03_28 白いリヴァイアサン
まっ暗な岩の裂け目から白い影がゆらゆらと水流に流されているのかこちらへと上がってきている。
まだ遠くにいるはずなのに、かなりの大きさであることがわかる。
僕が書庫の水流操作で機動力が増しているとはいっても、水中で戦闘すること自体が不利だ。
魔獣か何かは知らないけど、ここは逃げよう。
本当は真上に上がりたいのを押さえ、斜めに逃げるようにして海面をめざす。
行き先は軍艦のいる方角だ。
みんなと合流して、すぐに海域を出た方が良い。
あんな奴に体当たりされたら船でもひとたまりもない。
……まさか追ってきていないよな。
追われたままなら僕が奴を船まで引き寄せる事になる。それはまずい。
後ろを振りかえると、予想以上に悪い光景が広がっていた。
すぐそこには2ジィほどもある巨大な彫刻のような人面が迫ってきていた。
正直心臓にわるい。
驚きのあまりエアバレルを吐き出しそうになったけど、エアバレルのマウスピースをかみしめ、冷静に対応策を考える。
もう距離は五ジィほどしかない。
一気にスパートをかけられたら終わりだ。
とっさにグレンデール古城のがれきを水と一緒に吐き出す。
大量の石が相手に直撃して相手がひるんだところで一気に海上へと躍り出た。そのまま飛び石を使い上空へと駆け上がる。
直後、海面に細長く白い影が浮かんだかと思うと、海水を割って巨大な姿が現れた。
身体から海水がどうどうと落ちていく。
細く白く長い、蛇のような身体には人に近い長い手足と、さっきみた人面がついていた。
どんな仕組みなのか、トカゲのように四つ足で海面に立ち、僕をさがしているのか、キョロキョロと頭を動かしている。
「どれだけ大きいんだよ……」
乗ってきた軍艦の二倍はある。
海で船を沈めるっていうリヴァイアサンってこいつじゃないのか?
けれど、こちらにむいている表情のない顔には見覚えがあった。
ロター港で魔人化したサイモンだ。あいつに似ている。
だとすれば、こいつも元はハイ・エルフだったのか?
魔人化にしては身体が変わりすぎている気もするけれど可能性は高い。
それより気になるのは身体の色だ。
「あれって”血殻”だよな」
全身の色が、血殻で作られたシルトの”六花の具足”やその量産型と色が似ている。
あれだけの血殻をどこで手に入れたんだ?
………………
——『は、はい! 申し訳ありません。ティランジアだけではなくアルドヴィン王国の沿岸に流れ着いた分は残らず回収しました。ですが……』
——『やつらに食われたので仕方が無い、と?』
………………
唐突に、過去の記憶がよみがえった。
サイモンと商会長が、”海難事故で落とした血殻を何者かに食われて失った”と受け取れるやりとりをしていたのを思い出した。
状況からみて、商会長のいう”血殻を食ったやつら”の一匹があの元ハイ・エルフなのだろう。
こいつの仲間達が海難事故を引き起こしたんだろう。
もしかしたら皇国の第二大隊を襲ったのもこいつか?
さっきみた木っ端みじんの残骸を考えればありえる。
いずれにせよ、”血殻”をまとっているのはたしかなようだ。
だとしたら奴に魔法は効かない。どうやって倒すか。
そんなことを考えていると、リヴァイアサンが身体をまっすぐにして、頭の向きを変え始めた。
なんのための動きだ?
奴の頭の先を目で追うと、リオン達が乗っている皇国の戦艦が見えた。
しくじった、見失った僕より戦艦を狙うのか!
