03_13 夏服と浴衣と水着
「あ、おかえりー」
「ただいま……でーす……」
なにか死にそうな声がしたと思って振りかえると、クローリスが紙袋を抱えて工房に入ってきた。
昼時になってご飯を食べに行こうとしたけれど、あまりの暑さでギルド内に撤退して、出店で(誰かが犠牲になり)買って済ませることにした。
で、公正なじゃんけんの結果負けたクローリスはそこで倒れている。
「じゃ、食べるか」
書庫から皿をだし、紙袋の中身を乗せる。
薄い板を引っ張り出すと、玉子大のロティボールがでてきた。
「今日のロティは魚のマリネにタラム草とかグースシェードとかはいってますよ」
渡した果実水で復活したクローリスが説明をする。
端の一口を食べるとポルトに豆が入っているものにあたった。
ロティボールはロティという壺状のクレープのなかに様々な具をいれた料理だ。
この辺りだとやっぱり海産物を入れるのが基本らしい。
「彩りがいいねー。あ、コリスがはいってる」
リオンが食べたものにはコリスが入っていたみたいだ。
クローリスがコリス入りのボールを入れるなんて珍しいな。
たしか嫌いじゃなかったか?
「あ、はずれ引きましたね! 屋台のお姉さんが間違えていれてたんですよ」
どうです、どうです? と、なんだか嬉しそうだ。
銃剣の試し打ちでしごかれたのを根に持ってるのかもしれない。
「クローリス、リオンに嫌いな食べ物はないぞ」
リオンは至って平気な顔をしてもぐもぐと口を動かしている。
しゃべれないので黙っているけれど、この顔は”おいしいけど?”という顔だな。
「パクチーが平気な人でしたか」
クローリスが残念そうにためいきをつく。
コリスが苦手な人は多いっていうけど、平気な人は意外と多いぞ?
僕も普通に食べるし。
食事を終えて、お茶を飲んでいると、ふと外が見たくなった。
部屋の東側にある窓枠の石の上に座れば、下の日陰を往来する人が眺められる。
ちなみに最上階の角はへこんでいて、広めのテラスが作られている。
非常事態の時、港の人々に情報を伝えるのに使うそうだ。
往来する人達の服装は様々だ。裸に近い荷運びの人、暑いのにジュスト姿の商会のお偉いさん、あとは冒険者だな。
あ、あれアルバトロスのリーダーだな。
へー、ゆったりした服を着てるから中央ティランジアの出身なのかもな。
隣にいるのは竜使いさんか。
部屋に視線を戻すとリオンがテーブルで魔術古代史の本を読んでいる。
あれからなにやら勉強熱に火がついたらしい。
今日のリオンはゆったりしたワンピースだ。
シンプルな生成りの色だけど、刺繍と絞りがアクセントになっていてリオンに似合っている。
クローリスもそうだけど、いつの間に新しい服を買ったんだ?
「そろそろ街着を新調するかな」
今僕が着ているのも街着だけど、普段討伐時に着込んでいるやつとあまり代わり映えしない。
本来夏は冒険者にとってオフシーズンだ。
同じ格好で年中討伐してる、みたいにみられるのはちょっと嫌だしな。
「何みてるんです?」
振りかえるとクローリスが僕の座っている石に乗ろうとしている所だった。
「ちょっと、クローリス近い」
今日のクローリスの服はゆったりした白のズボンにネイビーブルーのカットソーを合わせている。
加えて目の大きいレースショール、アップにした明黄色の髪のせいか、なんだか大人っぽく見える。
「むぅ、普通ですね。その反応も傷つくような気がしないでもない……それはそうと、本当に何をみてたんですか?」
「ああ、下の人達の服をみてた。なんかいつもと違う街着がほしいなって」
「「えっ」」
目の前のクローリスと、少し離れたテーブルに座っていたリオンが同時にびっくりしていた。
「リオン、最近ザートが女の子を眺めていたりしませんでしたか?」
「いや、そういうのはなかったと思うけど」
「思春期の男の子がファッションに目覚めるなんて十中八九異性関係です! リオン、自分が危機にさらされている自覚はあるんですか?」
「え、えぇ……」
隣に来たリオンとクローリスが話し込んでいる。僕の上で。
人をなんだと思っているんだ。
「別に興味が無かったわけじゃないぞ。金がなかっただけで」
「お金があれば女の子と遊びたかったと」
「今服選びの話をしてたよな?」
「それならどういうのが好きなんです?」
ようやく窓枠から降りたクローリスがきいてくる。
なんか今日は詰めてくるなぁ。
「とりあえず足下はサンダルにしたい。パンツは西ティランジアの膝上のやつ。シャツは普段のゆったりした戦闘用の服じゃなくてレーマさんが着ているようなすっきりしたものにしたい」
大体こんなものだ。
定住しない冒険者が街着に金をかけるというのも変な話だと思う。
そう考えると、クローリス達は服にどれだけお金をかけているんだ?
