02_01 領都ギルドで理不尽にあう
第二要塞のグランドルを出発して僕らは領都ブラディアに向かう馬車に乗っている。
長城壁の途中にあるいくつかの休憩所や宿泊所に停まりながら数日かけてここまで来た。
馬車がゆっくりとスピードを落とし、長城壁の出っ張った部分、側塔の上に馬車が止まった。
「はい着いたー。こっからブラディアまで休憩はないからな、しっかり休んどくれよー」
御者の声を背に、すべての人が馬車から出て行く。もちろんリオンと僕もだ。
側塔の上にも休む場所はあるけど、乗客の大半は塔を降りて下の水場をつかったり、ウッドデッキの上に寝そべったりして、疲れた身体を休める。
僕も一通り身体をストレッチしてから石にすわり、森の方をぼおっと眺めていた。
この辺りの畑が拡がる土地はブートキャンプ時代を過ごした場所だ。
目の前に拡がる畑の中の森をモルじいさんと一緒に掃除して回っていた。
たった数ヶ月前の事なのにひどく懐かしい。
それだけグランドルでの経験が濃かったのかな。二回も死にかけたし。
……ん? あれモルじいさんじゃ?
森をみていると、長柄鎌を担いだ人が出てきた。
そんなに距離も遠くないし、行ってみるか。
「誰かが駆けてくっと思ったらザートじゃねぇか。達者か?」
くしゃっとした笑い顔と愛嬌のあるひげの主はやっぱりモルじいさんだった。
それにしても相変わらず口悪いなぁ。
「ええ、鍛えてもらったおかげさまで」
「今城壁で停まっとる馬車に乗ってきたのか? 依頼か?」
「いや、ちょっと必要なものがあって第二レミア港に拠点を変えるんです。ついでに領都で装備も調えようかと考えてるんですよ」
依頼じゃないのがよほど驚いたのか、モルじいさんが大きな口を開けたが、なにも言わずに盛大に息を吐いた。
「身なりといい、羽振りが良くなるのにえれぇ早いと驚きかけたが、そういや法具持ちだったな。どうだ、つかいこなしてるか?」
視線はとうぜん、僕の腰にあるバックラーにそそがれている。
モルじいさんは僕のバックラーが法具だと最初に見抜いた人だ。
僕が数ヶ月で他の街に拠点を移動できるほど余裕ができた事にも納得したんだろう。
「ええ、試行錯誤してますけどね」
思わず苦笑してしまうけど、これは謙遜ではない。
物の収納放出だけではなく、魔法の収納、加工その他と、驚かされてばかりだ。
「そりゃ法具ってえもんはそういう——ぉ?」
「ザート、話し込んでたから見に来たよ。知り合いの人?」
こっちまで走ってきたリオンがモルじいさんを見て訊いてきた。リオンはお世話にならなかったのかな。
「ああ、僕がブートキャンプ時代にお世話になった先生のモルさんだよ」
「そうだったんだ。私は反対側だったから知らないのかも。モルさん、ザートとパーティを組んでいるリオンといいます。よろしくおねがいします」
リオンが折り目正しくあいさつをすると、モルじいさんが笑顔を浮かべてうなづく。
けれど次の瞬間には後ろに回りこまれて首根っこを捕まれていた。
さすが教官だけあって素早い。
「おぅこらザート。おめぇ法具持ちのくせになにパーティ組んでんだよ。しかもあんなキレイどころとよ。なんだあの娘は貴族のご令嬢かなにかか?」
いたいいたい、経絡決めないで、動けないから!
話声が聞こえないくらい離れてから問い詰められる。
「僕と同じソロ志望だったんですよ。訳ありなんでしょうけど僕はきいてないです。法具の事は、色々あって知られています」
「ぬぅ、そういうやつか。それなら納得だ。むしろ協力した方がいいだろうな」
うなずきながらリオンの所まで戻っていく。
リオンはよく分かってない顔をして笑っていた。まあ分かられても気まずいんだけどさ。
「嬢ちゃん、こいつから話は聞いた。こいつの法具を狙う奴らも将来出てくるだろう。その時は、あんたは味方でいてくれるか?」
「……はい。もちろんです」
真顔で答えたリオンにモルじいさんはニィと笑みを浮かべてた。
「よし、なら良いんだ。二人で頑張んな。で、おめぇらのパーティ名はなんだ? 覚えといてやっからよ」
「ええ、パーティ名は『プラントハンター』です」
パーティの目標と、”狩人”をかけてこの名前にした。
これから先、この名前がブラディアで有名になればいいと思う。
「由来は二人で冒険者を引退する時に備えて、植える植物の種を集めて回ろうとしてるからなんですよ。ちょっと冒険者らしくないかもしれないですけど」
ん? モルじいさん、なんでそんな驚いて……え? リオン、なんで顔を手でおおってるの?
「ザート、もうすぐ出発の時間だよ! 私先にもどってる!」
そういうなり、リオンは全力で走り去っていった。なんなの?
