一家は余りにも手回しが良すぎないか?」
「へい、私もそう思います。もしかして彦三郎を殺したのは奴らではないでしょうか? 若林屋は郡司に、まんまと騙されてるのでは」
「わしもそう思う。ただ……郡司一家がわしの縄張りに入ってきたからには潰すしかない。人を集めて、町中の警備を更に強化しろ」
源右衛門「若林屋を襲撃しますか」
「それはならん。若林屋も一般の者だ。
みかじめ料を払わない奴らをのことを守る必要は無いが、頂戴しいてる方のことは全力で守らなければならん。
郡司は江戸の民衆に、迷惑をかけるようなことを起こすはずだ」
「分かりました」
銀次郎「郡司は江戸に二十人も子分を連れて来ています。ならば本拠地はかなり手薄かと思われます。寅五郎親分に、武蔵への攻撃をお願いすることはできないものでしょうか?」
「分かった、お願いしてみよう」
栄五郎は、寅五郎一家に向け、三人の子分を走らせた。
郡司一家の本拠地を襲撃して欲しいとお願いするために。
『私の前世は、こんな激動の世界を歩んで来た人だったのだ。
しかし、最後は一番信頼している、侠客の世界では我が父となる、親分の指示で前世は殺されている……手伝いとはいったい何なのか? 現世から来た私の使命はなんなのでしょうか? 私はどう判断していかなければならないのか? 日々疑問を持ちながら、模索していく前世の旅であった。
【下】につづく
著者:Z通勤時間作家
【その他の作品】
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・私が結婚させます!
・ニオイが判る男
・幽霊が相棒の刑事