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04_01 ブラディア独立とクランへの依頼(2021/09/23改稿)

 辺境伯が——独立する?


「ムツ、経緯を説明してください」


 リオンが口の端をきゅっと結び、ホウライ皇国の候主として大使に説明をもとめた。


「では船室へ参りましょう。これはクラン【白狼の聖域】も関係するため、ザート様もご同席ください」


 僕も? 辺境伯の反乱と【白狼の聖域】がどう関係するんだ?

 いぶかしく思いつつ、リオン、大使、子爵、リズさんに続き、船長室の下の船室に入り、順に席に着いた。

すると後ろからスズさんが皆の前に飲み物をおいていき、一礼して扉の側に立った。


「それではムツ、続きをお願いできますか」


 リオンが侯主として気負う事無く年長者の大使に先をうながす様子は堂に入っていてなかなか威厳がある。

大使は一礼すると改めて話し始めた。


「ウルヴァストン子爵から伺った話によると、先日我々が懸念していた通り、アルドヴィン王国宰相はバーゼル帝国との開戦をのぞんでいるようです」


 それにたいしてリオンは静かに頷く。


「なるほど、皇国が到底飲めない条件を王国が求めたのは、こちらから同盟を破棄させるためだったのですね。同盟が破棄されてしまえば王国内の穏健派貴族は主張の根拠を失うでしょうから」


 しかし大使はリオンの言葉に対して首を振った。その顔は苦渋に満ちている。


「それだけではありません。アルドヴィン王国は完全にホウライ皇国との同盟を解消したと国内で発表しました。同時に、皇国人を含む全ティルク人の扱いをリンフィス人の扱いに準ずる事を国民に許したのです」


「馬鹿な! それは本当の事なのか!」


予想を超えた大使の言葉を聞いたリオンから侯主としての表情が消える。


目を見開き、拳を握りしめるリオンの前にジョージさんが一枚の公文書を広げた。


「独立宣言直前にアルドヴィン王国から送られてきた通達書です」


 何度も目を動かして内容を確認していたリオンがテーブルに羊皮紙を戻してうなだれた。

今まで同盟の維持によりティルク人を守ろうとしていたのに、その努力が水泡に帰したのだから無理もない。


リンフィス人はアルドヴィン王国の南方にあるリンフィス大陸に住む人々で、宗教や領土をめぐり長年紛争をしている。ティルク人がアルドヴィンに多く住んでいるのも紛争によって労働力が減ったのがきっかけという事情がある。

そのリンフィス人のアルドヴィンでの扱いは戦争奴隷だ。


それと同じ扱いをして構わないというのだ。ティルク人は社会に溶け込んで生活している以上すぐに奴隷にされる事はないだろうけど、今後立場は急速に悪化していくだろう。


「……ムツ、話を続けてください」


 けれど、侯主に泣き崩れる事はゆるされない。瞑目して呼吸を整えたリオンは再び大使に話の続きを促した。


「アルドヴィン王国とバーゼル帝国との戦争に話を戻します。両国が接する地域は複数ありますが、戦場は高い確率でブラディア地方およびレミア海となります。王国としてはバフォス海峡を抜けた先、アルドヴィン王国南部のペリエール港にいる王国海軍の主力をレミア海に展開したい。そのため宰相は辺境伯に対してブラディア第四港のコズウェイ港を差し出すように求めてきたそうです」


