04_05 リオンの師匠
新しい拠点を掃除し、入居祝いをした次の朝、ガリガリと耳障りな音で目がさめた。
音はベッドサイドに放ってある僕のベルトポーチからしている。
ああ、前にクローリスに作ってもらった異世界の通信用魔道具か。
一呼吸して頭を起こしてから魔道具を取り出して話かけた。
「おはようございます、こちらザート」
『ザートさん! プラントハンターだけで良いんで、すぐヤトマリまで降りてきてください!』
スズさんがめずらしくあわてている。
昨日、皇国の小隊——バスコ隊には昼にギルド前に来るように言って解散させていたんだけど……なにかあったんだろうか?
とにかく女性陣を起こして下に降りよう。
――◆ ◇ ◆――
「コトガネ様の遺骨が起き上がってしまったんです」
今僕らはビーコに乗り、ヤトマリでスズさんを拾った僕らは言われるがまま、バスコ隊がいるという皇国軍人の墓に向かっている。
バスコ隊が墓に行った理由は聞くまでもなく第二大隊の墓参りだろう。
第二大隊の狩人——コトガネの遺体はバスコ隊に預けていた。
スズさんから聞いて同じ場所に埋葬しようとしたんだろう。
分からないのは、なぜこのタイミングで起き上がったのか、だ。
「ザート、あそこに人が集まっているけどそのまま降りていいの?」
「はい、少し離れた場所でおりてください。皆、戦闘準備」
スケルトンと大柄の狼獣人がにらみ合い、それを小隊の人達が囲んでいる。
スズさんから、コトガネはリオンとの話を望んでいると聞いたけど、上から見た限り誰かから奪ったらしいホウライ刀を握っている。
とても友好的な状態とは言えない。
「コトガネ様。リュオネ様をお連れいたしました」
ビーコから降り、集団にスズが呼びかけると、人垣がわれてバスコ隊長とスケルトンが見えた。
——?
スケルトンがあいさつでもするかのように、おもむろに右手に持っていたホウライ刀を空にかかげた。
と思った瞬間、スケルトンが崩れたのかと思うほど地面にうずくまっていた。
「来るぞ!」
沈み込んだ骨の身体がこちらに向けて一直線に飛んできたかと思うと、白骨の両手から繰り出されたとは思えないほど重いホウライ刀の一撃がリオンのもつロングソードの柄で受け流されていた。
一瞬の静寂の後、両者による斬り合いが始まった。
最初の一撃を逆手にもったロングソードの柄で受け流したリオンは、勢いを利用してスケルトンの顎に切っ先を振り込んだ。
スケルトンはそれを余裕を持ってかわし、左逆袈裟にホウライ刀を切り上げた。
左肘をねらわれたリオンは右後ろに下がり、踏み込みつつ右手で柄を押し下げ、変則的な右逆袈裟で応じる。
「ふむ……確かに、逆鉾の術じゃな」
スケルトンは後ろに大きく下がり、構えを解いた。
どうやら本気で戦うつもりはなかったようだ。
「エンデのコトガネ様とお見受けしますが、試されたのならお人が悪い」
今の奇襲でリオンはだいぶピリピリしている。
リオンがいつでも抜けるようにロングソードの切っ先を皮の鞘にかけていた。
「許せ。ケワイの髪飾りのように外見を変える道具がこちらにもあるやもしれぬと疑った。いかにも、わしはエンデが家の牙狩り、コトガネじゃ」
こんな姿にはなったがな、と豪快にわらうスケルトン。
その様子に、周囲の剣呑な空気もしだいにおさまっていった。
リオンもため息を一つつき、殺気をしずめた。
「お初にお目にかかります。私はミツハのユミガネが娘リュオネと申します。外の地での生まれにて、至らぬ点がありましょうがご寛恕下さいませ」
「おお、やはりユミガネ殿の娘か。皇国でも音には聞いていたぞ。たいそう美しい娘と聞いて楽しみにしておったが、真であったな」
コトガネ……様と言うべきだろうか? 偉いんだろうし。
コトガネ様は楽しげに刀を放り出して手近な岩にどかりと腰を下ろした。
ちょっと、それあなたの同胞の墓石なんですけど。
「して、わしや同胞を陸に引き上げたのはどの者じゃ? おそらくはそこなる三人のいずれかであろう?」
こちらに顔を向けるスケルトンの眼窩の奥には凝血石と同じ色の光が宿っていた。
コトガネ様を引き上げたのは自分だと名乗り出ると、スケルトンのコトガネ様は骨を鳴らせてうなずいた。
「まずは礼をいうぞ。船が沈む際、八十の老骨は惜しくはなくとも、主上より下賜された三刃の鞘だけは奪われまいとイカリと共に沈んだが、ユミガネの娘が鞘をつかっておるとわかり、安堵した」
八十とは驚いた。
リオンと戦っていた時は気づかなかったけど、コトガネ様は生前だいぶ高齢だったらしい。
骨だけじゃ年齢なんてわからないからな……
「お礼をいうのはこちらです。コトガネ様がビンを流していなければ引き上げることはできませんでした」
「あれか。一縷の望みを託して流したが、こうして実を結んだのだから不思議なものじゃな」
ビンをロターの砂浜で拾っていなければ、クローリスがビンを安全に解除しなければ、僕が鞘とコトガネ様を引き上げるジョアンの書庫という手段を持っていなければ、今の結果には至っていない。
たしかに不思議ではある。
でもそういった出会いの妙は後回しだ。
僕は一呼吸置き、コトガネ様の眼窩にある灯火をみてたずねた。
「不思議と言えば、今、この状況で一番不思議なことがありますよね」
「そうじゃな。わしもたずねたいことがあるのう」
やっぱり本人も確認したいのだろう。
二人でうなずき合う。
周囲もそれと察したのか、空気が変わり静けさが増した。
「「なぜ死者から”起き上がった”のに意識があるのか」」
二人から発せられた疑問の言葉が重なる。
”起き上がった”骨や死体が生前と同じように振る舞うなんて聞いたことが無い。
「意識はいつからありました?」
そもそも、海で見つけたときにバラバラになっていなかった時点でおかしかったのだ。
「身体こそ動かせなんだが、意識は甲板に投げ出された前からあったのう」
前、というと書庫に入っていた時からか。
「何も見えない所じゃったが、身体を括り付けていたイカリの感触で、現実だと理解できた。絶えず自分の中に何かが流れ込んでくる感覚が続き、そろそろあふれるかと思ったとき、甲板に投げ出されたんじゃ」
何かが流れ込む……もしかして、魔素か?
