03_23 鳥竜使い
明紫色の髪をしたオルミナさんは、リオンよりは小さいけれど、女性らしいスタイルで大人な雰囲気を漂わせている人だ。
今日は冒険者らしい革製の軽戦士装備をつけている。
革鎧は魔術士でも定番の装備だから不思議ではないけれど、オルミナさんの着ている鎧は要所要所に羽のようなものがついている。
似合ってるし、適温を保つ付与はかけられているんだろうけど、やっぱり見た目が暑そうだ。
「ザート、せっかくだし行こうよ。気晴らしは必要だし」
「そうよー、ずっと籠もりっきりなのは身体に悪い、し……?」
オルミナさんが僕の後ろを見るなり、目を見開いて固まってしまった。
後ろの男性陣二人も同じ様に動けずにいる。
「いいのかリオン?」
「うん、クロウに用意してもらったアリアベールをかぶれば髪まで隠れるから。大通りを歩く程度なら平気だよ」
振りかえるとリオンが耳も髪もそのままの姿で立っていた。
今は大騒ぎになるからギルド上階に隠れているけど、時期がくれば素の銀髪の獣人姿で外出する予定でいたから、知り合いのアルバトロスには一足先にみせるくらい問題は無い、ということだろう。
「か、かわいいー! もしかして、街で噂になってる皇国のお姫様って、リオンちゃんだったの?」
石化がとけたように動き出したオルミナさんが目を輝かせながらリオンに飛びついてきた。
リオンの耳に触ろうとぴょんぴょん跳びはねるので羽やら胸やらが、わっさわさ揺れている。
はっきり言えば目に毒だ。
「まあ、わけあって、隠してました。いずれ公表しますけど、もうしばらくは他言無用でおねがいしますね」
かろうじて立ち直ったショーンさん達に口止めをしておく。
「わかった。リーダーとして、周りにはばらさないと約束する。今回の行き先は長城壁内の畑だし、人目にはつかないと思うから安心してくれ」
ショーンが場所についても請け合ってくれたので大丈夫だろう。
それにしても畑まで何をしに行くんだ?
僕の疑問を感じ取ったのかショーンがニヤリと笑っていった。
「オルミナが遊びに、なんていってたけど、ちゃんとした仕事だ。今お前等が作ってたそれをつかうんだよ」
ショーンが指さす先にはさっきまで作っていた魔獣よけの薬があった。
「お前等は多分知らんだろうが、これくらいの季節には畑に魔獣よけをばらまくんだ。作物を収穫するときに一々魔獣に邪魔されたくないからな」
デニスが追加で説明してくれた。
確かに初耳だ。
農夫だって元冒険者なんだから倒しながらやるだろうと思ってた。
たくさんいる小さい魔獣がちょこちょこ邪魔してきたらうっとうしいだろう。
「でも、空からばらまくんですよね? どうやって空に行くんですか?」
「それは現場に行ったら見せるから、楽しみにしててね?」
クローリスの問いかけに、オルミナさんがいたずらっぽく笑った。
――◆ ◇ ◆――
「ぴぃぃぃぃ——」
麦のあざやかな緑が映える丘陵に甲高いなき声がひびきわたる。
一瞬太陽の光をさえぎった影がゆるく弧を描きながら飛んでいる。
これだけみればトビが空を飛んでいるのかと錯覚してしまいそうだ。
けれど、断じてあればトビではない。色と大きさが違いすぎる。
「お、そろそろ降りるみたいだな。魔獣よけ薬はまき終わったか」
隣でブッシュホーンの凝血石を拾っていたショーンがまぶしそうに片目をつぶって見上げている。
その視線の先にある、先ほどまでゆっくり飛んでいたものは、次第に弧をせばめてこちらにおりてきていた。
近づいてくるにつれてその姿がはっきりしてくる。
真上にくれば、白い腹と翼の裏側が見えた。
飛びすぎていくうしろ姿が翼をかたむけ左に曲がる。
先端に行くほど青色が濃くなる翼と、その上に乗る人達が見えた。
そこから地上近くを滑空し、僕らが立っている丘の前で急制動した。
羽をうつ音と共にきた、ゲイルのような空気の塊を何度もやりすごすと、目の前には鮮やかな朱色のうろこを持つ巨大な足があった。
