03_01 グランベイ入港
僕とリオンがグランベイの土を踏んだのは、空のあかね色があせた頃、夜になる手前くらいだった。
「なんとか明るいうちに上陸できたな」
「もうじれったくて海に飛び込みそうだったよ」
「僕としては飛び込まれなくて良かったよ。気持ちはわかるけどさ」
苦笑しつつ、リオンのぼやきにも同意してしまう。
入港の際に船がここまで順番待ちするとは思わなかった。
グランベイほど大規模な港になると、商船を引っ張って岸につけるタグボートがフル稼働しても、朝夕の忙しい時間は渋滞になってしまうらしい。
海を振りかえると、まだまだたくさんの大型船が順番待ちをしていた。
あそこで碇を下ろしたまま入港せずに夜を明かす船もあるんだろう。
「地上も活気がすごいね!」
海上で順番待ちをしていた時からずっとグランベイの街並みはみえていたけれど、リオンの興奮はまだまだ収まらないらしい。
とはいえ、僕も興奮している。
忙しく行き交う活気に満ちた人々の迫力に押しつぶされそうだ。
港の顔といえる大商会の建物の前では、荷運び人が忙しく商会を出入りしていて、ふらっと足を踏み込めば怒鳴られることは間違いない。
目的地を確認して一気に突っ切ろう。
腹にひとつ力を込めると、リオンと一緒に喧噪の中に飛び込んでいった。
――◆◇◆――
ギルド・グランベイ支部は、石造りのがっしりとした建物で、大商会二つ分ほどある中央通りの角地に堂々とたっていた。
「今日の内に活動申請だけしておこうか」
「そうだね、早くゆっくりしたいよ」
ここに向かうまでの船内で、グランベイに着き次第、まとまった休暇をとる事を決めていた。
領都からロター港までは馬車で移動していたし、ロター港では一泊してすぐにシド港行きの船に乗った。
シド港でシルトの事件を解決するので二泊、そしてグランベイに着くまでは護衛をしながらの船旅だ。
つまり三週間弱くらい休んでいないことになる。
そして懐も、ロターの海岸で宝箱を回収したおかげで余裕がある。
約金貨七枚と言えば、銅級半ばの冒険者一人が一月で稼ぐ金額だ。
もちろん冒険者は装備など支出も多いからすべて使えるわけではないけれど、僕とリオンは、もう食い詰めものは卒業といっていい。
目標は変わらないけれど、一刻一秒を争う話じゃない。
この辺りで一度落ち着こうという話になったのだ。
「すいません、今日グランベイについたのでこの支部での活動申請書をもらえますか?」
丁度空いていた窓口で、明緑色——グリーンゴールドの髪をした中つ人の受付嬢に声をかけた。
「えっ」
「えっ?」
えって何? なんで固まるの?
「今日の最終便はもうとっくに着いている時間なのに、今まで何してたんですか?」
若干とがめるような口調で受付嬢が書類を渡してきた。
なんだかわからないけど怒られている。
「陸路じゃなくてたった今船で着いたんですよ」
必要な情報を申請書類に書き込んで返す。
「海路かー、そうきたかー、なるほどなるほど」
一人でブツブツとつぶやいているかと思うと受付嬢はがばりと立ち上がった。
「もーなんでこのタイミングかなぁー? 急いでこっち来てください。どうせ私はギルマスに怒られるけど、今からでも押し込んだ方がまだましです」
そういってカウンターを出ると、僕の腕をとって石造りの階段を登っていった。
「歩きながらでいいんで、行き先を教えてくれませんか?」
自己解決されてもこちらは何が何だか分からない。
「たまった依頼を冒険者に割り当てる集まりです。これに参加しないと二週間はろくな依頼にありつけないですよ?」
うわ、なにそのろくでもないシステム。
冒険者は個人事業主で社員じゃないのに、ここじゃ依頼を選べないのか?
そんな事を考えていると、明緑色の髪をした受付嬢はノックもせずに扉を開けた。
「すいませーん、冒険者二人、追加お願いしまーす」
『大将いま空いてる?』みたいなノリで入るなよ!