書庫には凝血石や魔砂といった血殻に入った魔素が多くある。
大楯でリヴァイアサンの砲弾を収納したりして魔素の出し入れをしていたから、もしかしたらそれがコトガネ様に入ったのかもしれない。
「ちょっと失礼してもよろしいですか?」
僕はコトガネ様に近づき、腕の骨を手にとった。
六花の具足にしたように、魔素をコトガネ様から抜いて、再び入れる事を繰り返す。
「流れ込んできたのはこれですか?」
「うむ、これじゃな。わしが入っておったのはもしや、おぬしのマジックボックスか」
「はい。急に気分が悪くなったため、失礼ながら外に出させていただきました。マジックボックスは魔獣を含めた生物を入れる事が出来ないため、外に出すように身体が反応したんだと思います」
細かい理屈はわからないけど、どうやらコトガネ様が起き上がったのは魔素が理由らしい。
だとしたらちょっと面倒だな……
「ふむ……今出し入れしたのは魔素じゃろう?」
こちらの心を読んだかのようなコトガネ様の言葉に一瞬言葉がつまる。
「やはりか。牙持ちを狩りつづけたわしが死して牙持ちのたぐいとしてよみがえるとは、因果よの」
牙持ち、つまりこちらでいう魔人は魔素を人間に注入して同族にする。
あえて言わないでいたけど、魔素が注がれた結果目を覚ましたのなら、確定ではないけど、コトガネ様は魔人の可能性があるのだ。
冒険者としては魔人は倒すべき対象だ。
本来ならクランリーダーとして、倒せと皆に言うべきかもしれない。
とはいえ、人としての意識があるコトガネ様が魔人だとは思えない。
僕がためらっていると、周囲のざわめきが唐突に静まった。
静めたのはリオンのようだ。
こちらに歩いてきたリオンがめくばせをして僕の隣に並ぶ。
「コトガネ様、私は逆鉾の術をつかい、マガエシも使えるようになりましたが、牙狩りとしての教えを正式には受けてはおりません。なにとぞ、師となっていただけないでしょうか」
僕も助命の理由を考えていたけど、リオンの方が先に考えてくれた。
リオンが更に強くなるには師匠が必要というのなら、名目もたつ。
頭を下げるリオンにしばらく目を向けていたコトガネ様だったけれど、一つため息をつき、こちらに顔を向けてきた。
「ザート殿。わしの様な事例は前代未聞じゃ。いつ死ぬか、いつ本物の牙持ちや魔人となるかわからぬ。だが、しばらくはユミガネの娘に牙狩りの修行をつけたい。ついては、わしの中の魔素を今の半分くらいにしてはくれぬか。減らせば増やし、増えれば減らす。さすれば消える事もなく、いざという時にも狩りやすかろう」
呵々《かか》と大笑いするコトガネ様だけど、自分を殺しやすくするため、とかこちらが反応に困る事をいうのはやめてほしい。
「……わかりました。そのようにいたしましょう。私もギルドに頼み、狩人におなじような例がなかったか確認します」
幸い、クランの幹部である僕とリオンの決定にみんなから反対はでなかった。
相談の結果、コトガネ様にはバスコ隊とともに、一足先にジョージさんが用意してくれた第三十字街の拠点に向かってもらうことになった。
「帰るわよー」
書庫から出した食料や武器を持たせたバスコ隊の背中をみていると、いつの間にか、僕以外はビーコの背の上に乗っていた。
僕はクローリスをしばるための革紐を取り出しつつ歩き始める。
—— おぬしのその書庫には、わし以外の”なにか”が潜んでおったぞ ——
魔力を半分吸い出している最中、コトガネ様が皆に聞こえないように教えてくれた事が、しばらく頭から離れなかった。
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