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03_21 リオンの事情


 リオンは繁華街の人混みをかきわけ、喧噪に包まれる工房街を走り抜けていく。

 顔色の悪いクローリスを抱えながらでは、見失わないようにするのが精一杯だ。


「あの、私のことは置いていって構わないんですよ?」


「そんなわけにいくか。これは仲間全体の問題だ。クロウもいなくちゃおかしいだろう」


「ほんとに……ほんとに置いていって」


 ぐったりしはじめたのでしかたなく抱え上げて走ることにした。

 開いた距離を再びつめる頃には、リオンの行き先もわかってきた。

 今通り過ぎたのは前にポーションの原料をもらった薬草園だ。

 ここの上には北岬砦くらいしかない。


「クロウ、悪いがここに置いていくぞ」


「う゛ぅ……砦の上……ですね。後で追いつきます……」


 弱々しい返事のクローリスを置いて、坂を登るスピードを上げていった。



 グランベイの夜景を眼下に一望できる広場の端に、街を見下ろすリオンの姿があった。

 月の光で輝く耳と、風に吹かれる銀髪が、地上から遠い事もあってか浮世離れした美しさをみせていた。


「ザート……」


「どうして逃げたりしたんだ?」


 驚きはしたけれど、何で逃げる必要があったのか。

 逃げるのは後ろめたい事があるからという人がいたけど、リオンが人から逃げるような悪事を働いていたなんて考えられない。

 たとえ過去を語らない訳ありだったとしてもだ。


「狼獣人だって事、隠しててごめん。逃げたのは、ザートに隠してた姿を急に見られて、隠してた自分が恥ずかしくなったからだよ。でも、もう覚悟はできた。隠していた理由や、それに関係する私の過去や、私が冒険者をする目的も話すよ」


 刺激しないよう、そっと会話の先をうながす。


「ザートが書庫の秘密を明かしてくれた後、私も全部話そうと思ってたんだ。でも、迷っているうちに打ち明けるのが怖くなった。出発前にザートが提案してくれた未来がとても魅力的だったから」


 要領を得ないリオンの話に首をひねる。

 そんな僕の様子をみてリオンは微笑んでいたけれど、すぐに顔をくもらせた。


「私の目的はザートの狩人になるという目的と両立しないかもしれないんだ。ザートに目的を打ち明けたら、その場でパーティを解消されるかもしれない。そう思ったら怖くて……」


 両腕で身体をかき抱き、いつもと違いたどたどしく言葉をつむぐ様子は、リオンが今も同じ恐れを抱いている事をしめしている。


 話によれば、リオンはやっぱり、ホウライの皇族らしい。

 ユミガネ・ミツハ=アシハラという、ホウライ人の安全確保を目的にした皇国駐屯軍を率いる皇族少佐がリオンの父親だった。


 あらためて夜の海を背景に輝くリオンの髪と耳を見る。

 確かに、これほど特徴的なら同族以外の獣人もリオンが皇族だと気づくだろう。


「父様が王国に駐屯する大隊の指揮官になったのは皇族である事と、個人で皇国最高レベルで強いからだった。皇国では牙狩りっていう、王国でいう狩人として活躍してたんだって。でも王国に来てからは出番もないし、自分は身分だけのお飾りだって言ってた」


 おどけて、でも少し誇らしげに胸をそらして、リオンは反対側の南岬を眺める。


「それでも、皇国の牙狩りがいるという事は王国のティルク人を安心させていた。それができるのは力を持つ者の誇りだって笑ってたよ」


 懐かしむように、リオンは上を向いてつぶやいた。

 

「話が少し見えてきた。リオンが海で放とうとしていたのはミツハ少佐が牙狩りとして活躍していた時につかっていたスキルか」


「うん。牙狩りには必須のスキルで、父様はマガエシって呼んでた。私は子供の頃に一度だけ、父様のロングソードを使って放てたんだ」


「一度だけ?」


「うん……父様の剣を借りて真似してみたらできたんだけど、魔力切れを起こしたみたいで倒れてね。怒られてその後は貸してもらえなかった」


 魔力切れは子供なら仕方ない……でもスキルは一度手に入れれば、必ず発動できる。

 なんでこの間はロングソードをつかっても発動しなかったんだ? 


「リオンは狩人に、父親と同じ牙狩りになりたかったのか?」


「なりたかった。だから小さい頃から厳しく訓練して、おかげでそれなりに強くなれたよ。でも父様と同じ牙狩りになるには、やっぱりマガエシが使えなきゃいけない。だから唯一の手掛かりのロングソードを手に入れようとしたんだ」


 なるほど、ずっと疑問だった。

 リオンの技術を持ってすればば普通の片手剣でも冒険者はできたはずだ。

 両手武器にこだわっていたのは父親のスキルを発動させるために試行錯誤していたからだったのか。


 こんな形でリオンの事情を知ることになるとは思わなかったな。




 リオンがロングソードを欲しがっていた理由はスキルのためだった。


「今ちょっと途方に暮れてる。私は昔ロングソードでマガエシを出せたから、今でも同じ武器を使えば出せるはずだ、って信じてきたのに、出せなかったんだ」


 自嘲するように笑うのが痛ましい。

 スキルを出せなかったときのリオンの落胆にはそういう理由があったのか。


「父様が生きている間に無理を言ってでも教えてもらっておけばよかった」



「それは……」


 もういないのか、と言いかけて口をつぐむ。

 上を見るリオンの声は次第に湿り気を帯びて、今にも雨が降りそうな危うさがあった。


「四年前にブラディアで起きた異界門事変でね、父様は死んじゃった。多分ね」


 雨粒が一つ流れる。

 異界門事変というのはスタンピードの中でも最悪のものだ。

 魔獣の住む世界とこの世界を直接つなげるといわれている構造物『異界門』が生まれ、魔素だまりから出てくるものよりずっと強力な個体が襲いかかってくる。

 それが四年前ブラディアでも起きた。

 僕が何も考えずにただスキルを得ようとしていた頃だ。


「生き残った人の話では、戦線が崩れた後に、自分は牙狩りだからって、父様は王国の狩人達と異界門に向かったんだって」


 雨粒が二つ、三つと続いていく。


「死んじゃったのは、仕方ないよ。どんなに好きだった人でも、軍人だもの。でもね、せめて、父様が誇りにしていた、ティルクの人達を安心させるという役目は引き継ぎたいんだ」


