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03_24 皇国の軍人

 雨が降るほどではない薄曇りの空の下、灰色の海を眺めながら、僕ら三人はギルドに帰る道を歩いていた。


 アルバトロスと一緒に空を飛んでから一週間がたったけど、僕らは相変わらず生産依頼をこなしつつギルド最上階に住む日々が続いている。

 ただ、変わったこともある。

 それはクローリスの努力の甲斐があってリオンの変身の魔道具が直った事だ。

 おかげで今、リオンの頭に獣耳は付いていない。


「やっぱりなにも被らず外を歩けるって気持ちいいね」


 街着の膝丈のスカートをはいたリオンは隣を上機嫌であるいている。

 気づいていないようだけど料理屋の事件後、アリアベールを被っていようと、普段着ることがないような服をきていようと、リオンが白狼の侯主と呼ばれる人物である事はほぼ、バレている。

 こっそりと僕らに頭を下げる獣人は日ごとに増える一方だ。

 もう少し自分の美貌に自覚を持った方が良いんじゃないかなこのお姫様は。


 彼女が胸に抱えているのは古代アルバ文明遺跡で集められた魔法文字例文集だ。 

 僕とリオンはクラン設立準備が一段落したので、本屋に出かけてきた。

 途中で合流したクローリスは今、血殻に興味があるらしい。

 なにやら生薬以外の鉱物素材を買ってきたみたいだ。



「あ、プラントハンターさん、今ちょうどお客様がお越しになってますよ」


 ギルドに入ると、いつも対応してくれる受付嬢のアンジェラさんが僕らの姿を見るなり小走りに駆け寄ってきた。


「僕達を訪ねてきたんですか?」


 近くに来るなりすこし小声で言ってきたので、こちらもつい声を小さくする。


「いえ、リオンさんを訪ねてこられたんです」


 リオンを? このタイミングだと侯主としてのリオンの関係者が来た可能性が高いな。


「リオン、必要ならついていくけど、どうする?」


 買ったばかりの本をぎゅっと抱きしめて少しの間考えていたリオンだったけれど、


「うん、二人とも一緒に来て欲しい」


 そう言ってアンジェラさんと客の待つ部屋に向かっていった。


   ――◆◇◆――


 扉を開くと、ソファに浅く座っていた女性がすいと立ち上がった。


「お久しゅうございます。姫様」


 従軍看護婦の制服みたいな灰色のワンピースを着た女性がゆらりとお辞儀をした。

 暗緑色の長髪をゆるく三つ編みにしている。

 それにしても、リオンはやっぱり姫様って呼ばれるんだな。


「久しぶり、スズ。用件は、まず座ってからにしようか」


「はい」


 顔はかすかに笑みを浮かべているけれど、リオンの声はどこか硬い響きをもっていた。

 出会ってすぐの頃のリオンに近いかもしれない。


「それで、パトラの駐屯地まで私の噂が届いたからここまでやってきたのか?」


 町娘がはくようなスカートなのに、すそを押さえながらソファに足をそろえて座る姿はちぐはぐだ。

 そしてお互い世間話をするつもりもないらしい。


「いいえ。姫様の道楽を邪魔してまでお伝えすべき緊急の事態が発生したため、急ぎ探してこちらまで出向いた次第です」


 このスズという人、なかなか毒を吐くじゃないか。


「スズ、私は道楽で——」


「皇国駐留軍の王国からの撤退が決まりかけています」


 リオンの気色ばんだ抗議の声にかぶせるようにしてスズさんが平坦な声を発した。


「——っ!? 馬鹿な!」


 驚愕するリオンをよそに、スズさんが詳しい事情を説明した。


「皇国大使と王国宰相でもある第一王子との協議が物別れに終わったのです。第一王子は、第一大隊が壊滅し、第二大隊も半数以上が海へと沈んだ牙狩りなき皇国軍に存在意義はない、とまで言いました。それに対し、皇国大使も、希少な牙狩りを三人も王国に送るのはあり得ないと断固として拒否しました」


 淡々と事実を説明していたようにも見えるけれど、実際は第一王子への皮肉なのだろう。

 スズさんの言葉はどこか人ごとのように突き放している。


「宰相の主張は言いがかりだ。駐留軍の存在意義は戦力じゃない。戦争時に軍事介入して挟撃するための口実にすぎない。牙狩りは軍属でも、あくまで魔人や異界門の危険を除去するもので人間の戦争を左右するものではないのに……」


