03_25 皇国軍人の挑戦
試合の約束をした次の日、スズさんを加えた僕らはグランベイの南岬の裏側、この前に沈没船を取り出した谷の方に向かっていた。
「まさか、ウーツ工房内の試合にあんなに人が押し寄せるなんておもわなかったね」
スズさんと一緒に前を歩くリオンが振りかえり眉尻を下げた。
グランベイの北岬砦には練兵場があるけれど、予約制になっている。
だから、僕らは以前試合をしたウーツ工房に向かった。
けれど、見物人が集まりすぎたので、結局利用せずに出てしまった。
人に見られたくないスズさんは嫌がったし、そもそも僕らも目立ちたくない。
そんなわけで僕らは人目につく心配のない荒れ谷にむかっている。
「笑っている場合ですか。姫様の技は簡単に人目にさらしてよいものではないのですよ」
さっき多くの人に見られてから不機嫌なスズさんが、小言のようにリオンに抗議をしている。
リオンは笑っているし、この二人はこうしているのが普通なんだろう。
ちょうどいいからきいてみようかな。
「ちなみにリオンが使っていたのは何術というんですか?」
「これから戦う相手にむやみに話しかけないで下さい」
リオンと話すときのどことなく柔らかい小言とは質の違う、極寒の敵意とともに全力で拒否された。
けっこう傷つく。
「逆鉾術だよ。ロングソードと似た十字の武器を使うんだ」
なんでもないことのように秘密を話すリオンにスズさんがさらに小言を重ねていく。
道中はだいたいそんな感じのまま荒れ谷についた。
南岬が影になるこの場所は、夕方の少しの時間以外は暗い。
日差しを気にすることもなく動くことができる。
ゴツゴツした岩ばかりの中を進んでいくと、平らな場所にでる。
かつて川の中州だった場所だ。
足下も大体ととのっていて、試合には丁度良い。
さて、気楽な移動時間は終わりにしよう。
短剣を持って立つスズさんの前で僕は刀の入った袋をほどいた。
出てきたものを見てスズさんは怪訝な顔をした。
「……ホウライ刀? あなたは獣人から教えを受けたのですか?」
「いや、我流だよ。ショートソードやティランジアの片手曲刀も使う」
学校ではさすがにホウライ刀をつかう剣術はならっていない。
「武器をコロコロ変えるなんて、たいしたスキルも持っていないようですね」
戦場で自分の武器が折れるなんてざらだって教わったからね。
それはともかく、
「ホウライ刀を扱うのにスキルなんて要らないよ」
軽く挑発したら口をつぐんで殺気を飛ばしてきた。
やっぱり国の名前を冠した刀剣をけなされるとむかつくもんだよな。
刀の鞘をはらい、向き直ると、スズさんは先ほどと同じ体勢のままでいた。
外見は黒髪黒目、身長はリオンより顔半分ほど小さいくらい。
顔立ちは切れ長のつり目で、雪のような肌に椿のように赤い唇が特徴か。
リオンよりもさらに怜悧な印象だ。
昨日と同じ、腰に絞りのある灰色のワンピースを着ている。
クローリスが真ん中に立って手を前に出す。
「シッ!」
開始の合図がなされる直前、スズさんが手に持った短剣をこちらに投げる。
それと同時にワンピースのスカートが宙に舞い、思わずそれに目をむけると、よく鍛えられた太ももが弾み、一瞬で僕のいたところまで迫ってきた。
「……」
常在戦場とはいっても、開始の合図直前が実は一番気が緩む。
そこを突くのは理にかなっている。
「避けましたね」
「そりゃあね」
でも僕は、スカートだけが舞ったのも、肌色に見せかけたスパッツの上に括り付けられた十字型の武器も見ていた。
そこまで見ていてよけない理由もない。
肩をすくめると、再び襲いかかってきた。
手にしているのは丁度僕がリオンに送った改造ロングソードの小型版といった、刃渡り〇・四ジィほどの武器だ。
これが逆鉾というやつか。
右、左と浅く切りつけて刀を引くことを繰り返し様子をみる。
やはりリオンの技と同じ、絡めて巻き落とすのに慣れている。
しかも二本だ。
深く切り込めば二本の十字が刀をがっしりと挟み込んでしまうだろう。
片手でする逆手、順手の切り替えもやっかいだ。
間合いの外から打ち込んでいたかと油断すればふところに入られる。
『双角』
僕の左下からの切り上げを左の逆鉾ではじき、体を入れ替え、右の逆鉾の先を首筋に打ち込んでくる。
スキルも交えて苛烈になっていくスズの攻撃を、僕は身体強化しつつヴェント《加速》とヴェルサス《減速》で相手とぎりぎりの間合いを保ち、観察する。
「なめているのか! スキルも使わないなどと……!」
一度間合いを外したスズが焦ったように毒づいた。
僕はそれに対して皮肉げに片頬をあげながら心のなかでつぶやいた。
使わないんじゃない、使えないんだよ!
