02_02 名刀二振り入手
僕らはリザさんの有無を言わさぬ強制執行に固まったまま、差し出された銅プレートを受け取るほかなかった。
名 :ザート
位階 :銅級十位
所属パーティ: プラント・ハンター
銅のプレートに刻まれた名前とパーティ名はうれしいけれど、割り切れないものがある。第一印象はすごくまともなんだけどな。リザさんも妹と同じくアレな人のようだ。
「さて、面倒な手続きも終わったところで、なぜ昇級試験が無くなったのか説明しなくちゃいけませんね」
「はい。今までは仕事の取り合いにならない様に、などの理由で定員があったんですよね? それがなぜ無くなったんですか?」
リオンと二人でこくりとうなずいて耳を傾ける。
契約させてから内容説明し始めるなんて、奴隷商人もやらない事をあっさりしてのけるリザさんが怖いので、もうこのまま話をすすめてもらう事にする。
「実はレミア海の航路で大規模な海難事故があったんです。水棲魔獣に襲われた船団が壊滅。37名の銅級冒険者が乗船していましたが、捜索した第三レミア港ギルドからの報告で生存者ゼロ、ということがわかりました」
真面目な顔をしたリザさんから告げられた内容は想像以上に重かった。
改めてまわりを見渡せば、職員がいそがしそうにしている。それに暗い顔をした冒険者もちらほらといる。
「もう想像がついていると思いますが、銅級冒険者が一気に足りなくなったので、ギルドは一時的に順番待ちをしていた鉄級一位をくり上がりで銅級に昇格させることを決めたんです」
そうだったのか。原因となった事故はいたましいけれど、ギルドとしては港湾部の冒険者不足を放置するわけにはいかなかったんだろうな。
「でもせめて説明して欲しかったですよ。有無を言わさず登録するんですから」
理由がわかっても、強引な登録にはちょっとだけ理不尽を感じていたのでぼやいてしまう。
「ギルド本部が把握している鉄級一位は三十二名でした。貴方たちはこれから第二レミア港に拠点を移すようだったので、万が一でも枠がうまってしまう前に、はやめに銅級への登録手続きをさせてもらったんです。ギルドとしても港を拠点にする鉄級一位冒険者に銅級になってもらいたいですから」
「え? 僕らが第二レミア港に拠点を移すってどうしてわかったんですか?」
「装備が新調されているのに、マントだけが古いままでしたから。港についてから海用のマントを買うからだろう、と予想したんですよ」
推理は以上、とばかりにリザさんが不敵な笑みを浮かべた。完璧な理由と推理。さすが本部の受付嬢だ。アレな人、とか思ってごめんなさい。
「なるほど、鉄級一位の中でも港の欠員補充として適当な私たちを枠内にすべり込ませた、ということですね」
リオンも納得したようだし、こちらから言うことはない。
「では、改めて、パーティ『プラント・ハンター』を銅級十位とします。今後は第三長城壁の三出城を拠点とする事ができます。先ほどにお話しした事情の通り、ギルドとしては第三港を拠点にしていただけると助かります。よろしくおねがいしますね?」
ここまではめられては、うなずくしか無いだろう。
「ええ、ここで少し羽をのばしたら第三港に向かう事にします」
始終手玉にとられ続けた僕らは、この場で第三港を拠点にすることを約束した。
ギルドを後にした僕らは早めに宿を押さえることにした。
理由は第二要塞初日の宿決めで僕がひどい目に遭ったから……とは言えない。
あの時リズさんに子鹿亭を紹介されてたからこそ、今リオンとパーティを組んでいるのかもしれないから。
「宿選びは早いうちにしておこうか。連泊する予定なんだし」
「そうだね。じゃあ宿選びはザートにまかせていい?」
「いいけど、知り合いにお勧めをききに行くだけだよ? リオンも知り合いに聞いてくれてかまわないけど」
頼られて悪い気持ちはしないけど、なぜお任せなのかがちょっと気になる。
「……その、私が知り合いにきくと、きっと子鹿亭みたいな宿を紹介されると思うんだ。それだとザートが困るでしょ?」
確かにこまるな。
その辺りはリオンが第二要塞でコロウ亭に宿替えした時、フィオさんからやんわり教えられたらしい。
「わかった、そういうことなら僕が知り合いに当たってみるよ」
――◆◇◆――
その後、ブートキャンプ時代に情報収集した酒場を二軒まわり、ブラディアの宿屋についてはそれなりに詳しくなれた。
「リオン、ちょっと寄り道していいかな? すぐそこだから」
ウィールド工房が近くにあった事を思い出した。
ついでに用事も済ませてしまおう。