奴の頭は完全に皇国の戦艦に向けられている。
何らかの攻撃を加えるのは明らかだ。
『ヴェント・ディケム!』
僕は飛び石の足場を全力で蹴りつけ、戦艦に向かって突進していった。
戦艦とリヴァイアサンの間に割って入った直後、展開した大楯越しに相手を見る。
上を向いたリヴァイアサンの口から、生き物には似つかわしくない直線的な棒状のものが伸びたと思ったら顔ごと棒をこちらに向けた。
——あれは、まずい。
中央に空いた穴から、瞬時にそれが筒であり、巨大な銃であることを理解した瞬間、大楯に全魔力を注いだ。
縦横十五ジィでは足りない、もっと広く。
あらゆるものを収納するように、隠蔽にかける余力もすべて大楯の維持に回した。
ブルーモーメントの光が、真昼にもかかわらずはっきりと脈打つ。
——カッ
大楯越しに銃口が光が見えたのと同時に大楯の光が一瞬強まり、戻った。
続く轟音に思わず耳を塞いだ。
リヴァイアサンはクローリスの魔鉱銃の何十倍もの長さだ。
発射時の音もケタ違いにでかいらしい。
ただ助かったのは、発射後リヴァイアサンの動きが止まったことだ。
連射はできないみたいだ。
でもまたいつ動きだすかわからない。
なんの攻撃をされたのか急いで確認する。
==
・魔鉱砲の砲弾
==
書庫には銃弾らしきものが確かに収納されている。
これが攻撃の正体か。
多分”銃”の大きいものを”砲”というのだろう。
後でクローリスにきこう。
でも、強力な攻撃を収納したせいで魔砂の消費が激しい。
防げるといっても限度がある。
「ザート!」
振りかえると甲板上でリオン達が白い魔獣に囲まれていた。
マーマン、ソードロブスター、ウェトゼーレ。
どれもリヴァイアサンと同じく白い個体だ。
「こ、のっ!」
クローリスが銃の引き金を引く。
ソードロブスターに命中するけど、やはり火魔法の煌めきが一瞬光っただけで魔法は吸収された。
「クローリス! 魔法はだめだ。銃なら通常弾を使え!」
周囲の敵を古城のがれきで海に吹き飛ばし、リヴァイアサンを視界に捕らえつつアルバトロスとリオン達がいる船尾楼に降りた。
「ザート、空から駆け下りたり馬鹿でかい障壁を展開したり、なんだそりゃ?」
アルバトロスの面々が呆れた様子できいてくる。
「僕の奥の手です。それより、少しの間船尾楼に敵をあげないように防いでください。目的の物をリオンに使ってもらいます」
三刃の鞘を取り出した瞬間、みんなの顔が喜色に満ちた。
「よしわかった!」
リオンをのぞく全員が二手に分かれて階段や船縁にあがってくる魔獣をたたき落とし始める。
振りかえると、リオンはロングソードを抱えて僕の手にある三刃の鞘を見つめていた。
口を引き結び、グローブがきしむほど強く手を握っている。
でもそれは不安からじゃなかった。
「これが三刃の鞘……思い出したよ。父様のロングソードにあったものだ」
リオンの目は力強く輝き、確信に満ちている。
「うん。書庫にもその名前が表示されたから間違いない」
しっかりとした手つきで鞘を受け取ったリオンはロングソードを鞘に納めた。
鞘は吸い付くように刀身を包み、動かなくなった。
「ショーン! 準備できたから魔獣を一体通してくれ!」
「あいよ!」
ハルバードで引っかけられ、ソードロブスターが一体こちらに転がってくる。
いよいよか。
リオンが同郷の人達のために、冒険者になって放浪してまで求めてきたスキルをようやく見る事ができるのか。
リオンが瞑目し、眼前にかかげた翠色の鞘は光を帯びると同時に透けていく。
光が拍動するたびに透け、まるでジョアンの書庫の大楯のように刀身と一体となった。
「いくよ」
目を見開くと同時にロングソードを右腰だめに構えたリオンは、ソードロブスターに鋭い突きを放った。
刃が白い甲殻をあっさりと貫く。
そして、魔獣の身体が翠色に染まったと思った瞬間、魔獣だったものは白い砂となり刀身から滑り落ちていった。
剣を下ろしたリオンの全身は覇気に満ち、金色にも見えるリナルグリーンの瞳は未来を見据えている。
この一瞬はきっと僕の記憶にあざやかに刻まれた。
それほどにこの光景は美しかった。
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