バフォス海峡はブラディアより対岸のティランジアに近い。例えばシド港を取られればアルドヴィン海軍はレミア海に出られない危険もある。

寝返られては困るため、港を直轄領として確実に海路を確保しようとしたのだろう。

戦争である以上、ある程度の徴用はやむをえない。こういう場合は元の領主のコズウェイ伯に対して、元の土地と同程度の土地や施設を与える。


「そしてさらに、王都までの陸路も確保するとして、コズウェイ港からグランベイ、ロター、さらに領都ブラディアまでも王家に譲る事を求めてきたのです」


 大使の言葉にジョージさんの表情が硬くなる。

なるほど、それは辺境伯も飲めない話だ。。

 ブラディアが凝血石の一大産地になったのは八代にわたるブラディア辺境伯家の努力によるものだ。

さらにグランベイ開港以降はティランジアとの貿易にも力を注いできた。

これだけ価値ある土地以上に魅力的な領地はアルドヴィン王国にはない。

 他の土地に移住させる転封には納得できないだろう。


「辺境伯は長城壁の上を軍用とするなど妥協案を出したそうですが、宰相は一方的に、諸侯により編成された王国軍が到着する前までに領都を明け渡すように命じたそうです。逆らえば武力で押しつぶすという姿勢は戦争にかこつけた暴挙といえましょう。このような経緯で、辺境伯は話し合いによる解決を諦め、独立し、王国軍と戦う決断をしたということです」


大使が話し終えると会議室は重々しい沈黙がおとずれた。

いくら豊かでも、アルドヴィン王国全体を相手に戦争するのは辺境伯領だけでは難しい。ここまでくれば話の先は見えている。


それでもリオンはしばらく目を閉じて黙考していた。

皇国の外交権限はムツ大使にある。それでもホウライ皇国は皇族が治める国なのだ。

生まれながらに国に責任をもつリオンの言葉は重い。彼女が送る価値なしと判じればムツ大使であっても奏上できない事だって十分にありうる。


「わかりました。それでは、ウルヴァストン子爵。特使として、辺境伯より命ぜられた内容をうかがいます」


 リオンの言葉を受けて一礼したウルヴァストン子爵が口を開く。


「はい。アルドヴィン王に爵位を返上し建国を宣言したブラディア王は、外洋艦隊を持つホウライ皇国と軍事同盟を結びたいと考えております」


そうなるだろうな。ブラディアは海軍力が弱い。王国海軍がバフォス海峡を越えてくれば容易に港を攻略され、陸と挟み撃ちにされてしまうだろう。

それを避けるためにはちょうど同盟を破棄された皇国艦隊と手を結ぶのが最善策だ。


「ブラディアはバーゼル帝国の侵略に対しては皇国と連携してあたるとお約束します」


つまり、アルドヴィンが破棄した皇国との軍事同盟をそっくりそのまま引き継ぐとい事だ。

でも、アルドヴィンと国の規模が違うブラディアでは、それでは足りない。

ただし、幸か不幸か、今皇国は、リオンは喫緊に求めているものがある。

 ウルヴァストン子爵の目が厳しく光る。これは交渉であって親切心でしているやりとりではないのだ。


「今後アルドヴィンでは大量のティルク人難民が発生するでしょう。我々は彼らを受け入れましょう」


 一拍の静寂の後にリオンは大使に振りかえる。


「ムツ、ブラディア王の申出を皇国に持ちかえってください。主上に必ず奏上するように願います」


「必ず、吉報とともに戻って参ります」


ティルク人の保護はリオンの長年の望みであるし、皇国の最高権力者は情け深いと聞いている。きっとこの同盟は成立するだろう。

最後にテーブル越しに大使と子爵が握手を交わして交渉は終わった。


「やれやれ、これで役目は半分果たせました。後は皇国へ渡り、国交の樹立と同盟を改めて願います。ムツ大使、皇国での滞在を楽しみにしていますよ」


「ええ、お任せ下さい。お二人を退屈させるような事はいたしません」


会談の目的を達成した大使とジョージさんは口調もくだけ、和やかな空気が広がった。

というか、リズさんも皇国に行くんだよな。これって……いや、本人達の口からきくまでは邪推はすまい。

リオンも普通の状態に戻ってスズさんからお茶を受け取っている。


 僕もいつの間にか置かれたカップに口を付け乾いた唇を湿した。

 けれど、先ほどまでの話を聞いて、僕は疑問を拭い去れずにカップの底をじっとみてしまう。


「ザート君、なにか気になることでもあるの?」


僕の様子にリズさんが声をかけると、笑い合っていた他の皆も僕に顔を向けた。

せっかく和やかになったのに心苦しいけど訊いてみよう。


「やっぱりアルドヴィンの最近の行動は不自然だと思うんです。アルドヴィン王国は長年海を挟んだ南方のリンフィス諸侯連合と紛争を続けています。紛争が停戦にもなっていない状態で帝国と戦うためにブラディアを攻めようという時に皇国との同盟を破棄している。宰相の背後には学府とバルド教がついていても彼らが直接参戦する可能性は低い。自らを不利な状況に追い込む理由がわからない」


