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(山で焚火をするためにやってきた丹沢編、前中後のうちの後編です。ラストです)

 河川敷にたどり着くと、大きな炎の柱が見えた。隣り合ったテントが二張、勢いよく燃え上がっていたのだった。川のすぐ傍ではあるが、見るからに危険な状況だ。それでもおじさんは躊躇なく、どんどん走って炎の方へ向かっていく。チアキもその後を追った。

 橋のたもとの階段を駆け下りてみると、小学生ぐらいの子どもたちが10人程と数人の大人がおろおろと河川敷を動き回っている。どうも親というより何か小学生の集まりかボーイスカウトの類のようだった。彼らの騒ぎ方を見れば、燃え上がっているのは彼らのテントで間違いないだろう。

「早く、非難した方が!」

 チアキが大きな声で呼びかけると、大人の女性が駆け寄ってきた。小学校の教諭のような雰囲気の中年女性だ。

「調理も何もしてなかったのに、テントがいつの間にか燃えだして……」

「怪我人は?」

 おじさんも鋭い調子で質問を挟む。女性は首を横に振った。

「この上のバス亭のところに町の施設があったから、あんたたちは子どもたちを連れてまずそこに非難した方がいい。警察にもそこから連絡してくれるだろうから。早く」

「消防車が来るまで、ここはわたしたちが見てます」

 チアキが自信たっぷりにそう言うと、女性は、ありがとうございますと頭を下げ、子どもたちの方へ戻っていった。そしてすぐに集団をとりまとめ、河川敷から避難していく。

 二人は彼らが立ち去るのを神妙な面持ちで黙って見送った。

 最後の少年が階段の上へ消えたのを見て、顔を見合わせる。

「さて」

「うん、分かってる。精霊、捕まえるんでしょ」

「おう。焚き火の手間がはぶけたな」


 見れば河川敷に覆いかぶさるように生えていた蔦系の植物が燃えている。テントから引火したのか、何か他の要因で火が付いたのか分からなかったが、おじさんはそれを一目見て言う。

 精霊による自然発火だ、と。

 熱を間近に感じる距離にまで近づき、おじさんは一生懸命スマートフォンに何かを打ち込んでいる。チアキはおじさんに言われ、その辺に転がっていたバケツに水を汲んできて、足元に置いたところだ。

「いる、いるぞ、でかいのが」

 おじさんはスマートフォンに画面を見つめながら言う。

「何が?」

 と、チアキが尋ねるが、同じタイミングでおじさんのスマートフォンの着信音が鳴った。彼はすかさず電話に出た。

「よお、景気よく盛り上がってるじゃん、どうしたの?」

 ああそうか、あの時と同じだ。チアキはその様子を見て理解した。

 おじさんはスマートフォンを使って、この目の前で燃えている火の精霊と会話をしているのだ。以前、事故物件で、水の精霊らしきものと会話したように。

「おお、なんだあんたか。イールチニの森の件以来か。そうだよ。俺だよ俺、アルベリの。久しぶり」

 スマートフォンから口を離し、チアキに、知り合いだった、と囁く。

「そう。異世界まで追いかけてきたわけ」

彼の口調は、友達と話しているのと同じような調子だ。「つーわけで、連れ戻しにきた」

 言いながら、おじさんはなぜか着ているパーカーを脱きだしだ。電話をしながら不自由そうに腕を引っこ抜くと、それを隣りにいたチアキに頭からバサッと被せる。

「わっ、何?」

「火よけになる、少しは」

 短く言って、彼は火の精霊らしきものとの会話に戻った。

「あーそうだな。そりゃそうだし、向こうにいたくない気持ちはわからないでもないけどさ。あんたがこっちの世界に来ちゃったらさ、バランスが崩れちゃうんだよ。わかるだろ。あんたの“動”の力が行き過ぎて破壊の力になる。なんにも関係ないところに力が波及しちまう」

 そうこうしているうちに、火はどんどん勢いを増している。

「あんただって、あんな子供達を焼き殺したかったわけじゃないだろ」

 チアキの足元に生えていた芝生のような草が燃え始めた。彼女は慌てておじさんの方へ一歩近づく。

「──お、そういうこと言っちゃう?」

 おじさんは炎の方しか見ていないが、チアキは自分たちの周りをぐるりと見やった。足元の草が燃えだして、地面を走るように燃え広がっていく。

「アレ? これなんだか……ヤバくない?」

 逃げ道が無くなってきたというか火に巻かれているというか。チアキはおじさんのシャツの端を掴んだ。

「──なんでかな、こっちの世界にくると、あんたらみんな強気になるよな。こっちの人間があんたらに対して原始的なアプローチしかやらないからか? 俺TUEEEE感がはみ出してるぞー?」

