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02_14 ミラの本性とバルド教

 商会長は二人の喜び合う様子を眺めていたけれど、我に返ったようで、シルトに何か言おうと席を立とうとした。

 けれど、ハイ・エルフのサイモンがそれ手で制した。


「良い、彼らの再会に水をさすのは無粋だろう?」


 商会長がおとなしく席に着くと同時に、サイモンはこちらにも同意をもとめてきた。

 黙って視線をはずし、目礼する。

 そっとリオンをみやるとうなずき返してきた。

 どうやらこちらにあわせてくれるみたいだ。


 視線をテーブルに定め、無表情をよそおう。

 自分の中でシルトに警告をしたい気持ちと、情報を引き出すべきという気持ちがせめぎ合っている。


「さぁ、ガレス。再会できてうれしいのですが、貴方の左腕が心配です。弓手の篭手を外してしまいましょう」


 いたわる様な言葉にシルトの笑顔は沈痛な面持ちに変わる。


「そうしたいけれど、見ての通り、俺の篭手はもう外せない。一度具足すべてを付けてから解除しないと」


「それなら大丈夫ですよ。具足の残りはここにあります」


 そういうとミラと呼ばれた女性はあっさりと、何もない空間から、シルトのガントレットと同じデザインの白い鎧を取り出した。



「ミラ、どうやってこれらを取り戻したんだ?」


「返しなさいといったけれど、まったく話が通じなかったから力ずくで取り戻したのです」


 驚きつぶやくシルトにミラが当然のように答える。

 シルトの話では具足を奪ったのは王国軍だ。

 そこから強引に取り戻すことなんてありえない。


——だれから強引にとりもどした?


 


「……すごいな。ミラはいつの間にそんなに強くなっていたんだ」


「手伝ってくれた人達がいたからですよ。私だけでは無理でした」


 そういってミラはハイエルフに熱い視線をなげかけた。

 具足を手に取り素直に感心しているシルトにその様子は見えていない。


——なぜ手伝ってもらえた?


 疑念が疑惑へと変わっていく。


 僕の中で次々生まれる疑念は解消されずに、シルトがグリーヴを付け始める。

 どういう事情かわからないけれど、シルトのガントレットを外すには一度鎧を着込む必要があるらしい。


 僕は余計な仕事はしない護衛、という風をよそおってサイモンを観察する。

 取引の最中だというのに彼は二人のやりとりを止めずに見つづけている。


——最悪なのは『シルトが、ここに、おびき出された』パターン。


 正直、想定が甘かったかもしれない。

 今目の前にいる『シルトを探している女』は実在している。おびき出した相手と共に、ここに。

 


「その人達ってもしかして、今日の取引相手の……?」


 ようやく気づいたかのようにシルトはテーブルに座っているハイ・エルフの方に向き直った。


「ええ、紹介します。サイモン様。彼が”ガレス”です」


「え、はい。ガレス……ガレス・■■・シュヴァルツシルトと申します」


 おそらく紹介の仕方がシルトの想定したものとちがうのだろう。

 驚きながらもやんわりと正しい名前を名乗る。

 シルトが頭を下げた瞬間、ミラが一瞬、汚物が足についたかのような表情を見せた。


 広い倉庫が急に息苦しく感じられ、天井のハリがきしんでいる気がする。

 僕の中で二人の認識が不協和音を奏でているせいだろう。

 

「サイモン=ベーアです。カテドラル・アルドヴィンでバルト教の司祭をしていました。私達は彼女の熱意に共感して加勢したにすぎませんよ」


 無表情にあいさつをするサイモンがその長い手でうながすと、ミラは鎧かけに残っていた右のガントレットをシルトに差し出した。


 ガントレットの拳は、かたく握りしめられていた。


 自分は目の前の現実について、決定的な誤解をしていたのかもしれない。

 もうすぐ疑惑が確信へとかわる、その予感に心臓が早鐘を打つ。

 おそらくシルトは、僕よりよほど、その予感で頭がいっぱいだろう。


——コッ


 シルトがゆっくりとガントレットの裏側のベルトをゆるめたとき、なにか木を叩いたような音が響いた。


 かすかな音が響くほどの静寂を破ったのは、場違いなほどに自然な女の声。

 