「うん、まあ普通ですね。それなら銀貨一枚もかかりませんよ」
どこかほっとしたような二人の反応が気になるけど、もっと気になる所がある。
「いや、安すぎだろう。古着でも難しいくらいじゃないか?」
「大丈夫ですよ。私が服飾系のスキルを持っているのわすれたんですか?」
意外そうな顔をしてクローリスがきいてきた。
いや、初耳だ。だから二人の服が増えていたのか。
とにかく、二人が浪費せずにファッションを楽しんでいて良かった。
――◆◇◆――
「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ……」
わずかに明るんできた東の空に、入港待ちをしている大型船のシルエットが浮かんでいる。
漁船がならぶグランベイ港の北部には長い砂浜が続く。
僕はこのところ砂浜を走るのを日課にしている。
走っているのは砂浜が長いのと、ついでにトレーニングをしたいからだ。
目的はあくまで砂浜の下に眠る漂着物を回収することにある。
普段から土の上を歩くときは書庫の大楯を地中に潜らせているけれど、魔砂以外あまり良い物はとれない。
だから遺跡やこういうスポットは逃さないようにしたい。
「そろそろこの砂浜も制覇したから、今夜にでも広げてみてクローリスを驚かせるか……」
書庫にたまっている漂着物に何があるか楽しみで、思わず顔がにやけてしまう。
犬を散歩中の人にすれ違いざまに見られたけど、海に向かって顔をしかめたから朝日に笑いかけた好青年に見えていたはずだ。
だれかそうだと言って。
――◆◇◆――
「ごちそうさまでした」
「お粗末様でした」
今日は宿でクローリスの国の料理を食べた。
驚いたことに、ほぼホウライ料理だった。
そして前に食べたヌマル亭のものよりだいぶうまかった。
生産系は多く持っているといってたけど、調理スキルまでもっていたとは恐れ入る。
「今回私がつくった料理と、その”ホウライ国”の料理は似てるんですか?」
「うん、クローリスの料理の方が美味しかったけど、ガルムの使い方とか似てるよ。この街にもホウライ料理の店があるみたいだから今度行ってみようよ」
「そうですね。それにしても、銃剣につけたホウライ刀といい、皇国は日本と同じような文化なんですねぇ」
二人の話を聞きながら洗浄の魔道具を使って食器をきれいにする。
異世界とこちらの文化がほぼ同じなんてあり得るのか。
「となると、作っておいたアレもホウライ国にあります?」
「ええ! アレってホウライ国のものとして作ってると思ってたよ!」
「何の話だ?」
食器を書庫にしまって振り向くとクローリスと目が合った。
胸の前にはこの部屋に来るときに持ってきた袋がある。
「んふふ、その前に、まずこれに着替えて下さい」
袋から出されたのは先日クローリスが作ってくれると話していた僕の街着だった。
「おお、もう出来たのか、早いな」
「私達は隣にいますから、着替え終わったら声をかけて下さい」
ソファに一つ一つ並べて感心しているとクローリス達がドアから出て行ってしまった。
じゃあ着てみようかな。
部屋の鏡に全身を映してみると、イメージ以上にシルエットが綺麗な服で驚いた。
「おお、これはいいんじゃないか? さすがにぴったりだな」
シャツはサックスブルーで涼しげだし、パンツもスマートなのに変に突っ張ったりしない。サンダルも僕の髪に合わせた茶色だ。
よし、クローリスにグッジョブと言わなければ。
「クローリス? ザートだけど開けてもらえるか?」
隣のクローリスの部屋の扉を叩くとなにやら慌ただしい音がした。
「はや! ちょっとまってくださいー。リオン、もうすこし腰を落として!」
二人ともドアから離れたのか音がしなくなり、手持ち無沙汰になったころでドアが開けられ、クローリスが顔だけ見せてきた。
「良いですよー」
ドアが開けられ、目に飛び込んだのは変わった服でソファに座っているリオンだった。
鮮やかに染め抜いた薄い布地で作られたガウンをまとっている。
首筋と胸元が大きく開いているのに太い布で巻いているだけなので、夜会のドレスより露出が少ないのに目のやり場に困ってしまう。
「どうです? 異世界の民族衣装でユカタっていうんですよ」
リオンと柄違いの同じ衣装をまとったクローリスがドアを閉めてニヤニヤしている。
「ええと、クローリスの国はずいぶんとその、開放的なんだな……」
クローリスも、リオンほどじゃないけどそれなりに”ある”ので、困る。
からかわれているのは分かっているんだけど、こういうときはポーカーフェイスで乗り切ってきたんだけど、目の前にいるのは今まで会った中で一番といっていいほど過言ではない女の子達。
片方は中身が少し残念だけど、それにしたってパーティの仲間に対してこういうのはどうかと思うというか、こういうのは普通なのか?
