01_08 研修開けの武器選び
森を掃除して回って、たまに野営をして。
そんなことを繰り返して『書庫』の扱いに慣れた頃、一ヶ月のブートキャンプの修了式が終わった。
第一長城壁を降りていく新人達は、一ヶ月前とは違い、顔つきは希望にあふれ、体つきはまともな『一般人並』になっていた。
服装は最低でも一般市民と同レベル。中には高価な古着を着ている者までいた。
「なあザート、お前も第二長城外に行くんだろ? 装備はどうするんだ?」
法具を手に入れたせいでソロで活動しようと考えている僕でも、一ヶ月も過ごしていれば顔見知りの一人や二人は出てくる。
僕に話しかけてきているクリーム色のくせっ毛に浅黒い肌のシルトもその一人だ。
「短めのショートソード一択だろ。安くて壊れにくい。金がたまったら片手鎌槍、かな……」
隣を歩くシルトがドン引きしている。自分から聞いたくせに引くなよ。
「ショートソードか。普通だな。そこはレイピアとかあるだろう?」
「じゃあお前は何選ぶの?」
「ガントレットにあったショートソード」
「お前もじゃないか!」
つっこみつつ、そういえばこいつも僕のバックラーみたいな『お下がり』持ちだったなと思い出す。
農家出身だというわりには体幹がしっかりしているし、お互い訳ありなんだな、というのはなんとなく察していた。
「それじゃ行くところは一緒か」
「そうだね。ショートソードみたいな地味な武器といえば」
「「ウィールド工房」」
そして僕たちはギルドから北へ、壁に沿って歩いた先にある工房に向かった。
新人で農作業をしていたって、本気の奴らは遊びなんてしていない。
飯を食っては先輩から情報をもらい、空いた時間に聞いた店を見て回る。
そんな中で、僕が目をつけていた武器屋はウィールド工房だった。
「いらっさいっせー」
三角の茶色の耳がお辞儀の代わりとばかりに伏せて戻る。相変わらずやる気がない。
「ジェシカ、まだクビになってないのが奇跡に思えるよ」
カウンターに顎をあずけ、半目でこちらをみているのは獣人のジェシカだ。
一応この店の看板娘として働いている。
彼女も僕らと同じく食い詰めてブラディアに流れてきた口だけど、持ち前の無気力感で働き先を(方々でクビになり)転々としていたらしい。
「寛大な親方に感謝してるよー」
あの人の場合寛容というか、無頓着なだけな気がする。
「親方は?」
「あー、第三の鉱山にレア鉱石を掘りにいってる」
ウィールドさんは生粋の職人で、材質にこだわるあまり冒険者になったほど凝り性な人だ。
「じゃあ仕方ないな、どっちにしろ既製品を買うつもりだったんだ。自分たちで選ぼう」
シルトがショートソードがかかっている壁に歩いていく。
ショートソードは奥が深い。
ロングソードやレイピア、ダガーといった明らかな特徴を持っていない剣は大体ショートソードと呼ばれている。
長さも、重心も、つばも、研ぎも違うものが刀架に並んでいる。
でもウィールドさんのショートソードは適当に組み合わせている訳じゃない。
バックラーと組み合わせるならシールドバッシュ後に使う事が多いから短めで研ぎは鍔元まで研ぐ。
二刀流で使うなら鍔元は特に鈍くしておく。
ガントレットなら……ちょっとわからないな。
シルトを見てみると離れた所で素振りをしていた。
「よし、やっぱりこれだ。これならガントレットで受け流しつつ両手で重い一撃を加えられる……! ジェシカ、いくらだ!」
「50万ディナ」
シルトが崩れ落ちた。
「ジェシカ、さすがにうそだよな?」
立ち直れないシルトを見ながらカウンターのジェシカに尋ねる。
「うそブー、そもそも親方が既製品にそんな値段つけるはずがないプー」
腹立つ。
こいつは一日一回煽らないといけない病にでもかかっているのか。
「先に予算を言わない二人が悪いんだよー。ほらはよ言えー」
まあ、たしかにそれは道理だ。
「……一万」
「僕は一万五千ディナだ」
「しっぶ」
ジェシカが速攻で切り捨てやがった。
「アホか! 他の奴らなら武器防具あわせて一万ディナだぞ! むしろ武器だけにこれだけつぎ込む方が異常者だ!」
おいシルト、僕は正常だ。異常者はお前だけにしてくれ。
「ふーん……ならザートはこれかなー」
ジェシカはそんなシルトの抗議を無視し、壁にあった一振りのショートソードを僕に差し出した。
「じゃあ、ちょっと振ってみるよ」
旅装用の袋からバックラーを取り出して左手につける。
鞘から抜いた刀身は重ね厚く、幅広で鍔元から適度に研がれている。
ゆっくり大きく切り下ろす、切り上げる、突く、刻む。
すごいな。自分のイメージ通りに身体が動く。
「ジェシカ、これはいくら?」
「一万四千ディナ」
うん、値段もちょうどいい。
「わかった。これをもらうよ」
「まーいどー」
後はシルトなんだけど……他の剣を振ってはさっきの剣を見ている。どうしても最初の剣に未練があるらしい。
「シルトー、それ中古だから一万二千ディナー」
ジェシカそれ早く言って。
「ほんとかっ! ……いや、ほんとうか?」
子供のようにキラキラした目に疑いの影がさす。
ジェシカ、シルトのピュアさを返せ。
「ほんとーほんとー。即金な」
けだるげな声でかえすジェシカはカウンターに戻っていく。
よしっ、予算オーバーだけどいける! とかシルトは全身で喜びを表している。
「なあジェシカ、一万二千って嘘だろ、ホントはもっと高いんじゃない?」
一足先に会計をしながらジェシカにきいてみた。
シルトが振っているものは既製品じゃ無くてオーダーメイドだ。
いくら中古でも三万ディナはくだらないはず。
「多少は値引いて良いって親方から言われてる。でもシルトには言っちゃだめだからね」
珍しくジェシカが視線を合わせて言ってきたので、思わずうなずいた。
「でもなんで?」
ジェシカはたった今僕らが買った品の記録を帳簿につけているので表情が見えない。
「分不相応な品だとわかれば剣が傷つくのを怖がるようになる。命のほうが大事なのにね」
ジェシカの声は誰かを悼むような湿り気を帯びていた。
あの剣はオーダーメイドなのに傷一つなかったのでおかしいと思っていたんだ。
「そうか……あの剣にはそんな悲しい話があったのか」
思わず此方の声も沈んでしまう。
冒険者は死に近い職だと改めて思い知らされた。
「いやないない。あれは第四の冒険者がオーダーメイドしたときの影打ち」
そこにはいつもの半目で手をひらひらさせている猫がいた。
オーダーメイドの刀剣を作るときは数振り同じ造りで作刀し、一番良い物を納品する。そこで選ばれなかったのが影打ちだ。
ってか僕のセンチメンタルをかえせよ!
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