「ああ、忘れていました。その骨だけ外れないんですよ。『弟』の貴方の魔力なら同調できないかしら?」


 互いの認識のズレが、砕ける音がした。



 シルトは言われるがまま、ガントレットに魔力を込めた。

 一瞬拍動したガントレットから、白いものが滑り落ちる。

 シルトは慌てて膝をつき、スケルトンのように白骨化したひじから先の手を、受け止めたまま抱きしめた。


 シルトの反応と、ミラの話からすると、あのガントレットはシルトの兄がつけていたものらしい。

 ミラが言った『外れない骨』は、怨念で呪物化した骨なんだろう。

 物理干渉をはねのける呪物になるほどの憎しみをシルトの兄はもっていたのか。

 そして彼とシルト達を襲ったのがミラと……バルド教ということになる。


 これで確定した。

 ミラとバルド教が具足を取り返した相手は、自分とシルトの一族だ。

 シルトのいう王国軍こそミラ達だったんだ。


 兄の骨という証拠とともに信じがたい事実を突きつけられ、シルトの眼は見開かれ、不安定に揺れている。


「誰だよ、お前……」


 笑顔のミラを見上げて、シルトがかろうじてかすれた声を出す。


「私は貴方の主、男爵家当主、ミラディ・ケファ=シュヴァルツシルトですよ?」


 ミラは先ほどまでの楚々とした雰囲気の代わりに、威圧を含んだ艶然さをまとい、ゆっくりとシルトに近づいていく。


「違う、ケファ家は世襲じゃない。代々六家直系の強者がなってきた。次は、俺だろう?」


「だとしても、貴方は私の婚約者、それ以前に忠誠を誓った騎士、ですもの。同じ事でしょう? さあ、六花の具足を浄化して、私達に差し出しなさい。出来ないのなら……」


——ギィン!


 先に動いたのはリオンだった。

 リオンがシルトを後ろに引きよせ、できた隙間に僕がバックラーを構えてミラの短剣を受け止めた。


「誰? 身内の話に割り込むなんて、どういう事かしら?」


 白い液体をしたたらせた短剣を手にした姿に、もはや最初の面影はない。


「僕はザートと言います。どんな事情か知りませんが、友人が斬られそうになったので、とっさに動いてしまいました」


「そう。なら今からでもどきなさい」


 冷たい瞳がこちらに向けられる。

 一切の交渉の余地を感じさせない態度をみて、僕は交渉相手を変えた。


「よろしければ事情を教えてもらえませんか? 友人を説得できるかもしれません」


 声をかけた相手、サイモンはローブをひるがえして椅子から立ち上がった。


「ふむ、いいでしょう。特に隠すものでもありません。すこし暗くなってきましたね」


 そういって光魔法のライトで手の平から灯りを中空に浮かべた。


「我々バルド教は先史エルフ文明の法具を回収しています。これは知っていますか?」


 知っている。

 先史文明はなんでもエルフの文明にしようとしている事も、商業ギルドで取り扱いが禁止になっている事も、魔法考古学研究所とも太いパイプを持っている事も……バルド教に寄付すれば”お情け”をいただける事も知っている。


 後ろを振りかえる。よかった。シルト達は大分後ろに下がっていた。


「ええ、知っています。聖堂に寄付をすれば”愛”を授けられるんですよね」


 僕の答えにサイモンは初めて笑みを浮かべた。


「あなたは熱心な信者のようだ。そう、多くの恩恵をもたらす法具を、あえて我々に寄付する人々には我々もできうる最大限の返礼をしています」


「では、今回の件は法具に関する話なんですか?」


 おおよそ見当のつく、ろくでもない予想を頭の隅に追いやって話の先をうながした。


「ミラディは魔術学院に在学中、バルドの教義と歴史に目覚め、入信しました。そして、我々に、己の所有する法具の事を相談したのです」


 いわく、北の辺境のシュヴァルツシルト家には六花の具足という呪われた法具が伝えられている。

 いわく、本来は当主が所有するものだが、呪いを分散させるために分家の五家に貸している。

 いわく、当代の当主は魔法考古学研究所での解析に絶対的な忌避感をもっている。

 いわく、次代の当主はミラディであるので、当代が死ねばミラディが法具を自由にできる。

 いわく、ミラディは法具をバルド教に寄付する意志がある。


 説明のしめにサイモンは静かにこういった。


「そして、改めて説得にいった所口論になりました。私が切りつけられたので正当防衛をせざるを得なくなり、結果的に彼をのぞくシュヴァルツシルト家全員が亡くなったのです」



 聞き終わった後、僕は深く息を吸いながら、自分が追放された時、形見分けの儀式で罵倒された時の人達を思い出していた。


——ファビオラは見た目やブランドものばかり気にしていた女だった。

 でも彼女が状態異常を含んだ大けがをしたときには、親族皆で金を出し合って最高級のポーションで傷跡一つない身体になおした。


——マリエラは下位スキルの取得が遅い子供だった。

 でもスキル取得のために年長のいとこ達みんなが、取得の仕方をアドバイスした。


——ドメニコは女癖のわるいキザな奴だった。

 でも悲しい別れをしたときは大人の男達が皆でなぐさめていた。


 僕からみて、僕を含めて一族の人達は皆、どうしようもない欠点を抱えていた。

 赤の他人だったら近づかなかったかも知れない。

 それでも、罵倒され、追放された今であっても、大罪人でもない彼らを自らの幸福のために殺すかと言えば、そんな考えはかけらも思わない。



 半目で強くなってきた雨を眺めながら息を吐いていく。


「つまり、ミラディさんは法具を寄付して”愛”を受け取るために、実家の一族郎党を皆殺しにしたということですか?」


 サイモンに確認した。

 僕は冷静な声を出せているだろうか?



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