03_09 発動しないスキル
リオンが回復した後、クローリスに会計を任せて、僕らはざわめきだした周りの冒険者達の目を避けるようにその場を後にした。
店が用意していた高級治癒ポーションの効果は高く、動かなかったリオンの左腕も宿に戻る頃には違和感なく治っていた。
「戻りましたー」
日課の書庫への低位魔法の収納をしていると、くたびれたクローリスの声がした。
ドアを開けると、たくさんの荷物が部屋に転がり込んできた。
僕に荷物を預けると、クローリスは小柄な身体をふらつかせながらソファにたどりつき、そのままダイブした。
「あああー、疲れましたよー」
「悪かったな。色々頼んじゃって。試合の後に目立つのを避けたかったから」
クローリスに預けたパーティの財布を受け取り、代わりに冷たいハーブティーの入ったグラスを渡す。
荷物の中身はウーツ工房の武器とフルト工房の防具だ。
「今更おそい気がしますけどね。ザートのチート能力には剣術も追加しておきますよ……それはそうと、リオンはどこです?」
「隣の部屋のベッドで寝てもらっているよ。ポーションで傷は回復してるけど、ちょっといつもの調子じゃないな」
「ザートに負けたからですか?」
「……多分違うけど、様子を見に行こうか」
声をかけてから間仕切りを開けると、リオンはベッドに座っていた。
表情は寝かせたときとかわらず、ぼうっとした様子で、悔しいとか恨んでいるとか、そういう負の感情はないように見える。
「リオン、具合はどうですか?」
「うん、身体の方は問題ないみたい。やっぱり高位治癒ポーションってすごいね」
左手をぐっと握りながら笑顔を浮かべる。
「それでも痛かったけどね。それと悔しかった」
こっちを見て軽くにらんでくるので、安心してしまった。
そういうのは正直に言ってくれた方がいい。
リオンも僕の様子を見て表情を和らげてくれた。
「悪かったよ。でも、あんなスキルを出されたらヤバいって焦ったんだからな。出すふり、でも勘弁してくれ」
「確かに、ザートが本気になるかな、と思って発動準備までやろうとしたけどね」
そういってリオンは笑うけど、小さな違和感を感じた。
どこか余裕がないような気がする。
「二人とも笑ってますけど、ギルドから呼び出しくらってますからね。明日みんなで決闘じゃないって事情説明に行かなきゃならないんですから」
クローリスに言われて二人で首をかしげた。
何でだ? あそこは試合用のスペースだから私闘にならないって説明されてたけど……
二人で顔を見合わせると、クローリスがため息をついた。
「自覚のないチート達ですね。ものには限度ってものがあるんです。二人の試合は武器を試すレベルを明らかに超えてましたから、リングの周りは大騒ぎだったんですからね。店員もまわりの冒険者も止めようとしてたんですよ? 結局無理でしたけど」
そうか。周りが歓声でも上げてるのかと思ってたけど、やめろって言ってたのか……
悪いことをしたな。
さっきの事を思い出したのか、リオンがめずらしくそわそわしていた。
「ねぇ、その事情説明に行く前に、ちょっと試したいことがあるんだ」
チラリと横顔をみたけれど、やっぱりどこか焦っているように見える。
「試したい事ってなんです?」
クローリスがよく分かっていないのか、首をかしげている。
「ここじゃちょっとできないから、海岸まで行こう」
――◆◇◆――
たどりついたのは南岬の磯の上だった。
港からは影になって見えない、所どころに穴が空いているつるつるした平たい場所だ。
海のない地方で育った身としては色々見て回りたくなるけど、今はリオンの用件の方が先だ。
「じゃあ、いくよ」
リオンが海に向かってロングソードを構える。
——ズン——
工房のリングで感じた悪寒が再び襲ってくる。
他のスキルとは異質な、格の違う生き物に威圧をかけられたような錯覚におちいる。
目の前にいるのは確かにリオンなのに、その後ろ姿から目を離せない。
隣にいるクローリスが座り込むのをなんとかこらえているのが不思議なくらいだ。
けれど、一段階威圧が強くなり、一瞬刀身が不可思議な光を放ったと思った瞬間、それまであった威圧感が消え去ってしまった。
ロングソードが落ちる音とともに、リオンがふらつき、首を傾け膝から崩れ落ちた。
「リオン!」
慌ててかけよると、リオンは肩で息をしながら、水平線の向こうを見るように呆然としていた。
「……発動しない。惜しいところまでいくのに、やっぱりロングソードでもだめだった」
ハハ、とリオンらしくない、乾いた笑いをつぶやいた。
「ごめんね、失敗しちゃった」