夏なのに、ひいらぎの葉に乗った雫が溢れるようにまつ毛から涙がはねた。


「私は、父様のように、ティルクの人達を安心させられる牙狩りになりたい。そして獣人保護を目的にする大きなクランをつくりたいんだ」


 こちらに向き直ったリオンの顔は、普段の楽天的な快活さも、戦いの時の好戦的な獰猛どうもうさもなかった。

 全力をもって叶えたい夢を見る者が持つ熱情が見えた。

 けれどそれは一瞬で、熱い願いは海風に吹き流されるように見えなくなった。


「……これが、ザートと一緒にいられないかもって怖がってた理由、だよ。私は個人やパーティじゃできることに限界があるからクランはどうしても作りたい。でもザートは法具を隠したいから組織には入らない。ザートは今パーティを組んでくれてるけど、クランには入らないでしょ? それなら……」


 その先の言葉は僕まで届かなかった。

 リオンの瞳は再び不安に揺れている。


 その様子をみて、僕は自分の迂闊さにため息をついた。

 言葉が足りなかった。


「きちんと口にしておくべきだった。僕がバックラーに望むのは『守るべきものを守れる力』だ。他人のクランに入ればバックラーを取り上げられる危険があった。だから避けたんだ」


 目の前の不安で強張っていた眉がためらいがちに開いていく。

 クランに入らないかだって?

 答えなんて決まっている。


 クランを避けたのは、秘密を教えろと幹部から強要されたくなかったからで、自分やリオンがトップになるなら問題はないんだ。

 リオンをまた不安にさせないために、僕は急いで結論をいった。


「僕は自分達でクランを作るなら問題ないんだ。パーティの目標にティルク人を保護するためのクランの結成、を加えよう。例のスキルについては保留だ。発動方法は探し続けるけど、スキルが無くても目的が果たせる位、一緒に強くなろう」


 夏の月光の下、ツキヨアオイの繊細なつぼみがほどけるように、リオンの目が大きく開いていく。

 

「——うん!」


 金色にも見えるリナルグリーンの瞳に映る自分に気づき、あわてて身体を引き戻す。

 誤解を解くのに必死で、近すぎる事に気づいていなかった。

 どちらも遠慮して、話し出せなかった臆病さが恥ずかしくて、照れ笑いをしてしまう。

 目の前で笑っているリオンもきっと同じだろう。


「もちろんクローリスにも相談しなきゃいけないけどね」


 城塞の影の暗がりに向かって声をかけると、気まずそうにクローリスが顔をだしてきた。

 彼女だって同じパーティのメンバーだ。相談するのが筋だろう。

 

「クラン設立については同意、です。……こちらからお願いしたいくらいですよ」


 そういうと再びぐったりしてしまった。

 

「クラン設立については同意してくれて嬉しいけど、しんどいのは自業自得だ。そもそもクロウが魔道具で遊ばなければこんな事にならなかったんだろうし」


 詳しいことはわからないけど、状況的にクローリスの髪留めが原因なのは明らかだ。


「う……それについては、ごめんなさい。リオンの秘密を暴いちゃって」


「大丈夫、平気だよ。怖くて打ち明けられなかった事をこうしてザートと話せたんだ。ありがとう、クローリス」


 あの場の皆にばれちゃったのは困ったけど、なんとかなるというリオンの言葉にうなだれていたクローリスの頭がムクムクと持ち上がってきた。


「そう、そうですよね! どう考えても結果オーライ、雨降って地固まる、二人の関係も進展中ってものですよね?」


 先ほどのしおらしさはどこに行ったのか、ニヨニヨ笑っている。

 そういえばこいつさっきの僕らを見ていたんだった。

 リオンが身をすくませてこちらを伺っていたけれど、視線が合うと真っ赤な顔で下を向かれてしまった。


「ふふー、よきよき。ザートは縁台持ってましたよね。ここに出してください」


 たたみかけるようにクローリスが縁台をオーダーしてきた。


「なにするんだ?」


「月明かりの下で飲み直しですよ!」


 勝ち誇った顔のクローリスの手にはホウライ酒があった。


「お前、それどこから持ってきた?」


「お店からですよ。ザートに小脇に抱えられたりお姫様抱っこされても離しませんでした」


 しれっというクローリスから、酒瓶を取り上げて書庫にしまう。

 かわりにベッド一つ分くらいある作業用の縁台を書庫から取り出した。


「あんな醜態しゅうたいみといて飲ませるわけないだろ。今夜は書庫にある薬草茶で月見をしよう。酔い覚ましに丁度良い」


 むくれるクローリスをなだめながら縁台に座るリオンは、長い間抱えていた問題が解決したせいか、安らかな表情をしている。

 確かに、この笑顔が見られたのだから、結果的によかったのだろう。


 僕ら三人は、クローリスの体調が回復する間、海に映る月やグランベイの街を見下ろしながらこれからについて語り合った。



 

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― 新着の感想 ―
[一言] 置いていけと言ったのは、なんか感動的な話ではなく単純に酒に酔ったあと担がれてシェイクされて気持ち悪くなっただけ……という残念っぷり(^_^;)
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