「ジリオさん、ヤバい、囲まれちゃってるよ」

「分かった。じゃあこっちも実力行使でいくわ」

 おじさんは、ピッとスマートフォンの会話を切った。全く取り乱していない様子で、チアキをちらりと見る。

「チアキちゃん、おじさんから離れないようにして」

「言われなくてもそうするよ!」

 彼女がそう返した瞬間、目の前の炎が大きく立ち上った。可燃性の何かに火が着いたのだろうか。大きくなった炎は、まるで人間が両手を広げてハグするかのように、おじさんとチアキを包み込むように迫ってくる。

「下がって!」

 おじさんの鋭い声に、チアキはビビりながらも後ろへ跳んだ。

 しかし背後を絶つように炎の壁が行く手を阻む。自然現象と片づけるには、少しどころかかなり恣意的な炎の動きだ。

「ジリオさん!」

 これはまずいことになった。

 炎の熱を感じながら声をかけると、おじさんは真っすぐに立ち、スマートフォンを炎が一番大きくなっているところに向けている。パシッパシッ、何をしているのかと思ったら写真を撮っている。

 マジか!? チアキは苛立ちの声を上げた

「ちょっ、何してんの!」

「見て分かんないの!? めちゃバトル中だよ!」

 しかしおじさんは息を切らしながら返してくる。

 見て分からなかった。

 さらに言うならば、彼の姿は、勢いよく燃え上がっているテントの写真をパシパシ撮っている不謹慎な大人にしか見えなかった。

 どういうことなのだろう。チアキはおじさんが預けてきたパーカーを顔だけ出すようにかぶり、おじさんの様子を伺った。その姿は某宮崎アニメの温泉宿に出てくる黒い妖怪さながらだ。

「写真撮れば勝てるの!?」

「そうだよ、けど、ヤバいかも」

 燃え上がる炎の熱から身を守るように、たまにクネクネした動きで熱を避けながら、おじさんはそれでもスマートフォンを手放さない。

「スマホのキャパが足りない。あいつが大物過ぎて、こいつに入りきらないっていうか」

「また炎上するってことか」

 熱さの中で、チアキは状況を理解した。

「それって、容量が足りないってことでしょ。それこそクラウドに上げたら?」

「そもそも1か所にまとめるのが危険なんだよ、力を抑え込めないかもしれないんだ」

 おじさんは自分の首の辺りに手をやって、付けていた小さなネックレスを引きちぎった。話しながら、これも持っててと、それをチアキの上着のポケットにサッとねじ込む。

「へっ、何なの?」

「まあいいから、いいから。持ってて」

おじさんはいつでも自分のペースだ。「で、チアキちゃんのスマホでも写真撮れたらいいんだけど」

「ゲッ、そういうこと?」

 チアキは自分のスマートフォンの入った上着のポケットに外から触れる。今おじさんがネックレスを入れたのと同じポケットだ。足元に火が迫ってきて、アチチッと避けながら、彼女はおじさんの言葉を脳裏で繰り返した。

「2か所に奴を分けておいて、そのまま俺の世界に送り返せたら完璧なんだ!」

 かかってきた火の粉を払い、おじさん。

 ほんの数秒、逡巡して。クソッ、とチアキは女の子らしくない呟きを漏らす。

「分かった。どうすればいい?」

 その悪態は彼女が覚悟を決めた証しだ。強い視線でおじさんをまっすぐ見て、指示を仰ぐ。

 取り出したスマートフォンには、おじさんから預かったネックレスが絡まっていた。それをほどき、チアキはネックレスをポケットに戻す。

「スマホを貸して。それから、おじさんに30秒でいいから、そのスマホに”言葉”を打ち込む時間をくれ」

「わたしに時間稼ぎしろってこと?」

「ごめん! その通りです!」

「──スマホが燃えたら怒るからね!」

 諦めたように、チアキは自分のスマートフォンをおじさんに向かって突き出す。

「ロック解除は“おにくやさんに”だよ」

「どゆこと?」

「029832!」


 その後、まるで示し合わせたように二人は動いた。


 おじさんはチアキのスマートフォンを受け取ると、左手に2つのスマートフォンを重ねて、文字を打ちながら後ろへ下がった。チアキは身をかがめ炎をかわしながら、ステップを踏むように前へ出る。

 2、3歩でたどり着いたのは水を汲んでおいたバケツだ。

「ウェェエイ!」

 奇声を上げながら、チアキはバケツを振りかぶって水を頭から被る。

 それから水がしたたる、おじさんのパーカーを外して、炎の端っこに向かって、無茶苦茶に振り回してみる。上着は一瞬だけ炎を切ったがそれだけだ。水が蒸発し、炎はさらに燃え上がる。

「あっつ!」

 熱に顔をしかめながらも、パーカーを振り回す。魔法なのか素材のおかげなのか知らないが、パーカーは燃え上がったりしなかった。炎が大きくなり、チアキに覆いかぶさろうとしてくるが、うまいこと風が吹いて、こちら側が風上に変わったようだった。