何に対する謝罪なのかわからないけれど、その表情は長い旅路の果てに見つけた財宝が崩れ落ちた旅人のような、徒労感を伴った悔しさをにじませていた。
――◆◇◆――
——少し、一人にさせてくれないかな。
宿にもどり、クローリスと二人でリオンを彼女の部屋まで連れて行くと、ソファに座った彼女の口からぽつりとそんな願いがもれた。
つけたばかりの魔道具の灯りにぼんやりリオンの表情が照らし出される。
リオンは無理をしているとわかるほど血の気が失せているにも拘らず、微笑んでいた。
今まで知らなかったリオンの姿に内心焦りを覚えながらも、わかったとうなずく。
「なにか必要な事があったら何でもいいから僕かクローリスを頼ってくれ。明日は午後から報告をしにギルドに行かなきゃならない。昼食の時間になったら呼びに来るから準備をしておいてくれ」
さっきクローリスがいっていた、ギルドへの申し開きもする必要があるし、明日は二度目の依頼振り分けの日だ。弱っているリオンには申し訳ないけど、行かなければならない。
コンコン、とノックする音と共にクローリスがドアを押しのけて入ってきた。
「リオン、食堂から晩ご飯もらってきたから食べてください。あと飲み物も好きな物を選んでくださいね」
「ん、ありがと」
クローリスがトレイから食事をローテーブルに並べおわるのを待って二人でリオンの部屋を出た。
「リオン、大丈夫そうですか?」
「わからないな。明日様子をみて、また考えよう」
そういってクローリスを食堂へとうながした。
リオンがロングソードのスキルをもっていたのは確かだ。
でも、今日の戦いでは他の武器の技術がまじっていた。
海岸で見せた様子からすると、リオンがロングソードを求めていたのは、特殊スキル発動の武器の代わりとして求めていたんじゃないだろうか。
その日の夕食はあまり味を感じずに、気づけば食べ終わっていた。
――◆◇◆――
翌日、部屋からでてきたリオンは見た目は立ち直った様に見えた。
けれど当分は生産系の仕事を受けるようにしよう。
他の理由もあるしね。
ギルドの会議室でおこなわれた、ウーツ工房での一件についての申し開きは意外と短時間に終わった。
それどころか、なぜか位階が銅級六位に上がった事を告げられた。
「クローリスの生産能力もそうですが、ザートさん、リオンさん二人の戦闘を見せつけられた冒険者達に推薦されたんですよ。我々としても能力のある冒険者には早く上位限定のクエストを処理できるようになってもらいたいですからね」
にこやかに、”これから面倒な依頼を押しつける”宣言をされてしまった。
ギルドマスターのレーマさんはクローリスがいるせいか、僕達に関しては本音で話すようにしたらしい。
「レーマさん、そろそろ依頼振り分けの時間なので、ここを解放してもいいですか?」
「ああ、もう時間でしたね。ではそうして下さい」
レーマさんと相談していると、依頼票をもった受付嬢と共に何組かのパーティが会議室にはいってきた。
グランベイを拠点としている冒険者パーティは百をゆうに超えているけれど、ここに来るパーティは一部だ。
休暇をとっているパーティ、遠征をしているパーティはもちろんいない。
そして、生産系パーティが僕達の他にほとんどいないのだ。
前はそこそこいたけれど、運悪く先日の海難事故で大幅に数を減らしてしまった。
そこで特定の商会が生産職を囲い込むケースが増えてしまい、散発的な依頼を受ける生産系パーティがさらにいなくなってしまったのだ。
さ、なるべく良い依頼をとらなくちゃな。
会合が終わって皆が部屋を出て行く中、クローリスとリオンが僕のジレを引っ張ってきた。
「レーマさんが、私達に生産系の依頼しか回さなかったじゃないですか。あれってわざとですよね?」
「うん。さっきの申し開きの後にレーマさんに頼んでおいたんだ。説明せずにいたのは悪かったよ」
今回は位階が上がった事もあり、それなりに討伐依頼も回してもらえるはずだったけど、生産系だけ回して欲しいと伝えていたのだ。
レーマさんの側も、だぶついている生産系の依頼を優先してさばけるので話は簡単にまとまった。
「ザート、私のことなら心配いらないよ。ようやく本来の武器も手に入れたんだから、討伐系の依頼だって余裕でこなせる」
リオンがちょっと怒った様子で問いつめてくる。
確かに討伐系依頼を避けたのはリオンが不安だったという事もあるけど、理由はそれだけじゃない。
「確かに、リオンならできると思う。でも、今は別にすべきことを優先したい」
「すべき事?」
「銃の解析と、弾の量産だよ」
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