02_08 初めての海、友のゆくえ、血殻
僕らが第二長城壁港湾ロターに着いたのは領都をでてから三日後だった。
初めて見た海は広大で、対岸が水平線の際にかすかに見えている。
碧海というけれど、実際はより翠に近いという事も目で見て初めて理解できた。
ただ、海岸にあんな物があるとはどんな書物にも書かれてなかったけど。
「リオン、あの白くて四角いものは海ではありふれたものなの?」
海は初めてではないというリオンに聞いてみると首を振られた。
「普通はない……と思うよ。多分どこかの荷物が流されてきたんじゃ無いかな」
ロターの港はゴツゴツとした磯がある南側が埋め立てられて、船が接岸する埠頭になっている。
港町の建物が尽きるあたりから、北に向かって白い砂浜の海岸線が続いている。
その白浜に、拳くらいの大きさの白いブロックが打ち上げられていた。
手に取ってみると質感は石のようだけれど、軽石の様に軽い。試しに、隣に咲いていたローズウィップごと収納する。
「チカラ……? 鑑定結果が表示されないな」
収納すれば何かわかるかと思ったけれど、名前しかわからなかった。
「ザート、そろそろギルドにいってみようよ。友達にも会うんでしょ?」
馬車を降りてから少し散歩するつもりが結構歩いたみたいだ。
リオンにちょっとあきれられてしまった。反省しよう。
――◆◇◆――
「えっ、行方不明!?」
ギルド第二港支部の受付嬢に訊くと、シルトは三週間くらい前からギルドに現れていないという答えが返ってきた。
鉄級二位まで進んでいたシルトはギルドから有望な新人と見られていた。
そのためギルドも行方を捜していたけれど、どうもシルトが船に乗った可能性があるらしい。
冒険者が貿易船の護衛依頼を受けられるのは銅級からだけど、船主から直接依頼を受ければ乗船する事が出来る。
シルトは船に乗ろうと複数の船主と交渉していたらしい。
けれど、なぜあと少しで銅級になるのに船の護衛を受けようとしていたのかがわからない。
「三週間前とは、嫌なタイミングですね……」
「ええ、例の海難事故があったのが半月前です。当然ですが、直接依頼を受けた冒険者の名前はギルドの把握する乗船記録にはありません。ギルドとしてもあまり特別扱いは出来ないため、帰還を祈るしかありません」
イタチ獣人の受付嬢はかすかにため息をついたけれど、顔つきはあくまで平静だ。
冒険者とはそういうもの、と言外にいっている。
冒険者の登録抹消理由の大半は死亡ではなく、依頼の遂行中の行方不明だ。
パーティが全滅した場合や、ちりぢりになって冒険者証が回収されなければ死亡の確認はされない。
壁に囲まれているとはいっても、ブラディアの領地はどこも広大だし、海はそれよりもずっと広い。現実的に探す術がないのだ。
「ザート……」
リオンの心配する声で自分の拳が硬くにぎられていたのに気づいた。
わかっている。頭では自分はもちろん、自分の関わった同業が消えていくのが当たり前の仕事だと分かっている。
それでも初めての経験なんだ。動揺しないほうがおかしい。
「ザートさん、事故にあった船団以外の船も同じ時期に出航しています。希望は残っていますよ」
受付嬢の冷静な指摘で、我に返る。確かに、少し思い詰めすぎたかもしれない。
「一件、人手が必要な依頼があるんです。よろしければ受けていただけますか?」
こちらを気遣ってか、違う話題を受付嬢がふってきた。
第二港に数日滞在するため宿を取っていることは、さっき伝えていた。
「どんな依頼でしょうか」
「海辺にたくさん漂着している白いブロックを掃除していただきたいんです。報酬も一日で小銀貨四枚と少ない上に、ただの掃除だから皆さん受けたがらないんですよ」
ただの掃除って、身も蓋もない事いうな。
でも、もう宿もとっているし、何かはしていた方が気は紛れるか。
それに掃除、ということなら書庫を使えば一瞬だな。残りを昼に拾えば大分楽はできるだろう。
ブロック自体もちょっと気になるから夜中の人目が無いときに行ってみよう。
海が一望できる宿、ということでギルドから紹介された「夏の帷」のバルコニーからは、確かに北東に開いた海が一望できた。
リオンに教えてもらった潮の香りを嗅ぎながら目を空に移すと、陽の光でくっきりと彩られた雲に圧倒され、目を海に移せば、遠雷を伴う雲の底が水平線に向かう様が見て取れた。
「ザート、食事は部屋に持ち込んでも良いらしいよ。そっちのバルコニーで食べて良い?」
食堂で夕食について話していたリオンがとなりから声をかけてきた。