 ゆっくりと首を振るリオン。

 宰相の判断が未だに信じられないようだ。


「同盟の破棄にしても、帝国のホウライ方面軍を現地に足止めする代替策が必要と病床の主上より命じられていましたが、ここまで一方的に破棄をされたのは予想外でした」


 目を伏せて、ゆっくりと長くため息をはくスズさんだったけれど、話を終える気配じゃない。


「ときに姫様、勝手に館を出ていかれましたが、マガエシは放てるようになったのですか?」


 ひたりとリオンを見据えた漆黒の瞳は沈黙をゆるさず、返答をまっている。


「それは……まだだ。こんなに早く同盟が崩れるなんて思わなかった」


 言いにくそうに眉間にしわを寄せてリオンが答える。

 それまではあくまで侯主としての振る舞いをみせていたリオンだったけれど、スズさんの有無を言わさない直球の質問を前にしてつい言い訳をこぼしてしまった。


「では、同盟が破棄されるのはいっそう確実になりました。こうなれば、皇国は帝国に対して守りを固めなくてはなりません。リュオネ様にも本国に戻り、他家の皆様と共に皇族として動いていただかなくてはなりません」


 リュオネがリオンの本名か、などと考えている間もなく、リオンの言い訳を聞き逃さなかったスズさんが一気にたたみかける。


「では、この国のホウライ人やそのほかのティルク人はどうなる? 駐留軍がいなくなれば、頼るものもない」


「邦人保護は軍事同盟と帝国を初めとする他国に非難されないための方便にすぎません。自国民も他国人も善意で保護していただけです」


 歯に衣着せぬ物言いに、部屋の中の温度が下がっていく。

 リオンもそのあたりの外交は分かっているのだろう。唇を噛み締め、スズさんを見つめている。


「それでも私は、方便を信じる人のために残る。同盟の継続も最後まで諦めない」


 リオンは北岬で語った時と同じ決意でスズさんに宣言した。

 しばらく睨み合っていた二人だけれど、スズさんも予定通りと言わんばかりに話を切り替えた。


「一人で何をするおつもりですか?」


「今クラン設立の準備をしている。ティルク人保護のための組織だ。それに一人じゃない」


 冷たい顔でリオンを眺めていたスズさんが、ここで初めて僕とクローリスに目を向けた。


「彼らだけですか? 他には?」


「これから集める」


 まだクラン設立には資金が足りない。

 本格的にトレジャーハントをすれば資金は短期間で用意できるけれど、人の募集はそれが終わってからだ。


「もしや、皇族の名と姿を使うのではありませんか? 勝手に館を出た上、都合の良いときだけ私的に皇族の地位を利用するなどと、主上の最も嫌うところですよ?」


 激しい言葉ではないけれど、それまでのただ冷めただけの物言いとは違う、明らかな怒気を含めてスズさんが問いかけてきた。


「そんなことはしない! 顔を知られている以上、完全に一般人と一緒というわけにはいかなくても、皇族の地位を利用することはしない。それに、私はここにいるザートがリーダーのパーティに入っている。クランも彼がリーダーだ」


 リオンは半ば腰を浮かせて声を荒らげた。よほど心外だったんだろう。

 僕もリオンが家名を利用するような人間じゃないことはしっている。

 僕がクランのリーダーになるのは初耳なんだけど、話の流れ的に指摘するのはやめておく。


「自己紹介が遅れ申し訳ありません。銅級六位、パーティ『プラントハンター』のザートと申します」


「同じく、クローリスです」


 スズさんはしばらく僕らをどこを見るともなく観察していた。


「そうですか。では、ザートさん。私と手合わせしてもらいます。姫様の所属するクランのリーダーが頼りなくては、ホウライ国自体が軽く見られますので」


 当然のようにスズさんが試合を申し込んできた。

 なるほど、僕をつぶせばとりあえず、リオンの主張を絵空事といえるからな。

 理由は納得できる。断れる雰囲気じゃないな。


「ザート、スズは近衛の中でも実力者だから、全力でお願い」


 うんわかった。わかったけどさ、リオンまだ侯主モード抜けてないよ。

 それ限りなく命令に近いお願いだよ。



【お願い】

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