「言われてみれば確かに、不自然だね……」


「帝国軍の数は諸国に比べて群を抜いて多い。例え優れた兵器を持っていても数で押し負ける事だって十分にありえますからな」


ジョージさんとムツ大使も飲み物を置いてテーブルの中央におかれた地図を見て唸る。

僕も同じように見ていたけど、リンフィスに描かれたアルドヴィンの飛び地が目に入った。

 この土地は身内に裏切り者がでてアルドヴィンに乗っ取られた国の土地だったな。


中等魔術学院の教官に最初の頃に言われた言葉を思い出す。

味方の中に敵がいた場合戦いに勝つのは非常に難しい。そして敵の中に味方がいれば戦いに勝つのはたやすい。


アルドヴィンと対立する国々の中に、実はアルドヴィンの味方の国があったら?

ふと思いついた仮説に頭をめぐらせる。


ブラディアはどうだろうか?

内乱を起こしていると見せて帝国が攻めてきたら一丸となって反撃する。

けれどアルドヴィンの皇国との同盟破棄と矛盾するだろう。違うな。


ホウライ皇国はどうだろうか?

同盟破棄と見せかけて挟撃する。

同盟破棄のために今ティルク人達は奴隷におちようとしている。

さしせまってもいないのに民を大事にするという皇国首脳部がそんな事をするとは思えない。

それに甘いと言われようと仲間を疑いたくはない。却下。


リンフィスはどうだろうか?

あり得なくはないけど彼らは連合を組んでいても一丸ではない。

数カ国が味方になった所で大勢に影響しない。ないだろう。


消去法で最後に残った国の名をつぶやいてため息をつく。

何度も考えたけどこの国とアルドヴィンが手を結んでいる可能性が高い。


「皆さん、バーゼル帝国とアルドヴィン王国が不可侵の密約を交わしている……としたら、その可能性についてどう思いますか?」


その場の全員が目を見張るなか説明すると、皆がうなりだす。


「まさか仇敵と手を結ぶなんて……いや、アルドヴィンの狙いが最初からブラディアだけだった場合は、アルドヴィンにはそうするメリットがある」


「帝国から見ればブラディアを攻略している間は自分達が手を出さない限りアルドヴィンが攻めてくる可能性は低い」


「つまり帝国が得る利益って……」


ムツ大使が顔を赤くして声を絞り出す。


「兵を帝国東部に集中し皇国を落とすつもりか……!」


「スズ、ムツ、確認を」


「急ぎ第八小隊の帝国担当に確認させます」


リオンに一礼したスズさんは足早に船室から出ていった。

第八小隊は皇国駐留軍の諜報担当だ。アルドヴィン王国に加えてバーゼル帝国にも担当者がいるらしい。


「承知しました。皇国に戻りましたら主上に申し上げた上、諜報部に確認に向かわせます」


 確信をもってもやはり仮説は仮説だ。証拠がなければできる事は少ない。 

今は密約の疑いについてできる事はもうない。

そう、密約については。

 椅子に座り深くため息をつく大使に問いかける。


「ムツ大使、残る議題は僕に関するものだけでしょうか?」


クランにも関係する話だからと僕もこの場に呼ばれた。

身分はリオンが上でも、クランのリーダーは僕なのだから。

 おそらく協力を求められ、内容はリオンの立場が絡んだものだ。


「はい、その通りです……ですが、こう矢継ぎ早に重大な事案が明らかになり頭が追いつきません。少し待っていただけますかな」


 老骨の寿命を縮めて下さいますな、と苦笑したムツ大使が体勢を整え、こちらを見据えて言った。


「正式に同盟が結ばれるまで、皇国駐留軍は解散します。ブラディア王の計らいで大隊の皆は冒険者になりますので、彼らをクランに組み入れていただけないでしょうか」


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