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02_04 夜のリオンの独り言・朝のザートの恨み言


〈リオン視点〉


 まだ飲み続けるというザートとジェシカを残して先に部屋に戻る。

 照明が下から照らすベンガラ色の廊下を通り、引き戸を開けて部屋に戻ると縦縞の影が床に伸びていた。


 夜になってもまだ暑さの残る初夏の空気が縞格子の向こうから流れてくる。

 窓際から下を眺めると、外で食事をしてきたのだろうか。気持ちよさそうな商人風のおじさんやくつろいだ姿の冒険者が歩いている。


 けれど宿の照明に照らされる人の姿はまばらで騒がしいわけじゃない。

 ギルド前広場や様々な店がならぶ大通りの喧噪が遠くに聞こえる。

 耳で感じる距離が、この宿の静かさを際立たせている。


「ふぅ、やっぱりホウライ酒は強いな……」


 久しぶりだったのでちょっとだけ飲み過ぎてしまった。水差しからコップに水を注ぎ、一口飲む。

 ザートは明日大丈夫なのかな? 


 明後日にウィールド工房に寄ってから領都を離れる予定だから、自由行動は明日だけなんだけど。

 大丈夫か。ザートはどんなに騒いでいても二日酔いになっているのを見たことないし。




 普段は如才なく立ち回るのに、ザートは時々ひどい。


 今日だって部屋を一人部屋と指定し忘れるし。わざとじゃないよね?

 モル先生というおじいさんにもパーティ名を決めた時の事をあっさりしゃべっちゃうんだもん。

 なにか違う理由を言った方が良いらしいから考えてくれないかって、知らないよ!


 でもパーティ名を決めた時の事は他の人には話したくないなぁ。

 やっぱり何か別な理由を早く考えよう。

 ザートが本当の理由を人に言うたび顔を赤くしてたら身が持たないもの。



『せっかく良い季節になるところなのに、離れるのはちょっと寂しいね』



 グランドルを発つ前、昔、花を育てていた頃を思い出してなんとなくつぶやいた。

 自分で選んだ事だから後悔はしていないけど、やっぱり一つ所にとどまる生活に未練があったんだろう。


『僕の書庫は時間も止まるから苗でもいいよ。とにかく冒険の思い出だ。引退したときに大きな庭に全部植えるんだよ、最初のパーティとしての目標として、どうかな?』


 ザートがいかにも良い事を思いついた! と言わんばかりに聞いてきた時はものすごく驚いた。

 雰囲気から、そういう意味じゃない事はわかってはいた。

 それでも、頭ではわかっていても顔が赤くなるのを止められなかった。

 だって、同じ庭を眺めて暮らそうなんて、まるで結婚する約束みたいじゃないか。


 私はそれまで冒険が終わった後の事、なんて全然想像できなかった。

 リズさんに、人生設計は考えておいてね、とは言われていたけれど、正直ピンときていなかった。

 目的を果たせるかどうかひどく不安だったのに、先の事を考える余裕なんてなかった。


 それなのに、ザートから提案された時に、ひどく鮮やかに、すべてが終わった後の二人の和やかな雰囲気が想像できてしまった。



「庭いっぱいの思い出か……かなったらいいなぁ」



 私は今どんな顔をしているんだろう。どんな顔で幸せな未来を想像をすればいいんだろう。


 虫かごのような縞格子の向こうの喧噪に耳を傾け、再び水を口にした。





 まどろみの中、頭痛をともなう倦怠感と一晩戦い続けた。

 そしてようやく眠りにつき、格子から射し込む日差しが熱を帯びる頃に目が覚めた。

 勝利の爽快感とはほど遠い、寝汗と後悔にまみれた朝だった。



   ――◆◇◆――




〈ザート視点〉


「頭いてぇ……」


 