グランドルのコロウ亭ではベランダに目隠しをしていたけど、バルコニーを広く取っているこの宿では風通しを重視するためか、柵はあっても仕切りはない。
他人とゆったりとした潮風を共有するというのもいいかもしれない。
「いいよ。食事は何時から?」
「日が落ちた後、って言ってたから後二時間くらいかな」
二時間か。じゃあそれまで実用書をみて魔法陣の復習しようかな。
プロの錬金術師みたいに一筆で寸分違わず描く、というのは無理でも、ぼちぼちやっていこう。
そういえばリオンが私物として買ったものに持ち歩ける画材もあったな。
暇つぶしとして丁度良いのかも知れない。リオンは絵の心得があるのかもしれない。
椅子に座り本を読み続け、一通りコツを思い出した所で空が見慣れた色になっている事に気がついた。
指輪にかすかに魔力を流し込むと同じ色が現れる。
眺めた夜は幸せな夢を見るというブルーモーメントの空は不安定ではかなく、僕の使う技のようだ。
本を開いたまま、その色が消えていくのを眺めていると、いつの間にか隣のバルコニーでリオンも空を眺めていた。
「指輪、同じ色なんだね。なにか理由があるの?」
「どうだろう。魔法が放つ属性光の一つだとするなら未知の属性魔法、かもしれないけど」
「そうだね。なんか、その光をみると安心するよ」
目の前で落石を消してくれた第一印象のせいかも、と苦笑するリオンの表情におびえの色は見えなかった。
「ごはん、もらってきたからそっちに行くね」
バルコニーのテーブルを壁沿いの小さな照明の下にセッティングする。
けして高い宿ではないけれど、異国情緒というか、内陸国の王国とは違う雰囲気になった。
足下の照明も派手ではなく、見上げればかすかに星がみえる。
「今日は貝が多く採れたから貝料理だって。これがアルメハのワイン蒸しで、リエンといっしょにたきこんだのはメヒジョン。名前は忘れたけど魚の卵とポルトを混ぜたのがタラムで……」
仕事前なので飲んだのはアルコールではなく炭酸水だけど、港町での初の食事はこうしてゆっくりと過ぎていった。
――◆◇◆――
「リオン、そろそろ行こうか」
港の灯が消えた頃、椅子とベッドでそれぞれ仮眠をとっていた僕らは深夜の海辺に向かった。
月はなく、かすかな星の光に照らされた白い塊の帯をなぞるように歩いていく。
僕らの後ろには白いブロックだけ消えた砂浜が続いている。
港の内側に浮いているブロックは、夜が明けてから他の人達と回収することにする。
魔法か素手でやることになりそうだ。
「よし、けっこうきれいになったな」
砂浜をある程度往復して港に戻ってきた僕らはきれいになった砂浜を見てとりあえず満足した。
「回収した”チカラ”はどうするの?」
リオンがブロックを一つ手に取って訊ねてくる。
確かに、今回収したブロックを一カ所に全部出せば山になってしまうだろう。
「うーん、実はもらおうかと思ってる。書庫の鑑定で名前しか出てこなかったのが気になってね」
「持ち主から何かいわれないかな?」
受付嬢の依頼は”掃除”してほしい、だった。
そもそも所有権を主張する荷主がいるなら、その人が回収を依頼しているはずだ。
「持ち主は所有権を放棄していると思うよ。でなければギルドは”掃除”じゃなくて”回収”の依頼を出しているはずだし」
海にまだ浮いている”チカラ”なら、普通の魔法でも簡単に回収しきれるだろう。
「たしかに。今いくつ持ってるの?」
「ちょっとまって、ソートするから……ん?」
並び替えをした結果、チカラが入ったカテゴリは”凝血石”だった。
しかも名前が変わっている。
【凝血石】
凝血石(低位)×125
凝血石(中位)×81
凝血石(魔砂)×30094
血殻(加工済)×23700
血殻(魔砂) ×64745
外に出した普通の魔砂と血殻の魔砂と血殻の”加工済”を見比べてみる。
注意深く光を当てると、血殻の魔砂に色がない事がわかった。つまりブロックの方の血殻と同じということだ。
「えーと? チカラは血殻って書いて、空の凝血石の事をいってたの?」
「らしいな。僕らは”カラ”としか呼んでないからわからなかったよ。ギルドがどこまで知っているかわからないけど、朝になったら訊いてみるか」
血殻(魔砂)なんてものはこれまで表示はされていなかった。魔砂はつかったらカラごと消えるものだと思ってたけど、ちがったのか。
いつの間にか現れた事をどことなく不気味に感じながら、僕は魔砂と血殻を収納した。
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