顔を上げると、鞍を支える、人の胴ほどもある革帯があり、四ジィほどの高さを見上げると足と同じ朱色のくちばしがあった。
その持ち主の巨大な鳥と目があう。
「おーつかれー。クロウが泣き叫んでなかったか?」
ショーンの問いかけに応えるように巨鳥が地上にうずくまると、背中で苦笑を浮かべるオルミナさんと、後ろで口を半開きにして死んだ目をしているクローリスの姿があらわれた。
「ええ、見ての通り、かな? 魔獣よけを落とすのに左右に身体を振ったら地面をみちゃったらしくてね。ごめんねクロウ、だいじょうぶ?」
腰につけたひもを外してクローリスを揺すっても反応がないみたいだ。
「あー、こりゃ自分でおりれねーな。オルミナ、縄ばしごをおろしてくれ。担いで下ろすわ」
鞍からのびた縄ばしごを登り、ショーンがタコのようにぐったりしたクローリスを担いで地面に寝かせた。
「クロウ? クローリス? 帰ってこいー」
呼んでみても反応がない。
口を半開きにして遠くを見ているクローリス。
別人とは言わないけれど、普段のすました顔がだいなしだな。
とりあえず、気付けにキュアをかけよう。
『キュア』
寝落ちしかけたときの様にガクンと頭をゆらしたクローリスがはっとした顔で周りをみまわしていた。
「……私、どうやって降りました?」
自分が地面に寝ているのに気づきほっとした様子でクローリスがたずねてきた。
記憶でもとんだかな?
「鞍の上であーうー言ってたから、ショーンに担いで下ろしてもらった」
正直に応えるとクローリスは起き上がる気力もないのか、その場でくの字に折れ曲がって頭を抱えてしまった。
「絶叫系の乗り物はあかんかったのに、うちは何をわすれとぅ……」
今回はクローリスの中で相当な失態だったようだ。
その悶絶っぷりをリオンの魔道具を壊したときに見せて欲しかったよ。
「そ、それにしてもビーコはすごいよね! 鳥竜に乗るなんて初めてだったけど、馬より乗り心地がよかったよ!」
リオンが話をかえるべく、さっきまでクローリスが乗っていた鳥竜に近づいて首をなでた。というか、顔を埋めた。
ナイスフォローだリオン。
それはそれとして気持ちよさそうだな、ふわっふわじゃないか。
オルミナさんの鎧の羽はこれだったんだな。
ビーコはバトロシアという鳥に似た竜種で、オルミナさんのパートナーだ。
オルミナさんは王国でもめずらしい竜使いで、空を飛べる事をいかした依頼を受けているらしい。
「ありがと。よかったねビーコ、ほめてもらえたよー?」
オルミナさんがビーコの眉間をなでると、気持ちよさそうに目を細めている。
こんな巨体なのに甘えん坊だな。
いや、身体の大きさは関係ないか。
「ザート?」
「ん?」
「ううん、なんでもない」
もふもふから帰ってきたリオンがもじもじと尻尾の先をふっている。
もしかしてなでられたいとか?
いや、ないか。
昔飼ってた犬がよくなでるのを要求してきてたからそんな気がするだけだ。
でもそうだったらいいな。
「ザート、じろじろ見過ぎです」
気づけばクローリスが復活して隣にならんでいた。
どうやら視線の先がリオンの耳だとばれていたらしい。
「あれは私がいただきます。チャンスがあれば散々モフってやりますよ」
なんだと……クローリスも狙っていただなんて。
「それは見逃せない所業だな。獣人には耳を触られるのが嫌だって人もたくさんいるんだぞ。僕だって我慢してるんだ。抜け駆けなんてさせない」
威嚇するようにクローリスを見下ろすと相手は相手で挑発的に見上げて笑ってくる。
なるほど、パーティ最初の争いがこんな形で始まるとはな。
「……ザート、クローリス。狼耳は良く聞こえるんだよ?」
リオンに丸聞こえだった。これは警戒されてしまったな。
二人で争っていたせいでチャンスがだいぶ遠ざかってしまったらしい。
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