「良い名前だな。けど一つ忠告しといてやる。他人に聞かれてもその由来は教えるなよ? 後付けでもいいから、嬢ちゃんに適当なもの考えてもらえ。ほら、とっとと追っかけろ」
はぁーと残念な顔をされてシッシとされた。
モルじいさんもか。
リオンも良い名前だって賛成する割に変な反応するんだよな。なんなの?
なぜかあの後ブラディアに着くまで、リオンが目を合わせてくれなかった。
馬車はブラディア前広場の駅舎に停まった。
「はい皆さんお疲れ様、ブラディアに着いたよ。忘れ物には気をつけてくれ。責任もてないからなー」
やる気がなさそうな御者の声を聞きながら第一長城壁に降りる。
ここでシルトと一緒に出発したんだった。
あの時はこんなに早く戻るとは思わなかった。
あいつは第二レミア港にいるはずだから、拠点を移してなければ向こうで会えるだろうな。
「すいません。今日、青い髪のリザさんは出勤されていますか?」
ウサギ獣人の受付嬢に取り次ぎを頼むとすぐに呼びにいってくれた。
頼んだのは手紙を渡すためだ。
グランドルを発つ時に、マーサさんとリズさんから預かっている。
でもリザさんって僕の記憶が確かなら……
「お待たせいたしました、リザです」
目の前には僕が冒険者登録の時にお世話になった受付嬢さんがいた。
「ザートです。ブラディア山第二要塞支部のマスター・マーサとサブマスター・リズよりお手紙を預かって参りました」
相変わらずきっちりした服装のリザさんに手紙を二通差し出した。
日々新規登録の対応をしているだろうから、こちらの事は覚えていないだろう。
「あら、マーサと妹からですか。ありがとうございますザートさん」
メガネの奥ですこし目を見開き、マーサさん手紙を開きはじめた。
やっぱりリザさんとリズさんは姉妹だったか。髪の色と雰囲気が似ている。
それと、なんとなくだけど、こちらの事を知っているみたいな口振りだな。
「まだ数ヶ月なのに、装備もずいぶん整えられたようですね。リオンさんも」
手紙に目を通しつつ、リザさんは少しいたずらっぽい、得意げな表情をしている。
僕達の事を完全に覚えていたみたいだ。リオンもびっくりしている。
「なるほど、お二人とも、向こうではだいぶご活躍されたようですね。此方で位階の刻印を押して欲しいと書かれていますよ」
興味深そうな目で此方をみてくるけど、こちらはマーサさんが古城の件をバラしたんじゃないかと気が気じゃない。エルフとの確執なんて面倒はごめんだ。
「書かれている内容が気になりますか?」
リザさんは妹のリズさんと同じく有能だった。こちらの考えを察して来てくれる。
差し出されたマーサさんの手紙の内容を見てみる。
『リザ久しぶり。ザートとリオンっていう奴らがこの手紙を届けたろうから、パーティ登録と位階上げしといてくれ。位階は鉄級一位だ。詳しくはジョージに口止めされてるから言えないが、腕はあたしが保証する。上げすぎだって本人達がうるさそうだからお前の方で黙らせといてくれ。上を目指すなら自重してる場合じゃないってな。じゃあな マーサ』
字が汚い……、じゃなくて!
「リザさん、僕ら今、八位と九位なんですよ? 一位ってむちゃくちゃじゃないですか!?」
「そうですよ! もし指名依頼なんて来たらどうするんですか!」
しゃくだけど、マーサさんの予想通りの反応をしてしまう。
和やかな笑みを崩さずに僕らの抗議を聞いているリザさん。
まったく動じてない。なにこの不動心!
「大丈夫ですよ。普段の依頼は出来る範囲で結構ですし、指名依頼も断っていただければギルドの方で処理します。万一緊急招集が出される場合もあるでしょうけれど……マーサが腕は保証するって書いてますし、切り抜ける自信はあるんでしょう?」
上を目指すなら、と挑戦的な目で微笑まれるとなにも言えなくなる。
たしかに法具がばれるのが問題なのであって、普通に戦う分には問題ないのだ。
リオンの方をみて、二人で仕方ないとうなずく。
「では、二人の冒険者証をお預かりしますね」
鉄のプレートを受け取ったリザさんが打刻用のタガネと、鑑定機のような魔道具を引っ張り出してきてしばらく操作する。
「あの、リザさん、その魔道具はなんですか?」
打刻が終わったリザさんに、不安になったので聞いてみると、リザさんは変わらない笑顔でにっこりと答えた。
「なにって、プレートに銅級冒険者を証明する銅板を貼り付ける魔道具ですが?」
「僕達鉄級一位になるんですよね? 銅級昇格試験も受けてないですよね?」
「本日付で、鉄級一位、つまり銅級昇格の要件を満たしている冒険者はすべて銅級十位にすべしという通達があったんですよ」
このタイミングでとんでもない情報が知らされた。
昇格試験なしで銅級に!?
そしてリザさんは僕らが驚いているのをよそに、サクッと魔道具にプレートをさしこんだ。
「ちょっとまってリザさん。心の準備とかあるから。辞退することってできません? あるいはリザさんがみのがしてくれるとか」
「できません。お役所仕事ですから」
笑顔で魔道具を起動すると、一瞬おくれて魔道具の光が瞬いた。
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