03_15 ラバ島到着
ラバ島に向かう中型船は夕方にグランベイを出て、明け方には島についていた。
「あれがラバ島か」
日の出前、舳先近くで朝日を待っていると、朝日と共に綺麗な弧を描き水面とほぼ変わらない高さの真っ白な砂でできた砂州と、まばらに生えるヤシに囲まれた白い石段があらわれてきた。
「うわぁ、うわぁー。きれいですねザート!」
となりに水着に着替えたクローリスが来た。
さすがに彼女らの水着姿にも慣れた。
今乗っている船は滞在する間ラグーン裏で停泊して宿屋代わりになる。
パーティは大抵一つか二つの船室に泊まるので、さっきは僕が先に着替えさせてもらった。
クローリスがきれいきれいと繰り返しながら船縁に手を突き跳ね回っている。
それに同意するように、明赤色の布地につつまれたソレらが上下にうなずいているけど、彼らにうなずき返す訳にはいかない。
「リオンはまだこない?」
「えぇー、ザート、今のうちに私の水着姿をほめてくださいよ。チラチラ見てないで」
両手で身体をかき抱きながらクローリスがニヤニヤする。
褒めるのを自分からねだるのはどうなのか?
「さ、遠慮無く?」
僕の周りをくるっとまわり、満面の笑みでこちらに両手の平を差し出してくる。
「そうだな……今日のクローリスはいつも以上に、見ていて楽しくなれると思う。黄昏色の髪と明赤色の水着姿で水際を跳ね回れば、太陽の精霊のようにみんなの注目を浴びるんじゃないか?」
あえて声に出すことで恥ずかしさが和らいできた。
内容は少し大げさだったか?
「き……き、きぃとった? うちが褒めて欲しかったんは水着姿でうち自身ではないん……」
同じじゃないの?
褒められたはずのクローリスが朝焼けに照らされて何か言いたげなふうに唇を動かしている。
なんらかの自己解決をしたのか、顔をかかえたまま船縁に肘をついて黙ってしまった。
褒めろといったから褒めたのに、理不尽だ。
そのまましばらく空が明るくなっていくのを眺めていた。
島が近づくにつれて、甲板に人が増え、歓声やざわめきが大きくなっていく。
けれど、唐突に、一瞬だけ上り調子だったトーンがしずまった。
振りかえると、舳先より一段下がった甲板の上にリオンの灰色のショートカットが見えた。
向こうがこっちを見たタイミングで大きく手をふると、リオンが嬉しそうにこちらに向かってくる。
来るんだけど……
「……この世界にも海を割る預言者っていたんですか?」
「海を割るというと……ヒスイ色の翼をもつ女神に導かれた獣人エノキの事かな? たしかに人垣が割れていくな」
リオンが歩く度に彼女の左右一ジィにいる老若男女が後ずさっていく。
「まぁ、あの女神が嫉妬する身体が急に近づけばそうなるですかね」
ヒスイ色の水着が薄く透けた、ミルク色のパレオで長身を包んだリオンがこちらに歩いてくる。
風に吹かれた灰色の髪を押さえる、曙光に照らされた姿はなかなかに幻想的だ。
「おはよう二人とも!」
「「おはよう女神様」」
同じ発想にいきついたらしいクローリスと苦笑いしながらあいさつをした。
事情がわからない女神様はかわいらしく小首をかしげるばかりだ。
話せば全員が赤面するしかないから、説明はしないでおこう。
――◆◇◆――
ラバ島のラグーンは、徒歩三十分で一周できるくらいの砂州でつくられ、内側にエメラルドの海水をたたえていた。
のんびりしたい人は砂州の先端近く、サービスを楽しみたい人は船員が食事を提供している白い石舞台近くの砂浜、泳ぎが上手な人は砂州の途中に陣取って湾の内側と外側を交互に楽しむらしい。
下船した乗客は皆目的に合わせて良い場所を取ろうと飛び出していく。
多くが銅級以上の冒険者なので、僕らより当然年上が多い。
けれど、こういった場所で遊べるのは現役の冒険者である今だけだと分かっているからか、皆僕らより幼く見えるほどはしゃいでいた。
内陸で育った僕は、泳ぐと言えば清流や湖畔だったので最初は圧倒されたけど、周りの空気を読んで昼は目一杯楽しむことにした。
「ところでザートはどれくらい泳げるんですか?」
前を歩くクローリスが振り向いてきいてきた。
「この湾を一周するくらいはできるよ。あ、もちろん淡水の話だけど」
海で泳ぐのがどれくらい勝手が違うかわからないしな。
「十分過ぎですよ、それなら砂浜じゃなくて砂州にいっても問題なさそうですね」
そう言うと砂州の方にいって駆けだしてしまった。
場所を取りに行ったんだろうな。
「一人で行かせて大丈夫かな」
「もう、ザート心配しすぎだよ。クローリスは私達より……」
リオンがなにかを見て口をつぐんだので視線の先をたどると、男二人組にはさまれていた。
言ってるそばからトラブルって早くない?