 かなりの熱気だが、これぐらいなら我慢できるレベルだ。何がどうなるか分からないが、とにかく自分の方に、火の精霊の目を引き付けるしかない。

 ちらりと後ろを見れば、おじさんは一生懸命スマートフォンに文字を打ち込んでいる。女の子に前衛を任せて大男のおじさんが携帯電話をいじっているという、かなり誤解を招きそうな絵面なのだが、おじさんは魔法使いなのだからあれでいいのだ。チアキは自分にそう言い聞かせた。

 あれは魔法使いが、すごい魔法を打つ前に長い呪文を詠唱しているシーンなのだ。きっとすごいものを準備しているのに違いない。

「てぇいっ!」

 バサッ、バサッ。ブルン、ブルン。パーカーを振り回せば、炎はその時だけひるんだように、後ろに退いた。意外にこの攻撃が効いているような気もしてくる。もう少し後ろへ払えば──。チアキは足を一歩踏み出す。

 だが、それは致命的な判断ミスだった。

 炎は後退したのではなく、それは彼女を誘い込むための罠だったのだ。奥に足を踏み入れた彼女を捕まえるように、右から左から上から、炎は一気に勢いを増した。

「ヤバっ」

 硬直するチアキ。だがもう遅い。炎は勝ち誇ったかのように高さを増し、彼女を包むように手を広げ──。


 パシャッ。


 その時聞こえたのは、スマホの間抜けなシャッター音だった。それが、触れるものを破壊していく炎の音の合間を縫うように、チアキの耳に届く。


「ジリオさん!」


 スマートフォンを高々と掲げ、おじさんが写真を撮っていた。

 ドヤ顔で、チアキのスマートフォンでパシパシと写真を撮っていた。

 さすがにこのシチュエーションである。魔法は無理だと言っているおじさんも、今日ばかりは"なんかすごい魔法"を使うかもしれないと、チアキは思っていたのだ。しかしおじさんはそんな彼女の淡い期待を打ち砕き、ただひたすら写真を撮りまくっていた。

 嘘でしょ、それだけ……? チアキはドン引いたが、しかし異変に気付く。炎が上から襲い掛かってくると思ったが、それが無かったのだ。

 見る、見回す。

 炎が急に勢いを無くしていくのが分かる。水を掛けられたわけでもないのに、なぜかどんどん小さくなっていく。


「もう大丈夫だ。ありがとう、チアキちゃん」


 おじさんが、チアキの隣りに立った。堂々とした足取りだった。

 相変わらずやっていることは、スマートフォンで燃えている炎の写真を撮ってるだけなのだが、その姿は自信に満ち溢れていた。彼の態度が表すとおり、確かに炎は小さくなっている。

 蔦や植物に燃え広がってしまったところも、いつの間にか鎮火している。ただ炭になったものが、燻って細く煙を上げているだけだ。

 この状態にまでなれば、しばらくすれば自然に火も治まっていくことだろう。しかし大量の水をかけたわけでもないのに、急になぜ。チアキはおじさんを見、その手にある自分のスマートフォンに目を落とした。

 本当に魔法なのだろうか。

 スマホで写真撮っただけなのに?

「チアキちゃんのスマホ、助かったよ」

 じっと見ていたからか、おじさんはチアキのスマートフォンで写真を撮るのをやめ、彼女にそれを差し出した。チアキはそれを、これみよがしにジロジロと見てやった。

「燃えない?」

「燃えないよ、大丈夫」

おじさんは晴れやかな笑顔だ。「帰りの電車でまた貸して。メールに添付して俺の世界に送り返すから」

「ん、分かった」

 そうっと、自分の機器を受け取るチアキ。

「もー、マジ死ぬかと思った!」

「大丈夫だよー。おじさんの上着と護符渡したろ?」

 半ば怒ったように彼女が言えば、おじさんはそんな言葉を返してくるのだった。

「燃えないし、火傷もしてないはずだ。チアキちゃん、怪我してないだろ?」

「何? 護符?」

「ほうら、もう火消し屋が来たぞ」

 からからと笑いながらおじさん。確かに遠くからサイレンの音が聞こえてきて、赤い車が川沿いの道を走ってくるのが見えた。消防車か。

「さあ、じゃ行こうか」

 おじさんはチアキの腕を掴む。

「え、だって」

「用事は済んだし大丈夫」

 かくして、おじさんはチアキの腕を引いたまま、脱兎のごとく走り出したのだった。わーちょっと待って、と彼女が声をあげてもお構いなしだ。

 そして、燃え上がっていた河川敷のテントのそばで、一生懸命、写真を撮影していた謎の二人組は、警察や消防署の事情聴取を受けることなく、その場からとっとと逃げ出したのだった。

9「タイトル未定」は、うまくすると7/9に更新します。

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