スズの間合いは見切ったので、今度はこちらが攻めに転じる。
けれど、スズは速さに特化したスキルを持っているのか、まだ崩しきることができない。
速さだけならリオン以上かもしれない。
多分、このまま身体強化のレベルを上げていけば、押しきることもできるだろう。
でも競り勝つ程度では僕がリーダーである事にスズが安心できないかも知れない。
つまりすべきは圧勝だ。
大岩の左に立つスズが、僕の構えをみていぶかしげに目を細めた。
僕が取ったのは、刀を持った右拳をひたいの前に掲げ、後ろに流した刀身の棟に手を添えた構えだ。
「……鳥居?」
鳥居という名前があるのは初めて知った。
「はじめてスキルを見せるかと思えば、古くさいものを使いますね」
がっかりしたのか、スズは鼻白んだ顔をしている。
僕はかまわず突進し、わずかに左に傾けた刀で片手袈裟切りを放つ。
スズは自分の首を狙った袈裟切りを十字に受けて左に流し、順手に持ち替えた右の逆鉾で僕をつこうとした。
僕が右に流された刀を引き戻そうとしても、スズのカウンターには到底間に合わない。
——ひたり。
が、その右手が伸びきる前に、僕は左に移動してスズの右首筋に”左手”で持ったホウライ刀をあてた。
「なん、で…… たしかに左に流したはず」
視線を僕の目から首筋に伸びるホウライ刀に移しても、まだ目を見開いている。
刀が瞬間移動した事がよほど信じられないんだろう。
振り抜いた右手の刀を速度ごと書庫にしまい、右手の後を追うように動かした左手の中に取り出した、というのが瞬間移動のからくりだ。
普通のマジックボックスと違い、状態ごと保存し、タイムラグもないジョアンの書庫だからできた。
これでリーダーの面目はたったと思うけど、どうだろう。
「クロウ、宣言してくれ。じゃないと武器を下ろせない」
「は、はい! 勝者ザート。双方武器を下ろして下さい!」
――◆◇◆――
「あんな事、緊急時でしかやりません。普段からやってたら痴女じゃないですか」
帰り道、来た時とは違い、普通にしゃべるようになったスズが、例の”スカート全脱ぎ”の件について弁解した。
スカートは簡単に取り外しが出来るものらしく、こちらがなんとなくハラハラしている前で、スズさんは何でもない顔でスカートを拾いあげ、ボタンをかけて戻していた。
彼女いわく、”緊急時に逆鉾を最速で抜くためにはスカートを引きちぎるのが最適解”らしい。
あまり羞恥心とかない人かな?
スズにもジョアンの書庫という法具を持っている事を話した。
今後クランとして活動する上で、やはりホウライ国と仲良くしておいたほうが都合がいい。
スズが上司に報告してしまえば皇国が書庫を奪いにくる可能性もあるけど、スズの誠実さについてはリオンがうけあってくれた。
彼女には皇国の窓口役になってもらおう。
「ねぇスズ、今日ザートと戦ってみてどう思った? ザートはクランのリーダーにふさわしいでしょ?」
待ちきれなくなったのか、リオンがスズに感想をせがんできた。
確かに、元々はリオンがクランをつくって活動するのを認めるかどうかという話で試合をしたんだった。
「それについては他の要素も考慮する必要が——、そういえば、あれはなんですか?」
スズが指さした先には慰霊碑があった。
例の沈没船の犠牲者を埋めた場所だ。
「あれはグランベイ港直前で沈んだ、第二大隊の船に残っていた犠牲者の墓だよ」
慰霊碑に向かうまでの道で沈没船を引き上げた経緯を話すと、スズの顔色がみるみる変わっていく。
青ざめた顔で慰霊碑の前に来ると、静かに手を合わせた。
頭をあげて手をもどすまで、ずいぶん時間がかかった。
大隊は違っても、おそらくは誰か知り合いがいたんだろう。
「ザート、申し訳ないのですが、もう一度沈没船を外に出してもらえませんか? 遺品などがあれば遺族のもとに届けてあげたいのです」
「それは……、軍にどうやって報告するんだ? 沈没船を引き上げた、と書けば当然手段をきかれるだろう」
心苦しいけど、ここで素直にうなずくわけにはいかない。
軍船は宝箱一つとはわけが違う。
報告書は大量にかかなくてはいけないだろうし、多くの人の目に触れるだろう。
スズは信じられても、皇国軍の誰が敵に回るか分からないのだ。
「ザート、一部屋から一品は取り出してますよね? 漂着物って言ってしまえばよくないですか?」
重苦しい雰囲気の中、空気を読まないクローリスがおもむろに提案をしてきた。
漂着物か。
たしかに、クローリスと書庫を整理していた時に、雑多な小物を入れておく漂着物フォルダというものをつくった。
沈没船の小物も結局その中に入れていたんだった。
「スズさん、軍では遺留品はそういう形で戻ってくる場合もあるのか?」
海戦の後に沈没した船の品が海岸に流れ着くのは十分あり得る。
問題はそういったものが遺留品としてあつかわれるかだ。
「それは、あり得ます。こう言っては何ですが、遺族の心を慰めるために、多少不確定なものでも遺留品として届ける場合があります」
「それなら話は早い。今から取り出して仕分けるから見ていてくれ」
書庫のタブレットを操作して漂着物フォルダの中身を慰霊碑の前にとりだした。
「クシやさびた短刀、煙管、勲章なんてわかりやすいですよね……え、ボトルメール? これは遺留品じゃないですよね」
適当な会話を挟みながら、クローリスと二人でサクサクと仕分けしていった。
こういう作業は部外者がやったほうがいい。
「……ザート、ありがとうございます」
士官室と思われた最初の船室でみつけた”たばこ入れ”を手に取っていると、背中越しに感謝の言葉をかけられた。
後ろのスズの表情は見えないけれど、何を考えているのか訊けないけれど。
やはりこういう作業は部外者がしたほうがいい。
それはまったく確かな事実だ。
【お願い】
お読みいただきありがとうございます!
本作に少しでも興味をもっていただけましたら、ぜひブックマークし、物語をお楽しみ下さい!
【☆☆☆☆☆】をタップし、【★★★★★】にして応援いただけると嬉しいです!