土壁に漆喰塗りの建物に入ると、左の壁が白、右の壁が黒に塗られた店の奥で小山のような背中が動いているのが見えた。
「こんにちは、ウィールドさん」
振り返ったのは無愛想な三白眼と、雑に斬ったひげが特徴のドワーフだ。店に出ているのは珍しいな。
「お、誰だったかな。すまんな、人の顔を覚えるのが苦手でな」
そう言いつつ、顔も声音もいっさい悪びれる様子が無い。職人気質のドワーフ仲間にも変わり者と呼ばれるほどの変人だ。
「ザートです。前にここでショートソードを買ったので研ぎをお願いしたくてきました」
「パーティメンバーのリオンです。ここに来るのは初めてです」
ちなみに名乗るのは三度目だ。腰のショートソードを外して渡す。
「どれ、みせてみろ」
ウィールドさんはどっかりと白い壁の前に座り、ショートソードを真剣に見る。角度を変え、柄のがたつきを確かめ、ひげを抜いて刃に滑らせる。
「研ぎはまあ時間はかからんだろう。小銀貨二枚だな。それにしても、魔物相手にえらい”まともな”使い方をしているな。刃がなまっている割に刃こぼれが少ない。それに物打ち自体ほとんど使ってないな。基本は突きで、斬るときも骨を避けているな」
さすがは冒険者もやっている職人だ。どういう使い方をしたか正確に言い当ててくる。
「剣を抜いている時はすべてが修行だ、と教わったので。それより、まだ研いでもらいたいものがあるんですよ」
次に流派や師匠の話になるのは目に見えているけど、学院時代の話はしたくない。ちょっと強引に話を変えるため、カウンターの上に布に包んだ剣を置いた。
しぶしぶといった様子でカウンターの前に立ったウィールドさんだったけど、布の中から三本の剣とナイフと槍の穂先を出したとたんに目の色が変わった。
「これ全部研いでいいんだな? ちょっと席を外す」
いきなり剣を一本つかむと、そのまま奥へ引っ込んでしまった。
「すごい勢いで行っちゃったね」
リオンは驚いて固まっていた。
僕もここまで食いつくとは思っていなかった。
「あの感じだと時間がかかるかも知れないな。ごめんリオン、宿をとるのが遅くなりそうだ」
――◆◇◆――
宿についてどうしようかリオンと話していると、ドアベルがなった。
「ザートじゃない。おひさー」
店に入ってきたのは猫獣人のジェシカだった。
「ああ、久しぶりジェシカ。まだ働いてたんだな」
「いうねぇー。そっちは……おや、パーティ組んだん?」
リオンを見るジェシカの耳が好奇心でいそがしく動いている。
「リオンです。ジェシカさん? でいいかな。よろしくね」
「ジェシカでいいよー」
しばらく第二要塞での生活について話していると、バックヤードからウィールドさんが鼻息を荒くして出てきた。
「おいザート、店の剣何でも一本やるから、代わりにこいつをくれないか」
話をきけば、剣は数百年前の古刀でかなりの業物だったらしい。
付与魔法の具合から他の四本も同じレベルだという。
「一本でいい! いや、研究用に槍の方も欲しいな……」
背を丸めてうんうんとうなる姿は野獣が威嚇しているようだ。
「親方ー、リオンも剣欲しいそうですー」
「どうでしょうか? ええと、槍の方ならあげます!」
身内のくせにジェシカが親方にふっかけたので慌てて話を合わせる。
拾いものだから良いけど、勝手に交渉しないでほしい。
「乗った! 他の三本も最優先で研がせてもらうぞ。地肌を見てみたいからな」
ウィールドさんの満面の笑みで商談はあっけなく成立した。
「ジェシカひどいよ勝手にひとのせいにして」
「ああなった親方は何時間でも悩む。あのままだと夕方までかかったかも」
リオンがジェシカに抗議したけど、いそいそと宝物を抱えて奥に引っ込む親方を見て納得したのか、ため息をついた。
「あ、ザート、急いで宿を決めなきゃ」
リオンの言うとおり、もうそろそろ人が混む時刻だ。
予想外に時間を使ったから、良い宿はもう満室かも知れない。
「ん? 宿探してたん? それならはよいえ。あたしはブラディアの宿屋全部に精通してるぞ?」
ジェシカが胸をはって猫の耳を動かしている。
そう、確かにそうだ。僕がここに来たのも一応ジェシカの意見も聞いておこうと思ったからだ。
「そうなの? ジェシカすごい!」
けれどリオン。今君が感じているジェシカへの尊敬は五秒で崩れると思う。
ジェシカが宿屋に精通している理由って、ブラディア中の宿屋でクビにされてきたからだからね。
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