01_05 農作業中、事故にあう
「武器は……ない?」
僕の発言にモルじいさんは面倒そうに耳をかいている。
「ほかの新人の身になって、農作業をするそばで誰かが武器を持って歩き回る姿を想像して見ろ。いらつくだろ?」
まあ、確かに、自分がその立場ならいらつく。
「でもさすがに丸腰はないですよね?」
旅の途中では護衛の人たちから何かしら武器を借りていた。
ボアが出てくるのにバックラーだけというのはさすがに厳しい。
「森の掃除にはこいつを持って行く」
モルじいさんは小屋の軒下から二本の農具を持ってきて片方を渡してきた。
一ジィ半の長柄の先にゆるい内反りの鎌がついている。
「鎌? ですかね」
「枝打ち鎌だ。ふだんは木の枝打ちやヤブ払いといった森の掃除に使う。加えて丈夫だから、ヤブの深い森から魔獣がでてきてもこいつで倒せる」
なるほど。比較的武器に近い農具か。
でもこれでボアやスネークに対応できるんだろうか? さすがに鎌は使ったことがない。
「深刻な顔すんな。魔獣がでたら俺が倒すんだ。お前のその鎌はお守りくらいに思っとけ」
そう言ってモルじいさんは森へ歩き出してしまった。
しばらく後ろをついて行くけど、モルじいさんは所どころにある森を無視して通り過ぎてしまう。
「あの、森の見回りですよね? 通り過ぎていいんですか?」
「ああ、あのあたりはまだ魔獣がわいてないから良いんだ。お前もいっぱしの冒険者になればできるようになる」
確かにいないみたいだけど、気配察知だろうか?
そんな事を考えているうちに、ひときわヤブが深い森の前に来た。
「今日はこのヤブを払っちまうぞ。こういう場所は普通の獣もねぐらにしやすいからな」
「え? 壁の中なのに普通の獣もいるんですか?」
「いるぞ。この広い第一壁外には野生のもいるし、野良の家畜もいる」
モルじいさんはそう言いながら、持ってきた鎌でおおざっぱに下草を払う。
僕も教えられた通り、ツタをかき切ったり、木から伸びる余計な枝を打ち払ったりする。
「おいザート! ちょっとこい!」
しばらく作業をしていると、モルじいさんの呼び声がした。
「なんです?」
作業を止めて坂の上で作業をしていたモルじいさんの所にむかうと、結構大きいイノシシが倒れていた。
「でっかいですねぇ」
体長なら一ジィ半、重さなら二百ディルム(※キログラム)あるんじゃないかこれ?
「まだ死んで間もねぇな。これなら食えそうだ。近くの奴らを呼んでくるから森の外まで道をつくっておけ」
そういうとモルじいさんは外に走って行ってしまった。
下草を刈り込んで、イノシシを引きずっていく道を作って待つ。
「遅い……」
そもそもどこにいっているんだ? ここに来るまで人はほとんどいなかったけど。
――モゾ
あれ、今イノシシ動かなかった?
…………
じっと見ていたけど、動かない。モルじいさんも死んでいるって言ってたしな。
「ひっくり返してみるか」
特に何と言うこともないけど、下からワームか何かが食べようとしていたら、嫌だし。
――土よ。我が意に沿って事を為せ
右手を前に出し、魔力を込めると土が盛り上がっていく。
低位スキルの土魔法だ。
スキルが無くても魔法は使える。
そもそも起こしづらい行為を身体が記録したのがスキルだ。
スキル無しなら一割の確率でしか成功しない魔法も、スキルがあれば十割成功する様になる。
なので、僕でも”頑張れば”魔法は使える。
ゆっくりと土を盛り上げてイノシシを転がす。
イノシシがあった地面には長細い赤芋くらいの虫がうずくまっていた。
「ん? なんだこいつ?」
――バツ、バァン!
虫が跳ね上がった瞬間。あたりに光と何かが炸裂した音が広がった。
――◆ ◇ ◆――
「――!? ……、……!」
音がした後、モルじいさんと何人かの男性が坂を駆け上がってきた。
しきりになにか言っているけれど、爆音で耳が聞こえなくなっている。
(耳が、聞こえ、ないんですけど)
なんとか身振りで説明すると、おじさんの一人が状態異常回復のキュアを使ってくれた。
「あ、あー、ん。ありがとうございます」
何があったかモルじいさんが問い詰めてくるので、イノシシをひっくり返したら長細い芋のような虫がいたこと、それがはねて多分破裂した事を伝えた。
「何なんですかねアレ」
「なんですかって、昆虫型魔獣のバウンディングバグだ。無事だったから良かったが、重いものを動かす時にいるときがあるって言ったろう」
冬眠している時期だから平気だと言っちまったがな、といまいましそうにモルじいさんが答える。
死体の下に潜んでいて、肉食獣が死体を動かしたりしたときに爆発するらしい。
誰得なのかわからない奴だな。
「それにしても、よく生きてたなぁ」
キュアを使ってくれたおじさんが半ばあきれたようにため息をはいた。
バウンディングバグは時にパーティーが壊滅するほど危険なものらしい。
「ああ、それは――」
法具が発動したから、という言葉を飲み込んだ。
法具は基本国に取り上げられるものだ。
持っている人は大体独自魔法などといって隠すものらしい。
「バックラーをとっさに前に出したからですよ」
バグは放射線状に破片を飛ばした。
だからごく近くまで接近して盾を突き出せば理屈では無傷でいられることも可能だ。
そう説明すると一応みんな納得してくれた。
「ま、いいだろう。ザートは幸運にも無事だったんだ。イノシシもちょっといたんじまったが十分食える。とっとと売っ払って街で酒でも飲もう!」
酒という言葉でやる気がでたおっさん達がツルと枝で即席のたんかをつくってイノシシをひきずっていってしまった。
「死にかけて疲れただろう。今日はもう上がるぞ」
たしかに。あの爆発を受けた時は正直死んだと思った。
帰れるならそれにこしたことはない。
「そうだった、ザート。お前明日から来なくてもいいぞ」
え? ここに来てまさかのクビ!?
俺なにかやばいことした?
草刈りは真面目にやったんだけど、やっぱりイノシシひっくり返したのがまずかったか。
おそるおそるきいてみると、何言ってんだこいつという顔をされた。
「クビじゃない。その法具の練習には時間が必要だろ? 見つかれば面倒だから、隠れて森の中でするんだぞ」
モルじいさんはバックラーを指さして笑った。
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