部屋に入った僕達をむかえたのは冒険者とギルド職員、両方からのつめたい視線だった。
第一印象は最悪だ。もうちょっとはいり方があっただろう。
ノープランおじさんのような受付嬢の後ろに黙ってついてきた三秒前の自分を呪いたい。
「……位階とパーティ名は?」
「銅級十位、プラントハンターです」
説明をしていた男性が淡々とした様子で質問をしてきた。
明赤色の髪をオールバックになでつけた姿からは覇気を感じる。
「そうですか……まあいいでしょう。みなさん、十分ほど待っていて下さい。新人の能力を聞き取ってから、あらためて依頼の振り分けを行います」
方々から不満の声が上がるが、椅子を蹴るような荒くれ者はいないみたいだ。
冒険者の集団をかき分けて説明をしていた男性がやってきた。
「グランベイ支部ギルドマスターをしているレーマです。さっそくですが、ここグランベイでは現在、支部にきた依頼を各冒険者に振り分ける形式を取っています」
「あ、それさっき説明しましたよ」
間髪をいれずに受付嬢が指摘する。
かぶせ気味な発言のせいでレーマさんの顔が無表情になってしまった。
君、名前は知らないけど、ちょっと空気よんで?
「……そうか。なぜそうしているか、という理由については?」
「だぶついた依頼と割の良い依頼をセット売りするため、という理由ならまだ話してません!」
ダメな娘かな?
まぶしい笑顔でギルドの裏事情を暴露しないで欲しい。
後ろでは何人かが「そうだったのか! だまされてた!」みたいな顔してるよ?
これまでのやりとりだけで、レーマさんに同情してしまう。
「ええと、今から依頼を振り分けるんでしたよね? どうやってするんですか?」
仕方ないので助け船を出すことにした。このままじゃ十分たっても話がおわらない。
レーマさんは諦めたような、ちょっとほっとした表情で何枚かの依頼票をとりだした。
「君たちの得意分野を知るために代表的な依頼票を用意しました。この中でできる依頼を教えてください」
そういって順番に依頼票を出してきた。
……
・ネヴァダ商会の荷受け確認作業
・バーゼル帝国領までの往復航路の護衛(要経験。往復期間二ヶ月の予定)
・北岬要塞の歩哨(夜勤あり)
・初物グランベッリの収穫作業(水属性魔法必須)
・水稲、小麦の収穫
・港湾整備(航行の障害となっている沈没船のマスト切断)
・ポーション作成
・魔道具修理(要魔法陣知識)
……
「商船の護衛はここに来るまでにやっていましたけど、外国航路は遠慮したいです。水属性魔法は使えます。魔法陣の知識もあります」
せっかく帰ってきたのにまた二ヶ月船に乗るのは遠慮したい。
農作物の収穫は水稲・小麦は暑いだろうけど、たしかグランベッリは夜明けに水魔法で一気に収穫するはず。時間当たりの報酬は高いんじゃないだろうか。
「魔法陣知識……生産系の依頼を受ける予定は?」
ポーション作成はできるけど設備がいるし、などと考えていると、いつのまにか隣にいた受付嬢がぼそっときいてきた。
「生産系? 戦闘職だけど錬金系もあればやろうかと思うよ。雨の日とかに出来るし」
いきなりがしっと肩をつかまれた。身体の中を悪寒が通り抜けたとおもった瞬間、
「レーマさん、生産系の銅級を見つけました! 私、この人とパーティ組みます!」
小柄な身体が僕の肩に飛びついてきた!
「なっ!?」
反対を見ると、リオンがこれまで見せたことのない顔で驚いていた。
「良かったなクローリス。これでもう受付嬢のアルバイトをしなくてすむぞ」
レーマさんの顔がすごく嬉しそうだ。
「はぁ!?」
どういう状況だよ。
ピンと立った犬耳の幻が見えるほど警戒心を露わにしたリオン、拳を握りしめるギルドマスター、肩にぶらさがる受付嬢。
ってかあんたアルバイトだったのかよ! どおりで受付嬢にしては雑すぎると思った!
じゃなくて、受付嬢がパーティを組むってどういうことだよ。
レーマさん、厄介払いができたみたいな顔してないで説明して!
【お願い】
お読みいただきありがとうございます。
本作に少しでも興味をもっていただけましたらブックマークし、物語をお楽しみ下さい。
【★★★★★】は作者にとってなによりの燃料になりますので、ぜひタップをお願いします!