今度一人で酒場にいって冒険者パーティの常識とか教えてもらわなきゃ。
いやそれより今この状況をどうのりきればいいのか。
リオンはなにか言って欲しいのか上目遣いでみてくるし、でも服を褒めるにしたって色っぽいとか言って良いのか……
そこまでぐるぐる考えて、当たり前のことを思い出した。
「いやいや違う。僕の服が先だろう。僕はすごく良いと思うけど、似合ってる?」
そうだ。ここに来たのは作ってもらった服を着た自分を見せるためだろう。向こうのペースに巻き込まれるから混乱するんだ。
「六秒で再起動ですか。まあ納得の数字です。ザートの服は作った時のイメージ通りですよ。バッチリです」
「良かった。ありがとうクローリス」
「私も、似合ってると思うよ」
二人からみても問題ないみたいだ。
よかった、自分の服の事を考えてたら落ち着いてきた。
二人の服の感想もいわなきゃな。
「ありがとう、二人とも似合ってるよ。でも綺麗すぎるから、外には出て欲しくないかな」
セクシーすぎて、とは言えないから綺麗すぎて、にすれば大丈夫だろう。
たとえホウライ国では普通であっても、ここはグランベイなんだ。
こんな服で外にでられたら男が寄ってきて大変なことになりそうだ。
「……さらっといいますねこの人」
「……でしょ」
「外に出るも何も、こんな着崩し方で歩くはずないじゃないですか」
数瞬のあいだ沈黙した二人が、なにやらこそこそと話し始めた。
今更恥ずかしくなったのか、首元まで赤くなっている。自分達で着ておいてなにやってるんだか。
「なーんかやられっぱなしというのもしゃくですね。ザート、ちょっと後ろ見ててください」
せかされるままに後ろを見る。今度は平常心でいよう、ポーカーフェイスだ。
「はい、いいですよ」
ポーカーフェイス無理。なんで二人とも上半身ハダカなんだよ。
「服着ろ! なんでお前ら下着みせてんだよ!」
顔を押さえて回れ右。頭が全然追いつかない。
「ちょっとザートよくみてください、水着ですよこれ?」
クローリスが笑いながら回りこんでくるので上を見て回避しつづけるうちに、だんだん冷静になってきた。
水着っていったら半袖半ズボンだとおもっていたけど、あれは学院だけのものなのか?
「ねぇクローリス、ザートって海に来たことがないって言ってたから、こういう水着があること知らないんじゃないかな?」
「なるほどです。それだといきなり全身をみせるのは刺激がつよいですね」
「パレオか、ワンピースを着た方がいいかもしれない」
「ザートもそっちの方の知識はないんですね。仕返しのつもりがやりすぎました」
向こうが勝手に自己解決してるみたいだけど、頼むから早く服を着てくれ!
……後日、酒場でアルバトロスのリーダーに水着の話をすると、そういう水着はこの辺りだと普通だし、女冒険者も水着を見せるくらいのからかいは普通だと教えられた。
『慣れろ。そして死ね』
最後は方々から罵倒されたあげく、かなりおごらされた。
授業料高すぎじゃないか?
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