「銅級六位ってすごいねぇ! 君くらい若ければ金級にもいけるんじゃない?」
「俺ら今銀級で金級も狙ってるからさ。少しだけ、向こうで話さない?」
染めた金髪の男が褒めちぎり、魔術士っぽい暗紫色の長髪を束ねた男が柔らかく誘っている。
「今のメンバーと金級を狙っているんでいいですよー」
クローリスが受付嬢みたいな笑顔をしている。
受付嬢時代はあんな感じだったのか……
あ、目が合った……
なにその”ちょっと見てな”的なアイコンタクト。
「だめだめ、今の君からは銀級のオーラが感じられない。オーラって上の等級の先輩と付き合って出てくるもんなんだよ、知ってた?」
金髪のほうがオーラの出し方を教えてくれた。初耳です。
真後ろできいているけれど、二人とも違和感に気づかないなんて、気配察知とか他のメンバーが担当してるのか?
「リーダー、こっちこっちー」
クローリスが今気づきましたと言わんばかりの顔でこちらに向けて手を振ってきた。
さっきがっつり視線を交わしたのに白々しい。
「あぁ、場所取りお疲れ様、泳ぐ場所はここでいいのか?」
話を合わせながら近づくと男二人が意外なほど飛びすさった。
金髪の方はリオンの方に目が釘付けになっているのはまあ察するとして、長髪の男の目は僕をとらえている。
「あ、あのさ、君らとこの子、同じパーティなのか?」
「そうですけど?」
「そうか、まさかプラントハンターと同じパーティだったとはね……。すまないね、強引な勧誘をして。帰ろう、ビリー」
「え、ちょ、まてよ!」
金髪の男がリオンに話しかけている間、しきりにうなずいていた長髪の男が唐突に背を向けて去ってしまった。
こっちを知っていたみたいだけど、なんなんだ?
「クローリス、どういう状況だったか説明できる?」
とりあえず、目を丸くして固まっていたクローリスにきいてみる。
「いや、こういう場所のナンパって一回経験してみたくてですね……頃合いをみてザートに手を振ったんですけど、けんかになるどころか逃げ出されるとは思っていなくて、驚いているところです。ハイ」
抜き打ちでリーダーの資質をテストするのはやめてくれないかな?
驚いていたせいか、たくらみを素直に白状してくれたクローリスにさらに話を聞こうとしていたら、後ろから声をかけられた。
「うーす、ザート。さっきから見てたけど面白かったぞ」
振り向くと、生産系依頼を分担しているうちに仲良くなったアルバトロスのメンバーがいた。
リーダーのショーン、重戦士のデニス、魔術士オルミナだ。
ちなみにショーンとオルミナさんは恋人同士だそうだ。
結構年上なんだけど、敬語とかやめろと言われたので普通に話す事にしている。
「ショーン、あいつら何がしたかったかわかる?」
「そりゃナンパだろ。クローリスは外見だけは良いからな」
「外見だけって聞き捨てならないんだけど」
カラカラと笑うショーンに食ってかかるクローリス。
受付嬢時代からの交流らしいけど、こうしてみると兄妹みたいだ。
「オルミナさんはわかります? 僕とリオンをプラントハンターだと知って慌てて去ったみたいですけど」
バイオレットに近い明紫色の髪をアップにしてきわどい水着を着たオルミナさんにきいてみる。
「それよ。最近クランの人から聞いて知ったけど、あんた達二人、ちょっと前に領都でバイターの銀級と決闘して完封したでしょ。クラン潰しの新人って怖がられてるみたいよ。背の高い茶と灰色の髪の二人組ってあんた達しかいないし」
「ワシらは先に、例のウーツ工房での二人を見ていたから別に驚きもしなかったがな」
オルミナさんとデニスの話で納得がいった。
領都でクランの勧誘よけに利用させてもらったあれのせいだったのか。
確かに、相手の牛獣人の男が銀級だって言ってたな。
「それにしてもクラン潰しって、人聞きの悪い」
「でも結果的にクランは潰れたんだろ? 箔がついて良かったじゃないか。それより、せっかくだからみんなで遊ばないか? 俺たちもこの島は三度目だ。いろいろ案内できるぞ」
戻ってきてニカリと白い刃歯を見せて笑うショーン。
こんな仕草も嫌みにならないのは得だと思う。
「じゃ、ショーンのナンパについていこうか。誘ったからには昼飯くらいおごってくれるよね?」
「おう、ナンパしたからには相手が男でもおごるぜ!」
これも先輩の甲斐性という奴だろう。
僕も将来後輩にはこんなふうにおごってあげよう。
ナンパはしないけどね。
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