 だるい身体で一通り出かける準備をしてから階段を降りる。

 水をかぶっても身体のだるさが抜けない。

 こんな失敗は初めて蒸留酒を飲んだとき以来かも知れない。

 状態異常回復のキュアを使うのはなんだか負けた気がするから使いたくないんだよなぁ。


 そんなことを考えていると、廊下の先に見知った奴を発見した。


「ジェシカおはよう。よく眠れたか?」


 朝のあいさつをすると、ジェシカは弱々しくも挑戦的に片方のほほを引きつらせた。


「おぅー、全然ぐっすりだー」


 大丈夫じゃない声が返ってきた。いまも食堂に入るとき柱にぶつかってたし。



 そろそろと席につきながら皮肉を口にする。


「おはようございます。お二人とも大分呑まれたみたいですねー」


 昨日受付をしてくれたハイネが注文を取りにやってきた。今日は食堂の担当らしい。


「ハイネちゃん、いつものセット頼むー」


 ジェシカが何やら常連っぽい注文をしていた。


「はーい。ザートさんはどうしますか?」


「ザートは天丼が……」


「ジェシカと同じモノをお願い」


 わかりました! と、元気の良い返事と共にハイネが厨房へと戻っていった。


「何でウチと同じモノを注文する」


「天丼が何かは知らないけど、ろくでもないオーラを感じたんでね」


 しばらく互いを牽制していたけど、疲れたのでやめた。


「だぁるー。全部二本目を注文したザートが悪いー」


 行儀悪く背もたれに片ひじをひっかけたジェシカが今の惨状を人のせいにしてきた。


「違うな。僕は節度をもって呑もうとした。馬鹿笑いして他の客とまで呑み始めたジェシカの自業自得だ」


 そんな感じにテンション低く責任のなすりあいをしているうちにハイネがトレーをもってきた。


「おまたせいたしましたー」


 トレーに乗っているのは灰色のどろっとしたかゆに赤いなにかをちぎって入れたもの。カブのピクルスと、ヒスイ色の豆が入った茶色いスープ、それと果物のアンラだった。


「「いただきます」」


 ジェシカの真似をして、茶色いスープから口を付けると、口から喉、胃にいたるまで、まるでポーションが通り抜けるような貝の深い味がした。


「あぁー染みるー」


 ジェシカが言うように、確かに染みる。

 砂が水を吸い込むように、僕はスープをのみほしてしまった。

 

 一気にしょっぱいものを飲んだので口直しをしたい。


 メインのかゆは穀物の原型もとどめていないし、殆どスープに見える。

 けれど腹に入れればもたれず、空腹をみたしてくれそうな味だった。これなら消化にいいだろう。

 散らしてあるやたらと酸っぱいドライフルーツも吐き気をおさえてくれる。

 


「「ごちそうさまでした」」


 頭が痛むのでゆっくりではあったけれど、最後のアンラまで食べ、ジェシカと共に完食させていただいた。


「さ、行くかー」


「今日も仕事がんばれよ」


 皮肉ではなく、応援の言葉が自然と口から出た。


 さ、不毛ななじり合いを止めてくれたホウライの朝食に感謝をして、僕もブラディアの休日を楽しみに出かけることにしよう。



 この後、遅刻して店を開けるのが遅れたジェシカはウィールドさんにひどく叱られたらしい。


「朝食を美味そうに食う奴が悪い」


 意味の分からない八つ当たりをされた。

 美味いものを美味く食べて何が悪いんだ?




   ――◆ 後書き ◆――


いつもお読みいただいている方、新しく目を通して下さっている方、ありがとうございます。



二日酔い食レポ、という誰得な話でした。

作中は二人がだるすぎて何も言わなかったので解説すれば、茶色のスープは枝豆を入れたシジミの味噌汁、灰色のかゆは梅干しを散らしたそば湯です。


余談でいえば、この世界に状態異常回復のキュアはありますが、腎臓あたりに負担がかかるので、二日酔いでキュアをかけるのは急性アルコール中毒の時のみ、という常識があったりなかったり



【お願い】

カクヨムでも多くの方に読まれている本作ですが「小説家になろう」でもブックマークも増え、評価もいただけています。

とても嬉しいです!


さらに多くの方に読んでいただきたくために、★評価をいただければ幸いです。


今後もよろしくお願いします!

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